戦略は設計である − ルメルトの戦略論⑦

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

「戦略」という言葉は、もともとは戦争のためのものでした。

もちろん、戦争と企業経営では相違点が多いですが、そのことに十分に注意すれば、戦争の歴史から学べることは多く、企業経営に賢く活かすことは可能です。

戦略は選択であるとか、意思決定であるとよく言われますが、選択肢が明確に分かっているケースは滅多にありません。

戦略は問題解決の一種です。その問題はその会社に特有のものですから、戦略はゼロから自分たちでデザインしなければならないのです。

戦略の父ハンニバル

戦争戦略の古典的な例として今日でも研究の対象になっているのが、ハンニバルの戦略です。特に、第二次ポエニ戦争中、ローマ軍に完璧な勝利を収めたカンネーの戦い(紀元前216年)に、ハンニバルの優れた戦略が見て取れます。

ハンニバルの戦略において、ルメルトが特に注目するのは、次の3つの面です。

  1. あらかじめ入念に練り上げられたこと
  2. 敵の行動を予測していたこと
  3. 明確な意図を持って全軍の行動をコーディネートしたこと

事前準備

ハンニバルの戦略は、あらかじめ情報を収集し、入念に計画されました。

戦略を巡っては、事前の準備と臨機応変とのバランスが常に問題になりますが、準備がゼロということはあり得ません。

予測

戦略策定で基本的な要素の一つは、敵の考えや行動を予測することです。

戦場でより機動力を持っていたのはローマ軍のほうでしたが、ローマ軍は軍隊として旧態依然の組織や規則に縛られており、ごく標準的な訓練しか受けていないとハンニバルは見切っていました。

しかも、ローマ軍の2人の司令官の特徴や傾向は、ハンニバルにはすでに分かっていました。そのため、ローマ軍はハンニバルの罠にはまっておびき出され、完全包囲の状態で大敗しました。

設計

ハンニバル軍の行動は、時間的にも空間的にも巧みにコーディネートされ、オーケストラのように調和がとれていました。

無線連絡などできない時代に戦争に勝つ基本は、陣形を維持し、規律を保ち、パニックに陥らず、絶対に逃げ出さないことでした。

戦略は選択であるとか、意思決定であるとよく言われます。しかし、これはリーダーにとってさほど役に立つとは言えません。なぜなら、選択肢が明確に分かっているケースは滅多にないからです。

戦略は、決定というより設計です。選択肢の中から選ぶのではなく、自らデザインするものです。組織の命運を決するような重大かつ困難な課題を解決するために、方針と行動計画の組み合わせを設計しなければなりません。

最高の組み合わせを探す

企業の戦略立案は、大規模な設計作業です。直面する問題が大きいほど、あるいは目指す目標が高いほど、様々な要素の相互作用を考慮しなければなりません。

設計において、複数のパラメーターを相互に微調整していくと、価値が最大化する最高の組み合わせを見つけることができます。

良い戦略も、様々な方針や行動をコーディネートして目標を実現したり、困難を乗り越えたりします。

トレードオフ

システム設計の大半は、サブシステムの相互作用、すなわちトレードオフを見極めることにあります。システム全体の性能は、各サブシステムの能力の単純合計で決まるのではなく、その組み合わせによって決まるということです。

設計とは、その最適の組み合わせを見つける作業です。すでに能力が決まっている場合は特にそうです。戦略を考えるときにも、常にトレードオフに注目する必要があります。

逆に能力や技術が向上すれば、それほどコーディネーションに頭を悩ませなくてもよくなります。つまり、リソースの品質とコーディネーションの必要性とは互いに補い合う存在です。

一分の隙もないほどの緻密なコーディネーションによって与えられた条件を満たそうとすることは、多大な費用のみならず時間や労力を伴います。

通常、製品を作るにしても、事業を運営するにしても、常に完璧な組み合わせを見つけるには及びません。

ごく特殊な条件に適った完璧な組み合わせは、見つけるのが難しく、取り扱いに注意を要するうえ、条件の変化に柔軟に対応できません。

一般に、制約条件が緩やかなほど、そうした必要はないので、より広い用途や市場を対象にすることができます。

戦略的リソース

戦略的リソースとは、その会社が長い時間をかけて築き上げたり、独自の手法で創造したり発見したりした息の長いリソースであり、他社には簡単に真似のできないものです。

リソースと行動の関係は、資本と労働の関係に似ています。ダムという資本財は、建設に途方もない労働を必要としますが、一旦完成して運用を開始すれば、さほど労働を投入しなくても長期にわたって稼働させることができます。

戦略的リソースがあると競争の有力な武器になるので、戦略のほうはそれほど高度である必要はありません。

リソースが乏しいほど、それをを巧みにコーディネートする高度な戦略が求められます。その意味で、後世に残る優れた戦略は、乏しいリソースの巧みなコーディネートであると言ってよいでしょう。

既存のリソースは、新たなリソースを生み出す源となり得ますが、イノベーションの阻害要因にもなり得ます。有利なリソースに安住すれば、その後の戦略がおろそかになる危険があるからです。

賢い企業経営を目指すなら、古くなったリソースを時に応じて排除しなければなりませんが、深く根を下ろした戦略的リソースを排除するのは簡単ではありません。

あまりに有利な地位を占め、さしたる努力もなしに利益が上がるようになると、ぬるま湯につかって楽をしたくなるものです。「高業績が続くのは経営がいいからだ」と考え、過去の努力の実りを刈り取っているだけだということを忘れてしまいます。

成功は怠惰とうぬぼれを招き、衰退や低迷につながります。時間が経つにつれて強固な意志も緩み、積み上げたリソースで食いつないでいくようになっていきます。

うまく組み合わせて緻密な戦略を設計する気力が消え失せると、各部門がバラバラに関連性のないプロジェクトを実行し始め、競合する製品で市場を奪い合うことにもなりかねません。そうならずに済む企業は滅多にないからこそ、新参企業が戦略的につけ入る隙が出てきます。

ですから、手持ちのリソースを賢く組み合わせた戦略を探したいなら、長期にわたって成功を謳歌している企業ではなく、その市場に参入してくる企業に注目するとよいでしょう。