権威の源泉 − バーナードの組織論⑰

国家には権威があり、国家が定める法律は遵守すべきものと考えられています。しかし、刑法のある規定のように多くの人が遵守しようとする場合もあれば、道路交通法のある規定のように多くの違反が横行している場合もあります。

社会のある団体において決められた制裁のないルールであっても、それを遵守する人たちがいます。

つまり、あるルールは遵守され、別のルールはあまり遵守されないということがあり、同じルールについて、ある人は遵守し、別の人は遵守しないということがあります。

あるルールが遵守されるかどうかは、そのルールの発令者によって決定されるのではなく、そのルールを遵守しようとし、あるいは遵守しないとする人自身が決定しているということです。

人があるルールを遵守しようとするとき、そのルールには「権威」があるとされます。その人がそのルールを遵守すべきものとして受容することによって「権威」が生じるということです。

組織は活動あるいは諸力の体系とみなされていますので、権威が属するのは「人」ではありません。協働としての活動を促すのは、命令を初めとする「伝達」ですから、権威が属するのも「伝達」です。

組織の権威には、2つの側面があります。一つは主観的・人格的な側面であり、伝達を受け取る人が、それを権威あるものとして受容することです。

もう一つは客観的な側面であり、伝達そのものの性格です。その性格が、人によって受容されるかどうかに関わります。伝達であれば何でも受容されるわけではありません。

伝達が、それを受け取る人(受令者)によって受容されるとき、その人に対する伝達の権威が認められます。この権威は、その人の行為の基礎となります。伝達への不服従は、その人によって伝達の権威が否定されたことになります。

要するに、一つの伝達が権威を持つかどうかの意思決定は受令者の側にあり、発令者の側にあるのではないということです。

権威を維持することができない組織は存続することができませんが、その根拠は、貢献者がその権威を受容しないために、貢献意欲を持ち得ないからです。

貢献者が伝達を受容するとき相応の負担を伴いますが、その負担が自己の利益を上回るなら、貢献をしない選択をします。これは、権威が挫折することを意味します。

権威確立の条件

個人がある伝達を権威あるものとして受容できるためには、いくつかの条件を満たす必要があります。

第一に、伝達が理解できることです。当然でありながら、実際は理解し難い伝達が少なくありません。多くの伝達が一般的な表現で述べられるため、いろいろな状況のもとで適用し難いからです。

伝達は、解釈されるまで意味を持ちません。伝達を具体的状況に適用するために解釈し、または解釈し直すことが、管理作用の相当部分になります。

第二に、伝達が、受令者が理解している組織目的と両立すると信じられることです。目的と矛盾する伝達は稀ではありません。矛盾する伝達によって人々が麻痺させられることもあります。

管理者は、一見矛盾するように見える伝達を発する必要があるときは、それが実際は矛盾しないことを説明し、あるいは論証することが必要です。

第三に、伝達が、受令者の個人的利害全体と両立し得ると信じられることが必要です。

伝達を実行することに伴う負担が、得られる利益よりも大きいなら、その人を組織へ貢献させる純利益としての誘因(「純誘因」)は存在しないことになるため、その伝達は受容されません。

第四に、受令者が、精神的にも肉体的にも、伝達に従い得ることが必要です。その人が伝達に従う能力を持たなければ、その伝達は違反されるか、無視されるしかありません。

伝達の無関心圏

すべての伝達に関して、その都度、以上のような条件が満たされることを確認しなければならないとすると、組織を永続的なものとして維持することは難しいように思われます。

実際の永続的な組織においては、伝達の都度、受容するか否かの判断が個人によって行われているというよりも、最初から受容され得る伝達が慎重に発令されていると考えられます。

受容されそうにない伝達を発する必要があるときは、注意深い予備教育をしたり、説得の努力を払ったり、あらかじめ効果ある誘因を提供するなどして、問題が生じないような手段が取られます。

組織の永続性についてさらに重要なことは、各人には「無関心圏」が存在し、その圏内では、伝達はその権威の有無を意識的に反問することなく受容しているということです。

伝達の「無関心圏」とは、受令者が組織と関係をもったとき、すでに当初から予期され、問題なく受け入れられるような伝達の範囲です。

無関心圏は、組織に対する個人の参加を決定する誘因が、負担や犠牲をどの程度超過するかに応じて、広くもなり狭くもなります。

誘因によって、組織からすでに純利益を得ている人々からすれば、引き続きその純利益を得続けることを期待しますから、自分たちの無関心圏内にある伝達は、その権威を維持しようとします。それによって無関心圏の安定性が維持されます。

このような安定性の維持は主として非公式組織の機能であり、一般に「世論」「組織意見」「集団態度」などと呼ばれます。これらは共通感として人々の態度に影響を与え、無関心圏あるいはそれに近いところにある権威を個人として問題にしないようにさせます。

上位者の権威というフィクション

この共通感が「権威は上から下へ下降し、一般的なものから特殊なものに至る」というフィクションを抱かせているといいます。

このフィクションは、上位者からの命令を受け入れやすくするような予想を個人間に確立し、人格的屈辱感を招いたり、同僚に対する個人的地位を失うことなく、伝達に黙従することを可能にします。

上位権威というフィクションは、組織的決定をする責任を個人から上方へ、すなわち組織へ委譲するために必要です。

もし伝達が無視されれば、管理者は自分が正しくないという危険を引き受けなければなりませんが、このような危険を個人として受け入れたくはないため、権威を求めます。

また、このフィクションは、組織の利益を重視するためにも必要です。組織への参加に同意しておきながら、故意に個人的利益のために組織要求を曲げようと企て、客観的権威を恣意的に侮辱するような行為をすることは、許されるべきではありません。

例えば、緊急事態においてやむを得ない緊急命令が発令されるときに、最下部にある最終権威による拒否権行使が規制されるべきことはむしろ当然であるという感覚が必要です。

このような感覚は、上からの権威によって適用されるものではありません。共同の目的や利益を達成しようとする欲求に基づいて、現実の慣行によって下から生成され、自発的に遵守されるべきものです。