リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。
この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。
戦略ファウンドリーとは、少人数の経営幹部が集まって課題を検討し、最重要ポイントを見極めて、課題解決のための一貫性のある行動計画を立てるプロセスのことです。
ここでは、戦略ファウンドリーを効果的に進めるために活用すべきツールを列挙します。
判断の先送り
判断を先送りすることによって、早い段階で議論が収斂して結論に飛びつく事態を回避します。時期尚早な意見の一致は、ジャニスが集団思考の分析で指摘した問題点の一つです。
議論の流れを意図的に遅らせ、課題の特定や診断に注意を集中するよう誘導することによって、早まった判断を避けることができます。
良い・悪い、重要である・重要でない、といった判断を保留しておき、よりよい判断を下すためにもっと事実や情報を集めることにつながります。
どの課題が本当に重要なのか、その課題は現実的に解決可能なのかを判断するまで行動計画は立てられないため、性急な計画立案を防ぐことができます。
メンバーの特性を把握して慎重かつ活発な議論を促す方法を早い段階で見抜き、早すぎる議論の収斂を食い止めることは、ファシリテーターの重要な役割です。
個別インタビュー
事前に行う個別インタビューを通じ、会社の歴史や現在抱えている問題について生きた情報を得ることができます。過去に行われた試みのうち、何がうまく行き、何がうまく行かなかったかも知ることができます。
ファシリテーターが部外者の場合、社内の人間の前では言いにくいような個人的な意見を聞き出せることもあります。
インタビューの内容は公表しませんが、議論のヒントとなるような貴重な意見は、発言者が分からないようにして引用します。これが議論の糸口になったり、停滞気味の議論を活性化したり、議論が影響力の強い人物に引きずられないようにする歯止めになったりします。
書面による質問と回答
ファウンドリーの実施前に、参加メンバーおよび社内の重要人物数人に宛てて書面による質問リストを送付し、書面で回答してもらいます。質問の数は状況に応じて5〜8項目です。
この回答も個別インタビューと同様の使い方をします。
標準的な質問は、最近の変化と将来予想をカバーする内容です。過去に実行したプログラムやプロジェクトのうちどれが成功しどれが失敗したか、その原因は何か、現在直面する課題でどれが最優先か、何が解決の阻害要因か、それに対して打つ手はあるか、などです。
業界、企業、組織に固有の質問も用意します。特に有用な回答が得られるのは、新しい技術のインパクトや特定の競争相手の行動に関する質問です。社内の対立や分裂などについて質問することもあります。
回答があまりに短い場合、補足を求めることがあります。説明が不足していたり、曖昧だと感じられたりした場合も、再質問することがあります。
過去の経緯に注意を払う
インタビューで得た情報やグループ討議の中から、過去にうまく行った行動やプロジェクトを見つけ出して、ファウンドリーの中で提示することもあります。
過去のどんな状況のとき、どんな行動がうまく行き、どんな行動がうまく行かなかったかをグループで検証することは重要です。
過去から学ぶ教訓に共通するのは、経営トップからのサポートがない、イニシアチブが多過ぎる、不可能な目標を設定する、社内の実力者から妨害される、リソースが不十分である、現場のことが分かっていなかった、などです。
課題から始める
戦略ファウンドリーで最も重要なのは、組織が直面する課題を洗い出し、診断することです。
課題から始めることで、経営陣お気に入りのプロジェクトや世間受けする目標が議論の中心になってしまう事態を防ぎ、メンバーの意識を問題解決へと向かわせます。
反省的思考を行う
簡単な引っかけ問題にまんまと引っかからないようにするためには、「もう一度考える」という姿勢が大切です。
問題を別の視点から見直す、直感的な答えを批判的に検証する、などの方法で自分の出した答えをチェックします。
反省的思考は、課題を異なる視点から見て違う言葉で説明するときや、提案された行動を違う角度から検討し、もっと効果的な行動はないか探すときなどに役に立ちます。
多くの経営幹部は、ほとんどのケースで直感的な判断を素早く下します。豊富な経験と健全な知性に裏付けられた直感は、経営手腕のエッセンスです。
しかし、極めて重要であるもののほとんど経験のない状況というものも存在します。そのような状況では、最初の直感に従うことのコストは小さくありません。
戦略ファウンドリーでは、規律ある活発な議論を通じて経験と知識に裏付けられた直感で判断することを奨励しつつ、相互の批判も促すことによって、個人よりうまく反省的思考ができるようになります。
タイムトラベラーになってみる
思考実験として、時間軸に沿って視点を変えてみます。自社が数年後に課題を達成したときのビジョンをイメージし、そこに到達する道筋を考えてみる、課題の達成を失敗したときのビジョンをイメージし、なぜそうなったのかを考えてみる、などです。
現在の問題が生じる分岐点となった時期に遡ってCEOにアドバイスするとしたら、どのようなことを言うか、など過去の視点に遡ることもできます。この場合、将来の情報に基づくアドバイスはできないことに注意します。
当時に入手可能な情報だけに基づいてアドバイスすることの難しさを認識することで、戦略ファウンドリーの取り組みの意義を理解できます。そこから、数年後の誰かが今の自分にくれるアドバイスはどんなものになるかを想像してみることもできます。
即席戦略を考える
戦略ファウンドリーでは、深く考えることに疲れてしまう瞬間が訪れます。そうなると、決定的に重要なことに集中しにくくなります。
そのような時に「即席戦略」タイムを設けると、淀んだ空気を吹き飛ばす効果があります。
参加者一人ひとりに今とるべき具体的な行動を一行で書き出してもらいます。明白な狙いのある実行可能な行動に限ります。制限時間は2分、書いたら紙を2つに折って箱に入れます。
誰でも思いつくような提案を書き出す例が多いですが、稀に思いがけない新しい方向性が示されることもあります。
組織の問題に目を向ける
経営幹部には、財務指標や競争力の観点から課題を探す傾向が見られますが、自社の組織に目を向けてもらい、そこに何か問題がないかを考えてもらうことも必要です。
会社の利益が減っている原因を検討するときに、価格競争の激しさなどをあげることが多いですが、実際には、自社製品が顧客の製品コストと性能に及ぼす影響を示すツールを備えていないために、セールス担当者が価格交渉で優位に立てないことがあります。セールスのトレーニングが不十分であることもあります。
ルメルトの経験によると、およそ3分の1の企業で、戦略課題は、社内の組織構造や業務プロセスにあると考えられます。
なぜ困難なのかを考える
洗い出された課題を評価・分析するときには、困難な状況をただ泥沼と捉えるのではなく、解決できそうなことに集中することが重要です。
経営幹部である以上、自社が直面する課題を見つけ出すことはそう難しくなく、薄々気づいているケースも少なくありません。
しかし、どう取り組むかについてはそうとも言えません。この質問に応えられるレベルまで課題を分解し、課題解決を拒んでいる原因を見つけ出す必要があります。
時に、その原因を口に出すことが憚られる直面します。部門間の調整不足や軋轢が長い間隠されていたり、顧客からの評価の下落の問題が長らく先送りされていたりするような場合です。
経営チームで不都合なことに触れない習慣が根付いていると、真の問題ではないところに無駄なエネルギーが投入されることになります。
経営陣は、障害物の存在に気づかず、あるいは見ないふりをして、業績目標の数値達成に躍起になりがちです。それでは真の課題解決にはなりません。
手強い障害物も、詳細に分析し、取り組み可能なピースに分解して優先順位をつければ、乗り越えられるものです。
レッドチーム
「レッドチーム」とは、軍の机上演習で設定される敵のことです。有能な人間をレッドチームに割り当て、ブルーチーム(味方)に勝利する戦略と戦術を自由に立てさせると、演習の効果があがります。
戦略策定においては、レッドチーム演習は問題の枠組み設定に誤りがないかを検証するうえで有効です。枠組み設定が間違っていたら、それに基づく戦略は何の役にも立ちません。
現在の枠組みが間違っていないかどうかを確かめる唯一の方法は、視点を変えて違う角度から検証し、攻撃して弱点を見つけることです。
レッドチーム演習は、予測不能な偶発事態に対処する方法を見つける方法の一つでもあります。レッドチームは相手のやり方を熟知しているため、その裏をかき、出し抜いて、思いがけない弱点や失敗の可能性を探し出します。
現実的に取り組み可能な戦略課題を見つける
戦略に関する議論で頻繁に使われる言葉は「重要」と「集中(フォーカス)」です。「重要」に関しては当然のように考える人たちも、「集中」に関しては明確ではありません。
現代の企業・人材・競争モデルには、複数のプロジェクトを同時並行して進めることのコストがあまり考慮されていません。
一つのプロジェクトの進行中は、他のプロジェクトから注意や認識能力が奪われます。複数のプロジェクトを同時進行すれば、相互の配慮やリソースの融通が期待できなくなります。
戦略ファウンドリーで最も有効なアプローチの一つは、複雑な状況を整理し、少数の現実的に取り組み可能な戦略課題(ASC)を見つけ出すことです。limit-date”>期間を設定する
もう一つのアプローチとして、課題をカードに書き出し、テーブルに並べて、重要でない課題や取り組み可能でない課題のカードを下げていくやり方があります。
このアプローチのメリットは、一つひとつの課題を深く掘り下げられることです。その課題がいかに複雑にいろいろな要素が絡み合い、どれほど多くの下位の問題が隠されているかに気づかされます。
このプロセスを経ると、重要かつ取り組み可能なパーツに集中できるようになります。
近い目標に集中する
戦略は何かに焦点を合わせ、そこに集中するものです。しかし、とりたてて危機的な状況にないとか、戦略策定を主導する有能なリーダーがいないといった場合には、次第に集中は失われていきます。
だからこそ、戦略ファウンドリーの果たすべき役割の一つは、エネルギーとリソースを最重要課題に機動的に集中させることです。
そのための強力なツールが、近い目標(比較的短い期間内に達成可能な目標あるいはタスク)への集中です。
手近な重要目標を設定して達成することにより、次の戦いのステージへ進むことができます。戦略は、長期的なビジョンというよりも、むしろ近い目標の連続と考えることができます。
期間を設定する
近い目標に集中すると、行動を具体的にイメージしやすくなります。多くの場合に、ルメルトが設定する期間は18ヶ月です。
期間が比較的短いと、合意も形成されやすくなります。
戦略ファウンドリーでは、メンバーが「カードを下げる」のをためらう状況がよく見られます。その理由の一つは、どの課題も他の課題と有機的に結びついているからです。
実際の企業では、幹部同士の力関係や水面下の政治的駆け引きで多過ぎる課題をふるい分け、決着するといったことが日常的に行われています。
期間が短いと、こうした袋小路にはまり込むリスクが小さくなります。速いペースでサイクルが回るなら、優先順位争いや予算の争奪戦を繰り広げる必要はなくなります。
参照グループ
人は、「自分は特別だから大丈夫だ」と考えやすいものです。これは、何の根拠もなく物事を自分に都合よく解釈する楽観バイアスの一種です。「競争相手の無視」(自社の成功を予測する際に競争の影響を無視すること)もそうです。
そこで参照グループの出番になります。参照グループとは、自分が直面しているのとよく似た状況や課題、あるいはよく似た競合他社や同業者のグループのことです。
戦略策定のために準備される大量の書類は、微に入り細を穿ってはいても、参照グループのデータに言及していないことがほとんどです。
しかし、詳しい情報を与えられるほど、人はすべてを知った気になります。そして自信が膨らむほど、間違った結論に至るリスクは高くなります。(『マッキンゼー ホッケースティック戦略』)
戦略ファウンドリーでは、最終決定に至る前に議論を中断し、追加的な調査や分析を行います。その一環として他社が直面した類似の状況の情報を収集しますが、これが参照グループの形成に当たります。
戦略ナビゲーション
困難な課題を解決するためには、出発点としていくつかの前提を置くことが必要ですが、前提が常に正しいとは限りません。
前提を明記しておき、事態の展開に伴って前提が正しかったかどうかをチェックすることが大切です。
戦略ナビゲーションとは、状況変化に伴う前提の点検と軌道修正のプロセスを意味します。
宣誓式
戦略ファウンドリーを実施しても、決定したはずの指針が実行されないことがあります。決定後に、上層部の一部が手のひらを返すように行動計画に文句をつけ始めることがあるからです。
この種の行動は行政機関でよく見られるといいます。異動が多く、上級職の人間はスタッフを引き継ぐだけで集団としての結束力が強くないからです。
こうした駆け引きを撲滅する根本的治療法は、表裏のあるマネジャーを排除することです。
もう一つの方法が宣誓式です。戦略が定まったら、ファウンドリーのメンバーに部屋の中央に集まってもらい、決定事項が次のファウンドリーまで拘束力を持つこと、今回の決定を他人の前で批判したり、あら捜しをしたりしないこと、行動計画の実行を後押しすることを確認してもらいます。
戦略の表の顔
多くの経営幹部が、戦略の表の顔(外見)を重視します。従業員も投資家も、会社の基本的な活動や価値観や優先課題を掲げた「戦略」の公式発表を期待するようになっているからです。
戦略の表の顔としては、いくつもの目標を並べ立てるより、選び抜いた最重要課題を語るほうが見栄えがします。
よい戦略とは集中にほかなりません。