政治 ー ポスト資本主義社会②

過去400年の歴史をもつ「国民国家」は、元々、植民地主義や超国家建設への反応として生まれました。中央集権的な官僚機構、国防、通貨と税の管理、裁判制度などです。

国民国家は、福祉国家となり、ますます巨大化し、本来の主権者であるべき国民の主人となっていきました。巨大国家(メガステイト)の誕生です。

しかし、巨大国家の運営は、軍事的にも、経済的にも、社会的にも、多くの失敗を生みました。

その一方で、グローバル経済は進展し、さまざまな問題もグローバル化しました。その間、地域主義による国家間連携が広がると同時に、国民国家内での部族主義も台頭してきました。

ポスト資本主義社会では、グローバリズム、地域主義、部族主義の3つのベクトルが働く新しい政治体制が生まれつつあります。それでも、政府機関として実質的に機能しているのは国民国家だけです。

したがって、国民国家の政府が、成果をあげる能力を取り戻さなければなりません。政府は、なし得ないことを廃棄し、なすべきことに集中しなければなりません。

ポスト資本主義社会が知識社会であり組織社会であることを考慮し、社会セクターを最大限に活用することが必要です。コミュニティと市民性の復活が、政府の機能を最大限に補完します。

国民国家から巨大国家へ

ポスト資本主義社会は「ポスト主権国家」であり、巨大国家の誕生です。

国民国家の誕生

過去400年の歴史は「国民国家」の歴史であると言われています。しかし、ドラッカーによれば、現実は違いました。

現実に行われようとしたのは、国民国家を超えた政治体制の実現、すなわち、植民地帝国の形成やヨーロッパにおける超国家創設でした。

このような国境を越えた外部からの圧力への反応として、国民国家は生まれました。国民国家が先にあって、植民地帝国や超国家を生んだのではありません。

ヨーロッパにおけるスペインの脅威のなかで、ジャン・ボダンは、『国家論』(1576年)において「国民国家」の概念を生み出しました。その特徴は次のとおりです。

  • 主権者にのみ従う中央集権的官僚機構
  • 軍事力の集中管理
  • 中央政府に任命され責任を負う職業軍人の率いる常備軍
  • 通貨と税と税関の中央支配
  • 地方の有力者ではなく中央任命の専門家による法廷

ドラッカーによると、学問的な研究の中心は国民国家にありましたが、超国家的や植民地帝国の研究は十分に行われませんでした。原因として、超国家や植民地帝国がいかなる機関も生み出すことができなかった点をあげています。

イギリスには、全イギリス領の問題を扱う機関がありましたが、主な対象は本国であり、例外的に危機的な状況が起こった場合のみ本国外を扱いました。人材が本国外から登用されることもありませんでした。

植民地帝国の代表はローマ帝国ですが、ローマ皇帝のなかには、トラヤヌス、ハドリアヌス、ディオクレティアヌスなどの植民地人がいました。ローマ人の血筋でもありませんでした。

しかし、欧米の植民地帝国において、大統領や首相が植民地人であることなど考えられませんでした。

植民地帝国の崩壊後、数多くの国民国家が誕生し、「巨大国家(メガステイト)」に成長していました。

巨大国家(メガステイト)の諸側面

国民国家は、市民社会の擁護者として意図されました。しかし、巨大国家は、市民社会の主人となりました。ちなみに、全体主義国家は、市民社会さえ排除し、政治社会だけが存在しました。

国民国家は、市民の生命、自由、財産を主権者の恣意から守るように意図されました。しかし、巨大国家においては、市民による財産の保有は、税務当局の判断のもとにあります。国家が明示的あるいは暗黙裏に保有を許可するものしか保有することができません。

国民国家の第一の機能は国防であり、特に戦時において市民社会を維持することでした。しかし、巨大国家は、平時においても戦時下にある「冷戦」を生み出しました。

乳母国家

ドラッカーによると、国民国家から巨大国家への移行が始まったのは、19世紀の最後の数十年間であるといいます。

始まりは、1880年代にドイツのビスマルク(1815年~1898年)が発明した福祉国家です。目的は、台頭しつつあった社会主義の潮流と闘い、階級闘争を防ぐことでした。

ここから、政府が「政治的」な機関から「社会的」な機関に変わっていきました。

ドイツの健康保険では、保険加入が義務づけられたものの、保険者の選択は自由であり、保険者のほとんどは非政府系でした。イギリスの失業保険では、国が保険者となりましたが、会計代行機関にすぎませんでした。

民主主義国家における政府の役割は、保障または補助金であり、自ら社会的な仕事を行うことはありませんでした。市民に社会的な行動を強要することもありませんでした。

ところが、1920年代から30年代の共産主義やファシズムでは、政府が社会的な諸機関を所有していきました。

第二次世界大戦後になると、民主主義国家でも政府が管理者になっていきました。始まりは、病院と病院における診療行為でした。

1960年には、先進国において、政府こそがあらゆる社会問題や社会的課題のもっとも適切な実行者であると見なされるようになりました。

逆に、民間機関が社会的な活動を行うことを疑わしく見られるようになりました。民間活動は平等ではなく差別的であるとされたり、反動的であるとされたりしました。

経済の主人としての巨大国家

1870年以降、国民国家は経済的な機関にもなっていきました。まずアメリカで、商業金融、鉄道、電力、電話などの産業を政府が規制し、自ら所有するようになりました。

それは、純粋資本主義と社会主義の間の第三の道でした。資本主義と技術革新によってもたらされた、資本家と労働者の間の階級闘争を緩和することが目的でした。

1929年の大恐慌以前、政府が経済運営や景気のコントロールを行うことなど、ほとんど誰も考えませんでした。市場経済は自律的であることが自明でした。

政府の仕事は、通貨を安定させ、税を低く抑え、節倹と貯蓄を奨励することによって、経済成長と経済繁栄のための「気候」(基盤)を維持することでした。

経済的な「天候」(景気変動)は、その要因が国内だけでなく国外の場合もあることから、国家のコントロールの範囲外と考えられていました。

ところが、大恐慌が起こると、国民国家の政府は、経済的な「天候」をコントロールできるし、そうすべきであるという考え方が、急速に広まりました。

その代表がケインズ(1883年~1946年)でした。少くとも中規模以上の国家では、国民経済は世界経済から隔離されているものとして扱うことができ、政府支出によって完全にその状態が決定されると主張しました。

この考え方は、フリードマン派、サプライ・サイド派、その他のポスト・ケインズ派のいずれにおいても共通であるといいます。

租税国家

2つの世界大戦は、国民国家を租税国家に変えました。

それ以前までは、政府が国民から得られるものは、せいぜい国民所得の5~6%でした。世界大戦に入ると、交戦国は、国民から搾り取れるものには実質上の制限はないことを知りました。

これを明確に理解したのは、シュムペーター(1883年~1950年)です。

政府予算の編成プロセスは、常に可能な歳入の見積もりから始まり、歳出は歳入に見合うものでなければならないと考えられていました。つまり、予算編成は、主として、何について「ノー」と言うかを決定するプロセスでした。

この制約があるために、政府には、経済的な役割も社会的な役割も果たし得ないとされていました。

ところが、歳入に限界がなくなれば、予算編成では何にでも「イエス」と言えるようになり、歳出に応じて歳入と借入を決めることになります。

もはや政府は市民社会の主人です。税と歳出を利用して、社会の所得再分配を行おうとしました。国民は政府に依存するようになります。

国民の所得自体が政府に所属し、個人は政府が許可する分しか保有することができないという見方さえ出てきます。

冷戦国家

巨大国家は、最後に、冷戦国家として現れました。

その源泉は1890年代のドイツの決定に始まります。軍事上の技術革新に対応するため、平時から巨大な海軍による抑止力を建設しておかなければ間に合わないという考え方でした。

一国がこれを始めると、軍拡競争が広がります。

それ以前は、戦争が起こると、平時の生産施設を軍事転用して兵器を生産しました。

ドイツの決定から、戦時経済と平時経済が別のものになりました。国防は「恒久的」な戦時社会と戦時経済を意味するものとなりました。平時が事実上の戦時になる「冷戦国家」です。

軍備管理を実現しようとする動きは起こりましたが、第二次世界大戦後の米ソ冷戦が、それを不可能にしました。

こうして、1960年には、先進国は巨大国家になりました。

例外としての日本

日本は例外で、第二次世界大戦に敗北した後、19世紀型の伝統的な線に沿って政府を運営しました。ただし、国民健康保険制度については、GHQが半ば強制することによって導入されました。

日本は大きな官僚機構をもち、産業界や農業界との協力関係も強いと言えます。しかし、政府が直接に社会的機関になるよりも、後見人の立場を維持しています。

国営産業をもち、経済を直接にコントロールしようとする考えはほとんどないようです。

しかし、ほとんどの先進国は巨大国家になり、発展途上国が後を追いました。

植民地帝国の解体によって誕生した新興国は、直ちに新しい軍事政策を取り、社会をコントロールしようとしました。税制を利用して所得の再分配を行おうとし、経済を管理しようとしました。

ドラッカーによると、民主主義国家と全体主義国家は、政治的な自由、知的な自由、宗教的な自由に関して対極にあります。しかし、政府の理論に関しては、両者は本質的に違わないといいます。

方法論が違うだけであり、政府が社会や経済の主人となる点では、現代の民主主義は全体主義と同じです。

巨大国家の失敗

巨大国家の究極である全体主義国家は、それがナチズムであれ共産主義であれ、失敗したことは明らかです。ソ連においては、軍事的に成功したように見えて、経済的、社会的反動が大きく、耐えきれませんでした。

民主主義国家で成功したかどうかについて、ドラッカーは、ほとんど似たような失敗であったと指摘します。租税における所得の再分配も成功していないといいます。

パレート(1848年~1923年)によると、社会階層間の所得分配は、2つの要因のみによって決定されます。それは、社会の文化と経済の生産性です。

経済の生産性が高ければ所得の平等性は高まり、生産性が低ければ不平等性が高まります。税制がこの法則を変えることはできず、歴史がそれを証明しているといいます。

また、政府が国民総所得の大きな部分をコントロールすれば、経済を管理できるという主張も、誤りであることが証明されているといいます。

現に、このような管理を行っている国では、逆に景気後退の回数や深刻さ、期間の長さが減少していないといいます。好景気時に歳出が巨大化しているため、景気後退時に歳出が増やせないといいます。

ばらまき国家の悲劇

租税国家は、予算編成を歳出からスタートするため、ばらまき国家、すなわち政治家が表を買うための手段になってしまいました。

民主主義国家は、公選された国民の代表が貪欲な政府から選挙民を守ることが前提です。しかし、ばらまき国家は、政府による国民の支配であり、自由社会の基盤を侵食します。

投票率が低下し、国民の政治への関心も低下しています。代わりに、選挙民は、ますます自分にとっての損得を基準に投票するようになっています。

シュムペーターは、1918年に、「租税国家は、結局は政府の統治能力を損なうことになる」と警告しましたが、そのとおりのことが起こっています。

なお、巨大国家は経済的領域で失敗したものの、社会的領域では成功してきた面があります。自ら社会的政策の実行者となる方法ではなく、基準を決め、規制し、支払いを行う方法によってです。

非政府の非営利組織への外部委託も成功しています。教育においても、両親が学校を自由に選択し、選択された学校に州政府が授業料を支払うバウチャー制度が増加しているといいます。

冷戦国家の成功と失敗

冷戦国家は、数多くの小規模の紛争は防げなかったものの、大国間の大規模戦争は回避できました。しかし、経済的には自滅的です。ソ連崩壊の要因にもなりました。

戦時経済と平時経済とが完全に分離したため、優秀な科学者や技術者も、研究開発費の大半も、国防に恒常的に割かれています。

人材の相互交流は事実上なく、軍事上の機密技術を民間に移転することも困難です。生産施設も共用できません。

このような状態で、GDPに占める国防費の割合が大きく増加していくと、インフレ圧力の増大に苦しみ、借款のための信用価値さえ失います。

軍備が拡大した結果、小国が核兵器をもてるようになり、テロ組織にいつ強力な兵器が渡ってもおかしくない状況です。

軍備管理はグローバルに行わなければ意味がありません。しかし、今後も国家間の対立は避けられず、テロのますますの増加も懸念されます。

グローバリズム、地域主義、部族主義

国民国家の限界が見られるようになって、超国家的な機関の必要性が説かれるようになりました。19世紀には多くの国際機関が創設され、多国間条約も締結されるようになりました。

第一次世界大戦後には国際連盟が設立されましたが、機能することはなく、第二次世界大戦後に設立された国際連合も、常任理事国の対立の場になっています。

その後、国民国家は巨大国家になりましたが、1970年代から解体も始まり、地域主義や部族主義が現れてきました。

ポスト資本主義社会では、グローバリズム、地域主義、部族主義の3つのベクトルが働く新しい政治体制が生まれつつあります。それでも、政府機関として実質的に機能しているのは国民国家だけです。

ですから、政府の職務遂行能力を回復させることが重要です。

グローバルな問題とグローバル機関の必要性

事実上、国家の管理を超えてグローバル化しているものも存在します。経済もさることながら、通貨と情報が代表的です。

グローバルな対処が必要な問題も存在します。環境問題、テロ、軍備管理、人権問題などです。

通貨と情報のグローバル性

国民国家の重要な役割として、通貨に対する支配権があります。しかし、現代の通貨は国民国家の管理を超え、グローバルな存在になっています。金利の変動によって僅かに影響を与えようと試みることができるだけです。

グローバル市場で日々取引されている通貨量は、実体経済に必要な通貨量を遥かに超えており、管理したり制限したりすことは事実上不可能になっています。

情報も、通貨と同様、完全にグローバルになっています。情報を支配することは困難です。

グローバルなニーズとしての環境問題

環境問題が代表的なグローバルニーズです。最大の脅威は、人のすべてが依拠している環境の破壊です。熱帯雨林、海洋、水資源、大気です。

特に、環境の保護と、人口が急速に増加する発展途上国の産業需要とのバランスを取る必要があります。

テロの防止

テロ行為の根絶も、グローバルな行動と機関が必要です。核爆弾、化学兵器、バイオ兵器などは、ごく小さな集団が使用することができます。

グローバルな行動には、すでに先例があるといいます。19世紀の奴隷貿易を禁止した条約であり、公海上の海賊行為を犯罪とした条約です。

アメリカ政府は、以前、あらゆる地域におけるテロ行為について管轄権を有する国際刑事裁判所の創設を提案したことがあります。

グローバルな軍備管理

グローバルな軍備管理は、テロの撲滅とも密接に関係します。

ロシアは、世界中のすべての核兵器をグローバルな機関の管理に委ねることを提案したことがあります。

グローバルな行動によって、世界中のあらゆる核兵器を消滅させ、核兵器に関わるあらゆる施設の建設を阻止することにつながるものです。

グローバルな人権の監視と遵守

人権を監視し、遵守させるためのグローバルな機関が必要とされる可能性があります。

現実の問題として、人種、宗教、政治、道徳上の迫害をグローバルな行動によって止めない限り、無数の難民が豊かな国に押し寄せてくるおそれがあります。

地域主義の必要性

地域主義は、欧州共同体(EC)によって本格化し始めました。その後、北米自由貿易協定(NAFTA)も生まれました。現在は、さまざまな国際協定もあります。

地域主義の流れは、ますます高まっていくと考えられます。知識経済とって意味があります。小さな国にとっては、国内では市場が小さすぎる場合があるからです。

特に、ハイテク産業は、高度の保護のもとに育成され得るだけの大きさをもつ経済単位が必要であるといいます。

学習曲線にしたがい、生産量に比例して生産コストは低下するため、ドラッカーが「敵対的貿易」と名づけたように、競争相手を潰してしまうような行動を誘発するからです。

したがって、一国を超えた経済規模によって、十分な競争と挑戦が確保できることが必要です。

同時に、知識経済には、産業を保護する能力も必要です。一国の保護主義や自由貿易ではなく、地域経済ブロックごとの相互主義に基づいて、他の貿易ブロックと貿易を行えることで、自由と保護が両立し得る可能性があります。

相互主義とは、地域内においては自由貿易圏を形成し、外の世界に対しては統一した対応を取ります。広く開かれていながら、保護主義的な性格ももちます。

部族主義への回帰

部族主義は、国民国家の内部において生じ、国家主権を揺るがします。

アメリカの部族主義は、多様性の重視として現れています。元々移民の国であり、以前は、移民をアメリカ化することが重視さましたが、現在は、逆に差別とされ、民族の独自性の保持が重視されます。

部族主義は、ヨーロッパにおいて深刻な問題です。例えば、チェコとスロバキアは分裂しました。同様の独立要求は各地で起こっています。

部族主義は、大国であることが利点ではなくなってしまったために生じた現象であるといいます。

通貨と情報がグローバル化したため、逆に小さな経済単位で存続可能になっています。仮に小さすぎるのであれば、経済地域に参加することによって補うことができます。

現代は、文化と政治における独立と、経済における統合の2つの利点を享受できるようになっています。

ルーツへのニーズ

部族主義への回帰は、ドラッカーによると、グローバル化するなかでのルーツを求める動きです。部族のなかにコミュニティを求めています。部族主義は、グローバリズムの対局ではなく、グローバリズムの核になりつつあります。

ですから、グローバル化が進めば進むほど部族主義的になっていき、次第に、国民国家の基盤を揺るがすことになっていきます。国民国家という概念はなくなり、単なる行性単位としての国家になるかもしれません。

政府の再建

国民国家の政府は、国内問題だけでなく、グローバルな問題との関係、地域間の関係について、新しい思考とイノベーションが必要になります。

国際的には、国民国家を超えた政治機関やグローバルな法が必要とされます。

国内的には多元的な組織社会となり、政府の意思決定能力が、特定の利益集団の圧力や少数派の横暴によって脅かされるようになります。

政府が成果をあげる能力を取り戻すためには、まず、機能していないもの、機能しなかったもの、有益性や貢献能力を失ったものを廃棄することです。

次に、機能するもの、成果を生み出すもの、組織の能力を高めるものに集中することです。現実に成功しているものをさらに行うことです。

最後に、半ば成功し、半ば失敗したものを分析することです。

廃棄が最優先です。廃棄がなされない限り、何ごともなし得ません。すべての資源は、問題に向けられたままです。

事業の廃棄には激しい抵抗が伴うのが常ですから、第三者による公共版の事業監査が必要かもしれません。政府は、やめたくてもやめられないことがあります。既得権益集団からの激しいバッシングを受けてしまうからです。

ですから、外圧を利用して事業を整理することを、実際のところ望んでいる場合もあります。

軍事援助の不毛

廃棄されるべきものの筆頭は、軍事援助です。ことごとく失敗しています。

軍事援助は、軍事バランスを維持するどころか、軍備競争を激化させ、被援助国が援助国に敵対する可能性のほうが大きいといいます。なぜなら、援助されればされるほど、援助に依存していることを恨むようになるからです。また、被援助国において、援助国がその時の政権と同一視されるようになるからです。その結果、そ政権が放逐されれば、後継の政権は、援助国に背を向けざるを得ないからです。

現に、軍事援助は軍事的独裁者を生み出し、軍事援助を利用して国際的なテロリストになることさえあります。

経済政策において廃棄すべきもの

経済政策としては、発展途上国に対する経済援助が問題です。実質的な発展につながったものはほとんどありません。

まず、政府は、経済の短期的変動を管理することはできないことを受け入れなければなりません。政府が取り組むべきは、大不況を回避する力を取り戻すことです。

ただし、個人消費の拡大を狙う政府支出によってそれを行うことはできません。そのような政府支出は貯蓄に回るだけだからです。

不況期における長期の構造変化に対処するための唯一の効果的な方策は、インフラへの投資です。長期好況の後には、必ず、道路、橋、港湾、公共建築物、公共の土地などのインフラが荒れているからです。

しかし、不況時にそのような投資を賄うには、好況の時に、予算を均衡させておかなければなりません。そうしておいて初めて、政府は、必要なときに、借入による財源の確保ができるようになります。

財政赤字は、最後に頼るべき武器として用意しておく必要があります。財政赤字は、経済的な富を生む能力の増大を賄うためにのみ用いられるべきです。

租税国家の理論の廃棄も必要です。税制は、社会政策ではなく、経済政策として用いられるべきです。不法行為に対する懲罰的な意味で税制を用いる考えもありますが、あくまで付加的な問題です。

知識経済においては、土地・労働・資本という伝統的な生産要素が競争力を左右しなくなり、世界経済における経済の主役は投資になりました。資本コストを低く抑えることが国際競争力の源泉になります。

したがって、たとえインフレ対策であっても、高金利政策や高資本コスト政策を取るべきではなく、財政赤字削減によって行うべきです。

集中すべきもの

経済政策において重視すべきは、短期的な景気対策ではなく、経済が成長できるような環境をつくり出すことです。経済が病気や怪我への抵抗力をつけ、迅速な適応と変化の能力をもち、競争力を維持できるようにすることです。

ドラッカーは、適切な経済環境をつくることと、税を低く抑えることとは、同義でないといいます。

低税率が経済の健全性と成長を保証するというサプライ・サイド派の主張は実証されていません。逆に、高税率は必然的に経済の停滞を招くという主張は、完全に誤りであることが実証されています。

重要なのは、税負担の帰着です。税をどこに使うかです。財政政策の正しい目的は、知識と人材、企業の生産設備、インフラに対する投資の奨励です。これこそ、日本を初めとするアジアの経済的成功の秘訣でした。

乳母国家を超えて

政府は、社会サービスおける実行者として成果をあげることができませんでした。しかし、非政府系の独立したコミュニティ組織による社会サービスは、大きな成果をあげています。

したがって、ポスト資本主義社会における社会と政治には、新たな社会セクターが必要です。社会のニーズを満たし、意義ある市民性とコミュニティを回復するために必要です。

社会セクターによる市民性の回復

社会的なニーズが、2つの分野で高まるといいます。

一つは、救済サービスの分野です。貧しい人、障害のある人、寄る辺なき人、害を受けた人を助けることです。

歴史の転換期には、取り残され、救済を必要とする人の数が増大するといいます。ポスト資本主義社会では、知識労働への移行に取り残された人が発生します。

社会と人間が、労働力構造の急激な変化、必要とされる技能や知識の急激な変化に追いつくには、一世代ないし二世代を要するといいます。

もう一つは、コミュニティと人間の変革を目指す社会サービスの分野です。こちらのニーズのほうが大きいといいます。

その背景にあるものは、次のようなものです。

  • あらゆる先進国において高齢者が急増し、その多くは一人で暮らすことを望んでいること
  • 保健に関する研究や教育、治療や入院のための施設が求められ、保健と医療が複雑化していくこと
  • 成人に対する継続的な教育が、ますます必要となっていくこと
  • 片親の家庭が増加すること

外部委託の必要性

社会サービスの領域では、政府は実行者や管理者となるのではなく、政策形成者に徹すべきです。外部委託、外部調達、解体分離へと進むべきです。政府機関としてはリストラを行い、社会セクターを活用すべきです。

社会サービスの外部委託には、先にも述べたとおり、サービス労働とサービス労働者の生産性の向上ニーズにも対応できます。政府機関は官僚主義になり、生産性よりも規則や規制が優先されるため、生産性の向上は不可能です。

さらに、独立した非営利組織がなし得る最大の貢献は、新たな意義ある市民性の回復の核になることです。巨大国家が市民性を圧殺しつつあるからです。

愛国心だけでは不十分

市民性とは、国のために進んで貢献しようとする意志です。国のために生きる意志です。ポスト資本主義社会では、この市民性の回復が、枢要なニーズになります。

巨大国家においては、政治的な市民性は機能しません。一般の人間が影響を与えることができないほどに複雑で、大きすぎるからです。せいぜい、投票し、納税できるだけです。

しかし、市民性がなければ、国民を統合できるだけの責任あるコミットメントは得られません。世の中をよくすることから生まれる満足や誇りもありません。

国民を結びつけるものは権力だけであり、人間同士の絆は生まれません。そのような国家は空虚です。国家のための人間であり、人間のための国家ではありません。

市民性は、能動的なコミットメントです。責任を進んで引き受けることを意味します。コミュニティ、社会、国に自主的に働きかけ、何らかの変化を起こすことを意味します。

コミュニティの必要性

コミュニティの回復も必要です。知識が人間に移動性を与えたため、伝統的なコミュニティは十分機能しなくなり、人は孤独になっています。

家族はますます重要ですが、それは必需の絆としてではありません。自由な絆、情愛の絆、愛着の絆、敬愛の絆として重要です。

しかし、家族だけでは、コミュニティとして不十分です。かつての田舎のように、同じ利害や関心や職業をもつ同じような教育程度の人たち、つまり同じ世界に住む近所の人たちに頼ることもできなくなっています。

場所的にも職業的にも人口の流動性が増大したため、多くの人たちが、生まれた場所や級や文化、あるいは親や兄弟や徒弟が暮らす所には留まらなくなったことを意味します。

ポスト資本主義社会におけるコミュニティは、知識によって与えられた自由な移動性に基づいて必需となったものです。

生まれながらに所属するような押しつけられたコミュニティであってはなりません。孤独だからと強制されるものであってはなりません。

自由な意志によって参加でき、心から参加したいと思えるものでなければなりません。

職場コミュニティの消滅

ドラッカーは、『現代の経営』において、職場コミュニティの実現を説きました。しかしながら、知識労働者については、長続きしそうにないといいます。

会社のなかで責任と自己規律が求められることから、帰属すべき場所としての職場コミュニティは必要です。

しかし、会社はあくまで働く場所であり、役割が求められている場所ですから、そのような役割を超えて人間関係の絆で結ばれるようなコミュニティにはなり得ません。

市民としてのボランティア

このようなコミュニティとなり得るのが、社会セクターです。そこでは、個人が帰属し、責任をもちます。生計のためでなく、純粋に世の中をよくするためにボランティアとして参加できます。

アメリカにおいて、ボランティアは、補助者でなくパートナーです。ボランティアが組織を運営するようになっています。

これはアメリカにおいて現実になっていますが、他の先進国ではまだ不十分です。福祉国家の力によって、社会セクターに移管すべき役割を政府が未だ担っているからです。

ドラッカーによると、アメリカにおいてボランティア活動が活発になったのは、社会サービスの必要性が増したからというよりも、ボランティアとなる人たちの側がコミュニティや参加や貢献を求めたからです。

ボランティアの多くは、退職者ではなく、現役で職業をもった人たちです。本業をもちながら、世の中を変えることのできるところで何かをしたいという欲求をもっています。

ですから、非営利組織は、サービスの受け手に何を提供できるかよりも、ボランティアに何をすることができるかのほうが、はるかに重要な意味をもつ可能性があります。

しかし、社会セクターにおける市民性や、社会セクターを通じての市民性は、ポスト資本主義社会における社会や政治の抱える病気にとって万能薬ではなく、病気に立ち向かうための前提条件であるといいます。

それは、市民性の徴である市民の責任を回復し、コミュニティの徴である市民の誇りを回復するものです。

市民性は能動的なコミットメントであり、責任です。コミュニティ、社会、国に働きかけ、何らかの変化を起こすことです。ですから、本人の意志がもっとも重要です。

社会セクターによる市民性の回復は、かつての共産主義諸国においてこそ必要です。なぜなら、コミュニティと市民性が完全に損なわれてしまったからです。

共産党の後を継いだ政府は、最低限の機能を遂行できるようになるまででさえ、かなりの年月を要します。

それまでは、地域に根ざした独立の非営利組織のみが社会的なサービスの場となります。さらには、国家が必要とするリーダーシップの育成の場ともなり得ます。

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