ファシズム全体主義の脱経済社会 - 「経済人」の終わり⑥

ブルジョア資本主義に対する大衆の絶望が大きかったときに、ファシズム全体主義政権は誕生しました。したがって、政権の緊急の課題は、不平等にならざるを得ない産業社会をいかに機能させるかでした。

そこで取られた方法は、個々の人間の位置と役割を、経済的な満足、報酬、報奨ではなく、非経済的な満足、報酬、報奨によって規定することでした。すなわち、「産業社会の脱経済化」です。

経済的な不平等を実際になくすことはできないため、それを相殺するために、非経済的な社会的価値、位置と役割を実際につくり出しました。ファシズム全体主義で重視されるのは、非経済的な位置と役割の方です。

準軍事組織に至っては、経済的に恵まれない層の人間が命令し、恵まれた層がそれに従うという構造をつくり、経済的な妬みが、このような組織を通じて晴らされることが日常茶飯事でした。

しかしながら、一人ひとりの人間に対し、社会における位置と役割を付与することのできる明確かつ建設的な原理が元々あるわけではないので、現実の経済格差を補うには十分ではありませんでした。

実質的に社会の基盤となり得る非経済的なものといえば、結局、国そのものを軍国主義化することしかありませんでした。人間の位置や役割、報奨が経済活動と完全に切り離される組織は、教会を除けば軍隊しかなかったからです。

軍国主義化は、ファシズム社会主義国家にとって、さまざまな問題を抱え込ませることになりました。

産業社会の脱経済化

ドイツとイタリアのファシズム全体主義において重要な側面は、個々の人間の位置と役割を、経済的な満足、報酬、報奨ではなく、非経済的な満足、報酬、報奨によって規定していることです。

ブルジョア資本主義を続けることは不可能になっていたものの、他のシステムに変える方法はありませんでした。しかしながら、マルクス社会主義の革命も望んでいませんでした。

そのため、ファシズム全体主義は、資本主義と社会主義のいずれも無効と断定し、経済的要因によらない社会の実現を追究することで、産業社会に特有の不平等を解消しようとしました。

ファシズム全体主義は、私的利潤を中心に据えるブルジョア資本主義も、私的利潤を否定するマルクス社会主義も、いずれも敵視しますので、本質的に矛盾していました。しかし、生産機構を捨てるわけにはいきませんから、とにかく生産機構を円滑に機能させることを第一義とし、誰の費用によって誰の利益のために生産するかは二の次でした。

つまり、産業社会を妥当に維持するために、産業社会に現れる不平等を脱経済化によってかわそうとしたのです。産業社会に対して抱いていた大衆の絶望は、それほどまでに緊急の課題でした。必要に迫られての「産業社会の脱経済化」でした。

その第一歩は、社会の恵まれない層に対し、恵まれた層の特権だった非経済的な贅沢を与えることでした。それは、就業時間外の組織活動を通じて行われました。ドイツでは「楽しみの力」プログラムであり、イタリアでは「労働後」プログラムでした。

しかし、目的は敵対層を政治的にコントロールすることであり、会合はすべて党と警察の監視のもとで、参加が強制されました。歓心を買うための褒美は用意されていましたが、金銭的な報酬は使わず、演劇などの切符、旅行などでした。

有閑階級特有の「誇示的浪費」の機会の提供は、経済的には価値がなくても、社会的な地位を表すうえでは意味がありました。経済的な不平等を社会的な平等で補うものでした。特にドイツでは、経済よりも文化を上に見る傾向があったため、素直に受け入れられたといいます。

不平等を相殺する社会有機体説

それでも、経済的な不平等を非経済的な報奨で補っているだけであり、経済的な不平等そのものをなくすことはできません。経済的な不平等を必然のものに変えることもできません。

そこで、再び社会有機体説が登場することになりました。社会有機体説とは、あらゆる階級が同じように重要かつ不可欠の社会の一員であるとする理論です。不平等を正当化し、階級闘争を防ぐための最古の手立てです。

通常は、非経済的な不平等を正当化するために、諸々の階級がそれぞれ経済的な機能において、同じように重要な存在であることを説きます。ところが、ファシズム全体主義では、経済的な不平等を相殺するために、非経済的な社会的価値、位置と役割を実際につくり出しました。

諸々の階級は相互に補完し合うべき経済単位とされているだけではありません。それぞれの経済的な役割、貢献、必要性とは関係なく、それぞれが実際に独立した社会的位置、役割、存在とされています。

例えば、農民は「民族の背骨」という特別の地位を付与され、国民経済への貢献の度合いとは無関係に、社会的な特権と優越性を与えられました。むしろ、経済的な有用性に疑問があり、農業革命に脅かされているがゆえに、社会的な地位の強化が必要とされました。特別の法令によって保護され、諸々の演説、催事、祝祭において賞賛され、町育ちの少年少女が無料で一定期間働くことが命じられました。

また、労働者は「民族の精神」です。マルクス社会主義のメーデーを労働祝日と定め、それをナチズムにおけるもっとも重要な祝日とすることによって象徴されました。経済的地位にかかわらず、あらゆる成人男性が労働奉仕を義務づけられました。

ブルジョア階級には「文化の担い手」という地位が与えられました。特に企業家階級には「指導者原理」による相応の社会的地位が与えられ、精神的領域でその能力を証明することが求められました。証明できなければ、経済的位置を奪われました。

社会的位置と経済的位置は分離されており、ファシズム全体主義では社会的位置の方が重視されます。

そのような位置だけでなく、ファシスト市民軍、突撃隊、親衛隊、ヒトラー青年団、各種婦人団体などの準軍事組織があり、すべて非経済目的のためのものです。経済的に恵まれない層の人間が命令し、恵まれた層がそれに従うという構造です。特に、突撃隊やファシスト市民軍では、経済的な階層が低い者ほど昇進するようになっています。

党幹部養成機関である「指導者養成所」には、金持ちの子どもは入れないようになっていました。

経済的な妬みが、このような組織を通じて晴らされることが日常茶飯事でした。特に地方でのいじめが酷く、本部の統制が効かないほどであったといいます。それが、社会の下層において社会的な平等感をもたらすうえで役に立っていたとさえ言えるほどでした。

軍国主義による脱経済化

そのような仕組みは、現実の経済格差を補うには十分ではありません。一人ひとりの人間に対し、社会における位置と役割を付与することのできる明確かつ建設的な原理が元々あるわけではないので、徐々に影響力を失っていったといいます。

経済的不平等を非経済的な補償によって補うだけで満足できない者たちは、非経済的な基盤のうえに新しい社会を築き、そこに絶対的な価値を置こうとしました。そのための非公式の集まりが自然発生的に生まれたといいます。しかし、期待したほどの成果をあげることはできませんでした。

結局のところ、観念だけで社会を構築することはできないということが明らかになりました。

単なる観念ではなく、実質的に社会の基盤となり得る非経済的なものは、最終的には、国そのものを軍国主義化することしかありませんでした。人間の位置や役割、報奨が経済活動と完全に切り離される組織は、教会を除けば軍隊しかありませんでした。

軍国主義とは、国全体が一つの軍隊になることです。社会のあらゆる関係を上級士官と下級士官、士官と兵隊の関係に代えることを意味します。

軍国主義においては、経済でさえ軍事化することができます。経済的特権は指揮権に、経済的報酬は勲章に、利潤動機は軍規に、組み立てラインの労働者としての任務は一兵士としての任務に置き換わります。

国家が一つの軍隊ですから、経済社会においては雇用主であったとしても、一般労働者と同じように最高司令官に服従しなければなりません。しかも、戦闘においては将校が率先して前線に赴かなければならないように、経済的に恵まれた階級が率先して犠牲になることが求められました。

資本家の経済的利益は禁止されませんが、自由に使うことはできませんでした。徴税されるか、再投資を強制されるか、完全雇用に利用されるか、すべては国家の命令に従うしかありませんでした。それにもかかわらず、すべてのリスクは資本家が負わなければなりませんでした。

結局のところ、軍国主義は、マルクス社会主義が指摘したような、ブルジョア資本主義における収奪者による労働者の奴隷化と同じです。さらに、ブルジョア階級が社会的、政治的にプロレタリア化するという意味で、マルクス社会主義の実現と言うことさえできます。

ところが、軍国主義では、あらゆる経済活動と社会活動が軍事体制下に置かれますから、産業社会の形態を維持しながら、社会に対して非経済的な基盤を与えることができます。しかも、完全雇用をもたらすこともできます。

経済的地位にかかわらず軍の重要ポストに就くことができるため、平等社会の実現という役割を果たす面もありました。現に、イギリスの徴兵制は、貴族階級の特権的地位の低下や破壊という結果につながりました。女性の軍務への進出は、婦人の参政権をもたらしました。

そのような社会的機能が実現するということは、軍事目的に応じた軍備拡張を超えて、軍国主義を維持するために敵をつくり、戦争をし続けることにつながりかねません。

非経済的組織としての軍が、純軍事目的以外の社会的目的をもってしまう場合、純軍事的要請が犠牲にされることさえあります。ドイツ参謀本部では、職業軍人としての昇降と技術昇降を中心とする少数精鋭の軍隊を理想とし、軍需生産の強化に反対していたといいます。しかし、国民皆兵においては大量の一般兵を含む大軍編成を取らざるをえず、原材料と外貨を食い潰してまで、陳腐化しやすい装備を平時から大量生産するようになってしまいました。

農業の社会組織化

ファシズム全体主義における政府の干渉は、農業に対して最大のものとなりました。ドイツとイタリアにおいても、農業革命の波が押し寄せていたからです。

本来であれば、農業の大規模化が進行し、自作農や封建的大地主は壊滅して、季節労働者を動員する資本集約的な農業に取って代わられるはずでした。

しかしながら、自作農や大地主は、進歩の犠牲になって安全を脅かされることに対し、一致団結して抵抗し、農民一揆さえ覚悟しなければならない状況でした。

経済発展を無条件に信奉する者がいなくなったこともあって、農業の社会組織化が進められました。軍事的自足の標語のもとに進められましたが、実際に行ったことは軍事的要請に反することでした。なぜなら、軍事的自足にとっては、経済発展のための大量生産、すなわち資本集約的な恒常方式の生産が望ましいからです。

農民は、戦争において戦闘する「第三帝国の兵士」であり、第一線の歩兵であると位置づけられました。この擬似的な機能が、「民族の背骨」としての非経済的任務と相まって、生産単位としての農家の存続を意義づけました。

同様に、営農地主の経営する大農場の存続が説明されました。

その代わり、農地は分離、分割、交換、売却、担保差し入れが許されなくなり、農民は農地に留まらなければならなくなりました。

農業社会の維持を正当化するための準軍事組織が、農民に対し完全な服従と命令の遵守を要求しました。社会的地位が守られる代わりに、経済的自由は完全に奪われました。

消滅する自由業

自由業は、経済的自由を追求する企業とも違って、非経済的な意味でも自由な存在です。

しかし、ファシズム全体主義の機関以外に非経済的な存在があることは許されません。ファシズム全体主義の影響が及ばない存在があることになるからです。全体主義にとって、自らの影響外の存在は内部矛盾です。自らを破壊する可能性がある存在ですから、その存在を許すわけにはいきません。

ドイツでもイタリアでも、自由業は公務員化され、その数は減らされ、社会的地位も引き下げられました。

ファシズム全体主義経済の実態

以上のように、ファシズム全体主義社会は、経済目的を二義的に扱います。あらゆる経済目的は、ある一つの社会目的の手段として位置づけられます。その社会目的は、完全雇用です。国民所得の増大や経済発展は、その結果に過ぎません。

しかし、実のところ、そのための経済政策は合理的で、もっとも正当な経済理論に立っていました。「資本財への投資の増大だけが雇用を創出する」という古典派経済学のもっとも基本的な信条に基づいていたからです。「経済活動は消費の関数である」とする近代経済学の否定です。

そこから、完全雇用は、所得のうち消費ではなく貯蓄に回す分を増加させることによってのみ達成されると結論づけられました。つまり、ファシズム全体主義経済の秘密は、消費管理にあります。消費削減、すなわち生活水準の低下によって資本財生産に必要な資金を生み出すことに成功しました。

一方のブルジョア資本主義は、余剰資本に恵まれていながら、購買力と消費の増大によって完全雇用を達成しようとして失敗しています。

ソ連の政策と経験の模倣

具体的な経済運営の方法は、すべてソ連の模倣であったといいます。消費の人為的かつ強制的な削減によって投資を賄い、農産物の低価格生産によって農民の購買力を抑えました。

さらに、強制労働、強制購入、強制寄付、配給制を強行しました。

外国貿易は完全に統制し、資本が海外に逃避することがないよう、厳重な外国為替管理を行いました。企業に対しても、投資に最大の効果を発揮させるために、利益を最低の水準に抑えるよう干渉しました。

もっとも、ソ連は、ヒトラーが政権を握る6年前に逆の政策に転換したといいます。

しかし、ファシズム全体主義と共産主義の間には、政策の適用の仕方に一つだけ大きな違いがあったといいます。その違いは、共産主義が「経済人」の概念に基づく社会観に立つ一方で、ファシズム全体主義は軍事国家として非経済的社会観に立つことから来ています。

ソ連では、貯蓄は農民と肉体労働者の消費抑制によって実現します。ソ連は、ブルジョア資本主義が成熟する前の段階で革命が起こったため、中流階級が育っていませんでした。革命後に、新しく支配階級となった軍と官僚が中流階級であり、彼らには経済的な報酬、報奨、特権を与える必要がありました。

このため、ソ連では、新しく生まれた特権階級が、国策としての強制的な消費抑制から部分的あるいは全面的に免除されていました。特別の店において、特別の価格で消費物資を購入する権利など、経済的な特権の数々が与えられました。

ドイツとイタリアには、上流階級および上層中流階級が存在したため、彼らの消費を相当程度削減することができました。ファシズム全体主義は軍事国家として非経済的社会観に立ち、特権階級は自らを犠牲にすべき階級でしたから、経済的な犠牲は社会的な地位向上と社会的な権力強化につながると説明されました。

政権による経済的収奪

ファシズム全体主義において、経済的平等への流れが、下層階級の経済的地位の向上をもたらしたわけではありませんでした。

確かに、最下層の人たちの経済状態は、完全雇用政策によって助けられ、労働者階級全体としての所得は増えたといいます。一人ひとりの労働者で見た所得も減ってはいないといいます。

ところが、労働時間が増やされました。結局、産業活動の活性化と生産量の増大によってもたらされた国民所得の増加分は、ほとんど政府によって強奪されたことになります。

ファシズム全体主義においてもっとも犠牲を払わされたのは、労働者階級以外の中・上流階級でした。彼らは得るべき利益を強奪され、生活水準が低下しました。経済的に恵まれていた者ほど低下幅が大きく、所得そのものが削減されただけでなく、所得税と個人献金が増徴されました。

通貨の購買力は持ち主の社会的地位によって異なっており、下層階級の購買力の低下は注意深く避けられ、特権階級の購買力が小さくされていました。下層階級の消費財は価格が抑えられ、豊富に出回っていましたが、上・中流階級の消費財はまったく姿を消すか、ますます高価になっていました。資本所得は厳しく制限され、法人税はきわめて高率でした。

民間企業は資本市場からの資金調達を事実上禁じられ、政府が長期資本市場を独占しました。あらゆる銀行と保険会社だけでなく、製造業者も公債の購入を強制され、政府からの支払いも公債によって行われました。流動性の不足を証明できない限り、公債の売却は許されませんでしたが、それでも銀行に持ち込まれる公債は急増しました。

そのうえ、企業は資本財生産への投資を強制されました。資本参加において投資リスクは負わされても、利益の配当はありませんでした。

経済政策の成果

これらの政策によって、主たる目的である完全雇用は実現されたといいます。かつての失業者のかなりの部分は、経済活動ではなく軍や党で働いているに過ぎませんが、自分たちが意義ある仕事に就いていると信じていることに意味がありました。

ファシズム全体主義経済は、消費を抑え、あらゆる種類の内部留保を動員するする政策ですから、デフレ政策でした。公債発行残の伸びは、民間から政府への富の移転によってなされていましたから、新たな信用創造にはつながらず、むしろ国民経済においての信用は収縮しました。しかも、貨幣の回転速度は減速しました。

経済的な面では、ファシズム全体主義は間違いなくブルジョア資本主義に劣りました。ソ連にさえ劣りました。ソ連共産主義においてさえ、消費を削減して投資資金を捻出し、それを経済的に生産的な産業に投資しようとしていたからです。

経済的に有効な資本財への投資とは、他のさらに価値ある製品を生産するための資本財を生産することです。これが生産性の向上であり、投資によって消費能力が増大することを意味します。

ところが、ファシズム全体主義は、脱経済至上主義です。経済発展に価値を見出しません。消費の犠牲は、あくまで経済とは無関係の目的のためであり、軍国主義のための軍事的自足です。

しかし、軍事拡張は経済的には消費に過ぎず、軍事力によって他国の経済力を奪うことなしに経済価値を生むことはありません。人びとが生き、人口を維持するために最低限必要な消費以外の消費を削り、その分の資金を軍需生産のために投資するならば、消費が移転したに過ぎません。

もし、同じ投資額による場合に、軍需生産の方が他の消費財の生産よりも大きな雇用をもたらすのであれば、軍需生産のほうが価値があると言うこともできます。このような場合に政体が危機に陥るのは、犠牲にした消費のほうが軍拡よりも重要であると国民が考えるようになったときです。あるいは、軍拡のためにこれ以上の消費削減を行うと、本当の欠乏状態をもたらすところまで行ってしまうときです。

実際のところ、ファシズム全体主義においても、あらゆる投資を軍拡に割いているわけではなく、その投資の過半は輸入代替産業の育成に充てました。

輸入代替産業とは、国民所得からの補助を受けて、他国よりも高く悪いものを生産する産業のことです。産業の立ち上がりにおいては、他国からの援助がある場合を除き、あらゆる産業は輸入代替産業として出発し、産業を育成していきます。この点からすると、ドイツとイタリアの代替産業は、ソ連の投資よりもはるかに成功したといいます。

ファシズム全体主義はにおける中心的な問題は、経済的領域ではなく、社会的、政治的領域にあります。最大幸福ではなく「最小不幸」を求める社会です。消費削減は脱経済至上主義社会を成立させるための手段です。自らの生活水準および消費水準の低下が、一つ上の階級に比べて少ないと感じることによる満足です。そのことだけでも、経済的な報酬を非経済的な報酬に代えたことを補うに足りるだけの経済的実体となり得るといいます。

大衆が脱経済至上主義社会というイデオロギーを信奉し続けている間は、この種の社会的満足は十分に意味があります。しかし、消費削減が限界に達し、これ以上不可能な状態になったときには、経済的に崩壊せざるを得ません。

しかし、ドラッカーによると、そのような限界は、思ったよりも低いところにあるといいます。つまり、かなり低いレベルまで、崩壊せずに絶えられるということです。より高い生活水準に価値を見出すブルジョア資本主義社会に馴染んでいる人間にとっては、その限界をかなり高い位置に見積もろうとしてしまうのです。

ですから、ファシズム全体主義の危機は、経済的崩壊の危機ではなく、むしろ政治的、社会的崩壊の危機であるといいます。

資源輸入問題の深刻化

ドイツとイタリアに特有の問題として、原材料の輸入の問題があります。原材料を自給できる国であれば問題にはならないため、ファシズム全体主義に共通する問題ではありません。

両国は、原材料を輸入しなければ産業が成り立ちませんでした。特に軍需産業を維持するためには、輸入を減らすことができません。

輸入を維持するためには外貨が必要ですから、相当する輸出が必要です。輸出製品は、国防のための軍需生産以外への投資によって生産しなければなりません。そのような投資は、軍需生産への投資が増加すれば、縮小せざるを得ません。

したがって、軍需生産が増加するなかで、輸出品生産を増やそうとすれば、民需生産のますます多くの部分が輸出品生産になっていきます。その分、国内向けの民需生産は減少せざるを得ません。

生産自体を増やすためには原材料の輸入を増やす必要があります。そのためには外貨を増やす必要があり、そのためには輸出を増やす必要があります。その結果、輸出品の供給過剰を招き、価格が下落していきます。そうなると、ますます輸出品の生産を増やすことになり、国内向けの民需製品の一層の窮乏化を招きます。

国内における輸入代替産業を育成することによって、原材料の自給を増やす方向もあり得ますが、輸入代替産業の育成には大きな投資や補助金が必要です。民需に振り向ける資金でこれを賄わなければならないため、国全体の国際競争力は低下します。

輸入代替産業が育成されるまでの期間は、低生産性を覚悟しなければならないため、いつまでも競争力が低いままであれば、輸入の代替による利益を超える損失をもたらし続けることになります。経済にとっては大きな打撃です。

ドイツでは、原材料や食料を輸入するために、外国に無用のドイツ製品を引き取らせて代金支払いに代えていました。輸入代替産業の育成と稼働にも取り組んだものの、生産高を上回る投資を必要とする状態を抜け切ることができず、再び輸入が増加する状態になったといいます。

実のところ、ファシズム全体主義においては、このような輸入問題は、経済的というよりも、政治的、社会的に重大な意味をもちます。軍事力の強化を帳消しにするわけにはいかないため、輸入代替産業の育成によって輸入問題を解決できなければ、対外政策において解決せざるを得なくなります。

つまり、原材料生産国へのファシズム全体主義の拡大です。原材料生産国を政治的に従属させ、自国経済の一部とすることです。これによって、消費削減の重荷を原材料生産国にも負わせようとします。消費削減によって内需を減少させ、その分を原材料輸出に振り向けさせるわけです。

これは、歴史的に大国が小国に対して行ってきた隷属化によるのではなく、ファシズム全体主義による根こそぎの支配、つまり革命の輸出です。相手国において、農民などの下層階級から搾取するのではなく、上・中流階級から搾取することです。相手国における下層階級の革命勢力を引き込むことによる征服です。

輸入問題の解決のため、農業の産業化が進行しました。元々、ファシズム全体主義が阻止しようとしたことを、自ら行わざるを得なくなったわけです。名目上の土地所有権は農民にありましたが、農作業は機械化され、省力されていきました。「農業植民」の名のもとに、政府が農地を接収し、退役軍人を植民させ、農民は農業労働者になりました。