この記事では、マービン・バウアーの経営論について、『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社)に基づいて説明してみたいと思います。
企業では、組織の不備から重大な事態が度々起こります。原因は、誰が何をするのか、誰にどんな権限があるのか、誰は誰の上司で誰は誰の部下なのか、はっきり決まっていないことにあります。
こうなると、組織には混乱や矛盾が発生し、同じことを2箇所でやったり、無駄なことをしたり、果ては期限に間に合わない、不満や不服が渦巻く、上層部の規律が緩む、それをまた社員が真似をする、といった事態になりがちです。
混乱や矛盾が社内に蔓延すれば、業績不振、高コスト体質、競争力の低下、モラルの低下、利益の減少、後継者不足などにつながりかねません。お粗末な組織は、有能な人材の退職を誘発します。
過小評価されている組織計画
組織計画を軽視する経営幹部は少なくありません。
「組織図などよりも人間そのもののほうが大事だ」、「(組織がしっかりしていなくても)本当に力のある人材はいずれ頭角を現すだろう。そうでない人材のことは気にしない」、「(組織の不備による)対立や衝突が必ずしも悪いわけではない」、「組織を固めてしまうと息苦しい。どの社員にも、自分が先頭に立って自分から何か始められると思ってもらいたい」などという意見がよく聞かれます。
組織とは
組織づくりは、計画立案の一種です。組織計画では、任務、責任、権限、上下関係、資格要件を決めます。
「任務」とは、計画の実行に必要な仕事として定義されたものです。
「責任」は、仕事を各ポストに割り当て、そのポストについた社員に分担させることによって発生します。
「権限」とは、そのポストに就いた社員に与えられた、任務を遂行する権利です。自身で実行するか、部下に命じることができます。
ここで、「権限(authority)」は、「権力あるいは支配力(power)」とは違います。
「権力」とは、権限の有無を問わず、何かをやる力があることを意味します。自分でやってもいいし、他人に命令したり影響力を与える方法でも構いません。他人から慕われていたり、逆に恐れられていれば、その人は権力を持ち得ます。
知識や判断力に一目置かれている人、あるいは能力・人格・勤続年数・年齢・過去の実績が尊敬されている人も、権力を手にし得ます。
「権限」とは、命令する権利です。権力を手にすることを助け、それを正当化します。しかし、たとえ権限があっても、尊敬されていなければ、その人にはほとんど権力はありません。
「上下関係」とは、誰の上司は誰で、どんな種類の権限を行使できるかの関係です。あらかじめ明確に決めておきます。
「資格要件」とは、各ポストの仕事の効率をあげるために必要な資格や条件です。これもあらかじめ定めておきます。
組織計画を軽視する人は、それが社員の行動を制約し、社員を消極的にすることを懸念します。確かに組織計画には制約を伴います。
しかし、そもそも経営プロセスには制約が伴います。なぜなら、経営プロセスの目的は、社員を効率的に目標達成へと向かわせることであり、そのこと自体が行動に枠をはめることだからです。
優れた経営システムとリーダーシップの下では、組織や経営プロセスによって一定の制約を受けるとしても、社員は、任務や責任・権限が明確化されることによって、むしろ目標を目指して建設的に仕事を進めるものです。
組織が業績に及ぼす影響
職務遂行能力、仕事に対する満足感、仕事に対する情熱といったものは、入社時点から退職に至るまで、所属する組織の構造に大きく左右されます。
社員一人ひとりの行動がうまく方向づけられて会社の目標達成につながるかどうかは、組織計画によるところが大きいのです。
組織計画は、持てる能力や存在意義に従って社員を管理する経営プロセスです。最終的には組織図の形で表されるとはいっても、その本当の対象は、そこで働く社員の行動、自己実現をはじめとする人間的感情、そして個人の能力です。
誰もが、はっきり領分が決まった仕事をしたいのであって、テリトリーをみだりに侵害されるのは好みません。
組織が適切に計画され、トップから現場までマネジャー全員が組織体制に従い、かつ部下にも従わせることが必要です。組織が、経営システムの一要素として建設的な意思決定や行動を促します。
組織計画の指針
優れた組織を設計する基本を、ステップごとに説明します。
仕事を割り当てる
仕事ができない人を指して「器でなかった」とよく言います。しかし、原因の多くは本人ではなく、経営幹部の判断ミスにあります。経営幹部が基本を守って仕事を割り当てていないのです。
組織計画プロセスの基本は、仕事を社員に割り当てることです。どんな仕事が必要なのかを決め、種類や量に応じて仕事をまとめ、一人の人間が効率的にこなせるように分担を決めます。
仕事の種類およびその分類は、例えば、次のとおりです。
- 事務的な業務計画通りに実行する仕事、ルーティンワーク
- 分析的な業務高度な調査・分析力や問題解決力を必要とするスタッフ業務
- 技術的な業務工学、生産、会計、統計分析、データ処理など、教育を通じて修得される技術的な専門知識を要する仕事
- 創造的な業務研究やマーケティングなど、高度な創造力、構想力、発想力を必要とする仕事
- 管理的な業務一定の権限を持ち、部下を動かす能力を必要とする仕事
- 指導的な業務部下を鼓舞し、力を発揮させる能力を必要とする仕事
一つのポストの業務に、これらが様々な割合で含まれてきますが、その割合は地位によって違ってきます。
最適の仕事量は、組織計画の専門スタッフの意見などを聞いて、ライン・マネジャーが見極めます。ポストの数とそれぞれの仕事量は、試験的に変えてみて、成果とコストの適正バランスを見つけます。
ポストを新設するときには、新たに必要になる給与だけでなく、目に見えないコストも考える必要があります。
組織を適切に計画するためには、新ポストだけでなく、既存ポストの意味も問い直さなければなりません。「この仕事は本当に必要なのか」を突き詰めて考えていけば、なくていい仕事、なくていいポストが出てくるでしょう。
権限を与える
どんなポストにも、割り当てられた仕事を遂行し、責任を果たすために必要な権限が与えられていなければなりません。「責任には権限が伴う」ということです。
権限には、ライン部門の権限のほか、機能部門の権限があります。
ライン部門の長は、何らかの行動について、その必要性の有無、時期、場所を決定し、部下に命令を下します。この権限においては、業務の承認または却下、昇進・昇給の決定・推薦を通じて部下を掌握することが重要です。究極の権限は、雇用・解雇の権限です。
機能部門とは、経理部、人事部などが代表的です。その部門の専門的要求にしたがって、他の部門が運営されているかどうかを監視する権限を持ちます。
機能部門の権限は、技術的な権限です。機能部門が持つ広範で高度な技術知識・専門知識に裏づけられ、ある種類の仕事をするときに、一定の方針・基準・方法に従って行うことを要求します。
例えば、経理部は、会社の会計手続きを決定します。資材調達部は、買い付けの基準を決定します。人事部は、苦情の処理方法、給与水準、解雇条件などについて決定します。各部門は、決定した手続きや基準の遵守を監視します。
機能部門の権限は、直接的にライン部門の長に対して遵守を強制することはできないと考えるべきです。機能部門が決定した専門的方針や基準の遵守を全社的に命じるのは、CEOです。機能部門の権限は、CEOによる決定事項として、職務記述書に明記されるべきものです。
CEOの命令がライン部門の長に受容されることによって、機能部門の権限が効力を生じ、日常的な遵守の監視という形で権限が行使されるようになります。この点において、いわゆるスタッフ部門の助言・指導的な役割とは一線を画します。
ただし、方針や基準が有用で納得のいくものであってこそ、ライン部門はそれに従おうとします。ライン部門が賛同できず、折り合いがつかないときは、上司がその解決に当たる必要があります。最終的にはCEOが解決することになります。
このようなチェック・アンド・バランスのシステムは、仕事のスピードと質を高い水準で両立させるうえで有効です。この場合の「質」とは、会社としての経営理念や行動方針に適う程度を意味します。
こうした機能部門の存在は、技術的・専門的な知識を会社の中でよりよく活かす効果的な手段となります。会社は変化に適用しやすくなり、外部から作用する力をうまく利用できるようになります。
スペシャリストが有効活用でき、仕事にやりがいを持つことができます。優秀なスペシャリストを採用し、定着させやすくなります。
貴重な専門的アイデアを無駄なく活用できるようになるので、アイデア創出を促すことにもなります。
ちなみに、スタッフ業務とは、データ収集、分析、助言指導などの仕事ですから、ライン部門に対する権限はありません。したがって、スタッフ部門の決め手は、説得力にかかってきます。事実に基づく姿勢が徹底していれば、説得に苦労するということはないはずです。
企業によっては、スタッフ部門から提供される業務のコストを、その利用部門が負担する仕組みが採用されています。コストを負担する以上、社内スタッフ部門ではなく、より質の良い同種の外部サービスを購入する選択肢も許されています。
権限はポストに帰属する
ポストは、着任する人間とは無関係に、責任と権限を意味します。人はポストに就きますが、人に責任と権限がつくわけではありません。
責任には権限が伴い、責任と権限は同等でなければなりません。ところが、部下には責任のみが押し付けられ、権限は社長に集中しているという会社もあります。
責任と権限のバランスを欠いた組織では、責任に応じた権限の委譲を進めなければなりません。仕事はポストに割り当てられ、その仕事に応じた責任と同等の権限が与えられる必要があります。
組織の幹部の多くは、自分の地位における権限の強化に時間を取られ過ぎています。そのため、大抵の新任の幹部は、他の幹部との縄張り争いを演じなければなりません。
「権限はポストにあり」の大原則が確立されておらず、権限と属人的な権力とが完全に混同されているので、権力抗争が絶え間なく続く結果になりやすいのです。
その結果、有能な人材は去っていきます。地位の確保に汲々としなければならない職場では働きたくないからです。
ポスト(=仕事)に伴う責任と権限を決めることが先決であり、次いで経営幹部全員が経営理念に従って各ポストをバックアップし、ポストに相応しい人材を育成します。
経営幹部はポストに伴う責任を部下に厳しく要求する一方、自らが持つ権限を行使して部下をサポートしなければなりません。
あくまでポストに伴う権限を行使するのであって、個人の保身を図るのではないことを明確にする必要があります。
このような姿勢で臨めば、個人攻撃や縄張り争いは減り、仕事の効率は上がって、士気も高まるはずです。
人材を選抜する
手持ちの人材に合わせて組織計画を変えることは、よくあることです。あるポストに有能な社員が就いたら、余分な仕事がそのポストに追加されます。逆に、必要な能力に欠ける社員が就いたポストは、割り当てられる仕事が減らされます。
理想の人材が存在しない以上、こうした調整は組織計画につきものです。しかし、人間は、与えられた任務を全うしようと背伸びして能力を発揮するものなので、理想を負うことは決して無駄ではありません。人材配置の任に当たる人は、理想を念頭において選抜すべきです。
あるポストが今後10年以内に遭遇すると思われる重要な課題を書き出したうえで、議題の解決に必要な条件(能力、適正など)をメモにします。これがそのポストに相応しい理想の人材です。これに基づいて、候補者の実績を評価します。
このような選抜方法をとれば、理想の条件に適う人材を得ようとするため客観性が高まり、より多くの候補者が検討対象となります。これは事実に基づく姿勢を人事で実践する方法です。
取締役会
取締役会に対してCEOがよく口にする不満は、メンバーに適任者がなかなか見つからないことと、満足な成果があがらないことです。
適任者がなかなか見つからない理由の一つは、取締役の登用について計画的な対策を講じていないことです。
あらかじめ望ましい人物の条件を決め、それに適う候補者を選んでおき、空きができたら、その候補者リストから優先順位に従って交渉します。それを担当する経営幹部を決めておくことも有効です。
もう一つの理由は、取締役に適切なインセンティブが与えられていないことです。
多くの会社では、高い報酬をインセンティブにしようとしますが、効果は大きくありません。特に、大企業の取締役になるような人は、すでに高額の報酬を得ている人が多いからです。
経営システムが機能している会社は、他社で役員を務める取締役に対し、経営慣行を学ぶ機会や事業分野に親しむ機会を提供したり、スタッフや事業部がサポートするなどの便宜を図っています。このような便宜は、魅力的なインセンティブです。
実際のところ、取締役に一旦就任した後、すぐに興味を失ってしまう人が少なくありません。その理由の多くは、CEOが意見や評価を求めない、口出しを許さないことにあります。CEOが有能な取締役を飼い殺しにしているのです。
有能なCEOは、評価対象となる事柄を折りに触れて取締役会に知らせ、評価を歓迎し、意見を尊重する姿勢を示します。
最高経営責任者(CEO)
CEOの役割は、重要な課題について最終決定を下すこと、上級幹部を選任して報酬を決めること、自分の権限外の問題について取締役会の承認を得ることなどです。
ただし、CEOの重要な役割のうち、見落とされがちなのは、企業戦略を立てる「チーフ・アーキテクト」としての役割です。
戦略計画とは、どんな事業をしていくか、何を目標にするか、競争環境の中で目標をどう達成するかを決めることです。
CEOは、戦略の重要性を認識し、戦略が適切に立案・実行されるよう見守る必要があります。激化するグローバル競争、技術革新、政治・社会的変化に対応できるよう会社を導く責任があります。
持続的な成功には会社の成長が欠かせないことを認識し、組織の拡大やそれに伴う複雑化に対処するのもCEOの仕事です。
システムを構築し、運用し、浸透させ、変化に応じた手直しをするのもCEOの役割です。
CEOは、自分がリーダーであり最終決定者であると同時に、アーキテクトでもあることを認識すると、もっとよい仕事ができるでしょう。
アーキテクトとしての役割には2種類があります。一つは、市場競争構造の変化に会社を適用させることです。もう一つは、経営システムを構築し、維持することです。
企業の成功には、CEOの創造的思考に負うところが少なくありません。小さなアイデアや些細な発見を手がかりに、広く応用できる概念や法則を見つける能力が求められます。問題を見つけ出し、対処する能力に長けていることも必要です。
結局のところ、有能なCEOの決め手は、次の点に集約されるでしょう。いずれも、CEOが主導権を取って行う仕事です。
- 戦略を立案し、重要な事業機会を把握する。
- 経営システムを設計する。
- 経営幹部の人材育成を行う。
- 経営システムを自ら遵守し、社員にも遵守を促す。
- 重大な問題を見極め、解決を図る。
- リーダーシップを発揮する。
組織再編
企業では、「組織再編(リストラ)」は嫌われます。変化をもたらすからです。しかし、変化は生じるものであり、変化には対応していかなければなりません。
成長中の企業は、頻繁な組織再編を行わざるを得ません。事業の拡大や複雑化に柔軟に対応するためには、新しいポストを用意しなければなりませんし、既存ポストの見直しも必要になるからです。
優れた経営を示す目安の一つに、経営幹部が変革や組織再編に寛容であることがあげられます。成功している成長企業では、組織再編が珍しくないと受け取られています。
ただし、習熟を要するような業務で、あまり頻繁に配置換えをすると、仕事の効率が落ち、コストもかかります。
組織に大鉈を振るい過ぎると、せっかく息が合うようになった社員同士のチームワークを分断することになりかねず、新しいつながりができるまで時間もかかります。
したがって、組織を時代に合わせ、できれば少し先行できるようにするメリットと、大幅あるいは頻繁な再編で社員の間に混乱や猜疑心をもたらすことのデメリットを天秤に掛けざるを得ません。
大幅な組織再編の後は、社員に落ち着くゆとりと新しい組織や同僚に慣れる時間を与えることが必要です。
変化に合わせて継続的かつ適切に行われる組織再編ならば、経営システムを構成する妥当なプロセスと位置づけられ、ごく当たり前のことと受け取ってもらえるでしょう。