キュロス軍は、ゴブリュアスというアッシリアに精通した有力者を味方にしたものの、未だアッシリアの全戦力には及びませんでした。
アッシリアを前進しながら敵を弱くし、自軍を強くすることは可能かどうかを考えた末、アッシリア王に敵対する勢力を糾合しながら進軍して行こうと考えました。
この時点で、当初のアッシリア王は戦死しており、その息子が後を継いでいました。アッシリアは属国に対する冷遇が酷かったようで、キュロスの善戦を知った属国には、キュロスに味方をしたいと考える国があることが分かりました。
また、後を継いだ息子も残忍であったようで、ゴブリュアスのように恨みを抱きつつ服従を強いられている者(ガダタス)がいることも分かりました。
ガダタスに接触するには、バビュロンの近くを通過する必要がありました。バビュロンはアッシリアの中心であり、そこにいる戦力はキュロス軍を大きく凌いでいたため、ゴブリュアスは躊躇します。
しかし、そうであるなら、ガダタスを味方にし、その力を活かして、今こそバビュロンに向けて進軍すべきであるとキュロスは決意しました。
同盟軍の更なる獲得とバビュロン進軍の決意
メディア王キュアクサレスが、自分一人を陣営に残してキュロスが進軍して行ったと怒り、キュロスに使者を出して、直ちに戻るように、あるいはメディア兵だけでも戻るように伝えてきていました。
キュロスは、主要な指揮官たちを召集し、メディア軍が自分のもとに留まってくれることを望んでいることを伝えました。彼らが自分に敬意を示して一緒に危険を冒してくれたことに感謝しつつも、まだ自分がその感謝に相応しい権力を持っていないと考えていたからです。
キュロス自身はキュアクサレスのもとに戻らず、ヒュルカニア軍やゴブリュアスとの約束を果たすためにも努力するが、メディア軍は思い通りの行動をし、キュアクサレスのもとに戻ってもよいし、良いと思うことは何でも言って欲しいと述べました。
指揮官たちはみなキュロスに従うことを宣言したので、キュロスは、自分に敬意を払ってくれる者たちより自分が彼らに好意を示すほうが勝っているようと神に祈りました。
翌朝、キュロス軍はゴブリュアスのところへ向かい、城砦の周囲と内部を調査しました。ゴブリュアスは、中にいたすべての者を連れて城砦の外に出た後、キュロスに入城を求めました。
ゴブリュアスは、約束どおり財宝と娘をキュロスに差し出したところ、キュロスは次のように言いました。
贈り物は一つだけ貰ってここを去る。
財宝は、自分の優れた友人の中から娘と結婚する男に与よう。ただし、友人たちは皆誠実であり、財宝によってゴブリュアスを称えたり、徳と名声より財宝を選んだりする者はいないだろう。
ゴブリュアスは、一つだけ貰うという贈り物は何かをキュロスに問うたところ、次のように答えました。
ゴブリュアスが城砦、富、軍隊、大切な娘を自分に託したことで、自分が友人に不敬な行動をとらず、財貨のために不正を犯そうとしないこと、進んで協定を破ろうとしないことを、すべての人に明らかにしてくれた。
自分が誠実な人間として人々に称えられる限り、このことを忘れず、あらゆる好意でゴブリュアスに報いる努力をすることを信じて欲しい。
ゴブリュアスは城砦内で食事をするようキュロスに強く勧めましたが、彼はそれを望まず、陣営内で食事をとることにし、ゴブリュアスを客として迎えました。
ゴブリュアスは、彼らの食事の粗末さを見た時、自分たちの食事の方が洗練されていると思ったのですが、一緒に食事をした兵士たちの節度の良さに感嘆しました。
騎兵たちは、馬上にあって混乱することなく、騎行しながら必要なことを見聞したり、話したりできるように、食事においても思慮があり、節度のある者でなければならないと思っていました。
ペルシア兵たちは遠征に来ているにもかかわらず、これから同じ危険に赴くゴブリュアスの兵士たちに配慮を示し、彼らをできるだけ勇敢な兵士にすることがもっとも好ましいもてなしであるとみなしていました。ゴブリュアスは、このような配慮をこのうえなく素晴らしいと思いました。
食事からの帰り際、ゴブリュアスはキュロスに対し、自分たちは飲食物や財宝をできるだけ多く所有しようと骨折っているにもかかわらず、キュロスたちはできるだけ優れた者になろうと心がけているので、自分たちはキュロスたちより劣っていると述べました。
キュロスは、翌朝、ゴブリュアスの軍隊を見学し、味方に属する土地と敵に属する土地を見分けられるように領地内を案内して欲しいとゴブリュアスに求めました。
翌日、キュロスは、ゴブリュアスに従って領地を見ながら思案していました。司令官として進軍に注意するだけでなく、前進しながら敵を弱くし、自軍を強くすることは可能かどうかを考えたのでした。
キュロスは、ヒュルカニア王とゴブリュアスを呼び、アッシリア王に敵対する者が他にいるかどうかを聞いたところ、カドゥシオイとサカイなら、うまく合流できれば喜んでアッシリア王を攻撃するだろうと述べました。
ゴブリュアスは、自分の息子がアッシリア王に仕打ちを受けた以上に、有力な太守の息子もまた酷い仕打ちを受けたことを話しました。アッシリア王が宴会を催した際、その太守の息子も出席していましたが、アッシリア王の妾がこの息子の美しさを褒めたことで嫉妬し、その息子を捕らえて去勢したのでした。しかも、アッシリア王は、その息子が妾を誘惑したと嘘をつきました。今、この息子が父の死後の領地を統治しているので、キュロスが援助してくれるなら、喜んで会うだろうと言いました。
彼に会うためにはバビュロンの側を通る必要があり、バビュロンの兵力はキュロスの兵力の何倍にもなるとのことでした。バビュロンには、すでにキュロス軍と戦い、その兵力が自分たちより少数であると分かっている者たちがおり、その噂が広がっていました。
キュロスは、敵の主力がバビュロンにいるのなら、バビュロンそのものを目指すことが最も安全な進軍であると言いました。今なら、敵の多くはキュロス軍の勇敢さと自分たちの敗走をまだ記憶しているはずでした。兵士が多数いるとき、彼らが勇気を持てば抵抗し難い気概を示しますが、恐怖心を抱けば思慮を失うに違いないと考えました。
戦いが勇敢な兵士たちによって決するとすれば、キュロス軍の側にそのような兵士が遥かに多くいるのであり、敵はキュロス軍と戦う前と比べて遥かに少数になって弱体化した一方、キュロス軍は同盟軍を増やして一層強力になったことは間違いありませんでした。ですから、彼らから隠れているよりも彼らに向かって進軍するほうが、彼らにとっては恐ろしく見えることは間違いと考えました。
ガダタスの協力とアッシリア防衛拠点の征圧
キュロスは、ゴブリュアス領の境界から敵地に入ると、家畜を捕獲しました。
その後、メディア軍およびヒュルカニア軍の指揮官ならびにペルシアの貴族たちを集めて、ここから神々に相応しい物と軍隊に十分な物を選んだ後は、残りの家畜をゴブリュアスに渡したいと述べました。
なぜなら、ゴブリュアスは多くの財産でキュロス軍をもてなしてくれたからです。さらに、この行為によって、キュロス軍およびその同盟軍は、好意を示してくれた者に対してその好意に勝る好意を返す努力をすることを明らかにできると、キュロスは述べました。
これには全員が賛辞を述べました。ある者は、自分たちは十分な金貨を持たずに来て、金杯で酒を飲むようなこともしていないので、ゴブリュアスは自分たちを貧しい者とみなしているでしょうが、そのような行為をすると、人間は黄金がなくとも高貴であり得ることが知られるだろうと言いました。
キュロス軍はバビュロンに向かって進みましたが、アッシリア軍は出撃してきませんでした。ゴブリュアスに調べさせたところ、戦う準備をしている状態でした。そこで、キュロスはゴブリュアスと作戦を考え、アッシリア王に去勢された領主(ガダタス)の協力を取り付けることにしました。
まずゴブリュアスにガダタスと2人きりで密会させ、味方になる意志があるかどうかを確認させることにしました。そして、アッシリア軍が領地の防衛拠点として築いている城砦に、ガダタスをスパイとして潜り込ませようとしたのです。
キュロス軍がガダタスのいくつかの城砦を獲得する振りをして攻撃し、キュロス軍が一部の城砦を確保する代わりに、ガダタスがキュロス軍の幾人かの兵士を捕らえます。捕らえられた兵士たちは、軍隊を得て、梯子を城砦に掛けて攻撃しようとしており、このような状況を伝えるために、ガダタスがアッシリア軍の防衛拠点に行く、ということにするわけです。
以上の作戦をガダタスに伝え、約束を取り付けてくることを、ゴブリュアスに託しました。このような作戦が信頼できるものであるという保証を、ゴブリュアス自身がこれまで受け取った保証に基づいて説明してくれることも期待しました。
ガダタスが合意したことを知ると、早速、キュロスは一つの城砦を占拠し、ガダタスがキュロス軍の使者を捕らえ、その一部を逃亡させました。逃亡者は軍隊を導き、梯子を持って来させましたが、ガダタスはその逃亡者を再度捕らえて、多数の門前で尋問しました。それを聞いたうえで、ガダタスは報告のためにアッシリアの防衛拠点である城砦に援軍として入りました。
信頼を得たガダタスは、城砦指揮官を助けて戦争の準備をしますが、キュロスが来ると、捕虜にしていたキュロスの兵士たちと協力して、城砦を征圧しました。
キュロスを出迎えたガダタスを、キュロスは大いに評価し、称賛しました。そして、キュロス軍はガダタスの友人であり、自分の子供に劣らぬ援助者として味方をする者たちであることを承知して欲しいと述べました。
今回の作戦の成功を、ヒュルカニア王が特に称賛し、感謝の意を示したので、キュロスは、今回確保した城砦を最高の価値あるものとなるように整備することを、ヒュルカニア王に託しました。
城砦の整備が実行されると、はるかに多くのカドゥシオイ軍、サカイ軍、ヒュルカニア軍が一層意欲的になって進軍を共にしました。城砦の地域にいるアッシリア兵の多くも投降してきました。
ガダタスによると、アッシリア王がこの城砦を奪われたことに怒り、ガダタスの領地に攻め込む準備をしているとのことでした。そこで、キュロスはガダタスを急ぎ出発させ、自分たちも進軍の準備をすることにしました。
キュロスは指揮官たちを集め、ガダタスの貢献の価値を改めて共有し、ガダタスの領地が危険であることを伝えました。ここでキュロス軍が援助し、ガダタスの領地を護ることができれば、アッシリア王と共にいる者がキュロス軍に滅ぼされ、キュロス軍と共にいる者が護られることが分かるので、アッシリア王と行動を共にする者がいなくなることにアッシリア王も気づくだろう、と述べました。
キュロスは、進軍する軍隊の構成、隊形について事細かく指示しました。指示を出す際は、指揮官の名前を呼び、その役割を指示することを重視しました。部下を褒めるときにも必ず名前を呼びました。司令官に自分自身を知られていると分かっている兵士は、それだけ立派な行為をしているところを見られたいと強く願い、恥ずべきことをするのを避けようと努力すると考えていたからです。
名前を明らかにせず、ただ集団に対して行う命令は、責任の所在が不明確であるため、適切に成し遂げられず、罪も恥も恐怖心も分かたれ、薄められてしまいます。
真夜中に出発の角笛がなると、キュロスは真っ先に道路に出て、各隊に指示を与えながら送り出しました。全軍が道路に出ると、先頭に出発の命令を伝達させ、前方に向かって隊列を視察しました。命令どおり秩序正しく黙って行進する兵士たちは称賛し、動揺する兵士たちには、その原因を調べ、動揺を静める努力をしました。
全軍の先頭は、進む速度が最も遅い鎧着用部隊であり、指揮官はクリュサンタスでしたが、その前方には、少数の軽装歩兵を先行させました。その目的は、彼らがいち早く前方の状況を知り、必要と思われることをクリュサンタスに知らせるためでした。クリュサンタスはこの軽装歩兵たちを見守り、軽装歩兵たちはクリュサンタスを見守りました。
夜が明けると、キュロスは、最後尾を進んでいたカドゥシオイ軍の歩兵隊を護衛するため、同軍の騎兵隊を側に配置しました。敵軍は前方にいましたから、攻撃してくる敵に対しては、隊列を組んで前進する主力軍が立ち向かいますが、逃げる敵を追跡できるよう他の騎兵隊を前方に移動させました。
キュロスは、常に追跡する隊と自分の側に留まる隊を定め、決して全隊形を解かせませんでした。キュロス自身は常に隊列を駆け回って軍を見守り、兵士たちの必要とする物を供給しました。
ガダタスの部下の裏切りとカドゥシオイ軍の危機
ガダタスの騎兵隊にいた一人の有力な指揮官が、ガダタスを裏切り、アッシリア王と内通しました。ガダタスの所有物のすべてを自分が手に入れようとしたのです。
その司令官はアッシリア王に使者を送り、ガダタスがキュロスと離れて少数の兵力で領地に戻るので、待ち伏せを企てれば捕らえることができると伝えました。
ガダタス軍は策略に嵌り、裏切った指揮官に傷を負わされましたが、致命傷には至らず、逃走しました。そこへキュロス軍が追いついて来たため、敵は逃走に転じました。キュロスは騎兵隊に追跡させ、自らも続きました。
アッシリア軍の一部は、裏切った指揮官が所有していた城砦の中に逃げ込み、アッシリア王を含めた残りは、アッシリア王の大きな都城の一つに逃げました。
キュロスはガダタスの領地に戻ると、捕獲品の処理を兵士たちに命じた後、ガダタスを見舞いました。ガダタスは、キュロスの救援によって命が救われたことに感謝し、キュロスおよび同盟軍の兵士たちに多くの恩恵が与えられるよう神に祈り、彼らのために贈り物を差し出しました。
その頃、後衛を務めていたカドゥシオイ王の騎兵隊は、追跡に加わることができなかったため、キュロスに相談することなくバビュロンに向かう地域に侵入したところ、アッシリア王の強固な軍隊に遭遇し、多くの兵が殺害され、一部の兵はキュロスの陣営に逃げ帰りました。
この事件を知ったキュロスは、ガダタスのもとに負傷した兵たちを送り、傷の手当を受けさせました。無事であった兵たちは同じ天幕に集め、ペルシアの貴族たちに指示して食糧の配慮などの世話をさせました。
翌日、カドゥシオイ軍のすべてと他の軍隊の指揮官たちを集め、今回の事件を生かすために、今後は敵の兵力より弱い兵力を軍全体から分割しないことを命じました。やむを得ず少数で出撃するときは、救援できる兵力と連絡をとっておき、敵に欺かれても背後から支援させるようにしました。
キュロスは報復のため、事件が起こった場所へ軍を率いて向かいました。カドゥシオイ兵たちに指揮官を選ばせ、キュロスの側で指揮をとらせることで、兵士たちに再び勇気を出させるようにしました。事件の起こった場所に到着すると、戦死者を埋葬し、敵の土地から食糧を持ってガダタスの領地に戻りました。
国境近くの城砦の奪取
バビュロンの近くには、アッシリア王から離反してキュロスの味方になってくれた者たちがいるので、今度は、彼らが害を受けることを心配しました。
そこで、アッシリア王に使者を出し、次のように伝えました。
アッシリア王がキュロスの味方をしている耕作者たちに耕作を許すならば、キュロスもまたアッシリア王の耕作者に耕作を許し、害を与えない。
キュロスとアッシリア王が戦うのであれば、勝利者が作物を収穫することになるが、平和であればアッシリア王が収穫することになる。
もしキュロスの味方の誰かがアッシリア王に武器を向けたり、アッシリア王の味方の誰かがキュロスに武器を向けたりしたときは、双方ができるかぎり報復することにする。
これを聞いたアッシリア兵たちは、キュロスの提案に同意して戦争を避けるように王を説得し、王は同意しましたので、耕作者たちは平和を享受しました。戦争は武器携帯者たちが行うという協定も結ばれました。
キュロスが出発の準備を終えたところで、ガダタスがあらゆる種類の多くの贈り物を運んで来ました。その中には、陰謀のために信頼が置けなくなった部下の騎兵たちから取り上げた馬もありました。
キュロスは、ペルシアの騎兵を強化するため、馬を受け取ることは承知しましたが、他の財貨についてはガダタスが再び持ち帰って保管するように言いました。なぜなら、キュロスが返礼としてガダタスに贈る物よりも多くの物をガダタスから受け取ることになっては、恥じずにいられないからでした。
ガダタスは、キュロスが去れば、自分たちはアッシリア王から攻められるであろうから、財貨を保管するのに適していないと訴えました。キュロスは、自軍の守備隊がガダタスの城砦を固め、ガダタス自身はキュロスと一緒に出撃することを提案しました。その際、ガダタスには、自分で見張りたい物を携え、一緒にいたい者を引き連れてよいとも言いました。
ガダタスは快適な居住に必要な物を荷造りし、母親を連れて行くことにしました。同行させる部下のうち、信頼できない者には妻や兄弟姉妹を連れて行かせ、自分の管理下に置くことにしました。
キュロス軍は、最初に出陣したアッシリアとメディアの境界に到着しました。そこにはアッシリアの城砦が3箇所あったため、最も弱い一つの城砦を攻撃して奪取し、他の一つを脅迫し、残りの一つをガダタスが説得して降伏させました。
キュロスは、メディアに戻っていたキュアクサレスに使いを送り、陣営に呼び寄せました。占拠した城砦の扱いと、将来なすべき他のことについての相談をするためでした。
キュアクサレスは、キュロスがあらかじめ準備させた天幕に入ると、キュロスの指示によってメディア兵たちが贈り物を携えて訪れました。
夕食時になると、キュアクサレスはキュロスを食事に誘いましたが、キュロスのほうから、キュアクサレスに敬意を表しに来る兵士たちを歓迎して食事を提供してやって欲しいと願い出ました。それによって、兵士たちがキュアクサレスに信頼感を抱くようになるだろうと考えたからです。
キュロスが最初に願ったことは実現し、進軍したところはどこも征服し、敵は衰え、キュロス軍は大軍となり、強力になっていました。現在加わっている同盟軍が今後もキュロスのもとにに留まってくれるなら、はるかに大きな成果をあげることができるので、同盟軍のうちできるだけ多くの者たちが留まりたいと思ってくれるように説得する必要がありました。
そこで、思慮深く、必要なら自分と行動を共にする能力を最も備えている者たちを集め、キュロスのほうから直接そのことを話しました。そして、説得した相手には、彼ら自身がどのような人間であるかを行動で示させるように仕向ける努力をして欲しいと述べました。