「ニーズ(need)」、「ウォンツ(want)」、「需要(demand)」という言葉は、マーケティングでよく使われますが、区別されずに使われることも多いようです。
しかしながら、マーケティングにおいては、これらの言葉を区別することに意味があります。顧客の視点で自社の製品やサービスを検討するうえで、なくてはならない区別でしょう。
人によって区別の仕方は異なるようですが、ここでは、フィリップ・コトラーとドラッカーの定義を紹介します。2人の定義は似通っていますが、微妙に違っています。
どちらが正しいということではありませんが、どちらかというと、コトラーの考え方が主流ではないかと思います。いずれにしても、違いを知っておくことも有益です。
一般的な意味
まず、英和辞典でそれぞれの意味を調べると、おおむね次のような訳が見つかります。
- ニーズ(need):
- 必要、要求、必要なもの、窮乏、不足
- ウォンツ(want):
- 必要、必要物、欠乏、不足、困窮
- 需要(demand):
- 要求、請求、必要となるもの
これらを見比べただけでは、どれも似たような意味です。違いを知ることはほとんどできません。ですから、現実には、これらの言葉は混同して使われることが多いですし、それは無理からぬところがあります。
一般的には、漠然と、「必要性」や「欲求」などという意味で、あまり区別されることなく使われていると思われます。
なお、もう少し詳しく語源等を調べてみると、次のような違いがあるようです。
- ニーズ:
- 欠けているものがあって困っている
- ウォンツ:
- 欠けているものを欲しがっている
- 需要:
- 権利として請求する、任せる
これらのニュアンスの違いは、コトラーやドラッカーの定義に通じるものがあります。
コトラーの定義
一般的に使う分には、それほど明確に区別しなくても問題ないと思いますが、事業を経営する観点では、これらを区別して使用することは非常に重要であり、有益でもあります。
自分たちの事業、あるいは具体的な製品やサービスについて検討したり、効果を検証して改善したりするうえでの着眼点を与えるからです。
代表的なものとして、マーケティングの父と呼ばれるフィリップ・コトラーの定義を紹介します。
- ニーズ:
- 欠乏を感じている状態
- 生理的ニーズ(食べ物、衣服、温かさ、安全など)、社会的ニーズ(帰属や愛情)、個人的ニーズ(知識や自己表現)など
- マーケターによってつくり出されるものではなく、人間性の基礎をなすもの
- ウォンツ(欲求):
- 文化や個人の人格を通して具体化されたニーズそのもの
- その人が帰属する社会により形成され、ニーズを満足させる対象の名称で表されるもの
- 需要:
- 購買力を伴う欲求
(参考文献:『マーケティング原理』)
「ニーズ」とは、人間の中に生じている満たされない状態であり、外部の他人がつくり出すことはできないものです。
「ウォンツ」とは、ニーズを満たすために欲しいと思うものです。製品やサービスとして具体化されたもので、その人が属する社会によって特徴があります。自らつくり出すこともできますが、外部の他人が供給することもできます。
他人から提示された製品やサービスがウォンツを刺激し、自らのニーズに気づくこともあります。今まで潜在的であったニーズが、具体的な製品やサービスによって顕在化したと言うことができます。
「需要」とは、ウォンツが、お金を払ってでも欲しいというレベルにまで高まっている状態です。「有効需要(effective demand)」とも言います。製品やサービスの価格設定、利用形態、提供方法なども関わってきます。
「ウォンツ」と「需要」は、企業の主体的な行動によって生み出すことができます。これらがやり取りされる場所が「市場」です。市場は、企業がつくり出すことができるものです。
ドラッカーの定義
ドラッカーは、コトラーと近い定義をしています。
- ニーズ:
- 肉体的・精神的幸福
- ウォンツ(欲求):
- 製品やサービスがどこで、いつ、どのように提供されるかということ
- 希望(aspiration):
- 望ましい長期的成果
(参考文献:『The five most important questions』)
「ニーズ」については、基本的にコトラーと同じと考えてよいと思います。更に広く定義していると言ってもよいかもしれません。
コトラーの定義は「欠乏」を前提としていますが、ドラッカーの定義では、必ずしも欠乏を感じていなくても、「よりよい幸福」という意味でのニーズも含まれると考えられます。
「ウォンツ」には、製品やサービスそのものも含まれ、コトラーの言う「ウォンツ」とほぼ同じと考えられますが、「どこで、いつ、どのように提供されるか」という観点は、コトラーの「需要」に関わるとも言えます。
ドラッカーは、これらを「顧客にとっての価値(customer value)」と総称しています。
ニーズやウォンツがあるだけでは駄目で、市場をつくり、宣伝、販売活動などを行うことによって、ウォンツを「有効需要」にまで高めて初めて、「顧客」が生まれます。そのようにして「顧客を創造」することが企業の目的です。
顧客のニーズからスタートして、製品やサービス、その提供方法などを考え、生み出すための活動をすることが企業が行う事業の役割です。つまり、「事業が何かを決めるのは顧客であって企業ではない」という視点が重要になります。
企業は、顧客のニーズを起点にして、何を事業とし、何をどのように提供するのかを決め、実際に生産して提供していく活動を組織化する必要があります。
その意味で、企業の中核的な活動は、次の2つになります。
- マーケティング:
- 顧客のニーズを起点にすべての活動を組み立てること
- イノベーション:
- 製品やサービス、その生産方法や提供方法を新たに生み出したり、価値を高めたりすること
マーケティングとイノベーションは別々のものというよりも、一つの活動の両側面(両輪)であると言えます。マーケティングがイノベーションを要求することもあり、イノベーションが新たなマーケティングを要求することもあります。
ちなみに、コトラーは、「イノベーションはマーケティングに含まれる」と考えているようです。
マーケティングは、ともすれば顧客の要望に追随するだけになってしまい、小さな改善のみに終始して、イノベーションを阻害する場合もあると考えられていますので、マーケティングとイノベーションは常にセットで意識しておくことが大切です。
なお、ドラッカーはコトラーと違い、「希望(aspiration)」というものを入れています。特に非営利組織において重視されているようです。
非営利組織は、「人を変える」、「生活を改善する」という目的をもつため、ウォンツを満たすことによる一時的な成果ではなく、長期的な成果がより重要であるということでしょう。望ましい長期的な成果を追求して初めて、本来のニーズを満足させることができるということではないでしょうか。
ただし、長期的な成果は企業でも重視されています。「顧客生涯価値(Life Time Value = LTV)」という考え方で、顧客との長期的関係性を重視します。
製品やサービスを検討する際のポイント
自社の製品やサービスについて検討する際には、「ニーズ」、「ウォンツ」、「需要」、「希望」といった側面を区別することによって、顧客にとっての価値を漏れなく検討するための助けになります。
そもそも満たすべきニーズがないのであれば、その製品やサービスを提供する意味はありません。
狙っているニーズに合致していないのであれば、ニーズをよく理解し直さなければなりません。
ニーズには合致していても、需要を満たさないのであれば、価格設定や提供方法、利用しやすくするための改良などを検討しなければなりません。
マーケティングでよく使われる例があります。
ドリルを買おうとする人は、本当に欲しがっているのはドリルではなく「穴を開けること」であるというものです。
この場合、ドリルはウォンツであり、穴がニーズに当たります。
通常はここまでの説明ですが、本来であれば「なぜ穴を開けたいのか」というところまで掘り下げたいところです。なぜなら、穴を開けなくても済む方法があるかもしれないからです。
また、「穴を開ける」ニーズであれば、ドリルを売るのではなくレンタルする方法、穴を開ける工事を提供する方法もあります。
なお、検討に当たっては、考慮すべきいくつかの重要なポイントがあります。
ニーズはコントロールできない
ニーズは顧客の中で生じるものであり、他人がコントロールすることはできません。満足を得るかどうかも、顧客の判断です。
ニーズは短期間に変化するものではありません。人間の本質に関わるものであり、人間である限り変わらないとも言えます。
ただし、社会の状況によって、どのニーズが強く顕在化するかといった強弱は変わることがあります。経済的に困窮している時代には生理的ニーズが支配的でしょう。飽食の時代には、製品やサービスによって、社会的ニーズや個人的ニーズが支配的になるでしょう。
ウォンツは変化し、ニーズとの関係も変化する
ウォンツは短期間で変化することがあります。最近は、製品のライフサイクルが短くなっていると言われています。
これは、ニーズが変わらなくても、それを満たす方法が変化していることを意味しますので、どのニーズに着目しているのかという不動の視点を見失うことなく、変化を見極め、対応していくことが大切になります。
さらに、同じウォンツが違うニーズを満たすために利用されるという意味での変化があることも忘れてはいけません。
例えば、自動車が満たすニーズは、移動手段と見れば「生理的ニーズ」ですが、異性の関心を得るためや家族との絆を深めるためであれば「社会的ニーズ」であり、社会的ステータスを表現するものであれば「個人的ニーズ」になります。
同じ自動車という意味でのウォンツは変わりませんが、どのニーズを満たそうとするのかによって、コンセプトや機能やデザインは変わってくるでしょう。
ウォンツと需要の関係も変化する
同じ自動車で、需要の変化もあります。
いつでも好きな時に利用できるという意味で「所有」するという需要が主流であったものが、他の交通機関の発達や保管コストなどへの関心から、本当に必要な時に使えればよいということで、レンタカーやカーシェアなどの需要が生じます。