自らの職業人生を充実させ、成功に導くためには、自らの強みを知らなければなりません。ところが、強みというのは自分にとって当たり前のことであるため、自然に分かることはほとんどなく、考えれば分かるというものでもありません。
強みを知るためにドラッカーが提唱する方法は、「フィードバック分析」と呼ばれます。何かをすることに決めたら、その時点で何を期待するかを書き留めておきます。そして、実際に行ってみて、9か月後から1年後に、その期待と実際の結果を照合します。
ドラッカーは、自らの人生において、50年以上にわたってフィードバック分析を行い、数年の間隔で自らの強みを知ることができたといいます。単純な方法に見えますが、常に驚きの発見があるといいます。
フィードバック分析は、強みを知ると同時に、これに付随するさまざまなことを教えてくれるといいます。
フィードバック分析の意義
自らの職業人生を充実させ、成功に導く最も重要な要素は強みです。何事かを成し遂げられるのは、強みによってです。弱みによって何かを行うことはできません。
強みを知らなければ、自らが属すべきところが分からず、自らなすべき仕事も分かりません。なすべき仕事に就き、強みを生かし、社会に貢献できてこその自己実現です。
誰でも自分の強みは分かっていると思いがちですが、大抵の場合、その認識は間違っていると、ドラッカーは言います。
ドラッカーによると、強みを知る唯一の方法は「フィードバック分析」です。何かをすることに決めたら、次のことを必ず実行しなければなりません。
- 何を期待するかを直ちに書き留めておく。
- 9か月後、1年後に、その期待と実際の結果を照合する。
ドラッカーは50年以上これを続けたと言います。しかも、実施する度に驚かされると言います。この手法を実行すれば、2~3年の短期間に、自らの強みが何であるかが明らかになると言います。
この方法は単純に見えるため、多くの人は「わざわざそんなことをしなくても分かるのではないか」と考えがちです。あるいは、「わざわざ書き留めなくても、記憶しておけば済むのではないか」とも考えます。
しかし、そのように考える人たちは、今、どのような状況にいるでしょうか。強みを知り、所を得ているでしょうか。仕事に満足しているでしょうか。
「組織で働く以上、自分のやりたい仕事などできないから、仕事に満足できなくても仕方がない」と反論する人は、よく考えてみてください。人事評価で、自らの強みを明確に語ることができるでしょうか。「自らの強みを生かせる仕事はこれである」と明言できるでしょうか。
組織は生き残り、成長するために、人材を最大限に生かそうとしますから、自らの強みをよく知り、その強みが生かせる仕事を明言できる人材を無視しようとは考えません。
「現在の組織の中に、自らの強みを生かせる仕事がない」という人もいるかもしれません。そうであれば、なぜ自らの強みを生かせる仕事に転職しないのでしょうか。転職してもうまくやっていく自信がないからではないでしょうか。自信がないのは、結局、自らの強みがはっきりとは分かっていないからではないでしょうか。
だから、「単純だからやらなくても分かる」ということはありません。単純だから当たり前になっており、意識して知ろうとしない限り、なかなか分からないものなのです。
「わざわざ書き留めなくても、記憶しておけば済む」ということもありません。人の記憶ほど曖昧なものはありません。実際にやると決めたことをやっていくうちに、記憶などいくらでも変化していきます。
「記憶しよう」と思っていたことを忘れ、やり始めたこともいつの間にかやらなくなり、「やろうと思った」ことさえ忘れてしまう始末です。人の記憶や決意は、せいぜいその程度のものであることを認めた方がよいでしょう。
フィードバック分析は、自らをマネジメントするためだけでなく、仕事においても常に実行すべき評価方法です。ドラッカーが何度も何度も書籍で繰り返していることです。
この方法は、強みだけでなく、それに付随する様々なことを教えてくれます。
強みとその付随事項を知る
集中すべき強み
まず、何がうまくいったかを知り、なぜうまくいったかを考えます。そこに現れている能力が強みです。その強みに集中し、成果をあげなければなりません。
強みを伸ばすためになすべきこと
強みをさらに強化するために、伸ばすべき技能、新たに身につけるべき知識を明らかにします。すでに陳腐化しており、別のものに更新しなければならないかもしれなせん。欠陥があるかもしれません。ずっと強みだと思っていたものが、平凡で誰でも手に入れられるレベルであったことを知ることもあります。
強みによる知的傲慢さ
強みの認識に間違いがなくても失敗する場合、その原因として、自分の専門以外の知識を軽視していることがあります。特定の専門分野に優れ、特化して仕事をしていると、その世界がすべてになってしまいやすいからです。
多くの仕事は、様々な強みをもった人たちの個々の仕事の連携によって、総体として成果をあげていきます。自らの強みが生かされるのは、自らの強み以外のところに強みをもった人たちの仕事があってこそです。ですから、自らの強み以外の分野についても最低限知るべきこと、学ぶべきことを身につけておかなければなりません。
さもないと、他の専門分野の人たちとのコミュニケーションに支障が出ます。他の分野の仕事を理解できないなら、その人の仕事は他の人から理解されることもありませんから、強みが生かされることもありません。
(参考:「強みを生かし、弱みを意味のないものにするにはどうすればよいか?」))
悪癖
悪癖とは、自分の仕事の成果をあげるうえで邪魔になっていることです。行うべきでないことを行ってしまう悪癖と、行うべきことを行わない悪癖があります。
改めるべき「人への対し方」
人への対し方が悪いために、みすみす成果を逃してしまうことがあります。これは、高度な交渉力ではなく、潤滑油的なレベルのものであり、社会的に最低限求められるレベルのものができていないということです。
例えば、「お早うございます」や「失礼します」といった挨拶の言葉、「お願いします」という言葉、「有難うございます」や「申し訳ありませんでした」という言葉、相手の名前を覚えて間違わないこと、時には趣味や家族の話をすることなど、些細なコミュニケーションです。
世の中には、この程度のことをしない人たちがいます。これは苦手や弱みといったレベルではなく、明らかに悪い態度です。このような態度は、仕事の内容以前に、社会的に許容されないと思った方がよいでしょう。
行うべきでないこと
強みが分かると当時に、能力が欠落しているためにできないこと、苦手なものが分かります。努力しても並みの能力さえもち得ないものです。このような分野は思った以上にありますので、認めるべきは認めた方が無難です。
時間の無駄になる分野
人には、努力しても並みの能力さえもち得ない分野もありますが、努力すれば並みの能力程度はもち得る分野もあります。むしろ、こちらのほうが厄介です。人は、強みよりも、弱みや苦手分野が気になるからです。努力すれば何とかなるかもしれないと思えると、そこに力を入れたくなります。学校や、組織の人事評価でもそうです。弱みや苦手分野に集中的に力を入れようとします。
ただ、通常、その努力は並大抵ではありません。無能を並みにするには、一流を超一流にするよりはるかに大きなエネルギーが必要です。ですから、時間を浪費した結果、総体的に凡庸な人材ができあがります。
自分にはこれといった弱みはないが、強みがよく分からない人です。そういう人は、今の仕事に満足はしていないけれども、かといって他に何をやったらいいかも分かりません。転職してもうまくやる自信がありません。
そう考えると、無能を並みにしようとするよりも、強みを超一流にするために時間を使うほうが、はるかに大きな成果をあげることにつながります。
ただし、自らの強みの発揮を阻害する要素というものはありますので、それに関しては、最低限のレベルはクリアする必要があります。先に述べた知的傲慢さや悪癖、人への対し方の問題などです。
得意な仕事の仕方を知る
仕事の仕方にも、得意・不得意があります。ドラッカーは、強みよりも重要かもしれないと言っています。性格に関わることが多いからです。
ところが、多くの人は、いろいろな仕事の仕方があることを知らず、わざわざ得意でない仕事の仕方をして、成果をあげられないと言います。本来強みが発揮できるはずの分野であるにもかかわらず、苦手な分野であるとと勘違いしてしまうと、大きな損失です。
この点も強みに劣らず変更することは困難ですので、得意な仕事の仕方を向上させるべきです。
読む人間か、聞く人間か
書面を読む方がよく理解できるか、人の話を聞く方がよく理解できるか、ということです。大抵はどちらもある程度できますが、どちらかが秀でていることがほとんどです。どちらもうまくできる人はほとんどいないと言います。
これは利き腕に似ています。通常はどちらの手もある程度は使えるでしょうが、明らかに利き腕はあります。利き腕を変えるのは困難です。
自分はどちらが得意かを知らないと、苦手な方法で対応しようとしてうまく行かず、自らを無能であると思ってしまいます。この仕事自体が苦手であるという間違った意識を植えつけてしまうこともありますし、周囲からも同様の評価を受けてしまいかねません。
学び方
学び方に関しても、
- 読む方法
- 聞く方法
の2つが代表的ですが、どちらも苦手な人がいます。そのような人の場合、学ぶこと自体が苦手だと考えてしまいそうですが、実際には、
- 書く方法
- 話す方法
- 行動する方法
によってよく学べる人もいます。
「話す方法」によって学ぶ人の中には、教えることによってよく学べる人が含まれているようです。教えながら自分の話を聞き、学びが深まります。ただし、他の方法が得意な人でも、教えることが最大の学びになるというのは、ドラッカーがしばしば指摘するところです。
「行動する方法」は、実際に仕事をしながらの方がよく学べるという人です。「あらかじめ学んで理解してから、実行する」ということが苦手で、やりながらでないと学べないという人です。
人と組むか、一人でやるか
組織で仕事をするうえでは、非常に重要な要素です。ただ、一人でやる方が得意だからといって、組織仕事ができないわけではありません。組織には役割分担があり、自らの役割を果たし、他の人の仕事とつなげることで成果をあげることができるからです。
人と組むというのは、日常的な仕事の遂行過程で、常に連携すべき人がいた方がいいかどうか、ということです。
人と組む方法が得意であるとしても、様々な形態があります。どのようなポジションが得意かということは人それぞれです。リーダー役、意思決定役、助言役、補佐役、コーチ役、参謀役など様々です。チームで複数の人たちと常時連携調整しながら仕事を進めていくことが得意な人もいます。
大きい組織の中で歯車として働く方が得意な人もいれば、小さい組織で働く方が得意な人もいます。通常、両者は両立しないと言います。
プレッシャーの有無
緊張や不安のあった方が仕事がよくできるか、安定した環境の方が仕事がよくできるか、という違いもあります。締め切りがタイトな方がよいか、十分な余裕があった方がよいか、とも関係します。
価値観を知る
その人が価値として重視するものです。倫理上の問題、正義の問題を含め、様々なものがあります。
仕事で価値観を重視するのは大人気ないと言う人もいますが、考え方や生き方の根本に関わりますので、妥協することは困難です。ある人にとっては気にならなくても、別の人には受け入れ難いという価値観は存在します。
相容れない価値観に対して自らを妥協させようとすると、自らを苦しめることになります。本来得意で強みを生かせるはずの仕事であっても、その仕事が嫌いになることさえあります。自らを軽蔑するようにさえなります。
倫理上受け入れ難いかどうかを判定する方法として、ドラッカーは「ミラー・テスト」を提案しています。「朝、鏡の前で、髭を剃るとき、あるいは口紅を塗るとき、どのような顔を見たいか」という方法です。
価値観には、倫理以外にも様々なものがあります。人事上の価値観として、主要ポストが空いたときに、内部昇進を優先させるか、外部人材を入れるかという違いがあります。メーカーとして、小さな改善を積み重ねて着実な成功を重ねることを優先するか、革新的な製品を世に出すことを優先するか、という違いもあります。
企業は、短期的利益と長期的利益をバランスさせることが重要ですが、両者が明らかに対立する場合にどちらを優先するかは、価値観の問題です。