組織の機能不全に対処する − ルメルトの戦略論⑬

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

問題は常に外部から来るとは限りません。ときには組織自体が問題であることもあります。組織の対応力が不足しているといったケースです。

必要なスキルが備わっていないのかもしれません。人材の発掘や配置に関し、リーダーシップや組織構造やプロセスに問題があるのかもしれません。

こうした問題の最重要ポイントは、経営陣が組織をどのように設計したか、どう運用してきたかということに関わってきます。

組織が原因で生じる最も一般的な問題は、その組織が得意としてきたこと、専門にしてきたことの歴史に根ざしています。ある時代にうまくいったこと、とりわけ成長し繁栄していた時期に最高にうまくいっていたことが「ウチのやり方」として定着しています。

トインビーは、この現象を成功体験の「偶像化」と呼び、文明衰退の一因と断じました。

組織と文化が戦略的な要素であることは言を俟ちません。この2つが企業の競争的地位を支えている間は、強みの源泉となります。

しかし、効率や変化やイノベーションの重石となるようなら、戦略上の不利益となります。組織の危機を無視した壮大なミッション・ステートメントや成長戦略は、それ自体が問題の一部です。

リーダーは、外向きの目標達成に注ぐのと同じ熱意をもって、社内の問題に取り組まなければなりません。

転換点

2009年に破産したGMでは、「率直な現状分析が、いつの間にか差し障りのない形に修正される」、「出世第一主義がはびこっている」、「官僚主義がまかり通っている」、「社内の不信感が根強く、万事につけ確認・再確認でスムーズに事が運ばない」、「有能な人材のエネルギーが社内の駆け引きに費やされ、市場に向かわない」などの問題があったといいます。

社員はより効率的に創造的に働こうという意欲がなく、会社の構造も企業文化も創造性を刺激するより調和や服従を重んじていました。報奨制度もその方向で自動的に運用され、見直される気配もありませんでした。既定路線に従ってさえいれば、誰も傷つくことはないと考えられていました。

規模と慣性

質量が大きいほど慣性は大きくなります。組織が大きくなるほど慣性は大きくなり、組織運営は難しくなります。

規模が大きくなれば、いくつもの専門家集団を調整し、調和させる苦労が大きくなります。情報を必要な部署に確実に伝達することも困難で時間がかかるようになります。

規模が大きいほど個々の努力の効果が薄れるので、モチベーションの維持は難しくなります。

規模は、組織にとって絶縁材であると同時に緩衝材となり、問題を遮断あるいは緩和してしまうため、対応が遅れたり鈍くなったりしがちです。

規模が大きくなるにつれて活動の範囲が広がるため、どれほど有能な経営陣でも掌握しきれなくなり、正しい方向に導くことが難しくなります。

成功している大企業があるとすれば、経営陣がそうした困難をクリアできるような組織構造や業務プロセスを作り上げ、かつ賢明に運営しているということになります。

組織改革、組織再生

直面する問題や課題の最重要ポイントが組織にある場合も、診断、最重要ポイントへの集中、一貫した行動によって解決は可能です。

しかし、多くの伝統的企業の場合、本気の改革は困難です。教育水準が高く、意識も高い経営陣が、複雑な組織の頂点に居座っています。

経営陣の多くは、自分が監督すべき技術や業務についての限られた知識しか持ち合わせておらず、業績報告を読み、それに基づいて経営しています。これでは、よりよい結果を要求する以上の「戦略」など立てようがありません。

成功した企業では、予算も人員も潤沢なので、その潤沢さが緩みにつながっています。緩んだ組織では、古い構造や習慣が賞味期限切れになっても生き続けています。

成功し、利益のあがっている大企業で、現行事業の生産性向上と変革の両方にフォーカスするのは困難です。

伝統的な組織で抜本的な改革を始めようとすると、終わるまでに何年もかかりかねません。ルメルトによると、平均5年はかかるといいます。改革とは、ほぼ必ず経営陣のすげ替えを意味します。

経営改革についてルメルトが重要だと考える点がいくつかあります。

第一に、経営陣は口先だけでなく本気を出さなければなりません。伝統を覆す居心地の悪さや痛みも進んで受け入れる姿勢を示さなければなりません。

本気で取り組まない人間を改革チームに入れてはなりません。規模の大小を問わず、組織改革に取り組むコアチームは、トップの人間5〜8人で編成します。

その下に、実際に改革プロセスを実行する20〜40人のマネジャー・チームを置きます。日々改革を進行させ、チェックする実働部隊がいなければ、掛け声倒れに終わります。

ミドルマネジャーを改革実行チームに引き入れ、会社が直面する個別の問題を解決する役割を与えると、改革をやり遂げたメンバーは次世代のリーダーに育つはずです。

第二に、本格的な改革を実行する前に、複雑な組織を整理します。不必要な業務を洗い出し、切り捨てるか外注します。情報の流れを悪くしている余計な手続きや関門を排除します。規模の大きい単位を解体します。

これによって、それまで幅を利かせていた大きい部門の権威は失われ、潤沢な予算の分け前に与っていた赤字ユニットが明るみに出るはずです。そこで、赤字や無駄の多いお荷物を排除します。

このようにして、行き過ぎた多角化、多過ぎる製品、ニッチ市場を刈り込みます。

組織の整理を行うと、会社の基幹事業がはっきり見えてくるので、始めて組織再生が可能になります。