アッシリア主力部隊との戦闘体制 − キュロスのリーダーシップ⑪

キュロス軍はアッシリア軍との戦闘に次々と勝利し、多くの敵陣を奪取してきましたが、王は尚も健在であり、次々と軍を増強していました。

メディア王キュアクサレスは冬を迎えて形勢が不利になる前に、戦闘を決意しました。

キュロスは敵情を視察するために、スパイや偵察者やを送り込み、また捕虜からの情報も活用して、敵軍の規模や状況、司令官がクロイソスであること、そして戦闘隊形についても把握しました。

アッシリアを行軍したキュロス軍は、ついに敵軍の強大な主力部隊と対峙します。

敵軍へのスパイの送込みと敵軍からの新たな寝返り

翌朝、キュアクサレスの司令部に同盟軍のすべての指揮官が集まりました。キュアクサレスは、さらに遠征を続けるか、直ちに解散するのがよいかを議論すべき時機だと述べ、意見を求めました。

出された意見は、解散すればアッシリア王から被害を受けるであろうから、解散すべきではないということでした。キュロスもまた、解散すれば自分たちの勢力は弱くなり、敵の勢力が再び回復するであろうと述べました。

キュロスが心配していたのは、これからやってくる冬のことでした。戦場では、すべての兵士や召使いや馬に屋根のある場所を用意することができないからです。必要な食糧は敵がすべて確保し、城砦に運び込んでいるはずでしたから、戦場での食糧調達が困難であると予想されました。

ですから、さらに戦いを続けようとするなら、できるだけ多くの敵の城砦を奪取し、できるだけ多く城砦を構築する努力を至急にしなければなりませんでした。

自国から遠く離れて守備の任に当たらねばならないと不安に思う者に対しては、敵に最も近い場所の守備を引き受け、アッシリアの土地を確保して耕すとよいと述べました。敵に近い土地を守備して安全にすることができれば、敵から遠く離れた土地はなおさら安全に所有できるからです。

ガダタスとゴブリュアスがそれぞれ城砦を構築し、その地域の者たちも同盟軍の味方になるようにすると申し出たので、敵の城砦を破壊する機械と自分たちの城砦を構築する大工の確保をするための具体的な話し合いがなされました。

キュロスは、準備が行われる間、軍隊の駐屯場所の安全と兵士の健康に配慮し、土地に詳しい兵士たちを連れて食糧の調達を行いました。それによって兵士たちが鍛えられ、一層健康になり、強くなるためであり、兵士たちが自分たちの部署を忘れないようにするためでもありました。

脱走兵や捕虜たちの話から、アッシリア王が多くの財貨を携えてリュディアに向かっていることが分かりました。キュロスは、アッシリア王がキュロスへの反対勢力を糾合しようとしていると考え、軍備を強化することにしました。

まず、戦車を改良することにしました。当時の戦車は優れた兵士と御者を乗せ、多くの馬(2頭立てまたは4頭立て)に引かせながら、遠くから槍を投げる役目しか果たしておらず、勝利に大きな貢献をしていなかったからです。

キュロスは、アラスパスをリュディアに送り、偵察者としてアッシリア王の動向を探らせようとしました。ところが、アラスパスは、警護していた捕虜のパンテイアへの愛の虜になり、肉体的な交わりを迫っていたものの、夫を強く愛していたパンテイアに拒絶されていたのでした。アラスパスは脅迫するほどに迫ったため、パンテイアは暴力を恐れ、キュロスのもとに使者を送り、現状を訴えました。

これを聞いたキュロスは、以前は愛に打ち勝つと豪語したはずのアラスパスを笑い飛ばし、アルタバゾスを向かわせて力づくにしないようにと伝えさせました。

アルタバゾスは、キュロスがアラスパスを信頼して任せているにもかかわらず、今回のような問題を起こしたことに対し、アラスパスの不敬と不正と自制のなさを非難しました。

アラスパスは、自分のしでかしたことを大いに恥じ入り、苦しみ、キュロスの罰を恐れました。それを聞いたキュロスはアラスパスを呼び、2人だけで話をしました。

キュロスは次のように言いました。

それ以上恐れて恥じ入るのをやめよ。


神々でさえ愛には負かされると聞いており、自分も同じような立場では強くはいられない。


アラスパスをこの抵抗し難い状況に置いた自分に責任がある。

アラスパスは次のように言いました。

キュロスは人間的な過ちに穏やかで寛大であるが、他の人々であれば自分を苦悩に耐えられなくさせているだろう。


自分の罪の噂が広まれば、敵は自分の不幸を大喜びし、友人たちは罰を受ける前に逃げるようにと勧めるだろう。

この話を聞いたキュロスは、その考えを活かして同盟軍に役立つことができる方法を提案しました。キュロスから逃れるふりをして敵中に潜り込み、敵の信用を得るというものです。アラスパスが同意したので、キュロスは、敵の状況を隈なく知ったうえで戻るよう指示しました。

キュロスは、敵に一層信用されるようキュロス軍の状況を通報すること、しかも、彼らの実行しようとする意図をもっとも酷く妨げるように通報することを指示しました。例えば、キュロス軍が領土のどこかに侵入する準備をしているなどと言うのです。そうすれば、彼らの誰もが故郷の財産を心配して全力を結集しにくくなるからです。

キュロスは、できるだけ長く敵のところに留まるよう指示しました。彼らが最接近したときに、彼らがすることを知るためです。さらに、彼らが最も優れていると思う仕方で戦列を組むように助言するよう指示しました。そうすれば、アラスパスが裏切ったと分かっても、戦列を組み替えることが難しいからです。

パンテイアは、アラスパスが去ったのを知ると、夫のアブラダタスに使者を送りたいと、キュロスに願い出ました。アブラダタスはアッシリア王の父の友人でしたが、今の王がかつてアブラダタスとパンテイアとの間を引き裂こうとしたため、アブラダタスはアッシリア王を無法者とみなしていました。そのため、アブラダタスはキュロスに喜んで身を投じるであろうと言いました。

アブラダタスは妻からの伝言を聞き、喜んでキュロスのもとに来ました。キュロスは直ちに妻のもとに行くように言い、パンテイアから事情を聞いて、改めてキュロスに協力することを誓いました。

多角的な敵情収集と行軍の準備

インド王からの財貨を携えた使者たちがキュロスのもとを訪れ、インド王からの伝言をキュロスに伝えました。インド王はキュロスの友人でいるつもりであり、使者たちはキュロスの指示に従うように命じてあるとのことでした。

キュロスは、使者の一部にはこの陣営に滞在して財貨を守るように指示し、3名の使者には、アッシリア王と同盟を結びに来たとみせかけて敵情の視察をしてくるよう指示しました。

キュロスはいかなる場合も大きく考え、戦争に関しても壮大な準備をしました。各兵士が、武装、騎馬、投槍、弓術において最も優れ、最も勤勉な兵士であることを示すようにさせました。

兵士たちを狩猟に狩り出せば、最も優れている兵士を表彰しました。自分の部下たちが最も優れた兵士となるように配慮する指揮官を見たときは褒め、できるだけの好意を示して励ましました。

戦争のために訓練するすべてのことについて競技を行い、勝利者たちに盛大な賞品を与えましたので、軍隊には楽しい気分が満ちました。

キュロスが敵陣の偵察に送り込んだインドの使者たちが戻り、クロイソスが全敵軍の総司令官に選ばれたこと、全敵軍の規模や現状について報告しました。キュロスは脱走者に扮した偵察者も送り出しており、その者たちからの報告も得ました。捕虜からの情報も得ました。

全敵軍の規模は膨大であることが分かったため、キュロス軍の中には恐怖が広まりました。キュロスは、指揮官と兵士を呼び集め、彼らの勇気を鼓舞しました。

キュロス軍は、敵軍を撃破したときより遥かに多くの兵力を結集させ、格段によい装備をしている。


総司令官のクロイソスは、アッシリア軍が破れて逃走したときも救援に向かわず逃げ去った臆病者である。
彼は、独力ではキュロス軍と戦う能力がないから、他の種族の兵士を雇っている。


それでも敵軍のほうが優れているとみなす者たちがいるなら、その者たちを敵軍に放逐すべきである。そうするほうがキュロス軍にとって役に立つだろう。


できるなら敵の食糧が集積されている場所に先に到着しよう。速く進めば、それだけ敵の準備が十分でなく、不足する物が多いのを目にするようになるだろうから、できるだけ速く敵に向かって進撃するのがよい。

これに大勢が賛同しました。

キュロスは行軍用の食糧の十分な準備、葡萄酒を飲むのを徐々に水に代えていくこと、病気への対策に必要な物の準備、武器とそれを手入れするための道具や戦車と馬車を修理するための木材の準備など、具体的な指示をしました。

道路を工事するための道具とその作業員、鍛冶工、大工、靴修理工を同行させるほか、商人も同行させてよいと述べました。

敵軍との遭遇とアラスパスの帰還

出発当日は、忘れ物をした者が取りに戻れるよう、あるいは必要な物に気づいた者が調達できるよう、陣営から近いところに野営しました。キュアクサレスは、故郷が無防備にならないよう、メディア軍の3分の1を率いて後方に留まりました。

キュロスは騎兵隊を先頭にできるだけ速く前進するとともに、前方に探索兵や斥候を送り出し、前方をよく見渡せる高台に登らせました。中隊ごとに兵士たちが識別できる旗を持ち、中隊がバラバラにならないようにしました。

先行する偵察隊が、人が飼料や木材を集め、駄獣に運ばせているところや、遠くに煙か砂塵が上がっているのを見たことから、敵軍が近くにいる可能性が高いと判断し、キュロスに報告しました。

キュロスは偵察隊を見張り場所に留め、情報を逐一報告させることとし、騎兵中隊を前方に出して平地に散らばっている幾人かを捕らえさせました。軍隊は敵に接近しすぎないよう待機させました。

捕虜によると、敵軍はクロイソスが率いる軍隊であり、大軍であるために物が窮乏している状態であることが分かりました。

偵察隊からの伝令が来て、平地に騎兵の大部隊が出現し、その前方に偵察隊と見られる約30騎の騎兵が先駆していると報告しました。

キュロスは、見張り場所の偵察隊を護るため、騎兵隊の一部を直ちに送り、しばらくは下で敵に見られないように待機し、見張りが逃げ下りてきたら、登ってくる敵兵たちを不意打ちするように命じました。

次いで、騎兵1000騎を出陣させ、敵の騎兵部隊と対峙させることにしました。

そのとき、敵軍に潜り込ませていたアラスパスが戻ってきました。キュロスは皆に真実を打ち明け、アラスパスがキュロス軍の役に立とうとして危険を冒してきたことを讃えました。

キュロスは、アラスパスに敵軍の兵力や戦列などについて説明させました。クロイソスは、巨大な軍隊でキュロス軍を包囲しようとしていることが分かりました。

キュロスは、敵の戦列に合わせた自軍の戦列を決め、指揮官たちに指示しました。

捕虜であったパンテイアの夫であるスサ王アブラダタスは、敵の戦列の正面に向かう位置を取りたいと申し出ました。しかし、ペルシア軍の戦車隊の指揮官たちがこれに反対し、自分たちがその位置を占めることを求めたので、籤を引かせたところ、アブラダタスが引き当てました。

出陣前の勇気の鼓舞

翌朝、アブラダタスも出陣の準備をしました。妻のパンテイアは自分の装身具を砕いて、夫のために武具を作らせていました。

パンテイアは次のように述べ、夫を送り出しました。

わたしとあなたの愛にかけまして、わたしは恥辱を受けた夫とともに恥辱を受けた妻として生きますより、あなたという勇敢な夫と一緒に大地に葬られるほうを選びますのは間違いない、と誓います。


また、こうしますことで、あなたとわたしをもっともすばらしい評価を受けるにふさわしい夫婦と見なせるのです。

軍隊が命令どおりに戦列を組むと、キュロスは指揮官たちを招集しました。そして、心に留めておいて欲しいことを述べました。

キュロス軍が戦の訓練を敵より遥かによく積み、敵より遥かに多くの時間同じ場所で一緒に養われ、一緒に戦列を組み、一緒に勝利を得ている。


敵方は多くが一緒に敗北を喫し、敵の未経験者たちは側にいる兵士たちが裏切り者であるのを知っている。

指揮官たちを自分の部隊に戻し、同じことを部下に思い起こさせ、行動、表情、言葉で自分が恐れを知らない人間であることを示し、指揮するのに相応しい人物であることを明らかにするよう命じました。