経営管理者の人事

トップマネジメントは、経営管理者(マネジャー)の人事と人事管理にもっとも多くの時間をとられていながら、人事に関する決定はうまく行っていないといいます。

正しい人事は、ドラッカーから見て、せいぜい3分の1程度のようです。

しかし、人事に勝る管理はありません。

人事には、トップマネジメントの考えや価値観を隠すことができません。組織のメンバーは、人事を見て、自分がその組織に相応しいか、どう行動すべきかを見分けます。

人事の基本原則

人事の決定において従うべき原則として、ドラッカーは4つをあげています。

まず、「人を正しく判断できる者はいない」という前提を受け入れる必要があります。

だからこそ、人事の決定は、真剣に、しかも最善を尽くす努力が必要です。実際は、人事に自信をもち、拙速な判断をして後悔する者が多いといいます。

2つめは、ある人をある仕事につけた結果、その人が成果をあげられなかったならば、それは本人の責任ではなく、その人事を決定した者が間違ったということです。これを認めなければなりません。

3つめは、組織において権限と責任のある地位につく者が能力を発揮できるようにすることは、トップマネジメントの義務であるということです。

部下は有能な上司をもつ権利があります。その仕事につく者が自分の能力を発揮できるよう、人事を行った者がサポートする努力をしなければなりません。

4つめは、トップマネジメントが行う意思決定のうち、人事がもっとも重要であるということです。ですから、人事は正しく行わなければなりません。

組織の能力を決めるのは人事であり、人事ほど後々まで尾を引き、元に戻すことが難しい決定はないといいます。

人事において避けるべきこと

人事には、避けるべきこともあるといいます。

外から新たに採用した者を、新しい重要な仕事にいきなり配置してはいけません。

そのような仕事は、組織内で信頼されている者に任せるべきです。仕事のやり方や癖が組織内で知られている者をつけるべきです。

地位の高い人材として新たに採用した者については、自社の仕事にどのくらい適用できるのか、実際のところどのくらいの能力があるのかが十分に分かっていません。

そのような人材は、何が期待されているかが明らかな仕事、それを明らかにすることができる仕事、しかも新しい不慣れな環境で問題に直面したとき、手を貸せるような、確立された基地の仕事を割り当てるべきです。

そのようにして、まず、その人の癖や仕事ぶりをよく理解しなければなりません。

人事の手順

当面の仕事の分析

まず、与えるべき仕事の内容を徹底的に分析することです。同じポストの仕事であったとしても、数年おきに直面する状況は変化するため、任命後の当面になすべき仕事を明らかにしておく必要があります。

例えば、ある製品のセールス・マネジャーを任命する場合でも、当面のなすべき仕事は一様ではありません。

現在のセールス陣が定年に近づいているため、新たにセールスマンを採用して訓練することが求められているかもしれません。

既存の製品を新しい成長市場に投入しようとしているかもしれません。既存の製品の売上が落ち込んでいるため、既存市場に新製品を投入しようとしているかもしれません。

いずれも別の種類の状況であり、求められる人材も異なってきます。

複数候補者の選出

候補者は、必ず複数人選びます。

適材適所を実現するためには、少なくとも3~5人の候補者を選び、比較検討することが必要であるといいます。

評価方法の検討

候補者をどのように評価するか、その方法を検討します。

当面の仕事の内容を検討することによって、優先的になすべきことが明らかになっているはずです。このなすべきことに対して、それぞれの候補者の強みが適合しているかどうかを評価します。

先に弱みを持ち出してはいけません。優先的になすべき仕事ができるかどうかが問題であり、着目すべきは強みでなければなりません。

もちろん、その人の弱みが、なすべき仕事を著しく阻害する可能性がある場合もあります。

しかし、強みがなすべき仕事に適合しているのであれば、通常、弱みが同じ仕事を阻害することはないはずです。多くの場合、弱みは組織的に補うことが可能です。

弱みにとらわれて、強みを正しく評価する目を曇らせてはいけません。

同僚の評価

候補者一人ひとりについて、一緒に働いたことのある何人かに話を聞きます。

一人だけの話で判断してはいけません。人は必ず偏見や好悪の感情をもっており、相性の良し悪しもあるからです。

仕事の理解の確認

適任者をその仕事に配置した後しばらくして、その仕事の内容を理解していることを確認しなければなりません。

配置後、新たな仕事について理解が深まったと考えられる時期、通常は3~4ヶ月が経った頃に、その者と面談をして、その仕事において成功するためになすべきことを報告するよう命じます。

報告期限として、1週間から10日程度の猶予を与えます。

重要なことは、これからなすべき新しい仕事が要求するものに焦点を当てさせることです。

過去の仕事の成果が評価されたことは間違いありませんが、だからといって、過去の仕事のやり方が新しい仕事に通用するわけではありません。この点をよく理解させなければなりません。

この手順が非常に重要であることを、ドラッカーは強調します。この手順を行わないことが、人事の失敗の最大の原因であるといいます。

例えば、営業成績が優れていてセールスマネジャーに昇進した者が、自分自身の営業成績をあげるために一層努力することがあります。

優れた特許を取得して開発部門のマネジャーになったものが、新たな特許取得に集中することがあります。

いずれも、マネジャーとして求められていることとは違います。

人は新しい仕事についたとき、特に昇進したとき、これまでの仕事の成果を評価されたのだから、これまでの仕事のやり方を一層強化しようと考えがちです。

これが間違いであることを自分で気づくことは難しいといいます。人事を行う者は、人間のこの習性をよく理解しておかなければなりません。

必ず数ヶ月後に、新しいポストには、これまでと違った仕事のやり方、考え方、人間関係が要求されるということ理解させなければなりません。

人事のリスク

以上のような原則や手順を守ったとしても、人事の失敗はなくならないといいます。

例えば、研究所、法務部門、技術部門などの専門家集団の経営管理者の人事には、大きなリスクが伴います。専門家は、その専門領域において尊敬に値しない人物を上司として受け入れることに抵抗するからです。

ですから、通常、その分野の専門家としてもっとも優れた者を経営管理者に昇進させざるを得ないことが多くなります。ところが、専門家として優れた者が経営管理者に相応しいことは希です。

また、現場で有能であったマネジャーを本部のスタッフ部門に昇進させたり、スタッフ部門の専門家をラインのマネジャーに昇進させたりする場合も、うまく行かないことがよくあります。

現場とスタッフ部門では、要求される仕事、緊張感、欲求不満、人間関係が異なるからです。

環境の違いを性格的に受け入れることができなければ、仕事において成果をあげることはできません。事前に適否を判断する方法はなく、実際につけてみなければ分かりません。

決定者の責任としての人事の撤回

もし、適合しないことが分かったら、直ちに異動を撤回しなければなりません。人事を行った者の責任として修正しなければなりません。

うまくできなかった本人に責任を押しつけてはいけません。ましてや、間違ったことが分かっていながら、そのままにしておいてはいけません。それは、組織にとっても、本人にとっても損失だからです。

「後家づくり」のポストの解体

ドラッカーが「後家づくり」のポストと名づける仕事があります。つまり、人間を打ち負かしてしまうようなポストであり、普通の有能な人材では務まらない仕事です。

このようなポストは、企業が急速に成長したり変化したときに、よく現れるといいます。

ドラッカーが示す判断基準としては、前のポストで立派な業績をあげていた2人の人間が、立て続けにそのポストについて失敗したときには、「後家づくり」のポストができたと見るべきだというものです。

このようなポストについては、相応しい天才的な人材を探すのではなく、ポスト自体を解体すべきです。そのようなポストは組織に相応しくありません。

組織は、普通の有能な人材が可能な努力で務まるポストによって構成されなければなりません。

人事に勝る管理なし

組織をコントロールするうえで、正しい人事に勝るものはありません。

人事には、トップマネジメントの考え、価値観、能力、誠実さ、真剣さが如実に表れます。いかに隠そうとしても、人事の結果である仕事ぶりや成果によって、トップマネジメントの本心が確実に現れます。

一緒に仕事をする同僚や部下は、そのポストに相応しい人材であるかどうかを、間もなく感じ取ります。トップが何によって適否を判断しているかが明らかになります。それは、トップの明白なシグナルとして受け止められます。

そのような人事を見て、組織のなかの人間は、自分の行動を決めるようになります。その組織で働き続ける価値があるかどうかを判断します。その組織への敬意や忠誠心を抱く価値があるかどうかを見分けます。