未来の業界リーダーの一角を占めるためには、企業は、競争、戦略、組織のそれぞれの意味について、考えを方を変えなければならないといいます。
これからの競争は、既存業界における競争ではなく、未来を築く競争です。戦略は、未来を築くための戦略です。組織は、未来に向けた戦略に応じて、つくり変えなければなりません。
競争力についての考え方を変える
競争力という概念は、国家や経済圏を単位にして使われることがあります。しかし、経済的な競争は、国家同士ではなく企業間で行われています。多くの企業は、様々な国で経済活動を行っており、例えば、アメリカを母国とする企業は日本やヨーロッパの繁栄に依存していますから、アメリカが日本との競争に勝つということがアメリカの企業にとって望ましいということは言えません。
競争における本質的な問題は、国家間の競争ではなく、個々の企業における競争です。特定の国の貿易政策よりも、個々の企業における無気力、慣習、近視眼的発想、エリート主義などの方がよほど問題です。
競争力を論じるとき、大企業の存在は重要です。
まず、優れた技術をもつ小さな企業にとって、大企業の販売網を活用できることは、世界市場に乗り出すための有効な手段です。例えば、マイクロソフトやインテルは、IBMのグローバルな販売網のおかげで、世界的な地位を得ることができました。大企業が世界的なインフラや情報システムをつくり上げるだけの経営資源を有しているおかげで、それらを活用して小企業の技術が生かされることもあります。そのような意味で、大企業と小企業は共生関係にあります。
また、大企業が人材育成に多くの投資を行ってきたおかげで、大企業から多くの起業家が生まれています。
さらに、大企業は大量の雇用を抱えているため、大企業が経営の失敗によって競争力を低下させると、大量の失業を引き起こす可能性があります。
競争力の根拠を考える際、対象は狭く底も浅くなりがちです。考慮される時間の単位は短く、分析の対象は製品や事業でした。競争の土俵も、市場で起こるのか、市場外で起こるのか、ということでした。しかし、未来を見通す力、企業力による業界革新などは、市場とは直接関係のないところで起こる競争の例です。
競争力の第一次診察では、産業構造の分析が行われます。つまり、参入する市場セグメントが本来もっている魅力度によって、潜在利益を知ることができるというものです。しかし、実際の会社の利益は、市場セグメント内の企業間競争、つまり、相対的なコストと他社との違いが明らかな価格に基づく競争優位によって決まります。
魅力的な業界セグメントは、多くの場合、高い参入障壁で囲まれており、それが新規参入を阻んでいるからこそ魅力的です。また、業界内でさらに平均以上の利益を上げている企業は、簡単に真似のできない競争優位をもっていると考えられます。
超えることのできない参入障壁に立ち向かう企業に残された道は、新しい魅力がそれまでの障壁の外側に出てくるように、業界境界線を引き直すことです。ただし、いずれにしても、ユニークで真似のできない競争優位を築けるかどうかが鍵になります。
業界構造の分析は、何が現在の競争力の源泉であるかを教えてくれるかもしれませんが、何が新しい秘訣なのかまでは教えてくれません。必要なのは、業界構造を変革する能力です。業界そのものが独自に変化することはなく、変化を起こすのは企業です。ですから、変化は予測するものではなく、企業自らが切り開くものです。
未来への展望、未来へのストレッチ、そして経営資源のレバレッジによって、競争優位を積極的に生み出し、業界を再構築していくエネルギーと意欲が生まれてきます。
一時期、プロセス・リエンジニアリングが流行しました。この手法は、治療というよりも手術でした。顧客を起点にして業務の流れを抜本的に改革するものですが、業界変革のための新しい競争優位やビジネスチャンスをもたらすものではありませんでした。そもそも病気の原因やその予防はできませんでした。
企業経営者は、よく国家制度上の不利を競争に負けた言い訳にすることがあります。アメリカ車が日本車に競争で負けていたとき、日本の市場の閉鎖性を避難しましたが、当時、アメリカ車は、多くの国で日本車に負けていました。
競争の足かせになる制度を避難するとき、企業は競合他社も制度の足かせをかけられていることを見落としています。外国の競合が享受している制度上有利な点を指摘しても、自社が有する制度上の利点を認識しません。「不公平」という避難は、単にお互いに内容が異なっているだけのことが多いといいます。
企業が病気になる根本的な原因は、遺伝的な問題にあります。つまり、管理職にコード化された、業界や企業の慣習的考えの遺伝子です。管理職が業界や企業や自分の役割をどう理解しているか、そしてその理解に基づいて特定の環境のなかで管理職がどう行動するかです。
『コア・コンピタンス経営』で述べられていることは、重役陣のための「遺伝子交換療法」の指針です。業界や企業の慣習を明らかにすること、慣習がどのように企業の未来の成功を危険にさらすのかを理解すること、業界の不連続性を深く探求すること、産業の展望を引き伸ばすプロセスをつくること、戦略設計図を描き上げることです。
戦略の考え方を変える
企業は将来を見据えた戦略を立てなければなりません。ところが、多くの企業で、戦略はあまり役に立たないと考えられているようです。
問題は「戦略」そのものにあるのではなく、戦略に対する考え方にあります。
一方では書棚に飾るだけで実行を伴わないものであったり、他方では間に合せの戦術的な計画の集まりであったりします。あるいは、単なる投資計画であったり、予算書であったりします。
必要なことは、新しい戦略のコンセプトです。業界の展望をストレッチし、それを支えるために展開していくのが戦略です。
- 10年後どのような企業になっていたいのか
- どうやって業界を自分に有利につくり直すのか、
- 顧客のためにどのような新しい機能をつくり出したいのか
- そのためにどのような新しいコア・コンピタンスを構築していくべきか
などの問いに答えるものでなければなりません。
長期的な野心を抱いて、腹をくくって戦略に取り組まなければいけません。既存の経営の枠組みに基づいて戦略を立てるのではなく、戦略を中心にして新しい経営の枠組みをつくらなければいけません。
「長期」とは、「気長な資金」という意味ではありません。業界がどのように発展していくかを展望し、それをどのように形にしていくかをとらえる見地を「長期」という言葉で表現しています。
「野心を抱く」とは、ストレッチした向上心をもつことです。無謀なリスクを犯すことではなく、経営資源という道具を利用して、ストレッチに伴うリスクを減らすことを意味します。市場や業界の知識を獲得して、会社にとって不利な市場や競合他社のリスクから会社を守ることです。
そして、何かに「力を入れている」というときは、投資額ではなく、経営陣がどれだけ自分の注意と関心をビジネスに応用しているかによって証明されます。未来に関する特定の考え方に、企業全体がどれだけ入れ込んでいるかという問題です。
組織の考え方を変える
戦略の考え方を変えなければならないのであれば、組織の考え方も変えなければなりません。
戦略方針を基本に全階層の従業員を動かすこと、組織の壁を越えて経営資源を利用すること、空白のビジネスチャンスを見つけて開発すること、コア・コンピタンスを再配置すること、顧客を常に驚かすこと、探検的マーケティングを通して新しい競争空間を調査すること、旗手ブランドをつくること、これらのすべてにわたって組織の新しい考え方が必要です。
経営陣は、企業を単体あるいは関連のない事業の集合体として見るのではなく、企業全体に付加価値を与えるかもしれない事業部を結びつける何かを見つけ出し、それを利用し尽くすべきです。
事業部間の接触点には価値が隠れていることが多いといいます。この価値が現れてくるのは、各事業部が空白のビジネスチャンスを確認して共同開発していく場合、企業力が別の事業部でも使われたり、事業部間で新しく組み合わされた場合、さまざまな顧客に受け入れられる強い旗手ブランドを各事業部が協力してつくり上げる場合などです。
権限委譲や分権化を追求していくと、事業部を超えた共同作業から得られる相当な価値が、うっかりと失われてしまう危険性もあります。
事業部間をつなぐことによって得られる価値は、事業部の責任者が戦略開発プロセスに横断的に参画することによってはじめて見えてくるのであり、本社スタッフが見つけることができるものではありません。
管理職の階層を減らすこと自体に意味があるわけではありません。階層を減らしたところで、階層がある限り、序列はなくなりません。問題は、序列に基づいた行動をとり、重要問題についても権力を盾にして階層を超えた活発な対話の道を絶ってしまい、幅広く議論したり、細かく分析もしないで問題を片付けてしまうことです。
権限委譲は必要です。その目標は、自分の仕事をデザインし、自分のプロセスをつくり上げ、顧客を満足させることなら何でもするような自由を個人に与えることです。ただし、方向性は共有されていることが前提です。特定の目的のために貢献することは義務づけられなければなりません。その上で参加の機会を与えることが権限委譲です。
戦略方針が、共有すべき方向性を示し、個人の自由への要求と協調的な調和という相反した2つのものを調整します。
組織に、同じような考えをもったクローン人間があふれていては、未来を創造することはできません。利己的な反逆者であふれた組織も同じです。必要とされているのは、共同体の活動家です。つまり、現状への挑戦をおそれず、共同体というものを深く理解し、自分だけでなく他人も改善しようとする熱意をもった個人です。
マーケティングが重視される現代においては、製品や技術の主導ではなく、顧客主導が強調されます。顧客主導は重要であり、顧客ニーズに基づいていない製品や技術に意味はありませんが、単に既存顧客からの要望を待ち、これに応えるだけであれば、他社に先駆けて未来のチャンスを見つけることはできません。
顧客自身も気づいていないような潜在ニーズを探り出して実現し、顧客を驚かし、感動させることが目標です。
未来をつくり上げていく企業とは、独自の企業力を生かしながら、基本的な顧客ニーズに応える新しいやり方を常に模索している企業です。ですから、技術主導か顧客主導かという二者択一ではありません。顧客の潜在ニーズを満足させるために必要な技術を探し求め、投資し、企業力としてマスターすることが必要になります。
コア・ビジネスへの集中と事業の多角化も、単なる二者択一ではありません。無関連な事業の多角化は望ましくありませんが、コア・コンピタンスに着目することによって両者をつなぐことができます。コア・コンピタンスは、ある事業から得られる洞察力や経験を、他の事業にも展開できるようにする共通語になるからです。コア・コンピタンスを基盤として多角化を進めると、リスクは小さくでき、投資も減り、優れた実践例を事業部感で動かす機会も増えます。