バランス・スコアカードを作成することにより、まず第一に、財務目標と企業戦略がリンクするようになります。企業が経済的成果によって存続を図る以上、戦略は最終的に経済的成果につながらなければなりません。
したがって、財務的視点の目標および業績評価指標は、バランス・スコアカードにおける中心的役割を果たし、すべては最終的に財務的業績の向上につながるような因果関係の連鎖をつくらなければなりません。
財務的視点の目標および業績評価指標は、戦略に相応しい内容でなければなりません。一つの企業のなかであっても、異なる戦略をもつ事業に対して一律の使用総資本利益率を設定するといったことは避けるべきです。
財務目標を戦略にリンクさせる
財務目標は、事業のライフサイクルに応じて異なってきます。
まず、成長期には、大きな投資が必要になるため、キャッシュフローはマイナスになり、投資利益率も低いのが一般的です。設定すべき財務目標としては、収益の成長率、ターゲット市場や顧客グループおよび地域での売上成長率などがあります。
持続期には、引き続きの投資が必要になりますが、高い投資利益率も求められます。したがって、設定すべき財務目標としては、投資利益率、使用総資本利益率、経済的付加価値などがあります。
事業が成熟してくると、収穫期に入ります。多額の投資を新規に行うことはなく、設備や生産能力の維持のための投資が中心です。仮に新たな投資を行うとしても、限定的で回収期間も短いものでなければなりません。財務目標は、キャッシュフローや運転資本に関わるものが中心になります。
事業がライフサイクルのどこに位置するかは、定期的かつ慎重に判断しなければなりません。収穫期に入ったと思われたビジネスが、再び成長期に移行するような場合もあるからです。
財務的視点における戦略的財務テーマ
戦略をバランス・スコアカードに落とし込むに当たって、財務の視点において検討すべきテーマが3つあります。
それぞれのテーマの具体的な内容は、事業がライフサイクルのどの段階にあるかによって異なってきますが、いずれも資産の有効活用による利益の増加を目指すものです。
収益の成長と新製品やサービスのミックス
収益の成長を測る一般的な業績評価指標は、売上成長率、ターゲット地域や市場および顧客の占有率です。
成長期には、新しい製品等を導入することによってラインを拡大させることが多くなります。この場合の業績評価指標としては、特定期間に導入した新製品等からの収益の割合があります。ただし、単に新製品等の収益が既存製品等の収益と置き換わるだけでは望ましくありません。新製品等は、新しい顧客や市場を開拓することによって、収益全体を拡大させることを目指すべきです。
持続期には、新製品等を開発するのではなく、既存製品等の新たな用途を発見・開発する方法が有効です。この場合の業績評価指標としては、新たな用途からの収益の比率があります。既存製品等の用途を変えず、新しい顧客や市場に投入する方法もあります。この場合の業績評価指標としては、新たな顧客や市場からの収益の比率があります。
一つの企業のなかで、複数の事業が共通の顧客をもち得る場合は、共同で新製品等を開発・販売したり、顧客ニーズに応じて既存製品等のさまざまな組み合わせを販売したりできる場合があります。この場合、シナジー効果として、価格割引などが提案できるかもしれません。利用できる業績評価指標として、複数の事業が共同して市場占有率を増加させることを目標にできるでしょう。
製品等の組み合わせをさまざまに変える方法は、単独事業のなかでも実現可能でしょう。さまざまな組み合わせによって価格競争力をもつ場合もあれば、付加価値が高まって利益率を上げられる場合もあるかもしれません。このような場合の業績評価指標としては、ターゲット市場における売上成長率があります。
収穫期において、収益の成長のために、製品等の価格を引き上げなければならない場合もあります。このような判断をするためには、ABC(活動基準原価計算)によって製品別や顧客別のコストや利益を把握しなければなりません。特に、その製品等が特殊なニッチの場合は、市場占有率を減少させることなく利益率を高めることができることもあります。特定の顧客の利益率が低い場合は、ABCの結果を根拠に交渉したり、場合によってその顧客をカットしたりすることによって、全体の利益率は向上します。
収益の成長を見るときには、同時に市場占有率も見ることが大切です。たとえ収益が成長していたとしても、市場自体が成長していることが原因である場合もあるからです。市場占有率が低下しているのであれば、競合に市場を奪われていることになり、競争力はむしろ落ちていることになります。
原価低減と生産性の向上
成長期には、原価低減に重点をおくことはあまりありません。努力を向けるべきは収益の拡大です。ですから、成長期における業績評価指標としては、従業員一人当たりの収益などが選ばれます。
持続期になると、間接費をモニターし、コスト競争力をつけることが重要になります。もっとも単純でわかりやすい業績評価指標は、製品等の単位当たりコストです。当然、ABCが必要になります。
企業によっては、顧客が利用できるチャネルを複数用意している場合があります。この場合、チャネルによって取引コストに差が生じていることがあるため、高コストチャネルから低コストチャネルに移行させることを検討する余地があります。利用できる業績評価指標としては、チャネルごとの取引量の比率があります。
一般的に、間接費は、常に削減の対象となり得ます。業績評価指標としては、対象間接費の総額、売上高に対する対象間接費の比率があります。ただし、間接費はいかなる場合も無駄であるわけではありませんので、顧客対応や品質などの業績評価指標とのバランスをとる必要があります。
むしろ、資源の利用効率を高めるため、一定の間接費に対して収益を増加させる方法を考えることも必要です。ここでもABCが重要になります。
資産の有効活用と投資戦略
資産を増加させ、有効活用することも、財務目標とすることができ、そのための業績評価指標を設定することができます。
売掛金、在庫、買掛金など、相応の流動資産や流動負債を抱える事業(小売業、卸売業など)を行っている場合、運転資本の効率的管理はきわめて重要です。運転資本の効率性を表す代表的な業績評価指標として、キャッシュ・サイクルがあります。
キャッシュ・サイクルとは、在庫日数と売掛金日数の合計から買掛金日数を差し引いた日数として表されます。この日数は、サプライヤーに代金を支払ってから、顧客から代金を回収するまでに要する正味の日数を意味しますから、できる限り短いことが望ましいと言えます。先に出て行く資金(運転資本)が少なくて済むからです。
投資プロジェクトからのキャッシュの流入を加速化し、キャッシュのサイクルを短縮化することも重要です。特に、事業のインフラを整備するための高額な投資には、業績評価指標を設定すべきです。
最終的な成果としては、投資利益率や回収期間などが直接的な業績評価指標ですが、それ以外にも、パフォーマンス・ドライバーとしていくつかの業績評価指標が考えられます。例えば、インフラ投資を複数の事業でシェアすることによって投資効率を上げる(多重投資の防止、原価低減など)ことができますから、シェアする事業の数などが業績評価指標になり得ます。投資設備の有効利用時間あるいは遊休時間の割合なども利用できます。
リスク・マネジメント
財務的視点として、リスク・マネジメントの観点から目標や業績評価指標を設定する場合もあります。自社の事業がどのような不確実要因(収益の大きな変動要因など)を抱えているかをよく見極めて、その不確実性の程度を測ることができるような業績評価指標を選択します。
例えば、特定の収益源に偏りすぎている場合、その収益源を広げることによってリスクを分散したいと考えるかもしれません。この場合の業績評価指標として、新たな収益源による収益の比率が考えられます。
損害保険会社などは、常に損失のリスクに晒されているため、損失の業績評価指標を設けている場合があります。あるいは、最大可能な損失に対する十分な備えに関わる業績評価指標を設ける場合もあります。
資本集約型の企業の場合、経済が低迷しているときにも資本や工程を一定レベルに維持したり、製品の改良などの費用を確保する必要があるため、キャッシュフローに関わる業績評価指標を設定し、最低限のキャッシュフローレベルを目標として掲げる場合があります。
経営計画の精度が低いことを理由に、計画と実績の差異を業績評価指標として設定している企業もあります。ただし、これだけを財務的な業績評価指標とすると、計画そのものを低く設定しようとする動機になるため、収益の成長に関わる業績評価指標も同時に設定することによってバランスとをる必要があります。