この数十年の間に急激に成長したグローバル経済は、次の4つの領域で重大な教訓を与えていると、ドラッカーは言います。
- グローバル経済の構造の変化
- 貿易と投資の意味の変化
- グローバル経済と国内経済との関係の変化
- 貿易政策の変化
グローバル経済の側面
グローバル経済と言われますが、国家という政治的な境界は今も有効で、従来から経済の中心は常に国内にあり、国内から見た「国際貿易」という形で見られていました。
先進国にあっては、一国の経済にとって国境の外の経済は異質であり、国内経済とは分離したもの、国内経済を考える上では無視してよいものとされていました。
国際経済には2つの側面、すなわち「外国貿易」と「対外投資」がありました。今でも、その分け方は健在です。
しかし、ドラッカーによると、グローバル経済がもつ2つの側面は「資金と情報の流れ」と「国境を越えた企業間連携」であると言います。
それらは、形を変えた「貿易」と「投資」の側面であり、すでに一つの現象における2つの次元であると言います。
世界的な資金の流れの中心であるロンドン・インターバンク市場のほか、ニューヨーク、チューリッヒ、東京などの外国為替市場では、実体経済に必要な資金の数倍にのぼる資金が取引され、しかも、すべてのものから独立して動いていると言います。
つまり、実体経済に関わりなく目先の投機的な利益への期待によって動いており、国家の経済にとっては、国家間の金利差を埋めるような安定化機能ではなく、完全な不安定要因となっています。
国家の政策によってコントロールすることは不可能であり、一国の経済を壊滅的な状態に陥れることさえできることから、もはや病理現象であるもと言っています。
ちなみに、2019年の1日平均外国為替取引量は、USD/EURで1兆5,840億米ドル、USD/JPYで8,710億米ドル、全体で6兆5,900億米ドルとなっています(出典:国際決済銀行)。
米国の2020年度の国家予算が4兆7,400億米ドル、わが国が1兆米ドル(101兆円)ですから、その取引量の大きさが分かると思います。
一方、情報の流れもまた急速に増加し、その影響力を増していると言いますが、主に文化的、社会的な影響であり、ドラッカーの言葉によると「穏やかで恵み深い」影響です。
とはいえ、情報の流れは、資金の流れを遙かに超える影響力をもち、ますますグローバル経済の支配的な要因になりつつあると言います。
情報と資金の流れは、国内を流れ、国境を跨ぐといったものではなく、すでに国境を超越した無国籍のものであるという認識が正しいと言えそうです。
貿易の変容
貿易と言えば、商品の取引が当たり前でしたが、今では、世界的にサービス貿易の比重が高まっています。中でも、テレコミュニケーション、IT、ビジネス・サービスといった分野で近年大きく拡大しているようです。
わが国でもサービス輸出が年々増加し、2019年に初めて黒字化しました。黒字化の要因はインバウンドの拡大による旅行収支の増大です。その他のサービスはまだ輸入が多いようです。(参考:『2020年通商白書』)
一方、商品貿易は、ドラッカーによると、取引的貿易から関係的貿易へと重心を移していると言います。関係的貿易には、構造的貿易と制度的貿易があります。
構造的貿易とは、自動車のようにグローバル最適化された生産体制をもつ製品の製造に関わる貿易です。どの国のどの地域でどの部品を生産するかは、最終製品の設計時点で決定され、その生産が続く限り、その生産場所は原則固定されます。
生産構造の決定要因は、市場と知識です。コストを決定要因と考えるのが一般的かもしれませんが、ドラッカーによると、労働コストや資本コスト、為替レートは制約要因にしかすぎないと言います。
要するに、構造的貿易とは、ある最終製品を完成させるために配置された国際的な生産体制の中で、原材料や部品、半製品などが国境を超えて取引されることです。
制度的貿易とは、海外に直接投資をする場合にも、国内で従来から使用していた機械や設備を主に利用するというものです。
例えば、海外に工場を建設する場合、現地から機械や設備を導入するのではなく、国内の工場で使っているものと同種のものを利用しようとします。長年慣れ親しんで信頼しているものを使おうとするからです。
構造的貿易と制度的貿易は連動しています。生産拠点が海外に置かれるため、結果的に物の国間移動(貿易)が生じますが、純粋な貿易とは言えません。企業(グループ)内の事実上の内部取引です。
これらの数字を正確に捉えることは難しいようですが、ドラッカーの推定によると、アメリカでは製品貿易の1/3から2/3を占めていると言います。
特に制度的貿易は、その性質からして、国内雇用を空洞化するのではなく、国内に雇用を創出する効果があり、実際にそれを証明しています。
制度的貿易によって海外向けに生産される機械や設備のほとんどが、国内で増産されることになるからです。
産業の空洞化
工場の海外移転が行われれば、その分の雇用が空洞化されることは事実です。それに代わって、制度的貿易により高度な雇用が創出されるということは言えるでしょう。
なお、一般的に、工場の海外移転がブルーカラーの雇用減少を引き起こしたと受け止める向きがあるようですが、ドラッカーは誤解であると言います。
1965~1970年頃にはそのような考えにも一理あったと言えますが、現在では、TQCやリーン生産方式、エンジニアリングの高度化、サプライチェーン・マネジメントなど、知識を生産に適用することによる生産性の向上が最大の理由です。
ブルーカラーの雇用は海外に移転しているのではなく、絶対的に数が減少しているわけです。
ただし、産業の空洞化問題は、単純に雇用の減少や増加の問題で片付けられることではありません。どうしてもブルーカラーの雇用減少と一括りにされることがあるので、注意が必要です。
空洞化問題で重要なのは、技術の空洞化です。
産業技術には、特殊技術・中間技術・基盤技術といった階層構造があり、地域に応じて文化的・社会的な背景と密接に関連して発展してきた経緯があります。
産業の発展には、技術の分業化と専業化が伴います。多様な機能に分解され、それぞれの専業者に分かれつつ、全体として集積、組織化がなされていきます。
分化、専業化、集積、組織化の形態は、地域によって様々な特徴をもち、多様性や柔軟性も異なります。
一方で、ある産業を一定レベルで成り立たせるためには、最低限の技術・技能の階層や多様性が必要であると考えられています。関満博氏は、それを「マニュファクチャリング・ミニマム」と呼びました。
ですから、単純に低付加価値の技術が空洞化しても、高付加価値の技術を身につければよいということにはなりません。
わが国では、あまりに安易にその発想で海外移転を急ぎ過ぎた感があり、低付加価値労働の移転と称して、大事な基盤技術を隣国に悪質な方法で奪われたという指摘さえあります。
先にも述べたとおり、産業技術は地域の文化的・社会的背景と密接に関連して発展してきたため、一旦崩れたものを簡単に戻すというわけにはいきません。
この記事を執筆している現在、コロナ禍によって経済が大きな打撃を受けつつある中で、マニュファクチャリング・ミニマムの再構築を考える必要があると思います。
投資の変容
直接投資と言えば、自社の海外子会社や海外工場をつくるということを意味していましたが、現在の中心は、企業間連携(ジョイント・ベンチャー、パートナーシップ、技術提携、外部委託など)であると言います。
連携の基盤こそ知識であり、資金はシンボル的で二義的どころか、資金的な関係がまったくない例も増えていると言います。契約関係すらない非公式なものもあるようです。
連携自体には、貿易や投資をほとんど伴っておらず、知識が互いを結びつけているだけですが、連携の結果として、貿易と投資を生み出しているという実態になっているようです。
国内経済成長の鍵としてのグローバル経済
先に述べたとおり、かつて一国の経済はグローバル経済から独立した存在であり、経済政策は国内経済に対して行われることが当然でした。
しかし、ドラッカーによると、1950年以降を振り返って、一国の国内経済の状況とグローバル経済への参加の度合いとの間には、密接な相関関係があったと言います。
国全体だけでなく、産業単位で見ても同様でした。グローバル経済で成果をあげようとする取り組みが、国内経済や産業単位での成長につながっているということです。
一方で、国内経済向けの政策は、国内経済のパフォーマンスに何ら影響を与えることができなかったと言います。
経済刺激策が効果をあげたのは、唯一、循環的な景気回復過程と偶然に一致して行われたときだけであると言います。そもそも、景気循環をなくせていないということ自体が、経済政策が効いていないことの証明です。
「どの経済政策が効き、どの経済政策が効かないか」が問題ではなく、そもそも経済の短期的な変動(経済の天気)をコントロールできる経済政策はないということです。政府に経済の天気をコントロールする力はありません。
グローバル経済において無効な政策
グローバル経済において成果をあげるための政策として、よく引き合いに出されるのは、「管理貿易」対「自由貿易」です。前者の成功例として、日本がよくあげられます。経済産業省(当時の通商産業省)による特定産業の育成対策です。
しかしながら、ドラッカーによると、経済産業省が行った管理貿易、すなわち、特定の産業を指定し、それを支援する政策は失敗したと言います。指定された産業は、どれも勝者とはなれなかったからです。
一方、グローバル経済で勝者となれたのは、ソニーや自動車産業のように無視された産業でした。
うまくいかなかった理由は明らかであると言います。未来に成功する産業を選ぶことなど不可能であるということです。
経済産業省が選んだのは、すでに外国で成功していた産業でした。わが国の能力に合致しているものではなく、すでに停滞に入りつつあるものでもあったのでした。
同様のことは、マイケル・ポーターも多くのデータを用いて証明しています。
グローバル経済は、先行きを見通して他国を出し抜けるほど単純なものではなかったということです。
成功の要諦
経済産業省の管理貿易は失敗しましたが、それでもわが国のグローバル経済におけるパフォーマンスは高かったと言います。だからといって、一方の「自由貿易」がうまくいったわけでもないようです。
その秘密は、世界銀行の『東アジアの奇跡』というレポートから知ることができると言います。日本、韓国、香港、台湾、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシアの8カ国をとりあげているものです。
これらの国は、文化、歴史、政治、税制が大きく異なり、当時、自由貿易とは到底言えないシンガポールやインドネシアも含まれています。
ドラッカーによると、これら8カ国に共通している経済政策は2つあると言います。
1つは、国内経済に起こる短期変動(経済の天気)を管理しようとせず、健全な経済環境をつくることに力を入れたことです。
インフレを抑え、教育と訓練に投資しました。貯蓄と投資を奨励し、消費を抑制して、貯蓄率を高めました。つまり、経済の長期的な成長のための基盤を築くことで、経済の気候に影響を与えようとしたわけです。
健全な経営環境があればこそ、国内経済は、グローバルな資金の流れによる不安定で不規則な衝撃に抵抗できる力をもつことができます。
もう1つは、国内経済よりもグローバル経済においてパフォーマンスをあげることに重点を置いたことです。
わが国では、輸出に対して税制上の優遇措置を与え、輸出と投資に対して信用を供与しました。対外投資資金を獲得できるように国内市場を誘導、つまり、高価格と高利益を保証しました。さらに、グローバル経済で優れたパフォーマンスを示した企業のトップには、経団連の要職などの特別な報奨と地位が用意されました。
これらのことは、ヨーロッパで成長したドイツ(当時の西ドイツ)とスウェーデンでも同様であったと言います。さらに、その後、両国の経済が停滞したのは、これらのことを考慮しなくなったことが原因であったと言います。
西ドイツでは労働組合が賃上げ要求を実現したこと、スウェーデンでは福祉への支出を増大させたことです。いずれも、両国の競争力を考慮せずに行われたことが原因でした。
保護貿易の弊害
保護貿易、特定の産業をグローバル経済から保護するための政策は、世界的にうまくいかないことが分かっています。それどころか、保護しようとする産業の衰退を早めてしまうとさえ言われます。
代表的なものは農業であり、世界的な傾向です。
例外はアメリカであると言います。アメリカにおいても、完全な自由ではなく、農作物によって手厚い保護を受けているものや比較的保護が小さなものがあるようです。
保護されていない農作物は、激しい競争にもかかわらず、グローバル市場で良好な成績を収めていると言います。
雇用を守るための保護政策は、雇用を守らないばかりか、自己満足、非効率、カルテルを生み出すことが歴史上知られています。