「戦略イノベーション」とは何か?

この記事では、コンスタンチノス・マルキデス(Constantinos C. Markides)の著書『戦略の原理(All the right moves)』の内容を紹介します。

マルキデスは、日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、本書の執筆当時、ロンドン・ビジネススクールの教授であり、戦略研究科長でした。

本書は、比較的コンパクトで無駄のない記述に終始したオーソドックスな内容です。本書を呼んだ経営者の多くは、「そんなことは言われなくても分かっている」と言うかもしれません。

これに対してマルキデスは、「では、なぜ実践しないのか」と問うに違いありません。それほどに、やって当たり前であり、やらなければならない内容であるということです。

本書のテーマは戦略立案方法です。戦略イノベーションを実現するための思考プロセス、すなわち新戦略を検討するうえで解決すべき問題、それらの問題に挑むための発想法を考えていきます。

マルキデスは、成功戦略の構築について、「科学」というよりも「技(craft)」であると言います。山のような情報を前に、ツールを使って分析すれば答えが出るようなものではありません。

戦略的な発想の奥義は、現状を問い続け、独創的な視点から切り込むことです。一つの問題に一つの答えが導き出されるのではなく、一つの問題に対して様々な角度から発想し、解決策に迫ることです。

そのプロセスは、過去の結論を原点に戻って問い直すこと、新しいアイデアの探求・絞り込み、アイデアの試行実施による検証です。これらはすべて実践によって磨かれる技です。

マルキデスが考える「優れた戦略」とは、独自性の高い戦略的ポジションを見つけて開拓することであり、それと並行して絶えず新しいポジションを追求することです。

どの業界でも、企業は複数の戦略的ポジションをとることができますから、その中から一つのポジションを選び出すことが、戦略立案のエッセンスになります。

「戦略的ポジション」とは、①ターゲット顧客、②提供する製品・サービス、③提供戦術の3つの組み合わせです。戦略の立案とは、この3点について意思決定することです。

さらに、一度決定した戦略的ポジションに安住することなく、常に新たな戦略的ポジションを開拓し続けることを「戦略イノベーション」と呼びます。

戦略的ポジションには寿命がある

独自の戦略的ポジションを獲得し、競争のルールを転換させることができれば、企業は成功することができます。可能な限り差別化を図ることを目指します。

ところが、企業は一旦成功すると、そのぬるま湯に浸かりきってしまいがちです。現在の土俵で優位に立てば立つほど、他の競争戦略を考案したり、実践したりするのが難しくなります。

成功した支配的企業は、多くの追随者達からの挑戦を受けます。入り乱れるようなシェア争いによって、独自性や顧客吸引力に翳りが生じてきます。

それでも、成功企業は現行のポジショニングと競争戦略を絶対視し、その枠組みの中だけで、リストラクチャリング、リエンジニアリング、品質管理、コスト削減、差別化などを行っていこうとします。

その間にも、新しい戦略的ポジション(これまでとは違う顧客、製品・サービス、戦術を、従来にはないやり方で組み合わせたもの)は絶えず生み出されます。

その中から革新的企業が現れ、多くの企業がパイの取り合いをしている間に、新しい戦略的ポジションによってゲームのルールを変え、自力でパイの拡大を成し遂げ、大きなシェアを獲得します。

現状に満足している余裕はありません。現在の戦略的ポジションを拠り所に競争しつつも、市場の反応が思わしくなければすぐ軌道修正できるように、フレキシビリティを維持しなければなりません。

現在の戦略を批判的に検証し、新しい戦略的ポジションを探し続けることが大切です。

独自の戦略的ポジションを確立する

独自の戦略的ポジションを確立するプロセスは、次のとおりです。

  1. 事業領域を定義する。
  2. ターゲット顧客と提供する製品・サービスを決め、効果的な競争戦術を練る。
  3. 上記2点の結論に沿って事業展開できるよう、それに相応しい組織環境を整える。

事業領域の定義が、戦略立案および遂行の前提です。あらゆる情報が事業領域のフィルタによって篩にかけられ、事業領域が企業の思考と行動のすべてを規定するからです。

次に、ターゲット顧客、提供製品・サービス、提供戦術の3点を決めます。結論を導く過程では、事業の基本的な経済性と自社のコンピテンシー(能力)を注意深く見極める必要があります。

提供戦術には、バリューチェーンの構成、利用技術、自社で行うべき業務とアウトソーシングすべき業務との区分、業務の実施方針、購買組織のデザインなどが含まれます。

戦略立案の骨子は、ターゲット顧客、製品・サービスおよび戦術について知恵を絞ってできるだけ多くのアイデアを出すこと、アイデアを篩にかけること、競争環境の変化に柔軟に対応しながらアイデアを実行することです。

その過程は取捨選択を積み重ねです。数多くのアイデアを集め、その中からどれを採用するかを決めていきます。この決定には不確実性がつきまといますから、それを少しでも緩和するために、厳格な評価プロセスを導入したり、小規模な試行実施をして市場の反応を見たりします。

試行実施の目的は、戦略の有効性を実地に検証することです。新しい情報を入手し、軌道修正の必要性を判断します。評価→試行実施→学習→軌道修正のプロセスを通して、戦略を取捨選択します。

新しい戦略を実行するためには、従業員の理解が必要です。従業員の心をつかみ、心情的なコミットメントを引き出す必要があります。

新戦略を支援するために、それに相応しい組織環境も用意しなければなりません。組織環境は、組織文化、組織構造、インセンティブ、人材の4つを構成要素とします。

戦略とは、これらすべての諸活動をシステムとして組み立て、市場ニーズにフィットするように事業活動を推進することです。難しいのは、モザイクの個々のピースを作ることよりも、それらを集めて全体を完成させることです。統合によるシナジーを生み出すことが重要です。

戦略と外部環境とのフィットを長期に渡って維持することも必要です。現在の競争環境に適応するだけでなく、環境変化に取り残されないようにフレキシビリティも身につけなければなりません。

フレキシビリティとはアジリティ(俊敏さ)であり、早い段階で変化を察知し対策を講じる力、変化と変革を受容する組織文化、新しい競争環境のもとで競争するためのコンピタンシーが必要です。

新しいポジションはどこかで絶えず生み出されています。新規参入企業が今後成長して既存企業の利益を奪うかもしれません。既存企業は、現在のポジションで競争しながらも、将来のポジションを絶えず模索しなければなりません。

戦略のダイナミズム

「優れた戦略を導く」とは、総括すれば、次のような思考と行動を積み重ねることです。

  1. ユニークな戦略的ポジションを見つけ、自ら開拓する。
  2. 新しい戦場で有効な競争を繰り広げ、業界内で一番旨味の大きいポジションに育て上げる。
  3. 現在のポジションでライバルと闘いながら、別のポジションを模索し続ける。
  4. 将来性の見込めそうなポジションが見つかったら、そこに進出し、新旧両方のポジションを同時にマネジメントする。
  5. 旧ポジションが時間の経過とともに成熟し、やがて衰退に向かったら、新ポジションにゆっくり移行する。
  6. 同じサイクルを初めからまた繰り返す。

優れた戦略の探求に終わりはありません。たとえ高業績をあげていようとも、事業の根本を問い続け、成功の方程式の前提条件を疑ってみる必要があります。