産業組織の社会的構造 − 「人間関係論」とは何か?③

産業組織における人間の行動に関するいちばん適切な考え方は、それを本質的に社会的なものとして把握することです。

個々の人間が社会生活において相互に作用し合っており、その相互作用の表れが一般的に社会的行動として認識されています。

一人の人間が、他の人間または集団の期待と感情とに従って行動する場合、その行動は社会的であるか、あるいは社会化されているということができます。

ですから、いかなる経済活動も、その基盤である社会的組織との関連なしに、それ自身を別個のものとして取り扱うことはできません。経済的関心にのみ訴えることによって人々を協働させることはできません。

社会的基盤および媒体としての習慣的・日常的行動様式

習慣的・日常的行動様式を理解することなしには、われわれは社会化された人間の行動について論ずることはできません。

日常的な行動の型は、地域的に相違していることが周知の事実ですが、個々人にとって日常的行動の多くがあまりにも身近で基本的なものであるために、自分の特殊な行動や思考の様式を広く人間一般に共通したものであるかのように錯覚しています。自分と異なった習慣的行動様式を取る集団に接触して初めて、自分独自の習慣的行動様式について意識することになります。

習慣的行動様式は、集団内の普通一般の規則として表現され、集団の社会生活が営まれるための基盤となっています。また、社会的媒体として集団内を結びつける役割もしています。それらは急激に変化することがないため、集団の成員である個々人の生活感情の安定に役立ち、連帯感を強める役割を果たします。

社会化された人間の行動の本質は、集団内の他人の期待や感情に従った行動であって、個々人の生理的欲求と完全に一致しているとは限りません。

社会的構造を無視することによる失敗

産業の世界では、経済的問題の解決に人間的側面を考慮する必要がないと信じる傾向がありました。

そのような信念に基づいてなされた善意の取り組みが、社会的構造による抵抗を受けた例は少なくありません。

例えば、給料を変えずに従業員の職種を転換しようとする場合、従業員が激しく抵抗することがあります。それは、職種に社会的な序列があり、転換先の職種の社会的地位が低いと認識されている可能性があります。このような場合、減給の危険を犯しても職種転換に抵抗することがあります。

海外の例ですが、給料や仕事の内容が全く同じであっても、工員と事務員のロッカーを同じ場所に設置したり、同じトイレを使用したりするだけで、トラブルが噴出するという例もありました。これは、工員と事務員との間に社会的地位の差があることを意味します。事務員は工員よりも社会的地位が高いと考えているため、同じ場所を共有することで自分たちの地位が下がったように感じたのです。

提案制度は従業員の建設的な意見と協力を助長すると考えられています。ところが、実際に、仕事の手間を省き、日常作業を大幅に単純化できるような提案をすると、同僚から社会的圧力がかかることがあります。職長などは、自分の仕事に対する批判と受け止め、提案者に不利益を与えたり、提案を無効にする作業工程の改変を行ったりすることがあります。

社会的組織の多様な関係

多くの事例が、産業組織が社会的組織を包含すること、その社会的組織が経営の経済的・技術的問題と密接に関連していることを示しています。

個々人は、それぞれの知覚と感情を持ち、日常所属する集団での生活の中で、いくつかの相互作用の型を形成していきます。これらの型の中で生活している個々人は、ほとんど、それらの型を必然明白な真理として受け入れ、それらに従った行動をするようになります。

しかし、個々人の間や集団の間には完全な意味での同質性があるわけではありません。所属集団の違いやその集団内での立場の違いを反映して、行動の多様性が認められます。

他の集団に属する人に対応するときには、自分が属する集団とその別の集団との間の容認された様式に従って相互作用を行います。

集団Aに属する人と集団Bに属する人が相互作用を行うときに、第三の集団Cに属する人が同席している場合と同席していない場合とでは全く異なる様式で相互作用が行われることもあります。具体的には、ある従業員がその上司である職長と相互作用を行うとき、さらにその職長の上司が同席している場合と同席していない場合とで、従業員に対する職長の態度が全く異なったりします。

相互作用の型は非常に多様で複雑なものになっていることがありますが、その産業組織内で長く勤務し、日常的な経験によって社会的学習を重ねることで、人は自ずと型の使い分けを身につけていきます。

産業組織内の社会的組織には、他の社会的組織と同様、独自の社会的価値が形成されています。例えば、善悪、優劣などの評価の区別です。このような評価が、それぞれの仕事、作業、個人、集団などに共有され、個々人の社会的位置が定まっていきます。評価には、年齢、性別、学歴なども関わってきます。

社会的価値を評価する尺度を「威光尺度」と呼んでいます。 個々人および異なった集団の社会的位置は、お互いの関係として見れば、感情と関心との相違に応じて親密の度合いが異なり、それが「社会的距離」をつくります。

威光尺度によってつくられた社会的組織は、一定の均衡(「社会的均衡」)を保っていますが、必ずしも固定化されているわけではありません。すべての個々人や諸集団が、自らの社会的位置を容認しているとも限りません。容認できない場合は、現在の社会的均衡を打破し、新たな社会的位置を確立しようと試みる場合もあります。この場合、当然、他の個人や集団からの抵抗を受けることになります。

経営層が経済合理的な根拠に基づいて社内に何らかの変化を起こそうとする場合、ある集団の現在の社会的位置を脅かすものとみなされれば、抵抗の感情を生むことになります。

コミュニケーションの問題

社会的組織が持つ特質は、現実の経営組織において十分に意識されているとは言えません。経済的目的を達成するための能率の論理が支配しているように見えます。そのため、各種の弊害が生じることになります。

異なった経験と社会的位置とをもった人々や集団は、たとえ同じような言葉の使い方をしていても、その精神的態度において大きく異なっていることが珍しくありません。思考の様式やものの見方の相違は、コミュニケーションを困難にします。

異なった集団では、同じ言葉が同じ事柄を意味するとは限りません。多くの言葉は、単にあるものを指すだけではなく、同時にある感情をも伝えるからです。

組織の上層部は、論理的な用語や判断に従って下層部と意思疎通を図ろうとします。これに対し、下層部は、独特な社会感情を含んだ言葉によって上層部と意志疎通を図ろうとします。双方とも互いを十分に理解していないため、下層部は、能率的用語を理解せず、狼狽や不安の感情を起こし、社会的変化に対する憂慮を伝える代わりに、些細な事柄に関する苦情の形で過度の要求をぶつけることもあります。