企業家の時代 ー 断絶の時代①

経済の重心となる産業は、時代と共に移り変わります。既存の産業が隆盛を極めているときにこそ、次なる新産業におけるリーダーシップを目指さなければなりません。

新産業において事業を起こし、成長させて行くには、企業家精神が必要です。特にこれからは、すでに大きくなった既存企業における企業家精神が求められます。

新産業の中心となるのは知識労働者です。したがって、知識労働のマネジメントが大きな課題となります。

新産業が生まれるとき、周到に対応すべきは、生産資源(労働力と資金)の移動です。既存の産業と新産業の間には技能や技術の断絶があるため、特に労働力の移動が困難です。

人は既得権益にしがみつきやすいですから、経済政策が従来産業を保護することで、自然な生産資源の移動を妨げることのないようにしなければなりません。

新産業の誕生

1850年以前の経済の重心は、石炭、蒸気、繊維、機械工具などの産業革命をもたらした産業でした。

1850年から70年にかけて、鉄鋼、電力、有機化学、自動車などの近代産業に移行しました。しかし、経済発展の主役は農業でした。就業者数が10分の1以下になりながら、何倍もの生産ができるようになったと言います。その結果、農業従事者の多くが都市の近代産業に移動し、国全体の生産性が向上して、労働者の所得を増やしました。

1950年頃になって、経済も技術も断絶の時代に入りました。近代産業は今後も成長・発展しますが、先進国においてはすでに成熟しています。少くとも先進国においては、新産業を新たな発展の原動力としなければなりません。

新産業の中心となるのは、肉体労働者ではなく知識労働者です。知識労働者の基盤には教育が必要ですので、教育が発達する先進国で新産業は生まれます。

期待される新産業

ドラッカーは、4つの期待される新産業をあげています。

情報産業

コンピュータ産業ではありません。コンピュータは情報産業の道具であり、情報は頭の仕事に必要なエネルギーです。

海洋開発

食料資源と鉱物資源の確保の観点から重要です。

食料資源は、陸上で狩猟採集から農耕牧畜に移行したように、海洋でも狩猟的漁業から農業的漁業に移行すると予想されます。

素材産業

従来、素材は、特定の資源によってつくられ、特定の用途に使われるのが当然でした。その後、アルミニウムやプラスチックが、単一素材として、広い用途で使われるようになりました。今日では、構成物質の特性を生かした複合素材(コンポジット素材)が使われるようになっています。

重要な変化は、素材のコンセプトそのものの進化です。自然に存在する素材からスタートして、経験に基づいて、物質の特性に着目して組み合わせる方法ではありません。目的とする用途からスタートして、高等数学や科学を駆使して、必要な構造や素材を決めていきます。

あらゆる素材があらゆる用途に向けての競争関係にあり、新製品、新需要、新市場を生み出す可能性をもちます。

巨大都市の再開発

巨大都市(メガロポリス)は大きくなりすぎ、輸送、住宅、上下水道、大気といった基礎的環境に課題を抱えています。このような課題を克服するために、新技術、新産業が生まれます。

19世紀の近代都市も新技術と新産業を生み出しました。近代パリのやウィーンの街路設計は、それ自体が一つの芸術であり、ヨーロッパの知識と芸術の中心となり、創造性、活力、人生の喜びをもたらす都市となりました。発明を刺激し、ガス灯、電灯、路面電車、地下鉄、高架鉄道、電話、高層ビル、デパート、新聞などの新技術や新産業が生まれました。

近代都市では工場と工場労働者が中心でしたが、巨大都市では情報と知識労働者が中心で、大学のキャンパスもあります。

巨大都市には中心がないため、交通の問題が生じます。どこへでも行ける交通機関が用意されない限り、誰もが自動車を使いたがるでしょう。ですから、人が移動するのではなく、情報を人のところまで移動させるのが望ましい姿です。

巨大都市では、コミュニティづくりも問題になります。高層アパートには多くの人が住んでいますが、縦の移動はエレベーターが主であるため、同じ建物に住む人たちの接触がほとんどなく、コミュニティができません。

ですから、高層アパート内に人びとが顔を合わせる縦の通りをいかにつくるかが重要になります。例えば、エスカレーターを設ける方法があります。さらに、高層アパート内に、人びとが出会い、時を過ごし、くつろぎ、散歩し、入り交じることのできるショッピングセンターなどをつくることが考えられます。

基盤としての知識

新産業は20世紀に入ってからの知識にもとづいており、科学以外の知識が重要な意味をもちます。例えば、コンピュータは記号論理学が重要な基盤となっており、記号論理学を実現するために電気・電子工学や物理学を駆使しています。

自然科学と人文科学のそれぞれの専門家が、互いを理解できなければなりません。技術は、人間社会の営みである文化や文明の一部であることを理解しなければなりません。

1850年以前の技術や産業は、経験に基づいていました。大学で科学を学んだ研究者が生み出したのではなく、徒弟制度によって継承される職人の技能が中心になって生み出したものがほとんどです(化学工業は唯一の例外です)。

新産業では、学校教育によって体系的に身につけた知識が中心的な資源になります。熟練や経験による技能が不要になることはありませんが、中心は知識労働であり、コンセプトや考え方や理論が生産性を左右します。

企業家精神の方法

第一次世界大戦前の50年は発明の時代でした。個人発明家が、自分の発明を基に事業化し、大企業の基礎をつくりました。企業が生まれる時代であり、起業家精神の時代でした。

第一次世界大戦後の50年は、企業が成長する時代であり、マネジメントの時代に入りました。企業家精神は引き続き重要でしたが、企業の多くが成長したため、計画を実行するために組織をマネジメントする能力が重視されました。

現在、再び企業家精神が強調される時代に入りました。ただし、個人発明を事業化するような企業家精神ではなく、既存の組織で発揮される企業家精神です。既存企業でイノベーションを起こすためのマネジメント能力が求められます。

技術の変化

技術の変化の内容、時期、方向、速度を知らなければ、そこからもたらされる機会を利用することはできません。

これから起こる変化を予測することは難しいですが、事業の機会を見出すことが目的であれば、次のようなことをかなりの程度知ることができます。

  • どのような変化が起こりそうか
  • そのうちどれが大きな影響をもたらし、新産業を生み出しそうか
  • 間近に起こりそうな変化はどのようなものか

これらの変化を知るためには、次のような問いかけが有効です。

  • 新産業や新プロセスの機会はどこにあるか
  • いかなる新技術が、市場のニーズに対応して、大きな経済効果をもたらすか
  • まだ経済効果をもたらしていない新知識は何か
  • 産業、プロセス、生産力、生産性に反映されていない新知識は何か
  • 新技術を意味あるものにすることのできる新しい見方、コンセプトが生まれているか
  • それらは、いかなる種類の新技術に影響を与えるか

経済的な機会

経済的な機会の存在を知ることが大切です。同じ程度の資金を投入しても、得られる生産性が低減していくようであれば、その産業は下り坂です。特に、投入資金に見合って労働力が減少しない場合です。

このような場合、大抵は、優秀な人材を生産性が低下している既存の事業に投入し、延命を図ろうとしています。その間に、外部の人たちが新たな機会を発見し、利用して、大きな変化をもたらすことになりがちです。

経済的な機会は、既存技術の分析によっても明らかにできる場合があります。新産業に不可欠の技術を見い出せることがあるからです。

例えば、原子力発電が新産業として生み出されたとき、スウェーデンは、高圧送電の効率化が重要であることを知り、既存技術の分析によって技術開発に成功し、高圧送電のリーダーとなりました。

知識の動向

すでに生まれている知識の動向を分析します。新たな科学的知見が得られた場合、技術として応用できるまでに30~40年かかります。その技術を採算のとれる製品や生産プロセスに発展させるにも長い時間が必要です。

ただし、製品や生産プロセスが導入されてから普及するまでの時間は短くなったので、一旦世に出ればすぐに陳腐化してしまうことになります。

ここで、自社の事業分野に関わる知識ばかりに目を奪われていると、機会を逃します。まったく別の分野で生まれる知識が、自分たちの事業分野に大きな影響を与えることが少なくないからです。

技術は自然科学から生まれるとも限りません。自分たちの専門であるという自負によって、盲目になりやすことを知り、意識的に専門外の分野からスタートすることが大切です。

思想や言葉の変化

知識の前段階である思想や言葉の変化を知ることも大切です。そこにニーズがあり、ニーズからビジョンが生まれ、行動につながります。ビジョンを考えた人が行動するとは限らず、他の人に影響を与えることもあります。ビジョンも知識の一種です。

既存の平凡な知識を新しく組み合わせることで新しい認識が生まれ、新しい知識になることもあります。

技術戦略

技術の活用に当たっては、戦略をもつことが不可欠です。技術戦略として検討すべきなのは、次のようなことです。

  • 改善や手直しに力を入れるか、新技術の開発を狙うか
  • 新しい知識を狙うか、新産業に活かせる既存技術を見い出して改良するか
  • 新技術を自ら活用するか、他社にライセンス供与するか
  • どのようなプロセスで探索・分析し、開発し、導入するか
  • 何に集中して自社開発し、何を外部から買うか、あるいは外部と提携するか

マーケティングの重要性

新技術は新たな可能性ですが、市場で受け入れられなければ無駄になります。

重要なのはマーケティングであり、顧客の観点です。顧客の期待、行動、価値観に合致する形で事業化される必要があります。

顧客は常に二種類以上存在することを知っておく必要があります。最終消費者だけでなく、最終消費者に到る流通チャネルも顧客です。流通チャネルの需要にも合致しなければ、取り扱ってもらうことができないからです。財・サービスの購入決定者と利用者が異なることも少なくありません。

新技術の活用は、新市場を創造するもの、すなわちイノベーションでもあります。新市場がどのようなものかは、実際に需要が生まれてみなければ分かりませんが、顧客のニーズに始まることは間違いありません。

顧客の満たされていないニーズを知り、それを満たすことができる製品やサービスを検討し、どのようにすれば購入してもらえるかを考えることが、イノベーションにつながります。

イノベーションのための組織

イノベーションは、既存事業のための組織では上手くいきません。新しいものを予期し、ビジョンを技術や製品、プロセスに転換し、かつ新しいものを受け入れる人間集団を組織し、マネジメントしなければなりません。

既存事業のための組織とは切り離しておかなければなりません。新しいものが事業として軌道に乗るまでには時間がかかるため、既存事業のための組織では軽んじられることが常だからです。軌道に乗るまで責任をもつ独立した開発部門が必要です。

組織構造は、指揮命令型組織ではなく、チーム型組織が必要です。規律や権威、意思決定を行う者は必要ですが、柔軟性がなければならないからです。

トップの行動も、既存事業とは大きく異なります。既存事業では判断が主な仕事ですが、イノベーションでは、部下の声に耳を傾け、元気づけ、アイデアを奨励することが主な仕事です。「このアイデアを採用し、育て、具体的な仕事に転換するにはどうしたらよいか」を考えます。判断によって、アイデアを早い段階で捨ててしまってはいけません。

イノベーションのアイデアは、単なる思いつきや偶然のひらめきではありません。アイデアを見つけることも、組織的で体系的な仕事として行うことが必要です。

イノベーションには大きな手間やエネルギーが必要ですから、それ見合った成果が得られるよう、新事業を生み出すことを目標としなければなりません。既存事業と同種の製品を付け足す程度では採算的に不十分です。

経済政策の転換

技術は進化し、新たな技術が生まれ、それに伴って産業は変化します。

途上国は、技術を習得し、産業を発展させ、経済成長によって豊かになろうとすることをやめることはありません。

先進国は、従来産業にとどまり、安定を求めたいと思うかもしれませんが、変化の拒絶は衰退にしかつながりません。いずれ途上国は追いつき、同産業で競争になったときには、人件費の高い先進国が敗れていくのは必定です。

ですから、先進国は、常に新技術を追究し、新産業におけるリーダーシップを握ろうと努力しなければなりません。

これまでとは断絶した新産業が生まれるとき、周到に対応すべきは、生産資源(労働力と資金)の移動です。

新産業は萌芽で始まります。従来産業は未だ衰えているようには見えず、成長さえすることもあります。しかし、産業の入れ替えは確実に起こります。従来産業の生産性は低下し、新産業の生産性は急激に上昇しますから、遅れをとらないようにしなければなりません。

両者の産業には断絶があるため、特に労働力の移動が簡単ではありません。自然な移動が起これば、それがスムーズなものとなるよう、経済政策による支援が行われるべきです。これこそが経済発展の意味です。

ところが、人は過去の成功に執着しがちであり、客観的な変化の現実を見損ないます。既得権益にしがみつき、経済政策が従来産業を保護することで、自然な生産資源の移動を妨げることさえ起こります。

労働力と資金の移動

従来産業の職能別組合があると、労働移動の妨げになります。組合は所得と雇用の安定を目的としているはずですが、特定の技能に焦点を当てているため、技能の不変性にこだわりがちだからです。

しかし、新産業への円滑な労働力の移動を自ら促進しなければ、目的とする所得と雇用の安定は維持できません。

政府、産業界、労働組合が連携して、雇用の過不足を客観的にモニターし、新しい産業に必要な仕事のための教育訓練機会を早めに用意しなければなりません。

新産業に関わるイノベーションは、既存の企業においても組織的・体系的に取り組む必要がありますが、従来産業で成功した大企業は既存事業の制約が大きく、イノベーションの環境としては制約が大きいと言わざるを得ません。

一般的に、既存事業の制約が少ない中小企業や個人の方が、イノベーション志向が強いと言えます。よって、新産業が生まれ、発展していく時代には、中小企業が育ちやすい環境になっていることが重要です。特に、技術的なイノベーションには大金が必要ですから、資金が円滑に流れるようにしなければなりません。

政府が新産業を指定し、手厚い補助金を支給する方法がとられることがありますが、ドラッカーは、税金の無駄づかいをもたらすと言います。大抵の場合、投入する補助金は、実質的な効果をもたらすにはあまりに少なく、一旦投入され始めるといつまでも支給され続けることが常だからです。

補助金というのは、速やかに既得権益化し、効果が上がらなければ撤退するのではなく、追加の要求が止まらくなります。

政府が分野を決めて自ら資金を投入するのではなく、自然な資金の移動を円滑にするための税制改正などが望ましいと言えます。そうすれば、市場の判断によって、必要なところ、富を生むところに資金が移動していくようになります。

市場も失敗しますから、一時のITバブルのようなものが誘発されることもありますが、市場の反省は速やかで、無駄な資金はすぐに回収され、移動していきます。ところが、補助金によって既得権益化された場合は、失敗を認めたがらないので、撤退ではなく増額が選択されやすいのです。

ドラッカーは、補助金を使うなら、苦境に陥った産業(企業、労働者)に対する直接の短期的な手厚い補助金を出すべきであると言います。関税や輸入割当による産業保護ではなく、速やかな新産業への移行を促進するための補助金です。

グローバル経済への適合

経済はグローバル化しています。

グローバル経済は、一国がコントロールできるものではありません。資本、労働力、情報、知識(技術)のグローバルな移動は、部分的、一時的には操作可能なように見えて、結局、操作しきれるものではありません。

したがって、国内経済にグローバル経済を従わせようとするのではなく、グローバル経済を尺度として国内政策を進めなければなりません。

グローバル経済のなかに変化の方向があります。変化に抵抗して旧来の国内産業を保護しようとするのではなく、グローバル経済のなかにある変化を機会として生かすための国内政策でなければなりません。