ビジネス・チャンス ー ネクスト・ソサエティ③

社会が大きく変化するとき、そこにイノベーションの機会が生まれます。

イノベーションは、単なるアイデアでもなければ、技術に関わる問題でもありません。組織的に行う体系的な活動です。そして、社会の問題の解決にこそ役立つものです。

ですから、イノベーションは、企業だけでなく、政府にも、NPOにも不可欠な取り組みです。

ネクスト・ソサエティにおける社会の変化を機会として利用し、積極的なイノベーションに取り組む企業家精神が、あらゆる組織に求められます。

新たなビジネス・チャンスにチャレンジし、新事業や新産業が生まれていくことが期待されます。

ネクスト・ソサエティは知識社会であり、これまで以上に人的資源が競争力の源泉になります。しかしながら、雇用に関する規制はますます厳しく、複雑になりつつあり、訴訟も増加しています。

また、これを回避するように、多様な雇用形態が広がっており、人的資源の管理が希薄になりつつあります。

したがって、アウトソーシング等によってプロフェッショナルを活用しながら、働く人すべての生産性にコミットしていくことが不可欠になります。

企業家とイノベーション

企業家精神とは、アイデアがあることではありません。イノベーションとは、技術の研究開発ではありません。

企業家精神とは体系的な作業を行う姿勢であり、イノベーションとは経済に関わることです。それは事業を起こすためのものだからです。

体系としてのイノベーションで重要なことは、まず、事業、人口、価値観、科学技術の世界で、すでに起こった変化を体系的な作業によって見つけることです。

次に、それらの変化をチャンスとして捉え、利用することです。そのために、あらかじめ、昨日に属するものを廃棄することです。

ベンチャー企業が陥りやすい罠

ドラッカーは、ベンチャー企業が陥りやすい企業家精神の4つの罠があるといいます。

第一の罠は、想定していなかったところで成功したときに、市場よりも自分を信じてしまうことです。

発明や製品の多くは意図していなかったところ成功しますが、その成功を拒否してしまいます。企業家は自分が主人公だと思っているため、考えていたことと違うことは受け入れません。

第二の罠は、利益を第一に考えることです。しかし、利益は第二であり、キャッシュフローが第一です。

利益が出ているからキャッシュがあるとは限りません。事業が継続し、成長するためには、キャッシュが不可欠です。必要になる半年から1年前には準備しておく必要があります。

第三の罠は、マネジメントの軽視です。事業の成長は、さまざまな問題を持ち込むからです。あっという間にマネジメントを超えて成長し、突然、何もかもがうまく行かなくなります。品質が落ち、顧客の支払いが滞り、配送に問題が出ます。

ドラッカーは、「チャンスが来たらどう受け止めるか」を聞くといいます。例えば、「1万個納入できるなら注文する」と言われたときに、チャンスと思うが大変とも思うなら、マネジメント能力を超えているといいます。

そのような危機に見舞われないようにするためには、じっくり腰を下ろしてマネジメントのためのチームをつくりあげなければなりません。

マネジメント能力を発揮している4~5人を見つけ、集めて、「この週末、私を含め、ここにいる者全員について、得意なものは何かを考えてきてほしい」と言います。

同時に、そこにいる者全員で事業にとって重要な活動をリストアップします。いわゆるコア・コンピタンスの洗い出しです。(参考:「コア・コンピタンス」とは何か?

このメンバーは月に一度集まります。チームが機能するには最低1年、あるいは1年半かかるといいます。その間に、本人が自分の得意不得意が分かってくるといいます。

第四の罠は、事業が成長していても、企業家が自分を中心に考えてしまうことです。「自分は何をしたいか、役割は何か」を考えてしまいます。

必要なことは、「この段階で事業に必要なことは何か、自分にそれができるか」を考えることです。自分がやりたいことからではなく、事業に必要なことからスタートしなければなりません。

そのようなときに、外の人間が助けになります。

事業に貢献できなくなったという厳しい現実に、誰かが直面させてやらなければなりません。自分自身も、集中すべきことに集中していないことは自覚しているはずです。

大企業における企業家精神

大企業にも企業家精神が必要です。さもないと、大企業と言えども生き残ることが難しくなります。生まれかわることが必要なものも少なくありません。

イノベーションとは、市場に追いつくために自分の製品やサービスを自分で変えていくことです。

大企業で企業家精神を発揮するということは、改善、展開(すでに行っていることの応用)、イノベーションを同時に行っていくことです。

イノベーションのための部門は、他の部門から切り離して組織し、独自の動きをさせなければなりません。

社会の問題への取り組み

企業家精神は、社会問題への対応にも必要です。

小さく始めなければなりません。大がかりな万能薬的な取り組みはうまくいきません。

NPOが間違いやすいのは、意図さえ良ければうまく行くと考えてしまうことです。NPOには収益という評価基準がないからこそ、マネジメントが必要です。

大事なことは、使命と活動を明確に定義し、継続的に評価していくことです。そして金銭的な報酬ではなく、責任と成果に満足を見出すボランティアを惹きつけ、留める方法を知らなければなりません。

人こそビジネスの源泉

組織で働く人に関し、大きな変化が起こっています。

第一に、働く人の多くが、組織の正社員ではなくなったことです。第二に、多くの企業が、雇用と人事の業務をアウトソーシングし、正社員のマネジメントさえしなくなっていることです。

これらのことは、組織と働き手との関係が希薄化することを意味しており、きわめて危険であるとドラッカーは言います。組織にとって、人の育成こそ、知識経済下において競争に勝つための必須の条件だからです。

雇用と人事を手放すことによって、人を育てる能力すら失うならば、勝利に目が眩んだとしか言いようがないと、ドラッカーは批判します。

人材派遣業と雇用業務代行業

人材派遣会社や雇用業務代行会社(PEO:Professional Employer Organization)が急速に増加し、成長しています。

その理由としてあげられるのが、雇用主としての機動力の強化ですが、それだけでは十分な説明ではないと、ドラッカーは言います。

その鍵は、働き手を法的に非正社員にしているところにあるといいます。

雇用主に課せられる規制が増大しているため、これに伴うコスト、時間、労力は膨大になっています。苦情、紛争、訴訟も増加しています。ですから、なるべく正社員で雇用したくないのです。

派遣社員を使うことによって一人当たりの給与が高くなったとしても、規制に対応するための全体コストは削減されます。

雇用業務代行会社へのアウトソーシングによって、雇用、人事の業務をプロフェッショナルに任せることができ、コスト節減効果が高まります。

両業者は、知識労働者のマネジメントにおいても大きな助けになるといいます。

知識労働者は、専門分化しているため、それぞれが異質です。それぞれの処遇を期待し、要求します。

さらに、その企業で必要とされている仕事であったとしても、トップマネジメントまで昇進できる知識労働の分野は限定されています。

そうした専門分野の仕事は、アウトソーシングによって問題の解決につながります。これを一括して受託しているのが、人材派遣会社や雇用業務代行会社です。

働き手にとっても、それらの会社に所属することで、専門家として重視され、必要とされる組織で働き、専門を捨てなくても待遇が改善され、昇進の機会も与えられます。

目が届かないことの問題

働き手が多様になっているため、人材派遣会社や雇用業務代行会社であっても、すべての働き手に目が行き届くわけではありません。

派遣社員については、働く場所はクライアント企業であり、人材派遣会社が常時監視しているわけではないため、派遣社員の生産性を保証することはできません。現場でのマネジメントに左右されることは間違いありません。

雇用業務代行会社にしても、その正社員はマネジメントできても、クライアント企業のパートや契約社員をマネジメントすることはできません。

この人材マネジメントの欠落が問題です。すべての働き手が業績を左右する存在であり、すべてに目が届かなければなりません。

その方向への動きとしては、自社の人事部門を別会社として独立させ、雇用業務代行会社の役割を担わせようとするものがあります。

しかも、自社だけでなく、自社の合弁会社や提携先、取引先などの人事まで引き受けさせようとしています。

競争力の源泉

産業革命以降の生産性の向上は、システムによるものでした。テイラーの科学的管理法、フォードの組み立てライン、デミングの総合的品質管理などです。

仕事に知識を適用してシステム化することによって、働き手に高度な知識や技能がなくても、成果をあげることができるようになりました。人がシステムのために、システムの一部になって働きます。

知識労働では、人がシステムを活用して成果をあげます。知識労働者がもつ専門知識を適用することによって、システムが生かされます。

知識労働では、人が労働力ではなく資本です。問題は、資本の量ではなく、資本の生産性です。知識労働者の生産性が仕事の成果を決めます。

知識労働者の生産性を高めるためにまずなすべきことは、知識労働者を雑務から解放し、貴重な時間を本来の仕事に集中させることです。

これを可能にする方法の一つが、人材派遣会社や雇用業務代行会社を利用することです。経営管理者が、規制への対応や書類の作成といった雑務から解放されます。

その分の時間を、人間関係に使うことができるようになります。部下の潜在能力を見つけ、伸ばすことに時間を使うことができます。

人材派遣会社や雇用業務代行会社を利用することによって、雇用と人事を手放し、人を育てる能力を失ってはなりません。

雇用と人事に一層深くコミットし、知識労働者の育成、動機づけ、満足度、生産性について、人材派遣会社や雇用業務代行会社と密接に連携しなければなりません。

金融サービス業の危機とチャンス

シティの再興

ロンドンの金融街であるシティは、インターバンク(銀行間取引)市場を通じて、世界の銀行システムにおける中央銀行の役割を果たしています。世界一の外国為替市場でもあります。

短期のブリッジローン(主として3カ月程度の短期間に限定した融資で、通常の融資よりも高金利)や中期の企業買収融資などは、資金調達でアメリカを利用し、スキームをシティでまとめる、という方法が主流です。

社債引き受けなどの長期融資は、ニューヨーク市場に次ぐのがシティです。

ウォールストリートに本社をもつ金融機関でさえ、本社はアメリカ国内の業務にしか関心がなく、国際的な業務はシティから指示されていると言われています。

シティの繁栄は19世紀に溯ります。

ドイツから来たネイザン・ロスチャイルドが、ナポレオン戦争後、長期債券の引き受け、発行、売買を通じ、ヨーロッパ諸国と南米の新興独立国へ融資することによって資本市場をつくり出しました。

さらに、ドイツからシュローダー、ノルウェーからハンブロス、フランスからラザール、アメリカからJ.P.モルガンがやってきて、現地法人をつくりました。

彼らがロンドンに集まったのは、ドラッカーによると、ロスチャイルドの貢献によって、ロンドンが世界でも抜きん出た情報センター、知識センターになっていたからでした。

ドラッカーによると、シティは1960年頃すでに凋落していたと見られていましたが、アメリカのケネディ政権で起こった2つの出来事が契機になって、再興し始めたといいます。

一つは、1962年に起こったキューバのミサイル危機の際、ソ連の国立銀行が資産凍結を回避するために、保有外貨をドルのままシティに移したことです。これがユーロダラー(ロンドンに置かれたドル)の誕生でした。

もう一つは、アメリカ政府が、海外への支払い利息に懲罰的な税を課すことによって、ニューヨークの外債市場を破壊したことでした。このため、ロンドンで、ドル建ての債権(ユーロ債)を発行するようになりました。

シティの再興は、世界の金融サービス業の成長につながりました。

金融サービス業は世界中の金融拠点に進出し、グローバル企業として活動しつつ、海外拠点のそれぞれが独自に活動しています。進出先国において、国内業務と国債業務の両方をこなしています。

新たなイノベーション

金融サービス業の業務内容も大きく変わったといいます。従来の業務に加えて、M&Aの仲介や資金手当、リース、海外進出融資、通貨ビジネスなどを行っています。

しかし、そのような業務は競合し、市況品となってしまいました。それを補うため、株式、債券、デリバティブ、通貨、商品取引などの自己勘定取引(自己資金を元手に行う市場取引)に頼らざるを得なくなったといいます。

自己勘定取引は、企業や個人が資産運用のために行うようなものであり、顧客のために行う事業とは違います。

これは、本業で儲からない企業が、株や土地の売買などで利益を補填しているのと同じことであり、ギャンブルに近いものです。

金融サービス業における可能性は、まず、人口構造の変化を機会とする事業です。豊かな中高年中流階級のニーズに応えることです。一人当たりの投資額は大きくありませんが、全体としては膨大なものになります。

また、中堅企業の財務について、アウトソーシング先となることも考えられます。中堅企業のなかには、資金の生産性が低く、企業によって現金資産に著しい差異があるといいます。

EVA(経済価値分析)、キャッシュフロー予測、キャッシュフロー・マネジメントなどの手法が活用できます。

アウトソーシングの受託料だけでなく、資金需要の証券化にも関与できるといいます。中高年中流階級向けの金融商品として活用できます。

さらに、為替変動リスクをヘッジするための金融商品があります。通貨の危険度を定量化するための経済理論やデータ、リスクマネジメントなど、必要な知識はすでに存在するといいます。

この場合も、保険をカバーするためのポートフォリオを証券化し、金融商品化することができるといいます。

資本主義を超えて

ドラッカーは、資本主義の推進役のように言われるようですが、実際は、資本主義ではなく自由主義を支持しており、資本主義には重大な懸念を抱いていることを明言しています。

資本主義の問題

資本主義は、経済を最重視し偶像化しているとさえいい、あまりに一元的であると批判しています。

例えば、ドラッカーは、アメリカの経営者に対し、所得格差を20倍以上にしてはいけないと何度も警告してきました。20倍以上になると、憤りとしらけが蔓延するといいます。

ドラッカーは、あまりの不平等は絶望を招き、ファシズム全体主義に力を与えることを心配していました。1930年代のことです。

現に、ヒトラーが台頭し、マルクス主義が世界の半分を席巻し、民主国家でも福祉国家が広がりました。

経営陣が多額の報酬をもらいながら、大量のレイオフをするようなことは、資本主義の原理としては許されても、社会的にも道義的にも許されないと批判します。

人間が人間として生きるということの意味は、お金のために生きる以上のものです。資本主義だけでは説明できません。経済が人間の人生の全局面を支配することはできませんし、そうであってはいけません。

自由主義市場経済の問題

自由主義については、本来は経済のみの問題ではなく、人間のあらゆる側面における自由に関わります。

経済面に限定すれば、自由市場経済の問題があります。ドラッカーは、この点には問題が多いと指摘します。

現在の市場には、3つの重なりがあります。

まず、グローバル市場があります。実物経済とは無関係の膨大なバーチャル通貨が日々取引されています。いかなる機能もなければ価値もなく、単なる投機目的で動き、実物経済にも影響を及ぼしています。

2つめは国内市場であり、3つめは地場市場です。

市場については、大不況後に主役が交替したといいます。供給側が需要側を規定していたものが、需要側が供給側を規定するようになったといいます。

さらに、市場経済理論には、均衡を前提とするという欠陥があります。イノベーションその他の変化を例外的にしか扱いません。

実際には、シュムペーターが明らかにしたように、経済活動の現実は動的な不均衡であり、創造的破壊による経済発展の理論が正しいといいます。

ですから、主流の経済理論では、実際に市場で起こっていることを説明できません。そもそも市場は予測可能なシステムではありません。本質的に動的であり不安定だからです。

市場は、価格変化によるフィードバックによって短期の反応を示します。しかし、それ以上のものではありません。中長期の見込みを示すものは何もありません。

政府とNPO

資本主義は経済に特化しています。社会主義はすべてを政府の役割としますが、歴史が失敗を証明しています。いずれもコミュニティが抱える多様な社会問題を解決することはできません。

だからといって、政府が不要にはなりません。政府にしかできないことがあるからです。国防や大規模なインフラ整備などです。

政府は、全国あるいは地域で一律の政策に向いているものの、コミュニティの実情に合わせて対応を変えることは困難です。実験して、うまくいかなければやめるという臨機応変な対応も困難です。

したがって、長期の視点から社会の問題に対応していくためには、政府と企業に加えて、第三のセクターである市民セクター(NPO、NGO)が必要です。

社会の問題は多様で手に負えないと思えるものも多いため、自由に創意工夫できること、試すことができるということが重要です。

ドラッカーは、NPO等の問題解決策は創造的であり、どこかが見本を示すことができれば、それを参考にしてもらえるといいます。