コスト削減の本質

通常のコスト削減は、いかに効率的に仕事をするかという点に主眼が置かれています。同じ仕事を、より少ない時間、人、費用でこなす方法を探ることです。

このようなコスト削減は、一時的にうまくいくように見えても、すぐに元に戻ります。本質的な解決になることはありません。

コストは、本来業績を上げるために発生しているはずのものですが、実態は、業績とは無関係の作業で大半のコストが発生しています。

ですから、コスト削減の本質は、仕事の効率化ではなく、仕事の廃止です。無駄な仕事を止めることです。

生産性の向上は、無駄な仕事の廃止で生まれた余力を生産的な仕事に振り向けることによって実現します。

コスト削減は仕事の効率化ではない

コスト削減の手段として、人員削減を行うことがよくあります。人件費が直接的に減少しますから、見かけ上、コストが減少すると錯覚します。

しかし、単なる人員削減は、残った社員に負担を押し付けるだけでなく、不信感を植え付け、モチベーションを著しく損ないます。

仕事が何も変わらないなら、品質は下がり、顧客からのクレームは増えます。結果的にコストを増やし、いずれは売上を減らします。

それ以外のありがちなコスト削減は、「あらゆる部門で一律○%のコスト削減」といったスローガンを掲げて実施されます。いわゆるコスト削減キャンペーンです。

従業員からは「またか」と冷ややかに見られ、ただ嵐が過ぎ去るのを待つように形だけを整えて終了します。しばらくしたら、逆戻りです。

コスト削減は、既存の仕事をいかに効率化するかという点に主眼が置かれています。より少ない時間、人、費用で同じ仕事をこなすにはどうしたらよいかと考えます。

中には、「外注に出している仕事を内製化すれば経費が削減される」、「従業員がやっている仕事を管理者にやらせれば残業代が削減される」といった恐るべきトンチンカンな発想をする人さえいます。

コスト削減を本質的に実施するための方法は、仕事を効率化することではなく、廃止することです。すでに効果的でなくなった仕事を廃止することです。

無駄な仕事をいくら効率化したところで、生産性が高まることはありません。無駄な仕事はどう改善しても無駄なのですから、止めるしかありません。

そこで生まれた余力を生産的な仕事に振り向けることによってしか、生産性を高めることはできません。

コストと売上はほとんど無関係

仕事の廃止に抵抗する会社の多くは、売上をあげるために必要な経費をかけているのだと言います。売上を高めるために多くの人員や仕事量が必要であると考えています。「仕事を廃止したら売上が減るのだから、廃止すべき無駄な仕事などない。だから効率化するしかない。」と考えています。

ところが、売上と仕事量はほとんど無関係です。ドラッカーは、大半の資源や活動は、業績をほとんど生まない作業に費やされ、コストの大半を生み出していると言っています。

自社のコストの現実を知るには、コスト分析を行う必要があります。

ドラッカーによると、事務や管理の仕事の3分の1は、まったく役に立たず、とうの昔に不要になっていると言います。このような仕事の廃止を最優先で行わなければなりません。

仕事の目的を問い直す

残った3分の2の仕事については、作業の効率化で対応しようとする前に、根本的な問いを発する必要があります。「この仕事は、そもそも何の目的で行っているのか」という問いです。当然、事業の成果に貢献できる目的でなければなりません。

多くの場合、このような問いは自明のこととされ、改めて問う必要などないと考えられがちです。

ところが、実際に問うてみると、曖昧であったり、始めた当初は適切であっても状況が変わっていたりします。あるいは、事業とはまったく無関係な目的である場合さえあります。

ドラッカーが、ある企業の例をあげています。

従業員からの出張費の請求について、経理部門が全件をチェックするという仕事をしていました。チェックできるようにするため、従業員が作成する請求書類も手間のかかるものでした。

その目的を問うと、「悪いこと(不正請求)をさせないため」という答えでした。一見当然のようですが、この目的は、事業とは関係ありません。倫理上の問題です。

事業上の目的を設定するとすれば、「不要な出張費をなくすため」あるいは「出張費を一定の範囲内に抑えるため」ということでしょう。

そこで、この企業では、出張費の基準をつくりました。これによって、チェックの時間を大幅に削減できただけでなく、従業員の方も余計な資料を作成する必要がなくなって、その時間を本来の仕事に割けるようになりました。

一つの仕事に複数の目的を設定しない

目的自体は適切に設定されているのですが、一つの仕事に複数の目的を設定している場合もあります。

一つの仕事で複数の目的が達成されれば効率的だと考えがちですが、実際はそうならないことがほとんどです。一つの目的に複数の手段はありえても、複数の目的に一つの手段は通常ありえません。うまく行きそうに見えても、ほとんどの場合は矛盾を抱え、必要以上に仕事が複雑化し、余計に非効率で高コストになります。

目的ごとに仕事を分け、目的に応じて仕事を最適化させるべきです。

ドラッカーは、ある企業の物流システムの例をあげています。

ディーラーへの資材供給のための物流システムは、「ディーラーの在庫がゼロにならないようにすること」と「自社が余分の在庫を抱えないようにすること」の2つの目的をもっていました。

よくよく目的を突き詰めてみると、それぞれの目的は、まったく性質が異なる2種類の資材のそれぞれに対応するもので、まったく別の仕事として管理すべきものでした。

一つは、売上の半分を占める標準資材です。取扱量は全体の80%を占めます。ディーラーでの回転が早く、欠品が許されないため、売上予測に安全在庫を加味した在庫量をディーラーで直接持ち、自社では在庫を持たないこととしました。回転が早いため、売上予測は比較的容易でした。

もう一つは、売上の残り半分を占める特殊資材です。取扱量は全体の20%を占めます。標準品のようなスピードは要求されないため、自社(実際は、航空貨物会社の倉庫)で一括保管し、ディーラーからの注文に応じて6時間以内に届けられるようにしました。

仕事とシステムを2つに分けたことによって、結果的に、コストは3分の1に、人員は半分以下に削減できました。ディーラーへのサービスはむしろ改善されました。

情報システムの整備

不要な仕事を廃止し、目的に応じて必要な仕事を組み立てたら、それを最小のコストで実施できるようにするための情報システムを整備します。

情報システムを整備する際にありがちな誤りは、より多くの情報をより早く処理しようとすることです。コンピュータは高速に処理できるため、できる限り多くの情報を処理することによって、より正確な結果が得られるだろうと考えます。

その結果、不必要な情報を処理するようになり、付随的に無駄な作業が人間の側に発生してしまうことがよくあります。コンピュータを導入した結果、逆に仕事が増えてしまう原因です。

ドラッカーが指摘する重要な問題は、多くの情報を「いかに処理するか」ではなく、「いかなる情報が必要か」を明らかにすることです。

例えば、先の例で言うと、ディーラーの売上を予測しようとする場合、内部の情報ではなく外部の情報が必要です。さらに、ディーラーを全数調査するより、代表的なディーラーをサンプル調査する方が望ましいと言えます。

一般に、全数調査の方がサンプル調査よりも正確であると考えられがちですが、人命に関わり不良が許されない生産品のような場合は別として、全数調査よりサンプル調査の方が信頼性が高い場合が多いと言えます。

全数調査を行うためには調査項目を絞らざるを得ませんが、サンプル調査にすれば、より詳細な調査項目を設定することができるからです。

併せて統計分析を行うことによって、変化が許容範囲内か、改善を要する変化か、機能不全が生じているか、などを判断することができるからです。

なお、全数調査を行うために調査項目を絞らざるを得ないのは、コンピュータの処理量の限界というよりも、付随する人間側の作業量の限界によるものです。

コスト予防こそが本命

コスト削減には痛みや抵抗を伴います。すでにその仕事を行っている者にとって、自らの仕事を無駄と判断されたり、最悪の場合に自らが削減の対象になりかねないことに対して、喜んで協力することなど滅多にありません。

しかし、働く人たちの協力なくしてコスト削減に成功することはあり得ません。

コスト削減がうまく行かないほとんどの理由は、上から下へ課されたものであるために、結局のところ、働く人たちの本格的な支持が得られないことです。

ドラッカーは、コスト削減は始まりにすぎず、コスト予防こそが本命であると言います。

つきすぎた脂肪をダイエットで減らすよりも、最初から脂肪がつかないようにする方が簡単です。コスト予防であれば、現在の仕事を行っている人たちにとって、無駄な仕事を増やさないための方策であり、支持を期待することができます。しかも、働く人たちこそ、何が無駄かを知っています。

コスト予防の具体的な方法には、次のようなルールを定めることが考えられます。

  • 改善目標をもつ(例えば、年間3%以上の生産性の向上)
  • すべての仕事について、定期的に、続ける必要があるか、やめるべきかを問う
  • 新しい仕事、特にスタッフ的な仕事は、スクラップ&ビルドによる対応とする
  • あらゆる仕事について、「この目的を達成するうえで最も簡単な方法は何か」を問う

これらをあらかじめルールとして定め、計画に盛り込んでおくこと、すなわち、いつ誰の責任でどのように行うのかを決めておくことが大切です。