リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。
この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。
何かを計測するときには、必ず比較が行われます。企業のほとんどの活動は財務報告に反映されるため、財務報告が診断の出発点になるケースが多いでしょう。
比較をしたら、なぜそのような違いが出ているのかを考えます。
なお、外部との比較では、条件を揃えるなどの調整が必要ですので、いくらか難しくなりますが、ときに予想外の知見やヒントを得ることができます。
データの再分析
既存のデータを新たな視点から見ると、予想外の問題点や意外なチャンスを発見できることがあります。
多くの企業では、製品をタイプ別に分類して原価計算を行っており、労働者・原材料・工場経費もタイプ別に割り当てていることが多いでしょう。この分類の仕方を変えてみるだけで、新たなヒントが得られることが少なくありません。
データを改めて分析することで、過去の診断が覆されることもあります。長年の見方を放棄するのは容易ではありませんが、再分析を活かして診断をやり直し、新たに浮かび上がった課題に取り組む価値は小さくありません。
産業分析
マイケル・ポーターの「5フォース」フレームワークは、産業にフォーカスして経済分析を行う産業組織論に基づいています。
5フォースとは、その産業の収益性を脅かす5つの競争要因のことで、「競合他社の脅威」、「新規参入の脅威」、「売り手の交渉力」、「買い手の競争力」、「代替品の脅威」です。
このフレームワークは産業のパフォーマンスを分析するためのツールであり、個別企業のパフォーマンスが対象ではありません。よって、ある産業に属する企業の利益率に大きなばらつきがあるなら、5フォース分析には適していません。
概ね均質の企業で構成されているような産業が分析の対象です。似たような企業がどこも低い利益率に悩まされ、値引き競争に陥っているようなケースに役立つはずです。
しかし、現実の産業の大半では、構成企業の利益率はまちまちですから、「産業の収益性」といった概念にはあまり意味がありません。
ルメルトによると、連邦取引委員会(FTC)が公表している収益性データの詳細分析に基づき、産業・企業・事業分野が収益性に及ぼす影響の相対的な度合いを統計的に推定したところ、事業分野の収益性のばらつきのうち、産業に起因すると推定されたのはわずか4%であったといいます。
これに対して、事業分野の特性に起因すると推定されたのは44%です。つまり、利益率の差の主要因は事業分野にあり、産業ではなく、個別企業ですらないと考えられます。