未来のための戦略 − コア・コンピタンス経営⑥

未来を展望し、イメージを具体化したら、それを実現するための設計図が必要です。その設計図が「戦略設計図」です。

戦略設計図は基本的な大枠を示すものですが、「戦略方針」として組織を導く方向性を示すものでもあります。手段や方法の選択においては自由度をもたせます。未来に到達するには新しい発想が必要であり、新しい発想には自由が不可欠だからです。

戦略設計図は、経営資源をストレッチするための知恵であり、経営資源の生産性を高める方法です。未来へのビジョンが野心的なほどにストレッチしたものであり、社員の使命感を鼓舞するものであってこそ、そのような知恵を生み出す原動力になります。

戦略設計図によって、少ない経営資源で未来のリーダーを目指しますが、実際にリーダーとなって経営資源が豊富になると、その立場に安住しがちです。そうなると、いずれは野心をもった競合に打ち負かされることになります。

変化する未来とは、常にリーダーが入れ替わる未来です。そのような未来にに一番乗りするためには、常に野心を新たにし、経営資源をレバレッジする知恵を磨き続けなければなりません。

戦略設計図を描く

未来をイメージしたら、それを実現するための戦略設計図が必要です。

戦略設計図は、未来(例えば今後10年間)に提供していく新しい付加価値や機能、それをつくり出すために必要な新しいコア・コンピタンス、付加価値をもっとも効果的に顧客の手元に届ける方法などについての基本的な大枠を示すものです。

既存事業によって築かれてきたコア・コンピタンスは、既存顧客の顕在ニーズによく対応している場合が多いため、未来のための新しいコア・コンピタンスの構築のためには、多くの場合、組織の大きな変革を伴うことが多くなります。このような変革を行う場合、全社的に根を張っている思い込みを根底からひっくり返す必要があるため、小さなプロジェクト・チームが主導するにしても、全社的な危機感を醸成・共有し、議論を活発化させる必要があります。

戦略設計図の価値は、全社員がどれだけ首尾一貫して理解しているかにかかっています。

未来のビジョンは野心的な目標に置き換えられますが、それを中長期的に実現するための実行計画は、別途作成しなければなりません。そして、年度計画として落とし込まなければなりません。未来のビジョンは10年後に実現するものかもしれませんが、そのために必要な行動は今から始めなければなりません。

戦略設計図を実行に移すに当たっては、目標が先にあればあるほど、規模が大きく後戻りが難しい経営資源の投入には、慎重でなければなりません。産業の大体の発展方向を予測することはできたとしても、そこに到る正確な筋道を完璧に予測することはできないからです。したがって、少しずつ絞り込んでいく方法をとらなければなりません。

未来に一番乗りするにはスピードが必要ですが、それは経済的な資源をつぎ込むスピードではなく、未来への最短ルートに関する洞察を獲得するスピードです。どの技術が目的に一番合っているのか、どんな製品やサービスのコンセプトが顧客のニーズを一番満たすのか、どこに本当の需要の源泉があるのかなどに関する情報です。

投資対効果は重要ですが、この場合の効果とは洞察であり、学習の効果です。試験的な市場参入、慎重に的を絞った買収や提携等を通じて、具体的な製品コンセプト、技術、流通チャネルなどの細かい道筋を走りながら学ぶ必要があります。危険分散すべきは、目的地そのものではなく、目的地に到る道筋であり手段です。

もちろん、いつまでも模索しているだけであっては、競合に先を越されますから、最終的には、企業力、流通チャネル、ブランド、製品開発などに集約的な投資が必要です。

方向性としての戦略設計図

戦略設計図は、「戦略方針」として組織を導く方向性を示すものでもあります。管理規則や統制機構としてではなく、ビジョンや目的によって人びとを駆り立てる役割を果たします。

官僚制は目的を絞らないで手段を絞ろうとしますが、戦略方針は方向を示し、手段や方法の選択においては自由度をもたせます。未来に到達するには新しい発想が必要であり、新しい発想には自由が不可欠だからです。方針を伴った自由は、放任とは一線を画されます。

ただし、実務においては、全社員が夢に心動かされているだけでは足りません。自分の仕事が会社としての夢の実現につながることを理解しなければなりません。

そのためには、戦略設計図に従って、会社としての挑戦課題(目標)、鍵となる競争優位の要素、コア・コンピタンスを明確にしなければなりません。そして、それらを築き上げるための構想を全社員に示し、全社員が実務としてなすべきことをはっきりと認識できることが不可欠です。

それでも、社員の行動を狭く限定するものではなく、社員が具体的な手段を見出せるよう、その自由を方向づけるものであることには変わりありません。併せて、その方向に向かって着実に進んでいることを確認できるような業績評価指標(スコアカード)をもつべきです。その際、優れた競合他社の情報を示すことは、競争心を鼓舞する上で効果的です。

社員に手段を選択する自由を与えるということは、既存のやり方に異議を唱える自由を与えることでもあります。成果をあげるために必要なスキルを身につけさせ、必要な情報や活用できる道具を与えることも不可欠です。

成功の暁には、貢献度に応じた見返りがあるという確信も必要です。成功の見返りを経営陣が独占するだけであれば、社員の貢献を期待することは不可能です。

ストレッチとレバレッジ

業界のNo.1企業は、潤沢な経営資源に恵まれています。ところが、そのような企業が、経営資源において圧倒的に劣る企業に主導権を明け渡した例は、枚挙にいとまがありません。

重要なのは、経営資源そのものではなく、経営資源をやりくりする知恵です。それは、より少ない経営資源でより多くの成果を出す知恵であり、「経営資源のレバレッジ(てこの作用)」と言い換えることができます。要するに、経営資源の生産性を高めることです。

経営資源のレバレッジは、提携、事業の境界を越えたスキルの移動、競争戦術上の独創的なアプローチなどによって生まれます。具体的には、リーン生産方式、製品開発に要する時間の短縮やコストの削減、部門間や企業間の密接な連携、階層構造のフラット化、権限委譲と従業員参加型経営などです。いずれも一般的なものとなっていますが、個々の企業に適用し、成果をあげることは簡単ではありません。独創性と忍耐、独自の経験による学習によって、知恵にまで高まります。

そのような知恵を生み出すためには、目的とする未来のビジョンや夢が、「野心」と呼べるほどにまで「ストレッチ(背伸び)」したものでなければなりません。新天地の魅力が溢れ、パイオニア精神を鼓舞し、社員の心に訴える使命感を感じさせるものでなければなりません。

経営資源が豊富であったとしても、野心がなければ、その経営資源はスラック(弛緩)であり、遊休資産を生むだけです。しかし、経営資源が少なかったとしても、大きな野心があれば、そのギャップはストレッチです。ストレッチが、経営資源をレバレッジする知恵を生み出す源になります。

経営資源が豊富な者と少ない者が競争する場合、前者は、経営資源の重みそのもので相手を圧倒しようとしがちです。そこに弱みが生まれます。経営資源が少ない者は、その弱みにつけ込むゲリラ戦術をとろうとします。そこに知恵が必要です。その知恵の結晶が「戦略設計図」です。戦略設計図は、経営資源のレバレッジ方針と言い換えることができます。

経営資源が少ない者が、野心によって競合を打ち負かし、リーダーとなって経営資源が豊富になると、その立場に安住して、野心を失います。その結果、いずれは野心をもった競合に打ち負かされることになります。リーダーであるから、環境の変化に対応できるわけではりませんし、環境の変化に無頓着であってよいわけでもありません。変化した未来には、現在のリーダーがそのままリーダーであり続けることはありません。

ですから、変化する未来に一番乗りするためには、常に野心を新たにし、レベルアップし、ストレッチの意識を更新し、経営資源をレバレッジする原動力を新たにしなければなりません。

レバレッジの方法

経営資源のレバレッジは、集中、蓄積、補完、保守、回収によって達成できるとされます。

「集中」とは、特定の目的に焦点を定め、経営資源を集中させることです。「蓄積」とは、経験の蓄積による学習です。「補完」とは、経営資源を補い合い、ブレンドし、バランスを取ることです。「保守」とは、経営資源の徹底したリサイクル、他社の取り込み、自社経営資源の防御です。「回収」とは、経営資源の活用速度、投資の回収速度を速めることです。

戦略においては、往々にして「経営資源の配分」が重視されます。ポートフォリオ・マネジメントなどが典型です。しかし、重要なことは、目的に向かって経営資源を集中させることです。複数の課題に取り組む必要があるなら、優先順位を定め、時間を限って、その間は特定の課題に焦点を合わせて経営資源を集中させます。コア・コンピタンスを身につけるにしても、順を追って、必要な要素を身につけていかなければなりません。

焦点を合わせるべきは、顧客に認知される価値と、その価値を生み出すのに伴うコストとの比率をできるだけ大きくするような分野です。その分野が、顧客に対する価値の提供について、競合他社との違いをはっきりと出せるようなものであれば、経営資源はレバレッジされると言えます。

経営資源をレバレッジする能力は、経験から知識を掘り起こすこと、すなわち学習を積み重ねることによって磨かれますから、成功からだけでなく、失敗からも謙虚に学習する姿勢が大切です。過去の成功の要因であったとしても、すでに役に立たなくなった前例やしきたりは潔く忘れることも大切な学習です。

このような学習の過程は、限られた経営資源の組み合わせから、新たな経営資源を生み出していることと同じです。知恵そのものが経営資源だからです。これこそ、経営資源のレバレッジの真髄です。

また、経営資源の組み合わせにはバランスも重要です。典型的には、開発能力、製造能力、販売能力のバランスです。これらは、いずれも一定レベル以上のものがなければ、他の経営資源の能力を削いでしまいます。他にも、品質・コスト・納期のバランス、技術要素のバランスなどもあります。

経営資源のバランスをとる方法として、自社にない経営資源を他社から借りる方法があります。提携、ライセンシング、ジョイント・ベンチャーなどです。借り入れは、経営資源の補完であるだけでなく、学習でもあります。他社にOEM供給することは、社内の開発をレバレッジするために、川上パートナーからマーケットシェアを借り入れていると考えることができます。