顧客の視点では、自社の顧客の市場セグメント(既存顧客および潜在顧客が存在すると想定される市場)を明確にします。この市場セグメントが、財務的視点において目標の一つとする収益の源泉になります。
顧客の視点においては、一般的に、顧客満足度、顧客ロイヤリティー、顧客定着率、新規顧客獲得率、顧客の利益性などが主要な業績評価指標となります。これらは、顧客の視点における成果に相当しますが、財務的視点における収益の成果にとっては、パフォーマンス・ドライバーに相当します。
さらに、ターゲットとする顧客または市場セグメントのニーズにマッチした価値提案プログラムを具体的に明らかにし、それを測定するための業績評価指標を設定します。これが、顧客の成果である顧客満足度等にとってのパフォーマンス・ドライバーになります。
市場をセグメント化する
既存の顧客と潜在的な顧客は、類似性があるとは限りません。
したがって、戦略の立案過程では、綿密なマーケット・リサーチを行い、異なる顧客あるいは市場セグメントを明らかにするとともに、価格、品質、機能、イメージ、評判、対顧客関係、サービスなどに関する顧客の選好を明らかにする必要があります。
これによって顧客と市場セグメントに対する戦略が明確になり、目標も明らかにすることができます。
戦略の本質は、顧客を限定し、その顧客に対してなすべきこととなすべきでないことを選択することです。異なる種類の顧客をターゲットにする場合、異なる顧客には異なる戦略を立案しなければなりません。
なお、メーカーが流通業者(小売業や卸売業)を介して最終消費者に製品等を販売している場合は、流通業者と最終消費者を、異なる顧客グループとみなして、両者に対する戦略を立案すべきです。もちろん、両者の戦略はリンクし、整合するものでなければなりません。最終消費者に対応した戦略を具体化したバランス・スコアカードは、流通業者とのコミュニケーションを円滑にするとができるでしょう。
顧客の視点における主要業績評価指標
顧客の視点における成果を表す業績評価指標は、一般的に、市場占有率と勘定口座の占有率、顧客定着率、新規顧客獲得率、顧客満足度、顧客の収益性などがあります。これらは、独立した指標ではなく、互いに密接な環境をもっていると考えられます。
もちろん、企業における独自の戦略を実行するうえでは、その独自性や企業の強み等に応じてアレンジを加えるなど、つくり直す必要があるでしょう。
市場占有率と勘定口座の占有率
市場占有率は、産業グループ、業界団体、政府統計、出版社、リサーチ業者などの公開情報を参考にします。
独自のターゲット市場を定義するのであれば、公開情報で正確な市場占有率を算出することは困難ですから、有料のサービスを利用する必要もあるかもしれません。
勘定口座の占有率とは、いわゆる顧客シェア(顧客の財布の占有率)です。
顧客定着率
市場占有率を維持もしくは拡大しようとするなら、まず、既存顧客を定着させなければなりません。
新規顧客獲得率
新規顧客獲得率は、新規顧客数もしくはセグメントの総売上高に対する新規顧客の売上高によって測定できます。
別の観点として、マーケティングによって接触した見込み客に対して、実際に獲得できた(製品等を購入した)顧客数の割合によって測定する場合もあります。この場合は、顧客転換率(コンバージョン率)と言うこともあります。
マーケティングに要した費用を精密に測定することによって、新規顧客一人当たりの顧客獲得費用を算出することができ、同時に、新規顧客一人当たりの利益を算出することもできます。これらも業績評価指標とすることができます。
顧客満足度
顧客満足度の測定は、現在、広く行われています。企業の製品やサービスを利用した顧客に対して、アンケート調査を実施することによって把握することが一般的です。顧客満足度を専門に調査する業者もあり、高度で多様な分析結果を提供しています。
ただし、顧客満足度を単に記録するだけで、高い顧客ロイヤリティー、顧客定着率、利益性を達成できるわけではありません。顧客満足は、中程度や「まあまあ」といった評価ではリピーターになるとみなすことはできません。顧客は完全に満足した場合のみ、リピーターになり得ると判断できます。
顧客の利益性
市場占有率、顧客定着率、新規顧客獲得率、顧客満足度という業績評価指標は、必ずしも利益性の高い顧客を獲得できていることを示すものではありません。低価格の製品やサービスを提供することによって、これらの業績評価指標を高めることは可能だからです。
したがって、顧客の利益性に関する業績評価指標を同時に設定し、バランスを図る必要があります。
顧客の利益性を測定するには、ABCが必要です。ABCによってコスト構造が明確になれば、社内ビジネス・プロセスの視点において、リエンジニアリングすべき点が明らかになります。そのための業績評価指標は、社内ビジネス・プロセスの視点において設定することができます。
ABCによって、利益性の高い顧客と利益性の低い顧客とを明らかにすることができます。これを基に、顧客の利益性に応じて、顧客対応の方法を差別化することができるようになります。
利益性の高い顧客の共通する特徴を把握できれば、同種の潜在顧客に向けた重点的なマーケティングも可能になります。
利益性の低い顧客については、価格を引き上げるか、場合によっては切り捨てることも考える必要があります。ただし、現在は利益性が低くても、長期的に高まる可能性もありますから、その判定基準としての業績評価指標を設定することもあります。
なお、企業が想定していないこととして、ターゲットとしていない特定の種類の顧客の利益性が高いという現象が見られることがあります。これは、いわゆる「予期せぬ成功」であり、企業が気づいていない製品等の可能性を示しています。このような動向は、イノベーションの可能性として、十分に注視しなければなりません。
顧客への価値提案プログラムを測定評価する
顧客への価値提案プログラムは、ターゲットとする顧客セグメントにおいて、顧客ロイヤリティーと顧客満足度を創造するために、サプライヤーが製品やサービスを通して提供する特性を表しています。
価値提案プログラムを構成する特性は、3つのカテゴリーにまとめることができます。
- 製品とサービスの特性
- 顧客との関係
- イメージと評判
これらによって価値提案プログラムの特性が明らかになれば、それらの特性を測るために業績評価指標(顧客の視点におけるパフォーマンス・ドライバー)を選択すればよいことになります。
製品とサービスの特性
製品やサービスの機能性、価格、品質などを意味します。当然、ターゲットする顧客セグメントのニーズに合致している必要があります。
例えば、品質に関しては、不良品発生率が業績評価指標として一般的です。その他、返品率、クレーム率、故障率などがあります。
ただし、サービスの場合、返品や修理はできないため、返金保証によって対応する方法があります。業績評価指標としては、返金率が利用できます。
価格については、必ずしも売価のみに着目することは適切ではありません。低価格の競争は、顧客にとってもメリットがあるとは限らないからであり、顧客に対してそれをアピールできることも必要です。
低価格に伴う顧客のコストは、大量購入による保管スペース、低品質、納期遅れ、非効率な購買事務などに伴うものが考えられます。これら顧客が払うコストを削減できれば、売価を上昇させても、顧客のトータルコストを削減できる可能性があります。
あるいは、顧客が購買前後に行う仕事を肩代わりすることによって、売価を上昇させてもなお、顧客のトータルコストを減少させることを約束できるかもしれません。
もちろん、顧客の利益を向上させるためのサービスを付加することによって、売価を上昇させることができる場合もあります。メーカーが小売業に対して販売促進のサポートをするような場合です。
顧客の側においてトータルコストの削減や利益の向上を追求する場合、業績評価指標については、顧客における利益性と自社の利益性を同時に設定し、バランスをとることが必要です。
顧客との関係
2つの視点があります。一つは、顧客への対応や納期などを含む製品およびサービスの提供という視点です。もう一つは、その企業から製品等を購入することに関する顧客の感じ方という視点です。
前者については、それ自体が製品やサービスの一部を構成すると考えれば、すでに述べた「製品とサービスの特性」に含まれると考えることもできるでしょう。
あるいは、個別の製品やサービスを超えた企業としての基本的で共通の姿勢や方針としてとらえれば、独立した特性として位置づけることもできます。
いずれにしても、ターゲットとする顧客セグメントが何を望み、何を感じるかが重要です。
納期とは別の視点として、サービス対応時間を重視する顧客もいます。高価な機械を購入する顧客が、納期だけでなく設置から通常稼働開始までの時間の短縮化を求めることがあります。アフターサービスを要求してから完了するまでの時間を短縮することを求める場合もあります。
新たな製品やサービスを重視する顧客は、新製品やサービスの開発のサイクルを短縮することを評価する場合もあります。
イメージと評判
イメージや評判は、企業が顧客を引き寄せ、獲得するための無形の要因となります。広告や宣伝によってイメージや評判をつくり、顧客ロイヤリティーを強化しようとする企業もあります。
しかし、「ブランドは広告でつくれない」という意見もあります。イメージや評判は、企業が顧客あるいは潜在顧客とのあらゆる接点において築かれます。まず、理想的な顧客像を定義し、その顧客が何を期待しているかをリサーチによって明らかにし、その期待に応えるために何をすべきかを明確にしたうえで、すべての従業員がそれにしたがって行動することが求められます。
ただし、企業が製品やサービスの提供によって対価を得ている以上、製品やサービスが顧客に与える満足が、企業のイメージや評判にとってもっとも重要であることは言うまでもありません。