既存組織でイノベーションを可能にする − 「リーン・スタートアップ」とは何か?⑬

会社が大きくなると、一般的に、イノベーションや創造、成長の能力が失われると言われますが、決してそういうことはありません。

スタートアップが成長する時、新しいビジネスモデルの探求や新規顧客の獲得といった課題と、既存顧客のニーズや既存事業の管理とのバランスをとり、同時並行にこなしていく方法を学べる組織を作ることができるはずです。

マネジメントの方針を変える勇気さえあれば、大企業であっても、同時並行的な「ポートフォリオ思考」を身につけることができます。

破壊的イノベーションの醸成方法

チームを適切に構築しないと、イノベーションは成功しません。社内スタートアップの場合、経営幹部の支援なしにイノベーションを成功させるチームを組織することはできません。

必要な組織的特質は、①少ないが確実に資源が用意されていること、②自分たちの事業を興す権限を有していること、③成果に個人的な利害が関わっていること、の3点です。

少ないが確実な資源

スタートアップの場合、予算が少なすぎるのと同じくらい、予算が多すぎるのは危険であるといいます。

また、途中で予算が変わると大きな影響を受けますので、その資金は絶対確実な形で用意されている必要があります。

自由に開発ができる裁量権

スタートアップ・チームは、その守備範囲であれば、新製品を自由に開発し、マーケティングする権限がなければなりません。実験も、計画から実行までに必要な承認が多すぎてはいけません。

チームは全部門をカバーするメンバー構成とすべきです。きちんと機能する製品を作れる能力がなければなりません。

成果と個人的利害のリンク

成果にはアントレプレナーの個人的利害が関わってなければなりません。ストックオプションや長期的なパフォーマンスに応じたボーナス制などのインセンティブがあります。

個人的利害は金銭に限るものではありません。誰がイノベーターであるのかを明確にし、成功時、その製品を生み出したのはその人だと認めてあげることも必要です。

いずれにしても、報奨が与えられる基準は明確でなければなりません。

自分たちが報奨を獲得できるかどうかが分からなければ、モチベーションは高まりません。リスクを取るよりも、経営幹部が認めてくれそうなプロジェクトにエネルギーを集中してしまうでしょう。

実験のプラットフォーム

スタートアップ・チームは、通常、既存組織とは切り離され、独自の権限が与えられ、様々な評価や報奨などに関しても特別なルールが適用されます。このようなスタートアップの環境を「実験のプラットフォーム」と呼びます。

ただし、好き勝手にやってよいわけではありません。スタートアップ・チームが自立行動をとる際に守らなければならない基本原則を決める必要があります。

親組織を守る方法、アントレプレナー的な立場に立つマネージャーに責任を問う方法、成功したイノベーションを親組織に組み戻す方法などを決めておきます。

親組織を守る

社内のスタートアップ・チームは、親組織から守られるべきと言われますが、逆もまた必要です。

スタートアップ・チームの実験結果は、最終的に親組織において実行の可否の意思決定に用いられるので、親組織に理解できるデータおよびその解釈を示さなければなりません。

ところが、往々にして誰も理解できないような報告書が作られ、各部門が自分たちに都合よくデータを解釈し、自分たちに都合のよい主張をし始めることになります。

このような部門間の反目は、その中心に合理的な恐れがあることも事実です。自分の領域が脅かされると感じれば、スタートアップを妨害することさえ起こります。

チームを隠さない

かといって、スタートアップ・チームを隠すのもよくありません。その存在をいきなり突き付けられるマネジャーたちは裏切られたと感じ、疑念を抱くでしょう。

自分たちに隠していた以上、自分たちに不利な状況が起こると恐れるでしょう。他にもいろいろと隠していることがあるのではないかと、常に疑うようになるかもしれません。

イノベーションのサンドボックス

社内スタートアップ・チームには、周知の中で力を発揮できるような仕組みが必要です。具体的には、イノベーションが自由に行える砂場(サンドボックス)を作ります。

イノベーションの影響は、そのサンドボックス内に封じ込めますが、外部からの影響も遮断されます。

  1. 製品またはその一部、顧客セグメントの一部など、サンドボックスに入れられた部分については、どのチームもスプリットテストなどの実験を自由に行うことができる。
  2. 一つの実験は、最初から最後まで一つのチームが管轄し、責任を負う。チームはなるべく部門横断的にし、チームリーダーを置く。
  3. 実験期間には上限を設定する。
  4. 実験対象の顧客には、割合などによる上限を設定する。
  5. 実験の評価は革新会計に基づき、行動につながる評価基準が5〜10個ある標準報告書一通で行う。
  6. サンドボックスで作業するチームと製品は、すべて同じ評価基準で成否を測る。
  7. 実験を準備したチームは、評価基準と顧客の反応を実験中にモニタリングし、大きな問題が発生したら実験を中断する。

サンドボックスは、Web上の一部のページとして設定することもできれば、特定の実店舗や地域に設定することもできます。

サンドボックスといっても、その中にいるのは実際の顧客であることを忘れてはいけません。通常は、アーリーアダプターです。

実験の成否は明確です。行動につながる評価基準ですから、それが動くかどうかではっきりします。

マネジメントポートフォリオの醸成

企業のマネジメントには、製品のライフサイクルに応じて、主に4段階の仕事があります。複数の製品を持つ企業では、通常、この4段階のすべてを同時進行で抱えています。

スタートアップが成長に入ったら、次のスタートアップが始められるようにするなど、常に新製品が生み出されていくような体制づくりが求められます。

  1. 製品開発
  2. 成長期に入った製品のスケールアップ、競争対応
  3. 成熟期に入った製品について、製品ラインの拡充、段階的グレードアップ、新しい形のマーケティング、オペレーショナル・エクセレンス(経営実務面での卓越性)
  4. レガシー化した製品について、アウトソーシング、自動化、コスト削減、必要不可欠なインフラの保守、中核顧客の維持

製品が発展し、次の段階へと移動していくとき、人も一緒に移動するケースがほとんどです。このため、創造性の高いマネジャーが製品の成長や最適化に力を取られ、新しい製品を生み出せなくなります。

経営者は、創造性の高い社員が少ないという言い方をよくしますが、創造性の高い仕事に専念できないということが大きな理由の一つになっていることを理解すべきです。

一つの方法は、4段階の仕事それぞれで異なるマネジメントを行い、それぞれの領域で部門横断的なチームが生まれるようにすることです。リーダーやメンバーは、各自の性格やスキルに応じて、相応しいチームに配置されるべきです。