途方もなく困難な課題を解きほぐす − ルメルトの戦略論⑤

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

ルメルトによれば、戦略課題は大雑把に分けて3つの形をとるといいますが、そのうち最も厄介なものが「途方もなく困難な課題」です。

途方もなく困難な課題の場合、問題自体の明確な定義ができない、つまり問題がはっきりしないことがほとんどです。

事実の解釈が何通りもあり、望ましい結果を実現するにはどう行動したらいいのか、道筋が見えにくく、そもそも解決策が存在するかどうかさえ定かではありません。

解決策があるとしても、二者択一ということは滅多にありません。他にも必ず策はあるはずで、他の選択肢を探すか想像しなければなりません。

どう行動したらどんな結果に結びつくかも予想できません。考えられる行動とその結果との関係がはっきりせず、いくつかの解決策のどれが妥当なのか、専門家の間でも意見が割れます。

そのため、人々の様々な野心や願望が錯綜し、目標を一つに定めることは困難です。しかし、全てを一度に実現することはまず不可能ですから、多くの中からこれという目標を決める必要がありますが、それ自体が途方もなく困難な課題の一部です。

相反する願望と現実、ニーズ、手持ちのリソースなど、様々な条件が絡まり合う中で、直面する難題を深く分析し、どこが勝負どころ(最重要ポイント)なのかを見極めなければなりません。

しかも、すべてのリソースを投じれば、ほぼ確実に乗り越えられると判断できるポイントでなければなりません。手がつけられそうになかった問題が、何とかなりそうだと感じられることが重要です。

そのポイントさえ解決できれば、大きな問題の他の部分も一気に解決できるものです。

ルメルトによると、優れた戦略家が途方もなく困難な課題にアプローチする手法には、共通点があるといいます。それが、収集・分類・選別です。

収集

収集とは、直面する難題と機会をリストアップし、何も見落としがないようにする作業です。最初にリストアップし尽くすことで、最初に思い浮かんだものから取り掛かるという愚を避けることができます。

リストは当初の予想より長くなるでしょう。最初に思いついた問題点が完全であることはなく、実際はもっと多くのことを知っていたわけです。

外部の第三者や競合他社の見方を参考にすれば、より充実したリストを作成することができます。

分類

分類とは、リストアップした項目を、何らかの共通点に基づいてグループ分けすることです。後々グループ分けしやすいように、リストアップの段階で、一枚のカードに一つの項目を書き出すと便利です。

書き出された一つひとつの問題は複合的であることが多いので、分類の前に、改めて切り分ける作業が必要でしょう。

分類作業を一人で行うのは難しいので、様々な角度から見たり、あの人ならどう考えるだろうかと創造力を働かせたりするとよいでしょう。

分類しても、グループ間の境界は曖昧なことが多いですが、客観的で明確な一線を引くことを求めているわけではなく、課題の性質の違いが分かれば十分です。

分類の基準としては、より困難なもの、外部との競争に関するもの、社内の問題に関わるもの、より重大なもの、解決が容易なもの、先送りしても大丈夫なもの、などです。

選別

収集から分類の段階で、取り組むべきことや絡んでいる利害が多過ぎることに気づくでしょう。幾つもの問題に直面している場合、どれもが死活的に重要だということはまずありません。

何が重要かは、状況や取り組む人の利害によって違います。そこで、選別が必要になります。

先ず、緊急性に基づいて順位をつけ、喫緊の課題を一番上にし、先送りできるものは下位に回します。次に、重要性と取り組み可能性を評価します。

重要性と取り組み可能性

戦略課題は決定的に重要であると同時に現実的に取り組み可能でなければなりません。この2つの条件が揃った課題のことを、ルメルトは「ASC(Addressable Strategic Challenge)」と呼びます。

同時並行的に取り組めるASCの数は、組織の規模とリソースの厚み、そして最も重大な課題の深刻度に左右されます。

重要性とは、組織の中心的な価値または組織の存続を脅かすかどうか、あるいは、組織の飛躍的成長につながるような大きなチャンスかどうか、その度合いを意味します。

大きなチャンスの場合、それに賭けるリスクが大きいときや従来のやり方を根本的に変えなければならないようなとき、重要度が高いと言えます。

課題の最重要ポイントは、様々な条件、リソース面の制約、方針の衝突などが重なって摩擦熱を発するようなポイントです。相反する重要な要素、矛盾する要素、両立し得ない要素が見つかります。

取り組み可能性とは、個人または組織のスキルとリソース、解決までに許容される期間によって現実的に解決可能かどうかを意味します。

重要性よりも取り組み可能性を評価するほうが悩ましいでしょう。最重要ポイントであるほど手がつけられないように見えてしまうからです。その時は、解決可能なピースに切り分けることができないかを考えます。

長期的な課題の場合も、今日から取り組める部分にまず着手して長い道のりを踏破します。

この種の課題に関する経験者やエキスパートが社内にいないか、どんな要因が取り組みを不可能にさせているのか、その要因は取り除けるか、そこさえ打ち砕けば全体が一気に取り組みやすくなる最重要中の最重要ポイントはないか、などの視点で切り分けます。

困難な課題をパーツに分解した上で、それぞれについて改めて収集・分類・選別のプロセスを行ってみることもできます。

数値化による絞り込み

多数の課題を絞り込む現実的な方法として、数値化があります。

議論によってはこれ以上絞り込むことができない状態になったら、メンバー全員が、すべての課題について、「重要性」と「取り組み可能性」を10点満点で評価します。

評価が出揃ったら、課題ごとに「重要性」と「取り組み可能性」それぞれの平均値をとって比較します。課題が多い場合は、「重要性」と「取り組み可能性」をX-Y軸にした散布図にプロットすると見やすくなります。

この中から、「重要性」と「取り組み可能性」が共に高い項目から、最優先の課題を選びます。

野心や願望がせめぎ合うとき

野心や願望は行動の動機となり、灯台のような存在として目標達成へと導くものだと一般に考えられています。

個人も組織も幾つもの野心を抱いているのが普通ですから、複数の野心や願望がせめぎ合う状況が生じることも少なくありません。

このような状況では、とるべき行動に制約が課されることになり、複数の野心や願望を満たせる現実的な行動はないということにもなりかねません。

そうなると、多くの人は思考停止して何も決められなくなるか、2つか3つの中途半端な解決策の間でいつまでも決めかねて迷うということになりかねません。

あるいは近視眼的になって目先の利益に走ったり、最悪の損失だけは避けようと必死になったりします。

この場合、組織が直面する問題は、外部からの脅威ではなく、内部における野心や願望のせめぎ合いそのものであり、その最も激しく対立するところに、問題の最重要ポイントが存在します。

この状況を抜け出すには、野心や願望が課す制約条件のどれかを緩和するか、排除しなければなりません。リーダーを交代させざるを得ないこともあります。

最後の決断

どうしても意見が割れたときに、誰の意見を重んじるべきかと言えば、組織のヒエラルキーはそうした意見対立を解決するためにあるということになります。

人によって判断が違うのはなぜか、その原因をとことん議論すべきです。その仮定で基調なヒントが得られるかもしれません。