経済の「天候」と「気候」の違い

経済には「天候」と「気候」があるという言い方は、ドラッカーが好んで使っているようです。表現はドラッカーに特有ですが、意味としては一般的です。

「天候」とは、短期的な天気の状態を指します。ドラッカーは、景気循環(好不況の波)のことを経済の「天候」と表現しています。

「気候」とは、ある地域の天候の長期的な特徴や傾向を指します。ドラッカーは、長期的に経済成長や経済衰退を引き起こすような経済の構造的基盤(インフラストラクチャ)のことを経済の「気候」と表現しています。

「天候」と「気候」の本来的意味

まず、「天候」と「気候」の本来の意味を、国土交通省気象庁のホームページで調べてみます。

天候

基本になる用語として、

「天気」:気温、湿度、風、雲量、視程、雨、雪、雷などの気象に関係する要素を総合した大気の状態

という定義があります(「気象庁が天気予報等で用いる予報用語」の「天気」)。そのうえで、

「天候」:天気より時間的に長い概念として用いられ、5日から1か月程度の平均的な天気状態

と定義されています(同上)。

「天気」というと、時々刻々に変化している大気の状態を意味しますが、それを5日から1ヶ月程度で平均して表すのが「天候」ということになります。ですから、「天候」は1年のうちにも、四季の変化のなかで様々に変化します。

気候

「気候」に関しては、次のような説明があります。

地球上で起こる様々な大気現象は太陽から受け取ったエネルギーを源としている。地球が太陽から受け取ったエネルギ-は、大気圏だけではなく、様々な形態を取りながら、海洋・陸地・雪氷・生物圏の間で相互にやりとりされて、最終的には赤外放射として宇宙空間に戻され、ほぼ安定した地球のエネルギ-収支が維持されている。このようなエネルギ-の流れに関与する地球の全システムを気候系と呼び、また大気の平均状態を気候と呼ぶ(下図)。気候は様々な要因により、様々な時間スケールで変動している。

「気候変動」

他方で、次のような簡潔な説明もあります(「気候リスクを認識する」)。

「気候」:ある程度長い期間における気温や降水量などの大気の状態

「気候」という用語は、気象庁でも「日本の気候」や「東北地方の気候」などという使い方をしています。「熱帯雨林気候」、「砂漠気候」、「温暖湿潤気候」、「ツンドラ気候」、「地中海性気候」などという言葉も、学校で習った記憶があるかもしれません。日本国内でも、「日本海側の気候」、「太平洋側の気候」という大まかな分け方があります。

要するに、「気候」という場合は、年間の四季を通して短期的に変化する地域の天候について、平均的に見てどのような特徴があるかを説明するときに使われるようです。

ですから、「気候変動」と言う場合は、長期的な変動の傾向を意味します。もちろん、日々の天候は刻々と変化しますし、年間を通して四季の変化もありますが、それらの変化を均して見たときに、気候が長期的に「温暖化している」、「寒冷化している」あるいは「降水量が増加している」などという言い方になります。

経済的な意味での「天候」と「気候」

ドラッカーは、このような気象用語を経済に当てはめているわけです。

経済的な意味での「天候」とは、景気循環のことであり、短期的に起こる好不況の波のことを指しているようです。

「気候」とは、長期的な傾向として経済成長や経済衰退を引き起こすような経済の構造的基盤(インフラストラクチャ)を指しているようです。

景気循環の種類

景気循環は、古典的には大きく4つの種類があり、発見者にちなんで名前がつけられています。整理・分類して名前をつけたのは、シュムペーターのようです。

景気循環は、消費者等の需要と供給の不整合が速やかに調整されないために発生すると考えられます。不整合の調整過程で、人件費の削減、雇用調整、雇用のミスマッチなどが起こり、不況の原因となります。

キチンの波

もっとも短い周期の波は、アメリカの経済学者ジョセフ・A・キチンが発見したもので、主に企業の在庫変動が原因で起こると考えられました。40ヶ月程度の周期が想定されています。

今では、ITの進展によって、短期に在庫調整が可能になっていると言えそうです。POSが普及したり、サプライチェーン・マネジメントが進展したりしたことで、消費者ニーズが素早く把握できるようになっていますし、生産工程の合理化によってフレキシブル生産を導入し、なるべく無駄な在庫はもたなくてすむように努力しています。

ジュグラーの波

フランスの経済学者クレマン・ジュグラーが発見したもので、企業の設備投資が原因で起こると考えられています。約10年周期の循環と想定されています。

設備投資には高額の資金を伴うことも多く、企業の製品やサービスの方向性を一定程度固定させてしまうことにもなりますから、在庫調整では対応できないようなもっと長い景気の波をつくる原因になると考えられます。

クズネッツの波

アメリカの経済学者サイモン・クズネッツが発見したもので、住宅や商工業施設の建設(建て替え)需要が原因で起こると考えられています。約20年周期の循環が想定されています。

建物の建設も設備投資の一貫ではありますが、さらに高額で長期にわたり、付随的な支出も増えますから、長期で大きな景気循環の原因になると言えます。

なお、20年というのは、子が親になるまでの期間に近いことから、建設需要というより、人口の変化に起因するのではないかという意見もあるようです。

コンドラチエフの波

ロシアの経済学者ニコライ・ドミートリエヴィチ・コンドラチエフが発見したもので、約50年周期の循環であると言います。

原因としては、シュムペーターが技術革新をあげましたが、戦争を原因としてあげる説もあるようです。

政府は経済の「天候」ではなく「気候」を維持すべきである

政府は経済の「天候」をコントロールできない

ドラッカーによると、19世紀において、政府が経済を運営すべきである、あるいは運営できると考える者はほとんどいなかったといいます。さらには、政府が景気後退や不況をコントロールすべきである、あるいはコントロールできると考える者もいなかったといいます。

ほとんどの経済学者は、市場経済は「自律的」であると信じていたからです。

つまり、経済の「天候」はコントロールできないものであり、市場の自律性に委ねるべきであるという考え方が支配的であったと言えます。景気変動は、国家内部の出来事だけでなく、世界市場の出来事からも影響を受けるからです。

当時、経済に関して政府のなすべきことは、通貨を安定させ、税を低位に抑え、さらに節倹と貯蓄を奨励することによって、経済成長と経済繁栄のための基盤(インフラストラクチャ)を整備し、維持することであると考えられていました。

ドラッカーは、この基盤のことを経済の「気候」と表現しています。

政府の経済上の役割は、「天候」をコントロールするのではく、経済主体が「天候」による悪影響を最小限に抑え、逆によい影響を最大限に活用できるよう、「気候」を正常に維持することであるということです。

経済は政府がコントーロールできると考える幻想

ところが、1929年の大恐慌のとき、政府は経済的な「天候」をコントロールできるし、またコントロールすべきであるという考え方が広まりはじめました。

ケインズは、「国民経済は世界経済から隔離された存在であり得る(世界経済の影響を受けない)のであり、政府支出によってコントロールできる」と主張しました。

現在でも、不況時に政府支出によって景気を刺激しようとする取り組みが行われますが、景気変動がなくなったという話は聞きません。要するに、政府は経済の「天候」をコントロールすることはできないということを歴史が証明しているのです。

ですから、不況の際は、消費を刺激するような政府支出をするのではなく、インフラへの投資をすることによって「気候」を維持・強化することが大切です。ドラッカーによると、長期の好況の後は必ず、道路、橋、港湾、公共建築物、公共の土地などのインフラが荒れているからです。

財政政策の正しい目的

ドラッカーは、財政政策としての政府支出を否定しているわけではありません。大事なのは、その目的です。

不況時に消費を刺激するような政府支出を行うのではなく、知識と人材、企業の生産設備、インフラに対する投資を奨励するための財政政策を行うことです。単に経費として消費されてしまうような支出ではなく、国の資産を蓄積・強化するような支出を行うことです。

それが、目先の「天候」をコントロールすることではなく、「天候」の変化に盤石になるために「気候」をコントロールするということです。