非営利組織のマーケティング戦略

非営利組織は、公益性の高いミッションをもち、利益という分かりやすい成果基準が使えないからこそ、優れて行動志向の戦略が不可欠です。

社会正義に基づきニーズも明白なミッションであるがゆえに、誰もが理解し、同情し、協力を惜しまないと考えがちだからです。

非営利組織の活動は、多くの支援で成り立ちます。資金の提供者と無給のボランティアによる支援が不可欠です。彼らに支援を価値あるものとして認めてもらう必要があります。

彼らを顧客ととらえ、顧客にとっての満足とは何かを知るところからスタートすることが重要になります。非営利組織の戦略もまた、マーケティング戦略でなければなりません。

非営利組織のミッション

非営利組織のミッションは、人を変えることです。習慣、ビジョン、コミットメント、知識を生み出すことによって人を変えようとします。

サービスを与えるだけではなく、与えた結果にコミットしなければなりません。与えたサービスと一体化してもらおうとします。サービスを受け入れ、その人のものとし、その人が変わったときにミッションを果たしたと言えます。

サービスを受ける者を、単に恵みを受ける者と見てはいけません。公益性の高い使命であるため、そのように見てしまいがちですが、非営利組織においても、満足させるべき顧客と見ることが大切です。

戦略の必要性

ミッションは公益的で社会正義に関わる崇高なものですが、だからといってよき意図で終わるわけにはいきません。資金援助をしてくれる人たちがいる以上、ミッションを成果に結びつけなければなりません。

ミッションからスタートしてアクション・プランにいたるプロセス、すなわち行動思考の戦略が必要です。

戦略では、顧客に満足を与えるために、何を、いつ、どこで、誰が行うかを決めなければなりません。それは、ミッションと顧客を結びつけるための戦略でもあることから、マーケティング戦略でなければなりません。

戦略には、

  • 改善のための戦略
  • イノベーションのための戦略

の2つの戦略が必要です。両者は重なり合うものであり、線引きは困難です。改善はより良く行うことであり、イノベーションは新たな価値を生み出すことですが、より良く行うために新たな価値を生み出すことが必要な場合があり、より良く行うことが新たな価値を生み出すこともあるるからです。

戦略は、人をトレーニングするものでもあります。マーケティング戦略である以上、スタッフやボランティアを顧客中心の意識構造に変えるものでなければなりません。説教ではなく行うべきことを示し、実際の行動を通してトレーニングできるものであることが必要です。

戦略のステップ

マーケット・リサーチ

非営利組織のミッションは社会的なニーズが明確であるから、なすべきことも明らかであり、誰にでもその必要性を認識してもらえるはずであると思い込みがちです。ですから、ニーズを訴えれば理解され、協力してもらえると考えてしまいます。

多くの組織は、自分たちが顧客にとって大事だと思うことを伝え、行おうとします。そのため、非営利組織は最初に広告を始めてしまうと言います。

たとえニーズを知っているからといって、顧客の立場に立っているわけではないということを理解する必要があります。

まずやるべきことは顧客を知ることです。顧客は誰か、誰であるべきか、誰になるかを知ることです。自分たちが顧客について考えていることではなく、顧客が望んでいることが大事だからです。

顧客が成果を規定します。非営利組織にとっての成果は、施したことに対する自己満足ではなく、顧客の満足だからです。常に提供するサービスの受け手の側に立ち、誰に、何を、いつ提供すべきかを詳しく知る必要があります。自分たちは誰にとって大事な存在になりたいかを徹底して考えます。

顧客を知るとは、マーケットを知ることです。マーケットには、現在すでに顧客となっている人だけでなく、本来顧客であるはずなのにサービスの提供のされ方が合っていないために顧客になっていない人たちがいます。既存顧客よりも常に数多い人たちです。この人たちのリサーチがより重要です。

非営利組織が扱うニーズが大きく変化することはありませんが、その現れ方は変化します。人口構造やライフスタイルの変化、人々の意識の変化などによって変化しますから、求められるサービスの内容やその提供の仕方も変化します。その変化に応じて組織も変化しなければなりません。

セグメンテーションとターゲティング

マーケット・リサーチを行ったら、顧客の特徴にしたがって、マーケットをいくつかのセグメントに分け、自分たちがターゲットにすべきセグメントを明らかにします。

セグメントによって、相応しいメッセージと働きかけの方法を変えなければなりません。

多くの非営利組織では、あらゆるセグメントに同じメッセージと方法を適用して失敗しています。いわゆる専門店方式により、すべてのセグメントに同じ専門サービスを提供しようとしてしまいます。

そうではなく、常にニッチマーケットに対応しようとすることが大切です。マーケットを種々の特徴に応じて細かく分割し、自らの強みに合ったセグメントに必要なサービスを必要な方法で提供していくことを考えます。

成果の明確化

顧客の満足が組織の成果です。顧客にとって大事な何を行うことができるか、すなわち提供できるサービスの構造を考えます。さらに、顧客の心をとらえるにはどうしたらよいかを考えます。自らの組織の強みに合い、顧客を満足させるサービスを開発できるかどうかです。

  • 使える資源とその強みを生かす行動とはどのようなものか
  • サービスの提供の仕方、使える資源や人材が用意できるか

成果が明らかになって初めて、目標を設定することができます。

目標と具体的な仕事の設定

目標はミッションに基づくものであり、状況に合致していることが必要です。

目標は、なすべき仕事や行動を決め、成果の評価基準ともなるよう具体的なものでなければなりません。

非営利組織では、利益といった経済的な成果を目標として設定することは難しく、成果を定量的な目標に置き換えることが簡単ではありません。

ほとんどの場合、目標は定性的にならざるを得ませんが、評価することのできる目標は設定できます。質的な尺度の方がむしろ重要な場合が多いと言えます。

目標もまた、ターゲットとするセグメントごとに設定する必要があります。マーケットをよく観察し、個別の目標とマーケティングプランをつくり上げ、資金を配分します。

マーケティング・プランをつくる際には、あらゆる利害関係者、すなわちプランにノーと言える者をもれなく知り、可能な限り、プランの作成段階から関係者の参画を求めます。

意見の対立は必ず起こりますから、対立を理由に目標の設定から逃げてはいけません。対立を通じて問題の本質を明らかにし、複数の代替案の作成と各案の期待とリスクを明らかにし、最終的にはトップの責任において意思決定します。

成果の期限の設定

成果を出すことを焦ってはいけません。コトラーによると、体系的なマーケティングに取り組んだことのない組織の場合、マーケティングの体制づくりだけで5~10年はかかると言います。ところが、ほとんどの組織では、うまく行かないと1~2年でやめてしまうと言います。

成果の期限を短く設定しすぎてはいけませんが、予定どおりかどうかは分かるようにしておく必要があります。そのためには、いかなるフィードバックが必要か、プランどおりに進んでいない重要なことを知るためには何を見ていかなければならいかを計画の段階で明らかにしておくことが重要になります。

全体調整

再び基本に返り、何を、いつ、どこで、誰が行うかを考えます。最終的には、ボランティア用の活動キットができ上がった段階でマーケティング・プランは完成したと言えます。

マーケティングは組織全体の仕事です。一部局の問題や特定の職能ではなく、組織全体を貫き、活動を統合する一つの基本的な姿勢です。

組織の目的や目標とその価値について、組織の全員が合意していることが必要であり、その姿勢のもとに全員が自らの役割を果たすことで実現できます。

完成したプランの実行においてマーケティングが関わるのではなく、構想の段階からマーケティングを組み込んでおくことが必要です。構想自体が顧客からスタートするということです。

マーケティングとは、顧客のニーズ、欲求、価値と、サービスの提供者である組織の製品、価値、姿勢とを合致させることです。

定時点検の実施

成果を当初の目標(期待)にフィードバックし、廃棄、改善、イノベーションを検討します。

機能しなくなったもの、貢献しなくなったもの、役に立たなくなったものの廃棄を仕組みとして組み込んでおくことが重要です。さもないと、組織は肥大化し、重要な資源を成果をあげるべき分野に利用できなくなります。

廃棄によって初めて、改善やイノベーションのための資源を確保できます。

コミュニケーション

戦略の各ステップでは、文書と口頭の両方によるコミュニケーションが必要です。

  • 誰が、いつ、いかなる成果をもたらすために、何を行うか
  • いかなる道具が必要か
  • いかなる言葉を使うべきか

を明確に伝え、反応のフィードバック得ることが大切です。質問を受け、正しく理解していることを確認します。

改善のための戦略

すでにうまくいっているものをさらにうまく行うにはどうしたらよいかを考えます。

生産要素ごとに戦略を検討します。人をいかに賢く働かせるか、強みを生かすためにいかに人を配置するか、同一の資金からいかに多くのものを生み出すか、いかに時間効率を高めるかなどを検討します。

改善のための戦略には、野心的な目標の設定が不可欠です。

イノベーションのための戦略

成功しているときにこそイノベーションが必要

うまく行っているときに、組織の方向づけを変え、組織そのものを変えることができるかが明暗を分けます。うまく行っているときに改善しなければ、かなり早く下降線をたどるからです。特に成功して油断したときに下降線をたどります。

うまく行っているときに、もっとうまくやれないかを考えるには、危機に対処する優れたリーダーに対する信頼と、イノベーションの体系的な取り組みが必要です。

外に変化を見つける

外に変化を見つける習慣をつけ、しかる後に、組織の中を見て、とるべき変化の方向を教えてくれるものを探します。変化を機会として見ることが不可欠です。

機会としての変化の最たるものが、予期せぬ成功です。あらゆることについて、ニッチ(隙間)の可能性を求めます。

イノベーションに必要な意欲と能力

ドラッカーは、イノベーションにとって不足しているのはアイデアではなく、アイデアに実を結ばせるための意欲と能力であると言います。

イノベーションに唯一絶対の戦略はありません。少なくとも、これまでと同じ方法はうまく行きません。

すべてのプロセスを最初の段階から考え抜くことが必要であり、根本的な見直しが必要です。本当に必要とされているものは何かを考えます。取り繕いでうまく行くことはありません。

責任者を探す

誰をイノベーションの責任者につけるかは致命的に重要です。組織の本気度を直接に示すからです。

新しいことは必ず問題にぶつかるので、イノベーションとして育つことを望み、信じ、心底コミットしてくれる力のある者に担当してもらう必要があります。

新しいことに関しては、人の意見を真に受けてはいけません。自ら調べ、実際に現場を見て、試す姿勢が必要です。

最初から大きく始めてはいけません。まずテストし、パイロット(試行)として小さく始めることが大切です。

パイロットの段階では、機会のターゲット、すなわち、新しいものを成功させたがっている者、それを求め、信じ、コミットする者を探します。問題に直面しても意欲的に解決し、乗り越えていこうとする人でなければなりません。

独善にならないこと、現実に合わせて修正する姿勢を忘れてはいけません。新しいものには、考えていたところとは別のところにマーケットがある場合がほとんどだからです。当初の期待は、良くも悪くも裏切られることがほとんどだからです。

大抵の場合、うまく行かないときに、顧客が間違っていると考えがちです。顧客の行動が不合理であるととらえがちです。そのように見えるなら、顧客の立場に立てていない証拠です。顧客は、顧客の立場において常に合理的です。

うまく行かないときは、別のやり方があるかもしれないと考えなければなりません。改めて、何が必要か、マーケットのどこを狙うか、顧客は誰か、どうアプローチするか、どう始めるかを考えてみます。自分が知っていると思っていることから始めるのではなく、知らなければならないこと(顧客が本当に必要としていること)を知ることから始めなければなりません。

うまく行かないときは改善し、もう一度行い、それでも駄目なら別のことを行うべきとドラッカーは言います。組織の時間と資源は限られており、行うべき多くのことより圧倒的に少ないからです。

成功するまで何度もやり続けるという姿勢は、結果的に大成功すれば美談となり得ますが、ほとんどの場合、やり直す度に成功確率は下がっていきます。元々やるべきでなかった可能性が高いと言えます。

資金源の開拓

非営利組織の場合、サービスの利用者が費用の支払い者にならない場合が多く、資金の多くは寄付によってまかなわれます。

ミッションに共鳴する人たちに募金をお願いすることによって大半の資金を獲得せざるを得ないため、ミッションが募金に従属してしまうことも起こります。

特に非営利組織の活動が活発なアメリカでは、情緒的な支援の限界、いわゆる同情疲れが生じており、悲惨な話が多すぎて無感覚になりつつあると言われています。

長期的な支援基盤の重要性

多くの非営利組織は、募金活動においても困難を強いられています。ミッションは正義であり、ニーズも明らかであるため、ニーズを訴えれば当然に募金に応じてもらえるという発想から抜け切ることがなかなかできません。同情を煽るだけでは、同情疲れの壁を超えることはできません。

募金活動にも戦略が必要です。

最近では募金活動とは言わず、「資金源開拓」という言葉が使われていると言います。理性に訴え、寄付者を参画者に育てていくことによって、長期的な支援基盤を構築しようとするものです。

主体的な支援の意欲を持続し、高めてもらうことが必要ですから、寄付者を顧客ととらえ、顧客の立場に立った戦略、すなわちマーケティング戦略がここでも不可欠になります。

寄付者を参画者に育てていくために必要なことは、支援することを自己実現の一つととらえてもらうことです。善意だけではうまく行きません。戦略的な活動の方向性、寄付者の立場に立った明確なメッセージが必要です。

募金に成功している組織は、「これがあなたの必要としているものです。これが私たちの成果です。これがあなたにしてあげられることです。」と明確に伝えていると言います。

寄付をしてくれる人への心づかいを示し、まずは収入に見合ったものからお願いしていきます。募金者の情報は記録し、その後のフォローアップに活用します。成果を報告し、貢献に感謝し、寄付額の増額やイベントへの参加、ボランティアとしての参画を徐々に依頼していくことで、長期的な支援者、参画者に育てていきます。

マーケティング戦略

顧客としての寄付者の満足からスタートするため、マーケット・リサーチから始めます。

顧客は誰かを知り、セグメンテーションとターゲティングを行います。成功している非営利組織であるアメリカ心臓協会は、年齢、収入、地域、共有する価値などによってマーケットを41のセグメントに区分し、それぞれに対して異なったプランを用意していると言います。成功するマーケティングとは、それほどまでに徹底したリサーチと入念な計画によって成り立っていると言えます。

ミッションを明確にし、常に強調することは不可欠ですが、そのターゲット・セグメントにおいて、募金に対する反応を決定づけるものは何か、支援する価値のある組織だと思ってもらうために訴えるべきことは何かを徹底して考え抜くことが必要になります。

理性に訴えるには、成果を知ってもらう必要もあります。目標を理解してもらい、その成果に納得してもらうため、マーケット別に十分な資料を用意することが必要です。募金活動に従事するボランティアのためのツールとしても活用されます。

アメリカの例ですが、金額を指定して依頼した方が募金の打率は上がると言います。多めの寄付を依頼されても怒る人はいないと言います。それだけの期待を寄せられているということであり、悪い気はしないということでしょう。逆に少なめに依頼された人も怒るわけではなく、依頼された額以上の寄付をする人が多いと言います。次回に依頼するときは、その額からスタートすることができます。

成功している非営利組織では、ボランティアによる募金活動の重要性を強調しています。ボランティアによる熱心な活動自体が支持層を獲得することにつながると言えます。インターネットやDM、テレビなどのメディアを活用して寄付を集めることもできますが、長期的な支持層を確保し、育てることにはならず、逆に失うことになってしまうと言います。

支援を依頼する活動は、人と人との直接の触れ合いに勝るものはなく、その他の手段はボランティアの補助的手段と位置づけることが賢明であると言います。

寄付者を支持者や参画者に育てるには、フォローアップが欠かせません。寄付者と寄付金額を記録しておき、次回もそれを基に支援を依頼します。手紙を書き、イベントに招待したり、年次報告書を送ったりします。次回の寄付では増額を依頼したり、参画(ボランティア)を依頼したりします。

資金源開拓の主役

資金源開拓の主役になるべきは、理事会のメンバーである理事たちです。自らも長期的な資金源とならなければなりません。

理事の重要な役割は、使える資金と活動のバランスを図ることです。資金は寄付者から寄託されたものという認識が必要になります。