リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。
この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。
戦略の専門家の多くは、強みと高い収益性とを同一視していますが、両者は必ずしも一致しません。両者の関係は、固定的ではなく変動します。
強みは、利益を生むことが合理的に期待できるものでなければなりません。
強みがあるからといって、直接的な価格競争になることが明白なコモディティに投資することは避けるべきです。あるいは自力でコモディティ化しない工夫ができなければいけません。
競争相手より低いコストで生産できるとき、競争相手より高い価値を提供できるとき、あるいはその両方ができるとき、利益を生むことが合理的に期待できます。
コストは、売り手側のコストだけではありません。製品を探す、買いに行く、到着を待つ、据え付ける、使い方を学ぶ、切り替えるといった、買い手側のコストも考慮しなければなりません。
したがって、強みを探すためには、低いコストまたは高い価値に貢献できるかどうかで判断することができます。
強みが利益を生み続けるためには、その強みが持続可能でなければなりません。そのためには、競争相手に容易に真似されないこと(模倣困難性)が条件になります。
模倣困難性は「隔離メカニズム」によって生まれます。一定期間の独占を可能にする特許、評判、取引関係や人脈、ネットワーク効果、規模の経済、暗黙知や熟練技能などです。
強みを深める
強みの一つは、コストを大きく上回る価値を提供することですが、「深める」とは、その価値とコストとの格差を拡大することを意味します。
価値を高めて価格を引き上げる、コストを押し下げる、その両方のいずれかです。
価値の向上やコスト削減に失敗する最大の原因は、経営陣の思い込みです。現場に圧力をかけるかインセンティブを設けるかすれば、自然に効率改善やコスト削減が達成されると考えがちです。
アメとムチに頼るよりも効果的な方法は、製品やプロセスを見直すことです。後者は売り手側の見直しであり、どのように仕事がこなされているのかを虚心に観察します。前者では、買い手側を観察する必要があります。
製品の開発や改善に長けている企業は、買い手の姿勢や行動、意思決定、好みや感覚に最新の注意を払い、丹念に調査しています。顧客への共感度を高めることができれば、問題が発生する前に手を打つこともできます。
強みを拡げる
強みを「拡げる」とは、強みを活かして、新しい分野、新しい競争市場へ進出することを意味します。
強みを拡げるためには、既存の製品、顧客、競争相手から視点を移し、自社の強みを支えている独自のスキルやリソースを他に活かせる道はないか、探すことが必要になります。
自社のリソースを他の製品や他の市場でも活用するのが最も基本的ですが、この方法が大失敗につながりかねないことは覚えておくべきです。
自社の強みを「ロジスティクス」あるいは「ブランド」といったように抽象的に漠然ととらえていると、全く馴染みのない製品やプロセスに手を出しかねません。
賢い拡大を実現するには、十分な専門知識やノウハウの蓄積が条件になります。知識やノウハウは、次々に応用してもすり減ることはなく、一層豊かに強化されます。
信頼やブランドや評判など顧客との関係は、拡大戦略によって価値が薄れたり傷ついたりすることがあります。ブランドの価値は、製品に共通するイメージや特徴を維持することから生まれますが、明確に定義するのは困難です。
需要を増やす
買い手の数が増えたとき、あるいは買い手一人ひとりの買う量が増えたとき、強みを持っている売り手は特に有利です。このとき価値が高まるのは、強みを支える希少なリソースです。
需要増が長期的な高業績に結びつくのは、安定的な強みを支える希少なリソースを企業がすでに持っている場合だけです。
戦略理論の専門家の多くは「価値創造とは強みを持つことだ」と考えているため、需要拡大を促すことの大切さを見落としがちです。
希少なリソースを持つ場合には、それに対する需要をうまく高めることこそ戦略の基本です。
隔離メカニズムを強化する
隔離メカニズムは、自社の強みを成り立たせている製品やリソースを競争相手が真似ることを防ぎます。最も分かりやすい方法は、特許、商標登録、著作権などで保護することです。
新製品が強力なブランドの一環に組み込まれるなら、他社には容易に真似できないものとなります。
組織としての集合的なノウハウが隔離メカニズムの役割を果たすような場合には、離職者を減らすことがその強化策となるでしょう。
特許などによる保護範囲が不明確な場合、司法判断を仰ぐことで隔離メカニズムが強化されるケースもあります。
ターゲットを絶えず動かして真似しにくくする方法もあります。ターゲットがいつまでも変わらなかったら、競争相手はいずれノウハウを探り当ててしまうでしょう。
製品やプロセスを絶えず改善していたら、あるいは変化させていたら、真似をするのは遥かに難しくなります。
製品やプロセスに次々とイノベーションが導入されたら、追随するのは困難です。イノベーションが独自の知識に裏付けられていたら尚更です。
科学的な知識だけを使ったイノベーションは、隔離メカニズムとしては弱いでしょう。科学的な知識に顧客からのフィードバックや自社事業から収集した独自の情報が組み合わされて生まれたイノベーションならば、強い隔離メカニズムとなり得ます。