計画から実行へ − マッキンゼー マービン・バウアーの経営論⑧

この記事では、マービン・バウアーの経営論について、『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社)に基づいて説明してみたいと思います。

経営の意思が意味を持つためには、最終的には目的に沿った生産的な行動に結びつかなければなりません。その行動の主体は、言うまでもなく社員です。

したがって、会社をうまく経営するためには、目的に向けた建設的な行動を促す刺激や仕掛け、すなわちモチベーターを組み込む必要があります。

社員を動かす方法には、命令、ペナルティ、助言、激励、恫喝、無理強い、指導、鼓舞、報奨など、様々なものがあります。最も良いのは、社員が自ら率先して行動し、自らを管理することです。

経営の意思を活かすためには、状況に応じていろいろな方法を組み合わせ、あるいは全てを使いこなす必要があります。これらを一言で表現する言葉が「モチベーター」です。

モチベーターは、経営システムと一体化されたとき、最も効果を発揮します。経営システムと一体化し得るモチベーターを整理すると、次のように分類できます。

  1. 命令
  2. 懲罰
  3. 助言
  4. 報奨
  5. 前向きな姿勢
  6. コミットメント
  7. 自己責任
  8. リーダーシップ

1.から7.までは、強い他律性から完全な自律性に至る段階でモチベーターを列挙しています。8.のリーダーシップは、前の7つの要素を補うものです。

リーダーシップがあれば、命令や懲罰は僅かでも、社員は仕事に前向きになります。報奨は有効に活用され、部下は経営目標の実現にコミットし、自己責任で行動するようになります。

自己責任

一人で独立して仕事をする人たちは、否応なく自立しなければならず、すべての結果は自己責任です。自己責任によって働くとき、人は生産的にならざるをえません。

しかし、集団になったとき、一人ひとりの自己責任を要求することは非常に難しくなります。

ここで「生産的」とは、目的に向かって満足のいく仕事を効率よくやり遂げることです。実のところ、自己責任だけで生産的になるとは限りません。自己責任によって、がむしゃらに努力せざるを得ない状況に置かれるとしても、それ自体が高い生産性を生み出すことにはならないからです。

しかし、経営システムによって計画性のある企業経営が機能していれば、自己責任と相まって、社員を生産的にすることができます。

社員に自己責任を要求することは難しいという考えが、今でもあるかもしれません。しかし、厳しい規律で締め付けたり、事細かに指図するよりも、自主管理に任せたほうが仕事の能率が上がります。

ほとんどの人は働いて何かを達成したいと思っており、そのように仕向けることができます。地位に関係なく仕事は充足感の源泉であり、心から夢中になれるものです。

ただし、そのような本来的な考え方が実現するためには、会社の仕事に価値があり、かつ、自分たちの努力は会社の業績に直結すると信じられることが必要です。

「許され、あるいは奨励されるなら、社員は喜んで責任を引き受け、能力を余すところなく発揮することができる」という考え方を、経営プロセスや経営幹部の行動に反映させる必要があります。

社員に自己責任を要求するということは、その前提として社員に自由を与えることを意味します。とは言え、社員に無制約の自由を与えて組織が機能すると考えることはできません。

自由を与える前に、行動の枠組みを決めておく必要があります。経営システムが整っていれば、枠組みが自ずと決まり、足りないところはリーダーシップで補うことができます。

自己責任の浸透に必要な要素は、次の経営システムによってもたらされます。

  • 経営理念(われわれのやり方として、すべてに優先する力強い信念を掲げる。)
  • 戦略計画(経営目標とそれを達成するための戦略を明確にする。)
  • 行動方針・基準・手順(戦略を実行に移す時の指針を定める。)
  • 組織計画(やるべき仕事を定義し、それに必要な権限を割り当てる。)
  • 事業計画・業務計画・コントロールシステム(戦略を実行する計画を定め、情報を提供する。)
  • モチベーター(社員が目的意識をもって価値を生み出すよう促す。)

これらの経営システムによって決まる行動の枠組みは、細か過ぎず、規則ずくめでもありません。あくまで指針であって指図ではなく、個人の決定や行動の余地は大きく、自主性が奨励されます。

命令や罰則を最小限にとどめ、仕事のやり甲斐と達成感によって社員のモチベーションを高めようとします。

目標を訴え、規範を示し、職場に活気ある雰囲気をつくり出すためにリーダーシップが発揮されます。

自己責任の有効性を示す例証として、参加型経営があげられます。行動方針や計画の立案に社員の参加を求めることによって、方針や計画の質が向上するだけでなく、実行段階で社員が自発的に取り組むようになるので、自己責任を促す効果があります。

とは言え、理想と現実は違います。自己責任だけで組織をうまく機能させることは難しく、その他の方法も併用しないと社員が一歩を踏み出せないということは、現実として認めざるを得ません。

命令

命令に対する反応は、自己責任とは正反対のものになります。

経営システムが機能していれば、命令はあまり必要ありませんが、多くの企業はシステムが整っておらず、自己責任よりも命令など強制的な方法に頼りがちです。

命令は控えめに下すべきです。命令された人間が、理詰めで反対意見を申し立てたり、本能的に反抗できる程度のソフトさで命令するほうがよいでしょう。

部下のやる気を削ぎ、意見の具申を躊躇させるほどに強引な命令や、気まぐれで有無を言わせぬ命令は、避けるべきです。

懲罰

人間は過ちを犯すものですから、懲罰がないと、経営システムは効果的に機能しません。

経営システムが機能している企業に適した懲罰としては、譴責、手当やボーナスの減額・打ち切り、昇進の先送り、業績が改善されない場合の解雇、などがあります。

高齢化する役職者の成果を維持するため、早期退職と年金の減額を実行している企業もあります。

幹部に対する懲罰は、公平な配慮をもって適用されるならば、社員に大きなインパクトを与えます。

懲罰は控えめに適用すべきですが、必要なときに躊躇してはいけません。人事方針の厳格な運用は社員の忠誠心を引き出し、状況に見合った公正な懲罰にはモラルを高める効果が期待できます。

助言

助言が命令より好まれるのは、受け手に諾否の選択が任されているからです。

助言が企業内で生かされ、行動の形で実を結ぶためには、事実を重んじ、客観性を旨とする経営理念が貫かれていることが必要です。

助言をする側にはスキルが必要です。助言の意図を誤解なく伝える術が要求されます。状況をよく把握していること、相手の態度に敏感であることも必要です。

助言する相手のものの見方、偏見、行動様式や心理状態に影響を及ぼす条件、相手の長所短所、社内での人間関係などを十分に理解している必要もあります。その社員が、助言に従って行動する意思や能力があるかも見極めることができなければなりません。

報奨

報奨には、仕事に対する意欲を高める効果があることは確かです。しかし、その効果を過大評価している経営幹部が多いようです。

給料、ボーナス、ストック・オプション、その他追加手当などの金銭的報奨によって、幹部社員をつなぎとめることはできますが、それで彼らが意欲をもって生産的に働くとは限りません。

有能な人材は、ほぼ例外なく、しかるべき報酬を望みますし、それが得られなければ会社を辞めるのは確かです。しかし、彼らはカネそのものではなく、自分の業績に対する評価、達成度の目安として報酬を望むのです。

したがって、経営システムの一環として適切に活用するなら、報酬の効果は一段と高まるはずです。

前向きな姿勢

仕事に前向きであることは成果をあげる大前提ですが、その大半は経営のやり方で決まってしまいます。

報酬が公正であることを条件として、社員は、次の3つの理由から仕事に前向きになります。

  • 自由裁量の余地があること
  • 業績に基づく昇進の機会が用意されていること
  • 仕事から達成感が得られることです。

自由裁量の余地

企業が成果をあげるのは、そこで行われている数多くの仕事の一つひとつが完遂されることによってです。したがって、一つひとつの仕事に携わる全ての社員が、自分の才能を最大限に発揮する機会を与えられることが重要です。

企業では、責任と権限、そして自由に仕事を進める権利のどれが欠けてもいけません。組織構造によって責任が定まり、権限委譲によって社員に自由裁量の余地が与えられます。これらが結びつくことによって、社員一人ひとりの仕事のやり方が組織の目的へと収斂します。

前向きな姿勢と行動の自由との間には、明らかに相関関係があります。一方で、何らかの決まりや縛りがなければ、会社の目的は達成できません。したがって、個人の自由は直接与えるものではなく、経営システムを通じて自ずと実現すべきものと考えられます。

もちろん、リーダーは、適切な経営システムの下で、部下が自分のやり方で仕事を進めることを奨励することも大切です。

達成感

人間にとって最も強いモチベーションとなるのは、何かを達成したことの誇りです。

バウアーが行った調査によると、社員が現在の会社にとどまりたいと思う最も大きな理由として、仕事がおもしろくやり甲斐があることをあげています。逆に、転職の理由として、仕事にやり甲斐がないことをあげる人が最も多く、転職先のほうが報酬が高いことをあげる人よりも多かったといいます。

興味が持てない仕事、やり甲斐のない仕事では、有能な人材をつなぎ止めることができません。会社が必要とする優れた人材ほど、面白みのない決まりきった仕事からはさっさと逃げ出します。年金やボーナスやストック・オプションに効き目はありません。

達成感を実感できるのは、その証拠が目に見える形で示された時です。能力のある人ほど、自分がどれほどのことを成し遂げたかを確認したがるものです。

昇進や昇給は確かに一つの目安になりますが、誉められること、認められることもまた達成度の証です。

コミットメント

大企業にとって難しいのは、幹部社員が自分の仕事ひいては会社に対して抱く興味を刺激し、個人事業主の生産性や熱意に負けない水準まで引き上げることです。

仕事に対する興味は、有能な人材を定着させる必須条件です。

コミットメントや献身は、経営の優れた会社、すなわち健全な経営理念を掲げ、社員に行動の自由が保証され、業績に対して昇進のチャンスが与えられ、達成感が味わえるような会社でしか期待できませんが、それだけでは不十分です。

仕事に社会的な価値があること、会社や仲間への帰属意識が持てること、自分の仕事が会社全体の業績にとって意味があることも大切です。

仕事の社会的価値

優れた人ほど社会に貢献したいと強く願うものですから、仕事がどのように社会に貢献できるかを知らせることは重要です。

帰属意識

社員から高い生産性、コミットメント、献身を引き出すためには、会社や仲間に対する帰属意識が必要です。

組織集団が烏合の衆と決定的に違うのは、共通の目標と信念を持っていることです。会社の掲げる目標や信条にどれほど深く共感できるかによって、帰属意識の強さは決まります。

目標が分かっていなければ、達成できたかどうかも分かりません。目標に個人的に関与していなければ、達成できても少しもうれしくないし、誇りにも思えないでしょう。

帰属意識を高める第一の方法は、折りに触れて会社の目標を語り、それが事業にとってどれほど大切かを強調することです。

社員を奮い立たせ、それに向かって努力しようと思わせるような高い目標を設定し、それを強く打ち出します。

目標を伝え、共に学ぶことです。語りかけ、耳を傾けることです。質問を投げかけ、答えを見つけるよう促すことです。こうした実践を通じて目標を社員に伝え、共に働こうという気にさせます。

経営者は、リスクをとるよう社員に求めなければなりませんが、経営者もそのリスクを分かち合わなければなりません。

帰属意識を高める第二の方法は、目標設定に社員を参加させることです。

仕事の重要性

社員の熱意と献身を引き出すためには、仕事の位置づけや重要性を知らせることが大切です。

社員は、自分が仕事を通じて会社に貢献しているという確信と満足感を得たいと望んでいるものです。

リーダーシップ

社員を動かす最高のモチベーターは、リーダーシップです。最高の業績を達成するためには、リーダーシップの能力を育てなければなりません。

経営システムが機能している会社では、リーダーが育ちやすく、リーダーシップの能力も開発されやすいと言えます。

企業のリーダーには、抜きん出た資質や並々ならぬ能力などは必要ありません。経営システムが機能している会社では、経営システムの各要素が行動指針の役割を果たしてくれるので、個人プレーにも依存しません。

リーダーシップに関する研究は多いですが、そのどれにも共通して強調されるのは「誠実さ」です。非の打ち所のない人間である必要はありません。

想像力があり、決断力があり、根気があること、何かをやり遂げようとする強い意志があること、他人の立場や考え方を理解する能力があること、こうした資質を備えた人は決して少なくないはずです。

経営システムはリーダーシップ・スキルを育てる

リーダーとは使命感のある人間です。経営システムが機能している会社では、目標と戦略がきっちり決まっているので、使命は明確です。

経営システムが機能している会社では、目標と戦略に基づく自己責任を求められるので、リーダーシップ・スキルが育ちます。

リーダーは、システムをつくり、維持し、動かしていくために必要なことをこなすよう求められますが、そうした行動そのものがリーダーシップの表現となります。

「我々のやり方」を経営理念として打ち出すことはリーダーの仕事であり、リーダーシップの表現です。経営理念の下に人々は結集し、方向づけられるからです。

戦略を立てることも、リーダーシップの発揮にほかなりません。具体的な戦略を打ち出し、計画を立てて、目標の達成に人々を動員していくことは、リーダーの役割そのものです。

組織的な経営を志すことがリーダーの仕事です。リーダーは人を活かすことが仕事であり、人を活かす仕組みが組織だからです。

有能で組織に相応しい人材を獲得し、育成することはリーダーの仕事です。人を活かす前提は、その組織に相応しい人材が確保されていることだからです。

システムが整ったら、これが社員の行動指針となるように、広く社内に浸透させなければなりません。

リーダーは折に触れ、自らの行動や決定をシステムと関連づけていく必要があります。「これをやって欲しい。これは、わが社の理念に適っている。あるいはわが社の方針にこのように合致する。そして、この行動を取れば、ほかの計画にこのような好影響がある」といった指示を出すべきです。

システムの遵守と伝達は、表裏一体の関係にあります。リーダー自らがシステムを守り、それによって何が達成できるかを部下に示すことが必要です。手本が強力なメッセージとなり、それが部下にも伝わっていけば、経営の意思は一層深く浸透し、リーダーシップを育てると同時にリーダーシップ依存度を下げることができます。

権限委譲を図る一方で、大きな方針はトップが決め、コントロールします。こうした経営システムの下で、個人のイニシアチブや行動の自由と、指導や規制などのバランスをとることが可能になります。

リーダーはコミュニケーションやトレーニングを通じ、会社にはどのような社会貢献ができるか、一人ひとりの仕事は会社にとってどのような意味があるかを知らせ、会社や仲間への帰属意識を高めて、仕事へのコミットメントや献身を導き出します。

経営システムが効果的に機能していると、機会や問題点が自ずと見えてきます。システムの下で社員に自発的な行動が見られない時には、リーダーが主導権をとらなければなりません。特に人事に絡む問題では、公正で断固とした対応を素早く取る必要があります。

計画がうまく機能しないときには、リーダーが直ちに行動を起こし、状況に適したモチベーターを選んで軌道修正を図るべきです。

システムがうまく機能しているときも、経営者はできる限り頻繁にビジョンを訴え、熱意を示し、鼓舞し、激励し、模範を示すべきです。