本来の「戦略」と「戦術」

「戦略」と「戦術」は、元々軍事用語ですが、その意味は、歴史的に様々な人が様々に定義しています。

ここでは、その才能と努力をもって戦争の本質の解明に終始努力し、それに最も成功していると称されるカール・フォン・クラウゼヴィッツの著書『戦争論』に基づいて、そもそもの「戦略」と「戦術」について説明してみたいと思います。

戦争とは何か

戦略を語るには、戦争について語る必要があります。ただし、ここでは戦争論について詳しく議論することが目的ではありませんので、経営に応用し得る戦略を理解するうえで、必要最少限の説明にとどめたいと思います。

戦争とは、相手にわれわれの意志を強要するために行う力の行使です。「相手にわれわれの意志を強要する」ことが目的であり、その達成手段として物理的な力を使うことになります。

この目的を確実に達成するためには、相手が抵抗できるだけの力を残さないこと、つまり「相手を無力にすること」が必要になります。この「相手を無力にすること」が、戦争の目標になります。

共同体の戦争、特に文明国民の戦争は、常に政治的事情から発生し、政治的動機によってのみ引き起こされます。したがって、戦争は、政治的目的を達成するための政治的行為の一つです。政策のための手段であり、他の手段(対話などの手段以外の手段)をもってする政治的交渉の遂行です。

戦争は、常に政策のための手段とみなされる以上、いかなる状況においても独立に存在するものではありません。戦争を発生させた動機と状況の性質に応じて変化せざるを得ません。

政治家や将軍が行う最初の大規模かつ決定的な判断行為は、企図している戦争をこの関係において正しく認識しなければなりません。状況の性質からみればあり得ないものを戦争に求めたり、作為しようとしてはいけません。

以上から、経営に応用するに当たって重要と思われることを2点取り上げます。

政治的目的達成の手段としての戦争

戦争には目的があり、その目的は戦争の領域外(政治)から与えられます。戦争そのものの中に目的はありません。目的は動機に関わります。

もちろん、戦争そのものが目的ではありませんし、戦争という手段の求めに応じて目的が設定されることもありません。

戦争はあくまで手段に徹し、目的を達成し得る状況に至れば、速やかに戦争を終結させなければなりません。軍のプライドや感情によって戦争が継続されてはいけませんし、目的を超えたものを求めてもいけません。

経営の場面では、往々にして、手段から目的が設定されることが少なくありません。組織の都合から目的が設定されることがよくあるからです。

ボトムアップで手段(何をしたいか)を列挙し、そこから目的を導き出すことも少なくありません。

戦争による損害が、政治的目的の価値に比べて大きくなり過ぎる場合は、この目的は放棄され、戦争を終結させる方向に向かわなければなりません。

手段の一部としての目標

戦争の目標は、戦争そのものに属するものであり、戦争という手段において設定されるゴールに相当します。「目標」とは「手段」の一部であり、「目的」ではありません。

目的を達成するために手段が行使されますから、目標が目的に適ったものとして設定されることはもちろんです。

なお、戦争は力の行使であり、生死を伴う戦いですから、通常の政治的交渉手段とは著しく異なる手段です。よって、政治的目的自体が直接的に戦争の中身を規定する尺度とはなり得ません。

そのため、「相手を無力にする」目標に向けた戦闘が行われると同時に、政治家による政治的交渉が行われ、目的達成の見込みに応じて、軍事行動の強弱の調整や内容の変更が行われます。

戦略と戦術の区分

戦争の基本単位を「闘争」と呼びます。闘争は、知的・身体的諸力の適合であり、武器と装備が用いられます。武器と装備は事前に製造され、習熟されなければなりません。

なお、「闘争」は、さらに数多くの個々のそれ自体まとまった行為(「戦闘」)から成り立ちます。

戦争術には、2つに区分される別個の活動があります。一つは武器や装備の製造や習熟のための活動であり、武器と装備を整えた「戦闘力」の創造です。なお、「戦闘力」には、兵士や装備だけでなく、国土や住民、要塞なども含まれます。

もう一つは闘争そのものであり、所与の戦闘力を有効に使用することです。このための「術」が、本来の意味における戦争術であり、特に「戦争指導」と呼びます。

戦争指導は、闘争の配列と遂行です。ここから更に2つの異なった活動が生じます。

一つは、戦闘自体の内容を組み立て、実行する活動であり、「戦術」と呼ばれます。もう一つは、戦争の目的を達成するために戦闘を組み合わせる活動であり、「戦略」と呼ばれます。

なお、これら以外にも戦闘力の維持に関連するもの(兵站等)がありますが、クラウゼヴィッツは、これらを戦略と戦術の区分とは別に扱っています。

戦争においては戦闘が中心行動ですから、すべての戦略的行動は戦闘に帰着します。したがって、戦略の分野では、軍事行動のすべてを個々の戦闘という単位に還元し、個々の戦闘の目的を考察することが中心となります。