社外パートナーとの連携 - 企業とは何か⑤

GMにおける分権制は、社外パートナーとの利害の調和にも役立ちました。自動車メーカーにとっての代表的な社外パートナーはディーラーです。

ディーラーは、自動車メーカーから厳しい契約上の制約を受け、根本的な利害の衝突があります。メーカーは新車の販売で利益を得ますが、ディーラーの収益源の7割は中古車販売です。新車を販売するためには、中古車を買い取らなければならないからです。

しかし、GMとディーラーの利害は、短期的に衝突したとしても、長期的には調和するはずでした。

このような利害対立を調和させるため、GMではディーラー事業部を設け、分権制を適用しました。ディーラー事業部は、車種別事業部とディーラーのあげる利益が重要でしたが、ディーラーへの出資も行うため、最大の関心事はディーラーの利害でした。GMの販売部門がディーラーの利益に反することを行っていると判断すれば、直ちに販売部門と対決したといいます。それは、GMの投資を守るべき機関としての責任でもありました。

ディーラー事業部の事例から、ドラッカーは、経済的、社会的対立に調和をもたらすための一般原理を導き出しました。一方の利益が他方の利益でもあるという分野が一つでもあれば、調和が可能になるということです。その共通の利益を基盤に協力を行うことができるということです。

分権制を社外に適用する

ディーラーは、自動車メーカーの代表的な社外パートナーです。

ディーラーの仕事は幅が広く、専売の契約をしたメーカーの新車を販売するだけでなく、中古車も販売します。自動車販売に関連して、金融と保険の代理店や修理の仕事も行います。

ディーラーとメーカーとの間には、典型的な利害の衝突があります。ディーラーは、特定のメーカーの自動車しか扱うことができません。価格と販売方法を定めることができません。自分の資金を投資しながら、将来にわたって特定のメーカーに依存しています。

ディーラーの主たる資産は、特定メーカーの自動車の販売権です。デーラーは、それをフランチャイズ、すなわち正当な手続と補償抜き奪われることのない権利と理解します。ところが、メーカーにとっては単なる販売契約であり、自らが定めた条件のもとに破棄することのできる期間を定めた契約です。

メーカーは、その販売契約を第三者に譲渡することを認めません。したがって、ディーラーにとって事業を継続するためには、その販売契約は死活的に重要です。しかし、メーカーにとって事業を発展させるためには、販売契約を解約できなければなりません。

メーカーにとっての収入源は、新車販売です。しかし、ディーラーが新車を販売するには、中古車を販売しなければなりません。買い換えを前提とするなら、顧客が今所有している中古車を買い取らなければならないからです。したがって、中古車販売が新車販売を左右することになります。

通常、ディーラーは、新車を売るために、下取りで損をしています。市場価格よりも高く下取りをします。その下取り車を売る際には、それを買う顧客の所有車をさらに下取りしているため、そこでも損をします。

ディーラーの売上において、新車販売は3割、中古車販売は7割を占めるといいますから、3割の新車販売で、7割の中古車販売の赤字を上回る利益を出す必要があります。

買い換えが主体となっている市場において、新車販売市場が中古車販売市場を上回って増大するとき、中古車の下取り費用のほうが、販売売上よりも増大することになります。したがって、ディーラーでは、中古車による損失は増大し、利益は縮小します。

このように、メーカーとディーラーの間には直接の利害対立があります。ですから、メーカーの販売部門は、フランチャイズに関わる自らの力によって、ディーラーを意のままに動かしたくなります。フランチャイズ解約権の行使です。

ドラッカーは、このような一方的関係において適切な防護策がとられないならば、力の濫用が行われると警告します。現に、新車販売が低迷していた時期には、解約権が新車販売の圧力として利用されたといいます。

産業社会において、このような利害の対立は社会的に危険なだけでなく、メーカーの経済的繁栄と安定のためにも危険です。メーカーにとって忠実善意のディーラーは、自動車という自社製品と同様に重要な存在だからです。

GMのディーラー政策

GMは、ディーラーのフランチャイズ権を強化しました。

一方的ないし突然の解約を禁止する条項を加え、解約の正当な理由となる作為および不作為を列挙しました。また、解約には、事業部の最高販売責任者による判断を要し、在庫の引き取りと解約に伴う経費負担も約束されました。

ただし、メーカーの販売政策の自由を確保するため、契約更新における既得権は与えられませんでした。更新は緊急的な問題にならないため、時間をかけた交渉が可能です。しかも、不更新には事業部の最高販売責任者の承認を要し、事前の警告と改善の機会が与えられることが前提です。解約の場合と同様、GMが在庫費用を負担します。

また、取り決めの濫用が行われるおそれや、ディーラーが濫用と受け取る場合を考慮して、苦情を持ち込むことのできるディーラー委員会を本社に設置しました。委員会の価値は、裁決の件数よりも、存在自体がもたらす影響です。GM販売部門が取り決めを守ることを促すからです。ディーラーとGM販売部門との合意の件数の方に価値があります。

なお、一般的な取り決めでは解決できない問題の一つが、ディーラー本人の死亡および廃業に伴う問題です。業績のよいディーラーの価値は、物理的な財産ではなく、積み上げてきた努力と信用によるものですから、GMは、ディーラーの法律外、契約外の財産の保護を車種別事業部の販売部門の仕事の一つにしました。

ディーラーが死亡すれば、子息に相続の意向を聞きました。相続人のためにディーラー養成講座を行う事業部もありました。相続人に跡を継ぐ意思がなかったり、相続人がいなかったりしたときは、適切な値段で事業を引き継ぐ地元有力者を探すこともありました。引退による廃業の場合も同様でした。

ディーラーとメーカーの利害衝突は、中古車販売に伴う損失をめぐって起こるため、GMでは、ディーラーの経営支援上、中古車市場にも注意を払いました。

地域別の各販売部門にはディーラー指導を行う中古車専門家がおり、ディーラーの中古車在庫を把握し、価格の下落を来すことのないよう経営指導を行いました。

新車の生産計画と販売計画の策定に当たっては、中古車市場を重要な要因として考慮に入れました。

調和の原理

GMでは、中古車市場へのディーラーの関心が、新車販売へのGM販売部門の関心と同じように重要であることが認識されていました。新車販売台数は直接その年の利益を左右しますが、中古車市場の動向はGMの長期的な業績を左右します。

GMの販売部門が中古車販売にも関心を払うようになった結果、ディーラーとの利害の衝突も大幅に減少することになったといいます。

ディーラーの声は、ディーラー協議会とディーラー事業部の2つの組織を通じて吸い上げられました。前者はGM経営陣への諮問機関として定期的に開催され、ディーラーの意見、問題、苦情が取り上げられました。後者は、新規ディーラーに資本金の75%を限度に出資を行いました。死亡したり高齢となったディーラーの事業を買い取ろうとする者に対する資本の供給も行いました。特に能力と意欲のある若者に投資をしました。

ディーラー事業部はスタッフ部門の一つであり、投資利益が重要ではなく、車種別事業部とディーラーのあげる利益が重要でした。ディーラー事業部が受け取るのは、金利と手数料程度でした。ディーラーが利益をあげれば、それによってGMが出資した持ち分を買い取ることをディーラーに勧めました。

投資先となったディーラーの経営が不調の場合、投資は引き上げられ、提携は解消されましたが、その割合は1/20程度であったといいます。

ディーラー事業部の活動は、中小企業にも投資できるということ、大企業と中小企業の資金需要は補完関係にもなり得るということを明らかにしました。

ディーラー事業部はGMの一部でありながら、最大の関心事はディーラーの利害でした。したがって、GMの販売部門がディーラーの利益と繁栄に反すると判断すれば、GMの投資を守るべきGMの機関として直ちに販売部門と対決したといいます。

GMの分権制の当初のねらいは、事業部に自治権を与えることでした。ところが、ディーラー関係への分権制の適用においては、ディーラー事業部を通じて無数の事業に統一性をもたらすために使われたといいます。このことは、分権制が組織構造上の手法であることを超えて、産業秩序の一般原理の一つであることを示していると、ドラッカーは指摘します。

経済的、社会的対立に調和をもたらすための一般原理とは、仲良くやっていくことでも、互いに利己心を捨てることでもありません。調和とは、一方の利益が他方の利益でもあるという分野が一つでもあれば可能になるということです。その共通の利益を基盤に協力を行うことができるということです。

メーカーとディーラーは長期的な利害において一致します。その合意からスタートして、他の問題についての理解も得らるということが分かります。

永続する政治構造は、利他主義と利己主義のいずれかによって得られるものではなく、両者の利害が一致するとき得られるものであるということです。