強みを探す − ルメルトの戦略論⑩

リチャード・ルメルト(Richard P. Rumelt)は、戦略論と経営理論の世界的権威で、ストラテジストの中のストラテジストと評されています。

この記事では、『良い戦略、悪い戦略』(GOOD STRATEGY, BAD STRATEGY)および『戦略の要諦』(The Crux: How Leaders Become Strategists)を基に、ルメルトの戦略論を概説します。

競争に勝つためには、まず競争相手に勝る強み(優位性)がどこにあるかを知ることが重要です。

競争相手との違いがあって初めて「強み」であると言えますから、強みは必ず何らかの非対称性から生じます。

戦略は強みを軸に組み立てるのが王道です。競争相手とのあらゆる非対称性に目を光らせ、どの非対称性が一方の優位になり得るかを見抜きます。

強みの基本要素

強みを知るためには、非対称性に着目するところから始めます。競争相手との違いや差異が強みになり得るからです。どの非対称が決定的に重要かを探り出し、それを自らの強みに変えることがリーダーの仕事です。

どんなことにも秀でている人は、まずいません。チーム、企業、さらには国であれ、他より秀でているのは特定の条件の下での特定の分野だけ、というのが普通ですから、どんなとき、どんなところで優位に立てるのかを理解することが、それを活用する秘訣です。

強みは、大きく次の5つの観点で探すことができます。

第一は「情報」であり、他社が知らないことを知っていることです。

第二は「ノウハウ」であり、他社が持っていないスキル、特許などを持っていることです。

第三は「地位」であり、他社に抜きん出た評判やブランドです。あるいは、既存市場を動かす仕組みである物流システムやサプライチェーンなどを掌握していることです。

第四は「効率」であり、簡単には到達できない水準に達している規模の経済、技術、経験などです。

第五は「組織のマネジメント」であり、他社にはない風通しの良さ、機動力などの特長です。

結びつける

強みの一つに、競争相手が容易に真似できない意外なものを組み合わせること、例えば新しい需要と古い知識、既存事業と新しい技術を結びつける手腕があげられます。

まだ結びつけられたことのないスキルやアイデアを組み合わせてみます。多くの場合、異なる知識や経験をベースにする事業を結びつけることを意味します。

消費財の多くは、異なる特徴を持つモデルやブランドを多種多様な顧客グループとうまく結びつけなければならないという課題を抱えています。この課題の最重要ポイントは、顧客の行動を知り、実際に何を欲しがり、何を必要としているのか理解することにあります。

切り離す

結びつけることの逆である「切り離し」は、通常、業界全体を巻き込む現象となります。従来単一のシステムとして供給されていたものが、コンポーネント単位で供給されるようになるときがそうです。

この場合、コンポーネント単位に特化して素早く地位を確立することが競争優位になり、システムに固執する企業に先んじることができます。

統合とアウトソーシング

上流側から下流側へインプットを供給する事業、例えば木材を伐採し、製材所や製紙工場へ送り、材木、ノート、ティッシュペーパーなどを製造する事業は、上流部門と下流部門が統合された事業です。

こうした統合のメリットは今でも存在するものの、その機会は少なくなりました。逆に、分離のほうが利益に直結する可能性は高くなっています。

パーツ、コンポーネントあるいはサービスのサプライヤーは、それら各分野に特化しており、専門知識を蓄積しています。

アウトソーシングとサプライチェーンの形成という大きな流れの背景にあるのは、知識の分離にほかなりません。低コストを求めて海外に委託・移管するオフショアリングも盛んです。

統合か分離かの決断は、自社の取扱品目のうちどれを重視するかによって違ってきます。例えば、現代の金融業界では、統合は獲得困難な顧客・市場に関する情報の共有に限られる傾向があります。

規模の経済

効率改善や市場支配力の強化を実現する最も手っ取り早い方法は、規模の拡大です。一般に、規模が大きいほどコストは下がると考えられているからです。

規模の拡大が本当に効率的かどうかは、戦略的問題です。規模が大きくなるほど初期投資は嵩み、差別化を求める顧客の要望に応えにくくなるというデメリットもあるからです。

個々のメーカーが直面する問題は、製造単価だけではなく、むしろ買い手の様々に異なる社会規範、ニーズ、好み、所得水準などです。

規模の経済と言っても、単純な大量生産で成り立つ規模の経済と、大規模組織において実現し得る規模の経済の間には、大きな乖離があります。組織が大きくなるほど中間管理職が何階層も必要になり、それらを調整し、統合する仕組みが必要になるからです。

こうした理由から、規模の経済だけを追求した合併は失敗することが少なくありません。合併完了後に、職務分担、スキル、給与体系などの大きな違いが明らかになり、融合が困難で、期待したほどのメリットがないと判明することがよくあります。

広告や研究開発では、規模が重要な意味を持つことがあります。どちらも競争相手の予算規模に敏感だからです。

いずれにしても、規模の問題には、注意深い事前分析と精査が必要です。

経験の蓄積

何事も、経験が増えるとうまくできるようになります。

ボストン・コンサルティング・グループは、累積生産量が増加するに従って単位コストが減少する現象を「経験曲線」と表現しました。テキサス・インスツルメンツの半導体事業から収集したコストデータを解析したところ、累積生産量が2倍になるごとにコストは約20%減少しました。

一般に、製造業では、歩留まり(生産品に占める良品の比率)が上昇するにつれて単位製造コストは下がります。不良の原因を突き止めて修正できれば歩留まりは改善されます。

半導体製造では、回路の集積密度が1年半〜2年で2倍になるという「ムーアの法則」も知られていましたが、これが当てはまるのは個々の企業ではなく業界全体です。

つまり、単位コストの圧縮は、特許のような強みの源泉とはなり得ませんが、安定した事業であるほど、またプロセスが複雑であるほど、継続が効率化につながります。

経験に関して戦略的に問題になるのは、どの程度経験を積めば競争相手を上回る強みにつながるのかというところです。ある点を過ぎると経験の蓄積以外の要素が決定的な重みを持つようになります。

ネットワーク効果

ネットワーク効果とは、ある製品やサービスがより多くの人に使われることによって、一段と価値が高まる現象のことです。

ネットワーク効果も、圧倒的な強みの一つと言えます。うまく活用できれば、新しく売り出した製品やサービスを記録的な短期間で人々に知ってもらい、試してもらうことができます。

規模の経済が単位コストを押し下げるのに対し、ネットワーク効果は製品やサービスの価値を高めます。

ただし、基盤となるシステムが変化した場合には、ネットワーク効果が失われてしまう可能性があります。

インターネットとネットワーク効果の組み合わせが大きな威力を発揮すると分かると、多くの企業がサービスを無料で提供するようになりました。

無料サービスで常につきまとう疑問は「どこで儲けるのか」ということです。そのためのビジネスモデルが重要です。どこで儲けるために、どこを無料にするのかを考える必要があります。

インターネット事業の基本的なビジネスモデルは、ウェブ広告、ユーザー情報に基づく広告、無料サービスと有料プレミアムサービスの併用、サブスクリプションなどです。

プラットフォーム

プラットフォームは、製品またはサービスの提供者と利用者とをつなぐ基盤のことです。

インターネットを活用すれば、広い範囲で両者を結びつけることができますので、売り手と買い手の双方にネットワーク効果が期待でき、市場の役割を果たします。

プラットフォーム事業の戦略においては、売り手と買い手の双方にネットワーク効果を持つことが強みになります。売り手と買い手のどちらにも「ロックイン」させ、他のプラットフォームへの乗り換えを困難にすることが重要です。

最初の勝負どころ(最重要ポイント)は、売り手と買い手どちらのベースを最初に構築するかです。

鎖構造

最も弱い箇所が全体の性能を決めてしまうようなシステムは、鎖のような構造を持つと言えます。どこかに弱い環がある場合、いくら他の環を強化しても、鎖全体は強くなりません。

最も弱い箇所のことを「ボトルネック」と呼びます。ボトルネックが質の問題であるとき、量で補うことはできません。その質を高めない限り、鎖全体を強くすることはできません。

まず、どこがボトルネックかを見極めることができなければなりません。ボトルネックを取り除くスキルやアイデアがあるなら、全体の価値を高めることができ、競争力を強化することができます。

鎖構造の問題点

企業や経済は、少なくとも部分的に鎖構造です。鎖構造で、一つひとつの単位(環)が個別に運営されていると、システム(鎖)全体は十分な機能を発揮できず、「質的不整合」の問題が生じます。

ある単位の責任者が改善に投資したいと考えても、そこがボトルネックでない限り、システム全体としては効果がありません。

一つの単位だけで改善に力を入れた結果、全体としてマイナスになることもあります。

ある単位が改善に投資する場合、人材を含む高価なリソースをそこに注ぎ込むことになるため、その単位にリソースを投入した分だけ利益は減ることになり、各単位の改善意欲も削がれてしまいます。

逆に言えば、強固につくり上げられた鎖構造は、競争相手が容易に真似できない強みになります。

鎖構造問題の解決

例えば、製品の製造コストと品質と営業力は鎖構造です。

いくら品質を改善しても、営業がそれをうまく伝えられなければ、製品は売れません。一方、いくら営業マンを教育したところで、製品が低品質のままでは、うまく売ってもクレームや返品が増えるでしょう。

製品と営業の品質が共に向上したとしても、高コスト体質を改善できなければ、利益は増えません。

鎖構造で難しいのは、ボトルネックを特定することです。それが、製品の品質、営業力、コストの3つであったとすると、厄介なことは、小出しの改革では効果があがらず、事態を悪化させるおそれさえあることです。

このような場合の一つの対処方法は、3つの改善運動を順番にやることです。

問題が鎖のようにつながっている場合、全部を解決するまではほとんど効果が現れません。それを知ったうえで、一回に一つの問題に集中し、他の問題をシャットアウトします。

全部が解決されるまでは、短期的な損失を覚悟のうえで、必要な投資を続ける必要があります。その間、部下のモチベーションを維持するため、目の前の近い目標を達成する都度、部下を賞賛します。

組織には、現場への権限委譲とトップダウンによる指揮統制とのせめぎ合いがあります。鎖構造の問題を解決するためには、一時的にでも両者のバランスを変え、トップダウン方式で臨む選択も必要です。

鎖構造の問題を解決するには時間がかかり、その間、明確な効果が現れないことがあるため、最終目標を掲げ、目先の利益などには拘泥せず、近い目標を順にクリアしていくことが必要です。

鎖構造を強みにする

鎖構造になった問題を解決するためには、強力なリーダーシップと計画的な取り組みが必要です。逆に言えば、強力なリーダーシップで巧みに鎖構造を作り上げてしまえば、容易に真似できなくなります。

鎖構造で卓越した地位を維持するためには、鎖の環がどれも強いクオリティを保たなければなりません。すべての環が粒ぞろいであれば、互いに補い合い、鎖全体も秀でたものとなります。