イノベーションの戦略と組織

イノベーションもまた、戦略が必要です。戦略は常に「われわれの事業は何か、何であるべきか」との問いから始まりますが、未来についての仮定は既存の事業とはまったく異なります。

既存の事業は陳腐化するものと仮定し、より新しいもの、より違ったものを求めます。

高い目標を掲げますが、成果をあげ、市場が成長する時期を予測することは困難ですから、既存の事業とは異なる基準で評価する必要があります。

変化を脅威ではなく機会と捉える風土、継続学習の風土がなければイノベーションは根付きません。イノベーションは、姿勢であり行動でなければならないのです。

組織も既存事業とは別に設けなければなりません。チーム型組織とし、独立させます。

企業全体としては、トップマネジメント・チームのもとに、既存事業の組織とイノーベーションのための組織が関係を軸に結ばれるシステム型組織になります。

イノベーションの戦略

戦略はいつも、「われわれの事業は何か、何であるべきか」との問いから始まります。

しかし、未来についての仮定は、既存事業の戦略と異なります。

既存事業の戦略では、現在の製品、サービス、市場、流通チャネル、技術、工程は継続すると仮定します。それらをより良く、より多く行うこと、すなわち最適化することが戦略です。

イノベーションの戦略では、既存のものはすべて陳腐化すると仮定します。より新しく、より違ったものとすることが戦略です。

戦略の第一歩は、古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを計画的かつ体系的に捨てることです。それによってのみ、資源、特に人材という貴重な資源を新しいもののために解放することができます。

次に重要なことは、目標を高く設定することです。

イノベーションの成功率はせいぜい10%しかありませんから、1つの成功が9つの失敗を埋め合わせるほどに成長する必要があります。

新しい製品ではなく、新しい事業、新しい能力、新しい価値観を生み出すことを目指します。

ある企業では、新製品が立ち上がったら、その製品の事業部門はその製品の改良を進めます。同時に、その新製品を陳腐させるため、別の新製品の開発部門をつくります。両者を同時進行させるのです。

イノベーションの目標と基準

イノベーションには、既存事業とは異なる尺度、予算、支出の基準が必要です。

イノベーションは、支出ばかりで成果のない時期が数年続くからです。市場も最初から大きいことはほとんどありません。実現の時期も予測が困難です。

既存事業に対しては、「この活動は必要か、なくて済むものか」と問います。「必要だ」となれば、「必要最小限の支援はどれだけか」と問います。

イノベーションに対しては、「これは正しい機会か」と問います。「然り」なら、「支援は最大限どれだけ可能か」と問います。

ドラッカーは、予算の配分として、既存事業に対しては全体の80~90%、イノベーションに対しては全体の10~20%を一定の期間維持すべきであると言っています。

期待を書き表し、成果と比較する

イノベーションは成功率がせいぜい10%しかありませんから、うまくいかないときにいかに手を引くかを考えておくことも重要です。

始めるときに期待するものを検討し、書き表しておきます。いかなる成果をいつまでに欲するかを考え抜かなければなりません。

イノベーションが生み出したものと期待を比較します。結果が期待をかなり下回っているなら、人材と資金を投入し続けることはできません。

「手を引くべきかどうか」を判断し、「どのように手を引くか」を決めなければなりません。

イノベーションの姿勢

変化には抵抗がつきものですが、抵抗に焦点を合わせてはいけません。変化への抵抗は、無知によって生じます。未知への不安です。

「変化は例外ではなく正常である。脅威ではなく機会である。」という真に革新的な風土の醸成として問題を定義することが重要です。変化を機会ととらえたとき、不安は消え、抵抗は消えると言います。

革新的風土の醸成

革新的風土が醸成されて初めて、戦略が成果を生みます。

イノベーションとは姿勢であり行動です。姿勢と行動の積み重ねによって革新的風土が醸成されていきます。その風土のうえで、戦略が方向性を与えます。

風土をつくるには、特にトップマネジメントにその姿勢と行動が求められます。

トップマネジメントは、アイデアを正面から取り上げることを職務としなければなりません。優れたアイデアとはどのようなものかを知っておく必要があります。

  • 優れたアイデアは、常に非現実的である。
  • 優れたアイデアを手にするには、多くの馬鹿げたアイデアが必要である。
  • 優れたアイデアと馬鹿げたアイデアを、早い段階で識別する手立てはない。

トップマネジメントは、アイデアを奨励しなければなりません。

出てきたアイデアは、実現可能性を評価できるところまで検討しなければなりません。「出てきたアイデアを実際的、現実的、効果的なものにするには、いかなる形のものにしなければならないか」を問い続ける必要があります。

アイデアを選別するのは、その後でなければなりません。

アイデアが出た段階で選別していたら、優れたアイデアはどれも残りません。出た段階では、どれも非現実的で馬鹿げたものに見えるからです。

残りやすいアイデアは、おそらく既存の財やサービスの改良でしかないでしょう。それが最も現実的だからです。

イノベーションの推進役としてのトップマネジメント

トップマネジメントは、組織内のアイデアを自らの刺激剤とする姿勢を持たなければなりません。

上級のマネジメントの人間は、若い人たちに合うことを仕事とする必要があります。「わが社には、どのような機会があると思うか」と聞くだけでも構いません。

アイデアを組織全体の関心事とします。新しいものに関わる思考と行動を組織のエネルギーとし、組織の規律にまで仕立てあげることが大切です。

それが革新的風土を醸成するといういことです。

継続学習の風土

イノベーションには、継続学習の風土も不可欠です。いかなる場合もゴールに達したと考えず、学習を継続する姿勢が必要です。

3Mの例

ドラッカーが示している3Mの例を紹介します。

3Mでは、新人も含めてアイデアを提出させます。

マネジメントは、「どこが面白いのかわからない。でもやりたいのだね。」と問います。答えがイエスなら、企画書を提出させ、プロジェクトに専念させます。

提案者はプロジェクトに責任を持ち、仕事を組織し、自ら先頭に立ちます。

成功は10〜20%ですから、失敗を責めることはありません。

ただし、次のことを厳しく徹底します。

  • 進捗状況を現実的に評価すること
  • すべてをトップマネジメントに報告すること

ドラッカーは、提案制度についても触れています。認知(認め、賞賛すること)、自己実現、参画が得られることが重要です。

イノベーションのための組織

イノベーションには、既存事業とは異なる尺度、予算、支出の基準が必要ですから、既存事業のマネジメントとは切り離して組織しなければなりません。

独立した部門とし、既存事業のための組織の外に置きます。既存事業のマネジメントの下に置くと、必ず既存事業が優先されるからです。

例えば、GMは、事業部門とは別に、事業開発部門として組織していると言います。

機能ではなく事業として組織する

既存事業のように、研究、開発、製造、マーケティングといった職能の時系列的な配列は適用されません。

イノベーションは未知のものへの取組みですから、それらの職能が必要であることは分かっても、いつどの職能を使うかは、時間ではなく状況によって決まります。

プロジェクト・マネジャーを任命する

あらゆる種類の職能を利用できる権限を与えます。どの職能をどの順番で利用するかは、プロジェクト・マネジャーの裁量です。

チーム型組織を適用する

大企業であれば、トップマネジメント・チームの一人に担当させます。チームを導き、助け、助言し、点検し、方向づける役割です。

社内組織とするのではなく、子会社として完全に独立させる場合もあります。親会社が多数株主となり、イノベーションの担当者が少数株主となります。

全体としてのシステム型組織

会社の既存事業全体の組織が、連邦分権組織、擬似分権組織、職能別組織のいずれであっても、イノベーションの組織を持つ企業は、全体としてシステム型組織になります。

既存事業をマネジメントする部門と、イノベーションを行う部門が独立してトップマネジメントのもとにあります。それらはまったく異なる考え方でマネジメントされます。

既存事業の職能部門は、イノベーション組織のプロジェクト・マネジャーの権限によって、必要なときに必要な協力を行います。