問われる個人 ー 多元化の時代 ー 断絶の時代③

断絶の時代において、国際的な現象として、学生運動が盛んになりました。敵は組織でした。

ドラッカーが問題とするのは、若者が悪しきリーダーに帰依することです。若者はリーダーを拒否しているのではなく、リーダーを求め、信条を欲していると言います。

組織への抵抗としてリーダーを欲するならば、容易に煽動家の餌食になると言います。

多元化の時代において、個人は自由を手にしましたが、その代償として、厳しい選択と意思決定の責任を負わなければなりません。

意思決定の責任

学生のイライラは、以前であれば働いていた年代の若者たちが、学校に行くようになったことの結果でもあると言います。

組織社会が生まれ、人生(仕事)に関する選択肢が大きく広がった結果、意思決定が重荷になったことを、若者はおそれていました。

若者は、一方で操られることに抵抗するものの、他方では、意思決定、選択、責任をおそれており、それらを避けるためにあえて落伍する人もいます。

組織社会で働くには、社会とその組織に対して責任をもつことを受け入れなければなりません。それは、自らについて責任をもち、社会とその組織に対して役に立つことです。

受け身にならず、主体的にならなければなりません。「何をしたらよいか」と答えを求めるのではなく、「自分を使って何をしたいか」に自分で答えることが必要です。

これは、人間の実存、すなわち、人間の意味、目的、自由といった根源的な問いであり、簡単に答えられる問いではありません。

経済が発展した結果、人間には広大な選択の自由が与えられましたが、その対価として重い責任が伴っていることを理解しなければなりません。

自由の保護

現代のような多元社会では、政府といえども一つの組織が唯一絶対のものになることはあり得ず、いかなる単一集団の支配からも自由です。

多元社会における危険は、特定の集団の支配ではなく、拮抗する勢力間の手詰まりにあります。その手詰まりのなかで、一人ひとりの人間が苦しむことになります。

多元社会における自由の防波堤は、あらゆる組織の活動を、それぞれの役割と仕事に限定させることです。特定の組織が、自らの領域を超えて責任を負おうとすることは、本来の権限を越えて権力を行使することであり、越権であると見なければなりません。

政府の現業部門といえども、主権の一部ではありませんから、越権は許されません。主権の代理者である政治が意思決定した事項の一部を実行するだけであり、多元社会の一機関に過ぎません。

ビッグテックやマスメディアには、明らかに越権行為があります。ビッグテックによる言論の検閲は、特定の政治信条に基づく意見を封じており、一部のマスメディアも、特定の政治信条に与して、その考えに合わない意見には報道しない自由を行使するか、一方的な批判に終始しています。

これらは明らかに政治的な行為であり、それぞれの組織の役割を逸脱した権力を行使していることと同じです。

経済界の一部の者たちも同様の問題があります。グレートリセットなるものを標榜しながら、グローバル経済を超えてグローバル政治を先導しています。彼らは経済的な活動に力を発揮することはよくても、政治的な権力を行使することは許されません。

 

多元社会において組織に正統性を与えるものは、その目的、すなわち社会の特定のニーズを満たす役割(機能)です。その役割を果たすための手段として必要である限りにおいて、組織は存在する理由があり、正統性があります。

組織は特有の機能を果たすことによって成果をあげ、社会のニーズを満たそうとします。ですから、社会は、組織が自律的に(社会がいちいち過程を監視していなくても)機能してくれることを求めます。

人間が細胞や神経などを意識的に動かそうとしなくても、肉体の各臓器や器官が自律的に機能し、互いに連携することで維持されるのと同じです。

組織は、それぞれが特有の機能に限定されているという意味で、私的な存在です。同時に、その機能は組織自身の維持のためでなく、組織の外にある社会のニーズを満たすために、自律的に(自ら公的役割に殉じて)働くという意味で、公的な存在です。

組織で働く者についても同じです。組織と働く人の契約関係は限定的であり、それぞれ独立した存在として自由を享受します。しかも、両者の関係はいつでも終了できることが原則です。ただし、強者である組織(使用者)には、一方的な契約解消に対する制限が課されるべきです。

ドラッカーは、働く人の移動の自由を制約する方法として、組織に縛りつける効果をもつような金銭的足枷(年金、ストップオプション、退職金など)は、反社会的であり危険であると言います。そして、これらの制度に対して税制上の優遇策を与えている政府を問題視しています。

働く者、特に知識労働者が、自らの強みを最大限に生かせる組織に自由に移動できることこそ、経済を発展させ、社会を活性化させて富の創出能力を高めるために必要なことです。その自由を、人間の利己心を利用して制限しようとすることには警戒すべきです。

オンブズマン制度

権力を規制する方法として、ドラッカーは、オンブズマン制度をあげています。

オンブズマンはスウェーデンで始まったもので、「代理人」という意味があります。当初は、行政機関を外部から監視する公職(公的オンブズマン)でした。

組織の内部に設置されて紛争処理に携わる「組織内オンブズマン」、特定集団の代理人として活動する「権利擁護オンブズマン」などもあります。

オンブズマンによって守られるべき個人の権利として、ドラッカーが重視するのは「プライバシー」です。本人が気にするかどうかにかかわらず、必要であることが明らかでない情報は収集してはなりません。

組織は情報に基づいて活動するため、常に必要以上に情報を集めようとする傾向にあります。ですから、オンブズマンの機能は、あらゆる組織に対して必要です。

日本でも、個人番号が運用されるようになっています。個人番号は、個人情報の管理が容易になって便利であると、一般的には考えられていると思いますが、プライバシーに関するドラッカーの考えからは、その危険性が懸念されます。

以前から、個人は、複数の行政機関をはじめさまざまな組織から、さまざまな個人情報を収集されています。当然、その組織から受ける便益に対する代償として、必要最小限度の情報が収集されるということでなければなりません。

個人情報の収集に伴って、識別番号(ID)が発行されることがあります。免許証番号、社会保険番号、顧客番号などです。これらの番号は、それぞれの組織から受ける便益に応じた限定的な個人情報とだけ結びついています。個々のIDが連結されない限り、個人情報が統合されることはありません。

ところが、個人番号は個人を特定するために割り振られる普遍的な番号であるため、個々の組織が発行するIDとは似て非なるものです。

あらゆる組織が、必要な個人情報と個人番号をセットで収集すれば、個々の組織では限定的な個人情報であっても、個人番号によってすべての情報を統合可能となり、個人番号を所管する政府機関は、特定個人のあらゆる情報を統合収集できることになります。

これは、全体主義につながり得る監視社会の姿です。権力機関にとって個人情報の管理が容易になる社会は、あらゆる側面からの個人の監視が容易になる社会でもあるからです。

 

多元社会による自由の防波堤

自由を守るためにこそ、多元社会が重要です。政府を含めあらゆる組織が、自ら特定の役割にのみ専念することによって、その権力と責任を制限することができるからです。

ですから、政府に対して多くの役割を要求しすぎることは、政府の権力を増大させることと同じことになります。同じく大企業に社会的責任として過大に要求することも、大企業の影響力を必要以上に増大させます。

組織に特有の役割を超えた責任の要求は、その組織が本来もつ能力を超えた行為を要求することであり、社会にとって害をもたらすことにつながります。

以上のようにして、個人が権力の濫用から守られ、自由を確保することができます。

責任としての自由

ドラッカーの言う「自由」は、放縦ではなく「責任」です。個人が自由をもつということは、選択肢をもつということであり、自ら意思決定を行い、その結果に責任を負うことを意味します。

責任ある意志決定こそ、自由の本質です。

多元社会は、個人に移動の自由を与えました。自らの強みを最大限に発揮できる組織に移動できる自由です。

教育の発達によって知識労働者が主体となった社会で、個人が成長して自己実現を果たすためには、組織に所属することが必要です。組織の成果に貢献することを通して、自分を社会で生かす機会を得ることができます。

組織は、自らの役割を通して社会に貢献するために、働く人に貢献する責任を要求しますが、働く人もまた、自らの成長と貢献の機会として、目的意識と責任をもって組織を積極的に活用しなければなりません。それができる組織を自己責任で選ばなければなりません。

この責任とそこに伴う意思決定から逃げないこと、それらを引き受けることが、自由であるということです。

このような自由で自律した個人によって構成された組織こそ、ドラッカーが理想とする「自由型組織」です。地位による権力によって統制される組織ではなく、自律した個人が仕事を通して組織全体の成果に貢献する責任を果たす組織です。

そして、一人ひとりの責任を組織化して組織全体の成果に統合するための機能が、マネジメントです。さらに、マネジメントは組織の境界を越え、一組織では解決できない社会の問題に対して、協力して対応していくための組織間協力関係に広がっていきます。