この記事では、マイケル・トレーシーとフレッド・ウィアセーマの著書『No.1[ナンバーワン]企業の法則』(THE DISCIPLINE OF MARKET LEADERS)について紹介します。
本書は、市場でナンバーワンになり、その地位を維持するために必要となる3つの価値基準について書かれています。「価値」とは、企業が特定の顧客に提供しようとする価格、品質、効率、選択、便宜性などです。
第一の価値基準は「オペレーショナル・エクセレンス」(経営実務面での卓越性)です。市場で平均的な製品を、最良の価格で、しかも最も面倒が少なくてすむ形で提供しようとするものです。
第二の価値基準は「製品のリーダーシップ」です。性能の限界をとことんまで追求する製品の提供に専心します。
第三の価値基準は「カスタマー・インティマシー」(顧客との親密性を徹底的に追求すること)です。特定の顧客が欲するものの提供に焦点を当て、その顧客との長期的な関係性を育成しようとします。
自社が選んだマーケットで競争に勝ち抜いていくために、自社が追求すべき価値基準を選び、その具体的内容を決定しなければなりません。
そのためには、自社が顧客に提供し得る比類なき価値を正確に定義し、株主に公正な報酬を与えつつ、その価値を実現できるオペレーティング・モデルを描写する必要があります。
「オペレーティング・モデル」とは、自社独特の価値を提供するための最適な手段(経営システム、ビジネス構成、企業文化などで構成される機構および環境)の組み合わせのことです。
自社独自の価値とオペレーティング・モデルを明らかにするためには、三段階にわたる規律ある評価と考察が必要です。
偏見を払拭する
三段階の考察に入る前に、経営陣は、次のような過去の習慣が新しい洞察を邪魔する偏見になることを認識しておく必要があります。
- 最初によしと思っただけで、すぐ、あまりにも簡単にその仕事を下部に委譲してしまいがちなこと
- 違った形に見えるか、違ったオペレーティング・モデルを持つ競争相手をつい過小評価してしまうこと
- 多種多様なマーケットと価値理念を一つのビジネス単位を通じて追求しようとすること(どの単位のビジネスも、異なるマーケットを志向し、異なる種類の価値を伝達するようになっていることを忘れてしまうこと)
- 「チーム・プレーヤーたるべし」と安易に考え、仲間同士で合意を得るために、違いをはっきりさせてその解決を図る努力を十分しないで済ませてしまうこと
三段階の考察の目的は、経営陣にこうした問題と取り組ませ、行動の進路を設定させ、何をなすべきかについての理解を深めさせることにあります。
考察の三段階
考察の第一段階は、現在自社がどういう状態にあり、それは何故かをよく理解することです。
- 顧客はどのような価値を欲しているか。
- その価値において、自社は競争相手と比べてどのような地位にあるか、どこに欠点があり、それは何故か。
現状を事実に基づいて分析し、共通の新鮮な理解を得ることです。それなくして選択肢を評価することはできません。
考察の第二段階は、現実的で代替可能な価値理念とオペレーティング・モデルをつくり上げていくことです。
- 顧客が比類なき価値と認識するのは何か。
- 競争相手はたちまちその価値を上回るものを打ち出せるのではないか。
- その価値理念を選択して利益を出すには、どのようなオペレーティング・モデルにすればよいか。
- そのために、いかなる変革を実現しなくてはならないか。
自社のコア・コンピタンスを認識するだけでは不十分です。顧客から見て他社と区別がつかなければ、顧客にとっての比類なき価値を提供する決め手となる要因に焦点を当てたことにはなりません。
考察の第三段階は、厳しい選択を完了させることです。一つの価値基準に絞って、それにコミットしなくてはなりません。
- オペレーティング・モデルはどのように機能するか。
- どのような変革のイニシアチブをとるべきか。
- そうした変革をどのように管理するか、その眼目となる特色をどう維持していくか。
- それに伴って派生するリスクをどう管理するか。
自社が売り出すべき特色、比類なき価値について、コンセンサスを得る必要があります。
これら三段階の考察によってなすべきことは次の4つです。
- 自ら選択した一種類の比類なき価値をマーケットに打ち出す。
- その他の価値については、いずれも標準を満たしていく。
- 価値を毎年向上させていく。
- 約束を叶えるための卓越したオペレーティング・モデルを構築する。
第一段階:現状の把握
経営陣の一人ひとりにいくら能力があっても、全員が自社の現状についての見解を共にしていなければ、いかなる能力も無に等しいことを認識しなければなりません。
共通の認識に達するためには、次の5つの基本的な質問に、事実に裏付けられた回答を得ることが必要です。
- 顧客が望む価値(複数)は何か。
- それぞれの価値について、顧客のうちどれだけが購入決定の最高、最大の基準とみなしているか。
- こうした価値のそれぞれにおいて、どの競争相手が最高のものを提供しているか。
- それぞれの価値について、競争相手に比べて、自社の実力をどう判定するか。
- それぞれの価値について、リーダーに比べて自社が劣っているのは何故か。
顧客の価値とは、顧客が払う「コスト」と顧客が受ける「便益」の組み合わせによって測られます。価値のそれぞれが、自社の製品・サービスの双方にどう貢献しているかを見る必要があります。
「コスト」には、「製品コスト」と「サービス・コスト」があります。「製品コスト」は、価格と、完全とはいえない製品のマイナス面の信頼性から成ります。製品の所有に伴う当初のコストと、現在のコストの合計です。「サービス・コスト」は、ミスや遅延その他の不便の合計です。
「便益」も、卓越した結果をもたらす製品独特の性能と、提供するサービスによるものとから成ります。便益の判定基準は「顧客の期待度」です。競争相手が提供するものを大きく上回った部分が本当の便益です。
顧客が望む価値の種類や範囲は、通常、業界特有のものになります。それらのうち、自社に関わりのある価値を特定し、顧客調査によって確認します。そして、主要な競争相手の立場を評価します。
通常は、経営陣一人ひとりが持っている競争相手に関する知識を総合すれば、顧客調査に頼らなくても済むはずです。経営陣の間で評価が割れる場合は、新たなデータの収集が必要になるでしょう。
次に、自社の立場を評価します。自社はいかなる地位を占め、その理由は何かを問います。経営陣自身の認識と意見を補完するために、事実を収集し、見解の相違を解消する必要があります。
この過程では、事業に関わる各部門から知識・経験豊かな人材を集めて分析チームをつくれば役に立ちます。チームの仕事は、自社の製品・サービスのどの段階に顧客が価値を認めるかを調査することです。
この場合、3つのタイプの顧客が重要です。①自社で買い物をする客、②自社の製品を吟味するが滅多に買い物をしない客、③他社でしか買い物をしない客、です。それぞれの顧客にとってどの価値が重要であるか、および、その価値で自社はどんな地位を占めるか、を探り出します。
ここから得られる情報は、潜在的なマーケット・セグメントの大きさを評価する手掛かりになります。それをもとに、各価値を達成するための社内オペレーション体制の検討に入ることができます。
さらに、自社の成績がどうして他社に劣るのかを検討します。ここに至って、自社のビジネス・メカニズムの一つひとつについて、うまく動いていない原因がどこにあるかを究明し、一致した結論を出さなければなりません。
第二段階:現実的な選択
第二段階では、会社の将来像についての合意を目指すため、顧客にとっての価値のそれぞれについて、次の質問に対する答えを模索していきます。
- 価値の実現度は顧客の期待に合わせて判定するが、その基準は何か。各社はその基準をどのように達成しているか。
- 価値のリーダーにとって、これから3年先の成績評価の基準はどのようなものか。
- その成績基準を達成するために、オペレーティング・モデルをどのように構築していかなければならないか。
以上の設問に基づいて、今後2、3年の間に、業界はどのような方向に進んでいくか、また価値のリーダーシップの基準はどのような形になるかを推し量っていかなければなりません。
これに基づいて自社のオペレーティング・モデルをいろいろ変えることによって、現在および将来の価値のリーダーと競争する能力がどうなるかの見通しを立てなければなりません。
どのような形の操業モデルにすれば価値のいずれかでリーダーになれるか、どうすれば今のリーダーを相手の土俵で倒すことができるか、といった議論では、型にはまらない考え方、自由闊達な意見がが大事です。革新的なアイデアが押さえつけられるようであってはいけません。
よいアイデアはどこから出てくるか分かりません。専門分野の制約や視野にとらわれない発想に挑戦しなければなりません。ときには、他産業の価値のリーダーの仕事ぶりが大いに参考になります。
このような設問についてブレーンストーミングを行うと、マーケット・リーダーである競争相手と自社との隔たりがいかに大きいかを嫌というほど知らされることになります。同時に、その隔たりを埋めるにはどうすべきかのアイデアを、いろいろ発想させるもとになります。
第二段階の成果は、経営陣の審査をパスした選択肢の短いリストです。
第三段階:詳細な設計と厳しい選択
第二段階で開拓されたいくつかの選択肢から一つの価値を選ぶために、モーレツ社員からなるいくつかの「タイガーチーム」を使います。
「タイガーチーム」とは、重役人が直接指名する成績優秀な社員の少グループです。現実的な選択を実行可能な解決策に練り上げることを任務とします。
各タイガーチームは実行可能な選択肢の一つを検討し、次の各質問に知恵を絞った答えを出すように求められます。
- 必要とされるオペレーティング・モデルはどのような形のものになるか。コア・コンピタンス、管理システム、形態その他モデルの各要素の設計明細はどのようなものになるか。
- そのモデルは、どのように卓越した価値を生み出すか。
- その他の価値においては、マーケットは最低限どの程度を要求するか。どうすればそれだけの価値を達成できるか。
- この価値の提供で見込める将来のマーケットとすでに手中に収めたマーケットの規模はどの程度のものになるか。
- この選択肢を追求する場合のビジネスの実態は、コスト、便益、リスクなどを考えて、どのようなものになるか。
- これから2、3年間に現在の姿からこの新しいオペレーティング・モデルにどのように移行していくか。
ここに至って、経営陣は厳しい選択をすることになります。そのマーケットにおいて何を存在理由にするのか、その約束を履行するためにどんな企業活動をするのか、を決めます。
一つを選ぶという決定は、向こう何年間かは普遍の進路として会社を縛ることになります。この選択は、何を捨てるかの選択でもあります。