金融市場の自由化による経済の不安定化 − グローバリズムの正体⑦

金融市場の自由化は、国際通貨基金(IFM)が支援と引き換えに強要した政策のうち、最も害が大きかったと言っても過言ではありません。

自由化の提唱者が唱えた疑わしい主張の一つは、資本市場の管理が経済の効率性を妨げているというものでした。そうした管理がなければ、資本は自由に流入し、金利も下がり、国はもっと成長するはずだと言いました。

しかし、先進国も含め、どんな国も自国の金融市場を適切な規制のもとに置くべきであり、過度な規制緩和は金融市場に大変な問題をもたらします。

実際、資本市場の規制緩和によって生じた銀行危機と景気後退は、先進国にとっても痛いものでしたが、発展途上国では遥かに深刻でした。景気後退の衝撃を和らげるセーフティ・ネットがないからです。

途上国の金融市場には競争がほとんどないため、自由化しても金利が下がるとは限りません。

むしろ、農民は高い金利を払わざるを得なくなり、ぎりぎりの生活を維持するのに必要な種子や肥料も買えなくなるのです。

投機的な不動産融資の弊害

タイは、銀行が投機的な不動産取引に融資できないように規制しました。国の僅かな資本を製造業に投資することが雇用の創出と成長の強い支えになると確信していたからです。

投機的な不動産取引への融資が、世界中で経済を不安定にする主な要因になっていることは明らかでした。この主の投資はバブルを生み、弾け、経済は崩壊します。

ところが、IMFは、危機を防ぐためにタイのような規制を設けると、市場の効率的な資源配分を損なうと主張しました。

ホット・マネーによる為替相場の混乱と経済の不安定化

資本市場が自由化されれば、投機的なホット・マネーの流出入をコントロールしていた規制も撤廃されることになります。そうした短期の貸付や契約は為替相場の混乱の元です。

タイでは、現に、投機家の襲撃にさらされました。投機家は、ある通貨の価値が下落すると確信すれば、その通貨からドルに乗り換えようとします。それが進めば進むほど、予言が的中するようにますます通貨は下落し、通貨は売られるようになるという悪循環が起こります。

このような場合、政府が準備金を取り崩してドルを売り、自国通貨を買い戻して、通貨の価値を保とうとします。しかし、いずれは準備金も底をつき、通貨は急落します。

そこに至って投機家は通貨を買い戻し、利ざやを稼ぐわけです。

このような場合のIMFの反応はいつも同じでした。巨額の資金を提供して、その国に為替相場を維持させようとしました。

ところが、この資金は別のところに使われました。欧米の銀行から借金していた国内銀行に借金を返済させたのです。つまり、途上国への援助であるはずのIMFの資金は、欧米の銀行への財政援助として使われるのです。

IMFの資金が為替相場の維持に使われたとしても、その効果は一時的です。IMFの資金で自国通貨の相場が一時的に回復したときに、国内の富裕層が自分の資金をドルに変え、外国に流してしまうのです。いずれは資金が底をついて通貨は急落しますので、IMFの支援で富裕層だけが得をするのです。

ホット・マネーは、工場建設や雇用創出に使うことはできません。何かあればすぐに引き揚げられる資金を長期的な投資に使うことはできないからです。

ホット・マネーに伴うリスクは、発展途上国での長期的な投資を魅力のないものにしてしまいます。

ホット・マネーの不安定な資本移動に伴うリスクに対処するため、各国に決まって助言されるのが、短期の外貨建て貸付金と同額の準備金を用意することです。例えば、途上国がアメリカの銀行から金利18%で1億ドルの融資を受けた場合に、それと同額の準備金としてアメリカの国債1億ドルを金利4%で購入するわけです。この著しい金利差で得するのはアメリカだけです。アメリカは、こういうやり方でも自国の利益を追求するのです。

マレーシアはIMFの処方に従わず、厳しい資本規制によってホット・マネーの変動リスクに対処しようとしました。国外の自国通貨を引き揚げ、国内の人間が国外で資本交換することを規制しました。国外ポートフォリオ資産の引き揚げも一時凍結しました。

スティグリッツ率いる世界銀行のチームは、マレーシアの資本取引規制を出国税に転換しました。税金のような市場を基盤とした介入のほうが直接的な規制よりも効果が大きく、反作用が少ないと考えられているからです。しかも、税金なら段階的に下げていくことができます。この方法は、IMFに従ったタイに比べて遥かに成功しました。

自由市場による効率化の嘘

IMFは常に、自由市場にすれば効率が上がる、効率が上がれば成長が早まるという単純な論法を根拠にしていました。自由化されなかったら国は外国資本を惹きつけられない、特に直接投資は望めないと主張しました。

しかし、IMF流の自由化が急速な成長にも設備の増大にもつながらないことは、様々な統計調査で確認されており、途上国での実施結果でも明らかです。

資金を引きつけるのに資本市場の自由化は必要ありません。例えば、東アジアの高い貯蓄率を考えれば、この地域に追加の資金はほとんど必要ありませんでした。東アジアでは、むしろ貯蓄をいかにして投資に回させるかが課題だったのです。

自由化による資金源多様化の嘘

自由化推進派の主張するもう一つの議論は、自由化は資金源を多様にすることによって経済の安定を強化するというものです。

しかし、IMFは資本の自由化を一種の市場参入の機会とみなしているに過ぎません。より多くの市場にアクセスできれば、より多くのお金が儲けられるというわけです。それが国の経済の安定に役立つというのです。国の経済が下降局面に入ったとき、国内の資金が足りない分を外国に埋めてもらえるというのです。

銀行は、融資を必要としない相手に融資をしたがります。外国の融資者は、国が財政困難になれば資金を引き揚げ、経済を更に悪化させます。国が外からの資金を必要としているときほど、銀行は資金の返済を求めるのです。

つまり、資本は国の景気が悪くなったとき、すなわち国が最も資本を必要としているときに流出し、好景気になると流入してきて、インフレ圧力を更に強めるものなのです。

銀行業においても、現に、外国企業が地元企業を侵略してきました。アメリカの大銀行なら、地元の少銀行よりも預金者に大きな保障を与えられるからです。

外国銀行は、多国籍企業や国内の大手企業には容易に資金を提供しますが、国内の中小企業は資金不足にあえぐことになります。国際銀行の専門知識は、伝統的なお客への融資にしか対応していないからです。

結局、途上国の中小企業にとっては、資金源の多様化になるどころか、地元金融機関が潰れて資金源が枯渇することになるのです。当然、金利も上昇します。

国内銀行と外国銀行の違いは、中央銀行による窓口規制に対する対応にも現れます。窓口規制とは、中央銀行が行う微妙な影響力行使の一つで、経済に刺激が必要なときには融資の拡大を求め、経済に加熱傾向が見られたときは引き締めを求めるものです。

国内銀行は窓口規制に敏感ですが、外国銀行がそれに応じる見込みはほとんどありません。国内銀行は融資制度の基本的な穴、例えばマイノリティや遠隔地などサービスが行き届きにくい集団に対処を求める圧力にも、外国銀行に比べたら応じる可能性が高いと言えます。

自由化によって生じる不安定性は、経済成長にとって好ましくないだけでなく、その不安定性のコストは不公平なほど貧しい人々ばかりに負わされるのです。

経済の安定こそが、投資家にとって最も重要なことなのです。

本末転倒な銀行の安定化

IMFと世界銀行は、銀行の安定の重要性を強調してきました。それが不良債権による損失を出さないという意味だけであれば、アメリカ財務省短期証券だけに投資すればよいことになり、銀行である意味はありません。

必要なのは、その国の経済成長が促進されるように融資をしてくれる健全な銀行をつくることです。それができてこそ、マクロ経済も安定します。

成長がなければ、発展途上国の財政赤字はかさむ一方です。そこにIMFが支出削減と増税を迫るなら、経済の悪化と社会不安の深刻なスパイラルが始まることになります。