ナチズムの試みと失敗 - 産業人の未来⑤

産業社会において、経済人の理念が人間に自由と平等を与えることに失敗した結果、ドイツにおいてナチズムが台頭しました。

ナチズムは、経済活動とは無関係の組織をつくり、個々の人間に財産や収入など旧秩序における地位とは無関係の位置と役割を与え、経済的不平等を社会的平等によって補おうとしました。

個々の人間の存在目的は、国家主義的、民族主義的組織の目的と全面的に一体化させられていました。

ここにおいて、一人ひとりは社会において明確な位置づける得ることになり、社会が機能するための要件を充たしつつありました。人びとは自由を廃棄する代わりに、機能する産業社会を構築するかに見えました。

しかしながら、ナチズムが用意することができた「経済人」に代わる人間像は「英雄人」でした。これは、社会の目的を侵略と戦争に置くものであり、軍国主義への道でした。

人びとが欲していたのは平和と安定であり、そのためであれば自由を犠牲にすることも厭いませんでした。しかし、自由の代償が侵略と戦争であるならば、人びとは再び自由のために戦うしかありませんでした。

結局、ヒトラー自身が、人びとに自由の価値を蘇らせることになりました。

ナチズムの組織の社会的意義

本書が執筆されていた時点で、ナチズムは、機能する産業社会の構築を完成させようとしていました。社会の基盤として新しい理念を生み出し、自由を廃棄しようとしていました。

ナチスとその軍隊、その準軍事的組織が、一人ひとりの人間すべてに、社会的な位置と役割を与えるための手段でした。その位置は、財産や収入など旧秩序における地位とは関係ありませんでした。これによって、経済的に恵まれない人びとに、経済以外の領域において機会を与え、社会的平等を実現しようとしました。

ナチスにとっては、最初から産業化前の商業社会が敵であり、その代表的階級であった上層ブルジョア階級が標的でした。そのため、経済的な領域で従属的な地位にある人びとに指揮命令を行う地位を与え、逆に上流階層に対しては低い地位しか与えませんでした。これ自体、徹底した社会革命としての効果をもっていました。

地位を与える基準は、政治的な能力、リーダーシップ、総統への忠誠でした。個々の人間の存在目的は、国家主義的、民族主義的組織の目的と全面的に一体化させられていました。

組織の目的が、一人ひとりの人生における基本目標として受け入れられるとき、ナチスの組織は、目的の共有による個人と組織の一体化という、社会が機能するための要件の一つを満たしたことになります。

ドイツでは、軍においてもナチス化が進みました。元々、正規軍の将校はユンカー(地主貴族)がほとんどを占め、予備役の将校は自由業と企業人が占めていました。しかし、ナチス化された軍では、産業に関わる技能によって地位と役割が決められました。産業技術が軍の装備に浸透しており、戦車の修理や爆撃機の操縦に技能が必要だったからです。

ドラッカーは、これを軍のプロレタリア化と呼びました。主に技術的な理由によるものでしたが、政治的な目的もありました。それは旧秩序であった将校団の解体であり、経済的に恵まれない人びとに対する補償でした。

そのような軍の民主化は、ドイツ国内におけるナチスの宣伝の重要な柱でした。

ナチスの教義では、社会的に意味のある組織は党と軍だけでした。経済的領域は従属的地位にあり、社会的には無意味でした。経済的不平等の存在を否定することはありませんでしたが、産業機構は動いてさえいればよく、そこで起こることは社会的に意味がないこととされました。

ナチズムの経済体制は、財産権が企業における権力の基盤とはなりえなくなったという事実を利用しました。株主の法的な権利は存続しましたが、それを行使できないようにされました。配当の受け取りも認められましたが、税や公債割当で取り上げました。私有財産は認められましたが、物的統制によって無力化されました。

企業の経営陣が元々行使していた統制の権力は、中央政府の労働政策、生産管理、価格政策、販売政策、利益政策によって行使されました。経営陣が自由に行動できるのは些事についてだけでした。

ナチズムにとって意味があるのは、企業における決定的な権力を、あらゆる権力の正統な保持者である総統の意思、および人種原理に基づく中央政府の手に帰させることです。したがって、自由の抹殺こそ望ましいことでした。

ただし、ナチズムの組織を編成するに当たっては、産業組織の政治編成を重視し、大量生産工場こそファシズム全体主義のモデルであると考えました。その組織は人間が密集して生活する場において成立するもので、町、工場、大学などの細胞組織から成り立っていました。

したがって、党の秩序や指導の行き届かない田舎では、組織化が困難でした。農民のことは事実上見捨てており、農民に対して永代の土地所有権を与えると言いながら、実態は、農民を土地に縛りつけ、農奴化しようとしました。

侵略主義と軍国主義

ナチズムが社会の基盤として掲げた新しい理念は、「英雄人」という人間像でした。これは、人間の社会的目的を侵略と戦争であるとするものです。結果的に、これ以外の基本原理が構築できなかったということでもあります。

なぜなら、失業者に職を与えられたのは軍国化だけだったからです。経済人の理念が破綻し、人間に経済とは関係のない位置と役割を与えられたのは、軍と準軍事的組織だけでした。中央政府が生産体制を支配することができたのも、戦争とその準備によってでした。

侵略と戦争の教義がナチズムを世界の脅威としましたが、その教義が理由で、世界を征服することはできませんでした。戦争を社会の最高の目的として受け入れることのできる人間はいないからです。

当時、産業社会に働く人びとは、大戦や恐慌を経験し、自由よりも安定を重視していました。戦争をするくらいなら、自由を捨てて奴隷になってもよいという気持ちにさえなっていたといいます。ですから、もしナチズムが侵略と戦争以外のものを基盤として見出すことができていたら、抵抗なく全ヨーロッパを席巻しただろうと、ドラッカーは言いました。

結局、侵略と戦争を社会の基本的な目的として受け入れることができない人びとは、一旦は犠牲にしてもよいと考えた自由のために、ファシズム全体主義と闘うことになりました。結局、ヒトラーが、人びとに自由の価値を蘇らせる結果になりました。

しかし、だからといって、ヒトラーに勝つことが、そのまま自由な社会をもたらすことではありませんでした。

大戦のような大量破壊的な戦争の後では、戦争の前よりも一層、人はみな機能する社会を求めます。その社会が理解可能なものであれば、それを得るための代償として自由さえ捨てかねません。そうなれば、結局、新しい種類の全体主義を受け入れてしまう危険があります。

ドラッカーは、世界的規模の超国家の建設など、恒久平和をすべてに優先させる戦後秩序の模索ほど、自由の放棄とファシズム全体主義の容認に近いものはないと指摘しました。しかも、そのファシズム全体主義は、ヒトラーのナチズムよりも、物的、精神的に、はるかに抵抗しがたいものとなるはずであると警告しました。

真に基本的な問題は「自由な社会とは何か」ということであり、これに対する答えが必要です。