この記事では、マービン・バウアーの経営論について、『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社)に基づいて説明してみたいと思います。
事業の針路と重点競争分野を決める作業は、戦略を立てることから始まります。戦略の立案は、計画立案プロセスの初段階に当たります。
「計画立案」とは、心を決めることです。何をどのように実現するか、どんな日程でどれくらい費用をかけるか、などを決めることです。
計画は行動を縛るものではなく、変革を可能にするものです。未来を予想をし、優れた発想で価値を引き出し、成長するための最善の方法を見つけることです。
将来に関わる決断を下すのは、極めて複雑な作業です。いくつもの経営資源が絡む決断には多くの人間が介在し、計画の実行にも多くの社員が関わります。したがって、事業環境を評価し、対応策を計画するに当たっては、何らかの手順を決めておく必要があります。
その複雑な作業を適切な手順で行い、優れた戦略を立てることができれば、その戦略自体が優位性を持ちます。
競争相手は、個別に何をしているかは見ることができるので、それを真似ることもできますが、なぜそうするのかは見えにくく、一貫性も理解しづらいので、同じようにはうまくいかないものです。
計画立案の3段階
企業における計画立案のプロセスは連続的です。
まず大きな経営目標を定め、次に経営目標を目指す過程で節目とすべき到達目標を設定します。
続いて、到達目標を達成するための戦略を立て、戦略を実行に移す事業計画を策定します。さらに、事業計画を単年度の詳細な業務計画に落とし込みます。
計画立案は社員全員に関わるプロセスなので、社内でコミュニケーションが取りやすよう、単純明快な手順を、ガイドブックかマニュアルの形で文書化しておくべきです。
バウアーは、計画立案を大きく次の3段階に分割することを勧めています。
戦略計画
全社・事業部・事業ごとの経営目標を定め、それに沿って到達目標を設定し、到達目標の達成に向けて戦略を立てることです。
全社レベルの戦略計画では、会社の経営資源(人材、資金、技術)を最適配分する意思決定を行います。事業部単位の業績予想、全社にとっての事業機会を考慮しつつ、会社全体の経営目標と戦略に基づいて決定します。
会社と事業部の戦略計画は、下位の計画立案の土台となるので、必ず文書化します。
事業計画
戦略計画を、2〜3年程度のタイムスパンの事業部別・事業単位別の計画に落とし込み、根拠となるデータを添えて明文化します。
事業計画が単年度の業務計画の基礎となり、業務計画が予算編成の基礎となります。
事業計画は全社レベルの戦略計画に客観的な根拠を与え、事業単位ごとに建てられた戦略計画の妥当性を検証し、修正が必要な箇所を洗い出す役割も果たします。
業務計画
業務計画は、事業計画を年間計画の形に分割したものです。業務分担や行程表が盛り込まれ、この計画に基づいて年間予算や設備投資が決められます。
戦略計画とは
戦略計画に体系的に取り組むメリットは、自分たちは何をしたいのか、激しい競争の中でどうすればよいのかを絶えず創造的に考え、事業の成否を分ける要因に常に注意を怠らないようになることです。
その結果、会社は競争力が強化され、複雑化する一方の事業環境に適用しやすくなります。
「経営戦略」とは、「企業の持つ経営資源(人材、資材、資金、経営力)を展開して、競争環境で目的・目標を達成するための技術」です。
そこには、組織を外部環境に適応させること、基本的な問題を解決すること、制約条件に対処すること、先天的・後天的な利点を活かすこと、新たな機会を掴み取ることが含まれます。
戦略を立てる際は、次の2点を考慮します。
- 戦略計画には、戦略そのものの立案だけでなく、目標の設定を含む。
- 企業の成功は、売上高・販売量・シェア、投資利益率(総資産・営業利益率)、優れた経営の継続性という3つの基準で測る。
企業経営における「戦略思考」とは「ダイナミックに変化する環境の中で、事業成功の本質を考え抜くこと」です。経営の「戦略家」とは「事業全体の持続的な成功に関わる基本的な条件に考えをめぐらす人」です。
戦略的に考える経営者は、ある出来事と事業全体の長期的成功との関係性を見抜き、その出来事に対処あるいはそれを活用すべく計画や方針を決めていきます。つまり、経営システムの構成要素(目的、戦略、事業計画、業務計画、行動方針、組織構造など)を軌道修正していきます。
ちなみに、「戦術」とは、戦略を実行するための下位の計画です。「戦術的」行動とは、「戦略のための行動や手段より重要度の低い行動、大きな目的のための小規模な行動、限られた目標のための行動」と定義できます。
戦略計画の立案
戦略計画は、事業単位と会社全体の2つのレベルに分けます。複数単位の事業を束ねる事業部がある場合は、事業部単位のレベルでも策定します。
全社戦略においては、会社が行う事業領域を明確に定義し、それぞれに到達目標を定めます。
事業戦略には、次の3つの戦略が含まれます。
- 市場戦略重点市場セグメントの明確化、製品・サービスの提供方法
- 利益戦略製品・サービスの利益率を高め、収益を最大化する方法
- 人材戦略
有能な人材、特に経営の継続性を確保するための優秀な人材を集め、定着させ、育成する方法
これら3つの戦略は、それぞれ、企業の成功を測る3つの基準(売上高・シェア、投資利益率、経営の継続性)に対応します。3つの戦略が一つにまとまって基本戦略となります。
戦略立案プロセスでは、事実に基づく姿勢を貫き、創造性に富む代案を偏見なく検討します。
戦略計画の責任者
事業構成など会社全体のグランドデザインに関わる戦略計画は、CEOが決定あるいは提案し、取締役会が承認します。
CEOは、戦略を決めるに当たって助ける借りることが普通です。目標や戦略を日頃から意識しているライン部門の長5〜6人程度で「シャドー・キャビネット」を組織します。
規模の大きい企業や事業部の場合には、シャドー・キャビネットに会社全体(または事業部全体)の計画に携わるスタッフ部門の長(戦略計画の全段階を補佐するスタッフの総責任者)を加えます。
戦略の変更は、通常、業務の根本的な変革を伴いますので、戦略の実行にはCEOの権威や指導力が不可欠です。適切に設計された経営システムがあれば、変革への抵抗を減らし、効果的な行動を呼び起こすことができます。
業界動向の分析とポジショニング
戦略計画策定の基礎として、業界の収益動向を分析し、会社・事業部のポジショニングを把握します。
業界分析では、大きなトレンドに着目し、次の項目を検討します。
- 他業界と比較したときの売上高、コスト、価格、投資利益率の動向
- 業界の収益構造。特に売上、資材、雇用状況、設備投資、市場への浸透、販売店の力など、収益性を左右する主な要素
- 業界の参入しやすさ、しにくさ
- 現在・将来の需要と生産能力との関係、それが価格・利益に及ぼす影響
次に、自社について、売上高やシェアなどの動向を評価し、競争における強み・弱みを明らかにします。その際、主要市場・セグメントごとに分析し、主要製品グループごとに強み・弱みを見極めます。
このようにして、自社のポジショニングを知ることができます。分析結果は文書で残します。
経営幹部には、変化の波に押し流されるのではなく、会社を取り巻く環境にうまく適応していこうという固い決意が必要です。
事業環境や競争条件についても、事実に基づき評価します。常にアンテナを張り巡らせ、業界動向や会社のポジショニングを変えるような動きに目を光らせ、その影響を見定めて、多くの選択肢を自由な発想で吟味します。
経営目標
経営目標は、利益を出すことではありません。利益は、買い手に価値を提供する見返りについて来るものです。
経営目標は、価値ある製品・サービスを提供し、それによって売上や利益を伸ばす資格を得ることです。顧客、販売店、社員、株主への企業の貢献を相対的に測る物差しが利益です。この貢献を最大化することが、長期的に利益を最大化する唯一の道です。
経営目標は「使命」と言い換えることもでき、会社はどうやって人の役に立ち、社会に貢献するのかを明確にします。時が経っても色褪せず、「我々はこれを目指す」、「我々がやりたい仕事はこれだ」など、分かりやすい言葉で表現します。
あらゆる企業に共通する目標としてよく掲げられるのは「成長」です。成長重視の姿勢は、市場戦略・利益戦略・人材戦略の基本として意識する必要があります。
有能な人材を集めて経営の継続性を確保するためにも成長は不可欠です。成長がなければ昇進や昇給の機会がないので、有能な人材を定着させるのは困難です。
社員の意欲を高めるうえでも、成長の意義を語りかけるのは効果的です。企業の存続のために成長が大切であることが社内に浸透すれば、経営の意思は育まれ、社員一人ひとりの向上心が養われます。
市場戦略の策定
戦略の立案は、市場戦略から始めます。市場戦略とは、顧客(製品やサービスを実際に使う人)に価値を提供する方法を見つけることです。
市場戦略の主眼は、究極的には顧客です。しかし、購買決定に影響を及ぼすあらゆる要素が織り込まれているのが、優れた市場戦略です。
最初の手順としては、市場戦略の材料(事実)集めとして、購買決定を下すのは誰か、影響を及ぼすのは何かを特定する必要があります。
販売店、ディーラー、小売店など、企業とエンドユーザーの間に介在する仲介業者も残らず考慮します。彼らにもアピールする戦略であるべきです。
市場戦略は、4つの戦略要素(性能、サービス、ブランド、価格)を中心に、事実に基づいて組み立てられます。製品の性能、サービス、ブランドの力を合わせた相対的な競争力が価格に反映されます。
性能
製品の性能は、実際に他社製品を上回っていること、その優れた性能がごく普通のユーザーにも直ちに見抜けることが重要です。
性能の意味するとことは決して狭くありません。「よく切れる」などの具体的な要素、「長持ちする」などの金銭的な要素は、競合品との比較が容易で分かりやすい要素です。時流に合っている、デザイン性、ステータスなどの抽象的な要素もあります。
市場戦略では、まず使い手にとっての性能を常に第一に考えます。これこそが価値を生み出し、利益を手にする資格を企業に与えてくれる最重要の要素です。
サービス
サービスの優位性にも様々な形があります。
製品に付随するものとしては、製品の買いやすさや手に入りやすさ、配送が早く確実であること、ユニークな組み合わせで提供されていること、行き届いたメンテナンスが提供されること、理由にかかわらず返品を受けつけること、などがあります。
ブランド
ある製品の性能やサービスに満足した経験がある人は、その会社のブランドを信頼するようになり、そのブランドの製品を好むようになります。
広告が、ブランドや会社に対する信頼感を高めるケースもあります。ただし、実際の性能が広告と一致していることが条件です。
ほとんどの消費者は、全国的に広告されるブランドを好むようです。大々的に広告するような会社なら、品質やその他の性能の謳い文句も信用できるだろうと考えるからです。
価格
買いたいと思わせるような明らかな優位性を、性能、サービス、ブランド面で提供できないときは、最後の手段として、価格を下げるしかありません。シェアを拡大し、利益を確保し得る競争価値を生み出すために、値下げが必要です。
もっとも、低価格であることを武器にする戦略もあります。資材コストを引き下げ、業務の生産性を高め、優れた商品を廉価で提供することは、企業の本来的な営みです。
利益戦略の策定
市場戦略から、おおよその利益水準が分かるので、それに基づいて利益戦略を立てます。
とは言え、利益をあげる資格を得ることと、潜在利益を現実利益に変えることとは全く別ものです。潜在利益を現実利益に変えるために重要なのは、優れた分析と資源の集中投入です。
効果的な利益戦略を立てるには、自社事業の収益構造をよく理解していなければなりません。収支やコスト構造はもとより、それぞれが最終利益に及ぼす影響も把握する必要があります。
利益がどのように生み出されるかを事実に基づいて正確に把握するために、利益に影響を及ぼす要因を洗い出し、その相対的な重要度を分析します。全体的な効率、すなわち費用対効果、生産性、コスト削減も考える必要があります。
事業ごとに損益分岐点を示すチャートを用意すると、販売量・価格・製品構成が利益に与える影響を一目で見て取れます。
利益要因分析に基づいて、利益を最大化するためにはどの要因がどれほど重要か、順位をつけます。最も重要な要因には、潤沢な資金や有能な経営幹部の投入など、断固たる経営の意思を持って取り組まなければなりません。
優先順位を与えられたマネジャーはやる気を出し、高い生産性を最適コストで実現すべく意欲的に取り組みます。
人材戦略の策定
リーダー育成は戦略的に取り組む必要があります。つまり、リーダー育成のニーズを踏まえて市場戦略や利益戦略を調整する必要があります。
利益要因分析の一環として、コア事業における人材の重要性を評価します。とりわけ大切なのは、現在および将来に必要なリーダーの質と量を評価することです。