戦略は、すべての従業員に理解され、実行に貢献してもらってこそ、成果をあげることができます。そのためにはまず、経営トップが考えるビジョンと戦略を従業員とシェアし、それを達成する方法を従業員に提案させることが効果的です。
すべての従業員が、戦略の立案と実行の一部であることを理解する必要があります。
バランス・スコアカードの開発・導入は、まず経営トップから始める必要があります。経営トップが考えるビジョンと戦略をバランス・スコアカードに落とし込み、企業全体にシェアします。従業員がその内容を理解し、部門の目標から個人の目標に至るまで、ビジョンや戦略とリンクさせなければなりません。そこまでしなければ、従業員がビジョンや戦略にコミットすることにはなりません。
まず、ビジョンや戦略を従業員に理解させるための継続的なコミュニケーションと教育プログラムを用意します。業績についてのフィードバックで教育プログラムを強化していくことも重要です。
基本的な理解ができれば、高レベルで作成されたバランス・スコアカードを、部門やチームや個人のレベルの目標にまで落とし込みます。
最終的には、報酬制度がバランス・スコアカードにリンクすることによって、従業員を本格的に動機づけることができます。
コミュニケーションと教育プログラム
企業のビジョンと戦略について、従業員とお互いに理解し合うためには、単なる教育というだけでなく、顧客に対するマーケティングと同様、社内マーケティング・キャンペーンとして大々的に実施すべきです。
理解し合うということは、ビジョンと戦略に関する意識を形成し、行動を動機づけるところまで行かなければ意味がありません。
全社的に華々しいキャンペーンを実施したとしても、限られた期間のみであれば、行動を持続させることはできません。あらゆる媒体等の手段を活用し、成果を報告することによって、継続的にフォローアップし続けなければなりません。
取締役会や株主とコミュニケーションをとる
取締役会の主な責任は、経営戦略とビジネス・ユニットの戦略をモニターすることです。したがって、バランス・スコアカードについて取締役会ともコミュニケーションをとっておくべきです。
取締役会自身が、自ら実行すべきバランス・スコアカードをもつべきであるという意見もあります。
一方、バランス・スコアカードを外部の株主とコミュニケーションすることについては、いくつかの問題が伴います。バランス・スコアカードが公開されることを意味するため、競合他社に戦略の詳細を知られてしまうことになるからです。
さらに、株主がバランス・スコアカードの内容を知ることによって、実績が目標から僅かにずれただけで、訴訟を起こされる可能性があります。株主は、短期的な財務的成果にのみ関心があり、非財務的業績評価指標に無関心であることが少なくないからです。
ただし、それでも一部の企業では、バランス・スコアカードを加工して、戦略上重要な情報を公開することなく、株主に業績評価指標を伝達し、株主との効果的なコミュニケーションを図っています。そのような企業では、短期的な財務的成果にのみ関心がある株主ではなく、長期的な成果に自発的に投資してくれる株主の関心を引きつけようとしています。
バランス・スコアカードをチームと個人の目標にリンクさせる
企業の上位レベルの戦略的目標と業績評価指標は、個人が企業のゴールに貢献できる行動にまで落とし込む必要があります。このようにすることで、現場の改善努力は、全社的な重要成功要因と整合性を保つことになります。
多くの企業は、上位レベルの戦略的業績評価指標、特に非財務的業績評価指標を現場のオペレーショナルな業績評価指標に分解することが難しいと思っています。しかし、バランス・スコアカードは、4つの視点に基づいて、複数の目標と業績評価指標が因果関係でつなっていますので、上位レベルの戦略と首尾一貫するよう下位レベルの目標と業績評価指標を選択するのに利用しやすくなっています。
ある企業では、経営トップは、財務的視点と顧客の視点における目標と業績評価指標のみを設定しています。これらを達成するために、マネジャーたちが、社内ビジネス・プロセスの視点と学習と成長の視点における目標と業績評価指標を設定します。
報酬制度とのリンケージ
バランス・スコアカードが、企業のビジョンや戦略を達成するために設定される以上、報酬制度がバランス・スコアカードの業績評価指標にリンクすることは自然なことです。ただし、いつ、どのようにリンクさせるかについては様々です。
速やかにリンクさせようとする企業もあれば、バランス・スコアカードの定着度を見ながら、一定期間後にリンクさせ始める企業もあります。経営層に限ってリンクさせる場合もあれば、一定レベルのマネジャーまでリンクさせる場合もあります。
月額給与までリンクさせる場合もあれば、賞与にのみリンクさせる場合もあります。いずれの場合も、報酬の一定割合にのみ反映させることもあります。
財務的業績評価指標と非財務的業績評価指標の配分も区々です。業績評価指標にウェイトをつけて、加重平均してリンクさせる場合もあります。4つの視点のバランスを重視して、最小限度必要ないくつかの業績評価指標に最低レベルを設定し、それらをクリアしなければ、特定の業績評価指標で高いレベルを達成したとしても考慮しないという方法を採用している場合もあります。
バランス・スコアカードに反映されている因果関係は仮説を含んでいるため、完全に正しいということはできません。また、フィードバック情報が、最初から正確で確実であるとも限りません。そのため、一定の試行期間を置き、仮説検証を行ったうえでリンクさせ始める企業も少なくありません。
だからといって、バランス・スコアカードと矛盾した旧来の報酬制度を存続させ続けるならば、いつまでもビジョンや戦略の達成はままなりません。
バランス・スコアカードは、最終的に財務的成果につながる業績評価指標の因果関係を表現しますが、かといって、能力、努力、意思決定や行動の質などを考慮しないで、成果のみで報酬を決定することが良いとは言えません。しかし、それらが観察しにくいものであることは事実です。
バランス・スコアカードを積極的に利用している企業では、バランスト・スコアカードの議論を全社的に様々な階層レベルで実施する過程で、マネジャーや従業員の能力が観察できると指摘しています。したがって、そのような評価を報酬の決定に加味する余地を残しておくことは意味があります。
なお、動機づけの面において、更に考慮すべきことがあります。報酬制度をバランス・スコアカードとリンクさせることによって、その達成を動機づけることは可能であるものの、動機づけとしては付帯的なものでしかありません。逆に、報酬制度とのリンクが露骨すぎると、動機づけを減退させたり締め出したりするとも言われています。
動機づけとして本質的なものは、やはり従業員一人ひとりの内発的なものでなければなりません。つまり、従業員が個人的な好みや信念で行動する場合の動機づけに優るものはありません。
これは決して、従業員が個々に自分の好き勝手な目標を立てることを許すという意味ではありません。バランス・スコアカードに設定した目標や業績評価指標の達成に貢献するために、自分の強みを生かして何ができるかを、従業員に主体的に考えさせるということです。
そのような主体的目標設定と共に、報酬制度がリンクすることによって、動機づけは一層効果的なものになります。