企業がもつ経営思想は、そのときの産業環境から生まれてきます。
経営思想は、企業の経営の枠組みをつくり、管理職の行動の選択肢を限定し、選択の確率さえ決定します。時間が経つにつれ、支配的な経営の枠組みは遺伝子のように会社全体に浸透し、次第に業務管理規約や手順書に姿を変え、会社の組織構造そのものになっていきます。
代々引き継がれてきた過去の教訓は、会社組織にとって二つの危険性を備えています。第一に、信じている理由を時とともに忘れてしまうことです。第二に、自分の知らないことは知る価値がないと思い込んでしまうことです。まったく疑う余地のない定説、慣習へと変わってしまいます。
理由が分からず、自分が何を知らないのかさえ分からないため、その狭い視野を破ることは困難です。そのため、その枠組みをつくった環境が変わっても、枠組み自体は存続してしまいます。産業環境が急速に根底から変わることになれば、従来の経営思想そのものが企業の生存を脅かす障害物になってしまいます。
会社を健全に保つためには、内部に多様な遺伝子をもち、かつ、遺伝子を入れ替え続け、未来に向けて会社をつくり直していくことが必要です。
多様な遺伝子をもつ
生物学によると、生物が長年にわたり健全であり続けるためには、多様な遺伝子が必要であるといいます。会社も同様です。遺伝子の多様性を大幅に増やすために何らかの手段をとらなければ、業界の慣習に染まらない新興企業の挑戦に太刀打ちできなくなります。
単独の企業に限らず、産業全体の遺伝子に多様性がなくなる場合もあるといいます。業界の慣習にすべての会社が従うようになったら、業界全体が新しい競争ルールに対して無防備になります。長年大手企業の寡占状態にある場合、過度に細分化されている場合、経営幹部が同業界の経験者ばかりで占められている場合、新しい技術が採用される頻度が低い場合、新規参入を妨害する慣習がある場合、製品やサービスのコンセプトが長い間変わっていない場合、規制に守られている場合などが要注意です。
市場の競争が複雑に、そして多様になるにつれ、柔軟性のある経営思想や幅のある経営手段などの多様な遺伝子がさらに重要になってきます。
社内起業家制度などの革新的なボトムアップ行動が多様な遺伝子を取り込む契機になりますが、自然に発生してくることを待っているだけではいけません。社内に自然発生した革新活動の多くは挫折してしまいます。
むしろ、会社の遺伝子を自ら大胆にリエンジニアリングすることが必要です。例えば、新しい役員を異業種から雇い入れる方法があります。ただし、役員といえども、直接影響を及ぼすことができる範囲は限られています。ですから、遺伝子の多様性は、会社組織の至る所になければなりません。
社内に適度な遺伝子の多様性を保ち続けるには、経営幹部の思い込みや過去の知識を、むやみに会社の管理運営システムに持ち込んではいけません。また、経営の枠組みが厳格すぎてもいけません。官僚体質が強いほど、遺伝子の多様性は減少します。会社の運営規約や管理手続に適度の余地を残します。
また、未来に向けた社員教育の場で、あまり過去の成功話を教え込まないようにします。さらに、経営幹部は、自分とあまり似ていない人材をもっと積極的に昇進させることです。異なった遺伝子を持つ社員の声を会社経営に反映させることも重要です。社内の慣習に挑戦している社員を見つけ出し、評価しなければなりません。
多様な文化をもつ社員が集まっているからといって、遺伝子が多様であるとは限りません。多国籍の人材で構成されている会社であっても、統一された厳格な社内教育を受け、画一的な経営の枠組みが頭にしみこんでいる会社は存在するからです。
経営の枠組みを拡大するには、好奇心と謙遜がもっとも大切であるといいます。自分の経営の枠組みの限界がどこにあるかを調べるために、競合他社を徹底的に調査しようとすることは大事です。他社の経営の枠組みの長所を謙虚に受け入れ、自分の経営の枠組みをさらに広げ、内容を充実させなければなりません。
過去のことを忘れる
市場環境が急速に変化していれば、遺伝子の多様性を適度に保つだけでは十分ではありません。遺伝子を入れ替え続けることも必要です。
つまり、新しい市場環境に適用するには、過去を意識的に忘れ去ることが必要です。「学習する組織」は必要ですが、「忘れ去る組織」も必要です。人は、新たなものを覚え込むよりも、忘れ去ることのほうがはるかに難しいと言われています。
新興企業は、産業や古参企業の慣習に染まっていないが故に、それに立ち向かうことによって成功を手にするかもしれません。しかし、その新興企業は、成功によって自らつくり上げる慣習に対して、再び立ち向かうことができるでしょうか。多くの場合、立ち向かうことができずに、別の新たな企業によって取って代わられることになります。
未来に到達するためには、自ら過去を捨て去る勇気をもたなければなりません。明らかにすべきは、次の2つです。
- 過去の何を会社の強みとして活用すべきか、
- もはや役に立たない過去の遺物は何か
会社をつくり直す
業績の好調な会社は、対象市場の定義、顧客に提供する商品価値、付加価値連鎖、利益の源である会社固有の資産やスキル、これらを支援する管理運営システムで構成された、効率のよい仕組み(利益創出エンジン)を備えています。
利益創出エンジンは特定の産業環境に適合するように形成されたものですから、環境の変化によって効率が低下します。競合他社が利益創出エンジンの一部を変更することによっても、産業環境に変化を与え、自社エンジンの効率低下が起こり得ます。
したがって、常に細心の注意を払い、自社の利益創出エンジンの効率低下が起こっていないか、効率を高める方法がないかを考えなければなりません。
産業の変革が、現在の自社の利益創出エンジンの効率を低下させるとしても、産業の変革を他社に任せるよりは、自社で積極的に演出する方が多くの利益を獲得することができるはずです。結局、創造力に富む競合他社から自社を守る最善の方法は、今までにないような製品やサービスを誰よりも早く考え出すことです。それが自らの過去の事業を否定するものであったとしても、他社の製品やサービスによって置き換えられるよりは、自社の製品やサービスによって置き換える方がよいに決まっています。
企業変革の秘訣は、会社の業績が好調なときに社内に危機感を生み出すことです。手遅れになる前に、未来に向けて行動を開始しなければなりません。そのためには、未来に目を向け、過去を意識的に忘れ去る必要があります。業界の動向、技術、人口構成、政府規制、社会の変化の兆候を見出し、その方向を予測し、自社の利益創出エンジンがどのように停止するのかをシミュレーションします。日頃からこのような訓練をすることが大事です。
将来起こる可能性のある会社の存続の危機を事前に回避するためには、事前に危機状態を模擬的に社内につくり出す必要があります。ただし、単なる不安感では諦めにつながるおそれがあります。重要なのは緊迫感です。まだ時間的な猶予があり、回避行動を取る余地があることを認識できることが重要です。加えて、未来に可能性や希望や展望を感じることも大切です。