非営利組織における自己開発

自己開発とは、自らの責任において成長することです。組織において仕事をしていくうえでも、自己開発の最終責任は自らにあります。

組織には、各人の自己開発を奨励し、機会を与え、サポートする責任があります。最大のサポートは、各人が心底打ち込むことができる仕事を用意することです。経済的報酬が期待できない非営利組織においては、仕事において成果をあげつつ自らを成長させることができることこそ、最高の報奨です。

組織で仕事をしていくために必要な自己開発は、次の条件を満たす必要があります。

  • 他の人々との協働によって成果をあげること
  • 具体的な仕事において自らの卓越した能力を発揮し、成果に貢献すること

ドラッカーは、成長のプロセスを維持していくための手法を3つあげています。

  1. 教えること(教えることは、自ら学ぶこと)
  2. 移ること(別の組織で働くこと)
  3. 現場に出ること

成長するとは新たな自分になることですから、新たな視点を得なければなりません。上記3つの手法がその機会を与えます。自分を客観的に外から見る、他人の視点を得ることによって、自分を超える視点を得ることができます。

組織における自己開発

組織において仕事をするうえで重要なことは、個性や能力の異なる他の人々との協働が必要であるということです。

自分一人で仕事をするわけではありませんから、自分のことだけを考えて仕事をすることはできません。

ですから、自己開発の内容の一つは、人として成長することでなければなりません。自分自身という枠を超えて考え、行動できる人材に成長していくことでなければなりません。

さらには、なすべき仕事において卓越した成果をあげることも重要です。そのために必要なスキルを獲得し、高め、強みを伸ばしていく必要があります。

人としての成長

経済的報酬をインセンティブにできない非営利組織においては、組織のメンバー相互の信頼と生かし合いによる協力が特に必要です。

ですから、第一に必要な自己開発は、人としての成長であり、人間として大きくなることです。

自分という枠を超える

ドラッカーは、人として成長するには「自分の存在の外のものに仕える」ことが必要であると言います。

現在の自分という枠を超えなければなりません。その枠は、自己保存から来る自己中心主義、一種の自己限定です。個人のレベル、自分のことだけで悩む自分は、自分という枠を超えることができません。

自分のことを考えすぎる人は、常に自分を主語にして考えています。「私はこう思う」、「私はこうしたい」、「これは私にとってどのような得があるか」などです。

自分の存在の外のものに仕える人は、他人のこと、他人の気持ちを考える時間を増やさざるを得ません。他人を主語にして考えます。「顧客は何を望んでいるか」、「顧客は喜んでくれるか」、「それは顧客にとって良いことか」などです。

価値観や個性、能力の多様性を認めることも重要です。人は、生まれ育った環境、教育や習慣によって、ワンパターンの考え方に固執していることがあります。自分に対しても、他人に対しても、偏った見方をしがちです。

自分が特定の強みで成功した場合、その強みだけを重視し、その強みをもつ者だけを重用したりします。逆に、特定の弱みを問題にしすぎ、その弱みがある者に対して、強みを一切見ようとしなかったりもします。他人が自分にない強みを持つ場合、それを強みと見るのではなく、弱みとみなすことさえあります。

人は一人では何事もなすことはできません。多様な人材が組織をつくり、それぞれの強みを結びつけることによって大きな成果をあげることが可能になります。多様な人材を受け入れ、認め、生かすことが前提でなければなりません。

何によって憶えられたいか

ドラッカーは、自分の先生であった人の言葉を引用して「何によって憶えられたいか」と問いかけます。他人が自分のことを「何をし、何を残した者として憶えておいてほしいか」ということです。

他人の視点、将来の視点から見た理想の自分の姿であり、理想の姿を起点にして現在の自分を導くこと、すなわち自己刷新を促す問いであると言えます。

答えは、成長の度合いによって変わると言います。成長によって新たな視点や能力を獲得すれば、新たな答えが出てきます。

貢献のための能力の向上

自己開発の2つめは、仕事において具体的に発揮される能力を向上させることです。成果に貢献できる能力でなければ意味はありません。

課題を明らかにする

まずは、なされるべきことを明らかにします。課題を達成できる方向で能力を高めるものでなければなりません。

スキルの修得

スキルとは、一般的に、訓練や経験を通じて身につけた能力のことを言います。仕事に直接活用できる能力です。

強みを伸ばす

ドラッカーは、強みとは「スキルの有無ではなく能力である」という言い方をしています。スキルは、訓練や経験によって一定レベルまで身につけることができます。問題は、スキルがあるかどうかではなく、人より優れて得意かどうかです。あるいは、その人のスキルが一層発揮できる活用の仕方、活用の場面でもあります。その人の資質に関わる部分です。

ドラッカーは例をあげ、「読めるかどうかが問題ではなく、読み手であるか聞き手であるかが問題である」と言っています。学習や訓練によって読むことはできるようになりますが、読むことと聞くことのどちらがより深く理解できるかは、人によって異なります。訓練の問題ではなく、資質の問題です。読んで理解することが得意で、聞いて理解することが苦手な人もいれば、逆の人もいます。

同種の資質として、朝型か夜型か、知覚型か分析型か、直感型か理論型か、などの違いがあります。

強みと弱みは、利き腕かどうかの違いに似ていると言います。利き腕ではない方を鍛えて利き腕同然に使えるようにできる場合もあるようですが、かなりの困難を伴い、時間もかかります。子どものうちはある程度まで可能でも、大人になってからは困難です。利き腕をより使えるようにするべきでしょう。

ですから、焦点を合わせるべきは強みであり、弱みではありません。強みを伸ばすことが重要です。

強みとスキルを仕事で使う

外の世界のニーズに自らのスキルと強みをマッチさせるときに成果が得られます。スキルや強みにマッチした仕事は、一層スキルを高め、強みを伸ばすことにもつながります。

なお、成果をあげる能力自体は、才能によるものではありません。ドラッカーは、習慣的な姿勢と基礎的な方法により成果をあげる能力を身につけることができると言っています。

  1. 行うべきことを決める
  2. 優先すべきこと集中すべきことを決める
  3. 自らの強みを生かす

これらを仕事の中で意識的に繰り返し、習慣化することによって、成果をあげる能力を修得することができます。

弱みに関心を払う

弱みは無視してよいわけではありません。弱みが強みの発揮を阻害することがあるからです。自分の弱みはよく知っておかなければなりません。

しかし、弱み自体を克服しようとすることに効果はありません。現実的に困難で、組織として成果をあげられないどころか、本人のやる気を阻害します。

人は、持てないものは使えません。持っているものでしか成果をあげることはできません。持っていないことが成果を阻害するなら、持っているものでそれを防がなければなりません。弱みは、強みによって克服しなければならないということです。

先にあげた例でいうと、読んで理解することが得意で、聞いて理解することが苦手な人に対して、聞いて理解する訓練を強いても効果はあがりません。本人はやる気をなくし、自信を喪失し、本来の強みさえ発揮できなくなってしまいます。

重要なことは「理解すること」であって「聞くこと」ではないのですから、その人が最もよく理解できる方法である「読むこと」を使うのが当然です。

改善とイノベーション

改善(よりよく行うこと)とイノベーション(新しいことを行うこと)は、どちらも重要です。

ただし、通常、人は成功したものにしがみつき、イノベーションがおろそかになります。新しいことを行うには、前提として、古くなったもの、成果があがらなくなったものを廃棄しなければなりません。

ドラッカーは、うまくいっているときこそイノベーションが必要であると言います。うまくいっていると思っている間に陳腐化は進行し、顧客のニーズも変わりつつあるからです。

  • 今知っていることを全部あらかじめ知っているとして、今からこれを始めるか
  • 成果を生んでいるか
  • 成果を期待し得ないことに力を入れていないか(成果をあげればあげるほど、重要な仕事ではなく目の前の緊急な仕事に没入しやすい)
  • 安逸を貪ってはいないか、安きに流れていないか

イノベーションは、歩む道を変えることであり、違う世界を見ることであり、新しい目的地に向かうことですから、自己刷新をもたらすことでもあります。

自己採点

能力を高めていくためには、自己採点が不可欠です。成果を当初の期待にフィードバックして、当初の期待がどの程度達成されたのかを確認しなければ、能力が高まったかどうかを判定することはできません。

多くの場合、期待どおりの成果が得られることはほとんどありません。その意味で、自己採点は謙虚さを学ぶ最善の方法でもあります。

自己採点を繰り返すことで、目標の立て方や成果のあげ方を進歩させることもできます。貢献の大きな分野に焦点を合わせ、貢献のできない分野、時間を浪費させるだけの分野に手を出さないようにするうえで役に立ちます。

仕事における自己開発の責任

仕事においても自己開発の最大の責任は本人にあります。

上司は様々にサポートすることはできますし、そうすべきですが、最終的には、本人の意欲と努力によってしか本人の成長はかないません。

自らの最高のものを引き出す努力

自分にできる最高の成果をあげること、最高の自分を差し出すことが、人に信頼され協力を得るためにも必要なことです。

信頼と協力も、自らの責任において獲得しなければなりません。信頼と協力は、自らの仕事ぶりに対する他の人の評価の結果でもあるからです。

喜びは成果の中にある

自己開発による成長は喜びです。成果を通じてその喜びを確認していかなければなりません。

成果は単なる成功ではありません。成功を求めることは大切ですが、成功を求めるあまり失敗しないことを重視し、平凡な成果に甘んじることがあります。平凡な成果の中に成長はありません。

成長するためには高い目標を掲げてチャレンジすることが必要ですから、失敗は付きものです。失敗を通して学ぶことで成長することができます。

ドラッカーは、「成果とは、長期のものであり、打率である。」と言っています。

成果とは、長期的な視点で、成功や失敗を重ねながら成長し、成功の打率を上げていくことです。失敗は成長につながりますが、成功するための成長でもあります。失敗を通して成長し、その成長が次の成功につながってこその喜びです。

相応しい環境を選ぶ

成長には、相応しい組織で相応しい仕事に就くことが必要です。安易な環境ではなく、自らがベストを尽くせる環境です。

  • 大きな組織と小さな組織のどちらがより力を発揮できるか
  • 人と一緒に仕事をするのが得意か、一人の方が得意か
  • 不安定な状況を好むか、嫌うか
  • 締切は必要か、必要でないか
  • 意思決定は早いか、慎重か

これらは、主に気質や個性に関わることです。これらを軽んじてはいけません。気質や個性を重視し、理解したうえで相応しい環境を選ばなければなりません。それは強みを生かせる環境でもあります。弱みを克服しようとして、わざわざ苦手な環境を選ぶことは望ましくありません。

ちなみに、「一人の方が得意」であることが、組織で仕事ができないことを意味するわけではありません。スペシャリストなど、一定の完結性を持っている仕事があるからです。

仕事の設計によって、ある程度の完結性を持たせることが可能になる場合もあります。

組織では、他の人の仕事の成果を利用したり、自らの仕事の成果を他の人に利用してもらうなどの連携は不可欠ですが、そのことが常時複数人で共同して仕事を進めるということにはなりません。

組織で仕事を行う以上、組織のミッションやビジョンに共感できることは最低限必要です。ミッションやビジョンへの貢献の先に自らの成長を描けることが必要です。だからこそ、自らを尊敬できる存在にすることができます。価値観が合わない組織で働き続けることは、妥協に時間を費やすことであり、自分で自分を軽んじるようになります。やる気を失い、堕落につながります。

責任ある仕事

高い目標へのチャレンジが成長を引き出します。それは、卓越性を追求することです。充実と自信が生まれる源でもあります。

仕事に相応しく成長したいと言えるところまで真剣に仕事に取り組むことが必要です。成果に貢献する責任を引き受け、そのために必要なスキルを身につける努力をしなければなりません。身につけた能力が意味を失ったなら、それを認めることも必要です。

  • 重要な活動は何か
  • 違いを生み出すために、何を学び、何をなすべきか

を常々問い続けます。

仕事から学び続ける

仕事から学ぶとは、期待に成果をフィードバックすることです。

重要な活動は何かを考え、その活動において何を期待するかをあらかじめ書き留めておきます。9ヶ月ないし1年後に、成果と期待を比べ、次のことを明らかにします。

  • 大きな貢献をしたものは何か。そこから、自分は何をうまくやれそうか。
  • 自分を必要としているものは何か、いかなる能力や知識を必要としているか、さらに力を入れるべきものは何か。
  • 時間を無駄にしたものはあるか。
  • 自分はいかなる悪癖をもっているか。
  • 周りの人の成功に貢献できたか、組織の成長に最高の貢献をするために集中すべき分野は何か。

成長につながる効果的な方法は、自ら予期せぬ成功を見つけ、追求することです。多くの人は問題に気を取られますが、より重要なことは成長の機会を発見することです。そこに強みが表れているからです。予期せぬ成功、期待と違う成功こそ、新たな自分の発見であり、自己刷新の機会です。

変化によって自らに刺激を与える

仕事で学ぶことがなくなると、人間の大きさが一挙に小さくなると言います。

「燃え尽き症候群」という言葉がありますが、ドラッカーは、大抵の場合「飽きた」というだけのことであると言っています。

「燃え尽き症候群」について

心理学者のハーバート・フロイデンバーガー(Herbert J. Freudenberger)が定義した言葉です。持続的な職業性ストレスに起因する衰弱状態により、意欲喪失と情緒荒廃、疾病に対する抵抗力の低下、対人関係の親密さ減弱、人生に対する慢性的不満と悲観、職務上能率低下と職務怠慢をもたらす症候群とされています。強い使命感や責任感を持って、人並み以上に仕事に取り組んでいた人に起こりやすいようです。(参考:「燃え尽き症候群 – Wikipedia」「バーンアウト症候群とは | アスク・ヒューマン・ケア」

筆者にも経験があります。人が変わったように無気力になり、今まで熱心に取り組んでいたものに全く興味が湧かないだけでなく、他のことをする気力もなくなります。うつ状態になっていたとも言えると思います。

実際に経験した人からすると、ドラッカーの「飽きた」だけという言葉は、あまりに単純すぎて、本人の辛さを無視した酷な言葉のように感じるかもしれません。

しかし、振り返って考えると、当初は情熱をもって努力し、それに見合った成果が得られていたものが、収穫逓減に陥り、努力の度合いに対して成果がほとんど出ない状態になります。自分のやっていることが突然無意味に感じられたり、目的としていたことが今やっていることの中に見つからないのではないかという思いに駆られたりします。

それでも義務感でやり続けようとし、以前までと同様の成果を得ようとすると、さらに努力を倍加させなければならないため、ますます過酷なストレスがかかるようになります。いずれどこかで限界を超え、燃え尽きた状態に至ります。使命感や責任感、義務感が強い分だけ、途中で投げ出すことができない状態に陥ってしまうわけです。

そうなる前の段階を考えれば、収穫逓減の状態に陥っていることが、変化を求めるシグナルが出ていたと言えます。それでも同じことを続けてストレスが強くなっていくということを率直に評価すれば、自らの心が「飽き」を訴えているというのは、決して間違っていないと思います。

ですから、兆候を見極めて早めに対処することが大切です。一旦、燃え尽きてしまうと、そこから立ち直るのはかなりの時間と気力を必要とし、貴重な人生を無駄にしてしまうからです。

それは逃げることではありません。その先にゴールがないことを示しているからです。本来の目的を果たすため、成長するため、成果をあげるためにこそ対処しなければなりません。

燃え尽きる前の早めの対処が必要です。ドラッカーは、日常化した毎日が心地よくなったときこそ、違ったことを行うように自らを駆り立てる必要があると言っています。過度なストレスがかかり始める前の段階での対処が重要です。

変化は小さなものでよいと言います。週の数時間を異質の仕事に使ったり、精神的にも肉体的にも使ったことのない部分を使うだけで効果があると言います。日常の仕事のほとんどは繰り返しだからです。

変化によって、仕事に刺激が与えられます。仕事の刺激は、成長できるという期待や興奮、挑戦する意欲をもたらし、自らに変化をもたらします。

コミュニケーション

障害になっていること、変えるべきことを体系的に知るために、仕事のうえで互いに依存関係にある人たちと話をすることは効果的です。

例えば、燃え尽き症候群になるような場合、自分の殻に閉じこもりがちになっていることがあります。誰にも相談できず、一人で抱え込んでしまうことが多いわけです。強すぎる義務感と過度なストレスが、自分をそのような状態に追い込んでしまいます。そうなりやすいことをあらかじめ知っておき、早めの意識的なコミュニケーションが大切です。

リーダーを目指す

自己開発による成長は、リーダーを目指すものであるべきです。

リーダーは、肩書と関係ありません。他の人の範となる人がリーダーです。他の人に教えることができる人です。自ら成長した人は、その成長を自らのためだけに使うのではなく、他の人の範となり、他の人を教え導くことに自らの成長を活用すべきです。

組織のリーダーの役割

自己開発は最終的に本人の責任において行うべきですが、肩書として組織のリーダーである人は、人の成長を考え、自己開発をサポートする役割を果たす必要があります。

非営利組織のボランティアは報酬を得ていないからこそ、仕事そのものから多くを得なければなりません。全員が、目標の達成には自分の存在が不可欠であると実感できるように仕事を組織することが求められます。