知識の時代 ー 断絶の時代④

経済の大半は、今や情報と頭脳が占めるようになってきました。財の経済から知識経済へと移行しつつあります。知識への投資が中心的な支出項目となり、知識の生産性が、経済の生産性、競争力、経済発展の鍵となっています。

知識産業は一般的に第三次産業として位置づけられているかもしれませんが、第一次産業や第二次産業においても、知識の役割は大きくなっています。

知識が主要な生産要素であると考えれば、知識産業自体が本質的な第一次産業(知識を生み出す産業)であると言ってよいかもしれません。

生産要素としての知識は、科学技術的な知識に限りません。あらゆる学問的知識が、社会に対して何かを生み出すために活用されています。さらに、さまざまな情報を体系的に取得し、適用していくことが、仕事の基盤となり、生産性の基盤となっています。

知識は、国際競争力の主たる要因ともなっています。15歳以上人口は、生産年齢人口として重要ですが、15歳以上人口の進学率が今や経済力や国際競争力と密接に関係していると言われています。

従来の熟練工に当たる仕事のほどんどは、高等教育によって得られる知識を基盤にしています。例えば、設備やツールの多くにはコンピュータが導入されており、経験による技能だけで使えるものではなく、体系的な知識の学習が求められます。

知識が国際競争力の要因であることは、途上国において一層重要ですが、教育ある人たちが、途上国から先進国へ出て行くという頭脳流出の問題も生じています。

今日、経済においては知識が真の資本となり、富を生み出す中心的な資源となっています。さらに、知識労働者が社会の中心的存在になっています。

そのため、知識を教育する学校に対し、成果と責任が厳しく問われます。翻って、教育ある人間とは何かについて徹底的に見直す必要があります。次の記事を参照してください。

マネジメントの成功により、労働力の重心が未熟練工業労働者から知識労働者に移動した結果、マネジメントの役割の意味が変化しています。次の記事を参照してください。

知識経済の特徴

知識経済では、知識があらゆる経済活動の基盤となることを意味します。知識がもっとも重要な生産要素であり、他の生産要素は、知識を適用することによってこそ生産的になります。

今日の主要な資本家は、個人の大富豪ではなく、年金基金であり、その所有者である従業員です。そして、従業員の主流が知識労働者です。

マルクスが「資本は移動性をもつ」と言ったとおり、資本はもっとも効果が高いところへ移動します。 知識を有する知識労働者こそ、真の意味での資本家です。

知識が労働を減らすことはありません。単純労働の時間は減少しますが、知識労働者の労働時間はますます増加しています。

技能と知識

物がなくならない以上、技能がなくなることもありません。重要なのは物自体ではなく、そこに体化される知識であり、技能の方もますます知識による裏づけが必要になります。

技能が熟練するスピードは、知識を基盤にすることによって、経験のみによる場合に比べて格段に速くなっていますが、知識は変化し、かつ専門・高度化するため、学び直しなどの継続学習が欠かせません。教育の重要度はますます高まります。

学習においてより重要なのは、「何を学ぶか」よりも「いかに学ぶか」、つまり「学ぶ方法を学ぶ」ことです。さらに、「学んだことをいかに使うかを学ぶ」ことも重要です。

情報と知識

「知識」は、本を読み、人から教えられる段階では「情報」にしか過ぎません。「情報」は、何かを行うために使えてはじめて「知識」となります。

人が行うときに使われる状態にあるものが「知識」であり、人に体化されているものです。ドラッカーは、「知識とは、電気や通過に似て、機能するときに初めて存在するという、一種のエネルギーである」と言っています。

知識の道具への適用

仕事に対して知識を体系的に適応した例として、ジョセフ・ウィットワースを初めとする工具製作者の功績があります。優れた工具が正確で簡単で速い仕事を可能にしました。

近代産業、近代技術を生んだ偉大な発明であり、本当の意味での産業革命の始まりでした。

知識の農業への適用

アメリカの連邦助成大学ランドグラント・カレッジが、農業を体系化し、農民を農業技術者に変えました。

同カレッジとシアーズ・ローバックのジュリアス・ローゼンウォルトによって開始された農業近代化普及事業が、農業の生産性を大きく高めました。

農業は、機械化された資本集約的科学産業へと変化し、優れたマネジメント手法も加わって、余剰農産物を生産できるまでになりました。

知識の肉体労働への適用

テイラーは、肉体労働そのものに知識を体系的に適用する方法、すなわち科学的管理法を生み出しました。仕事のやり方そのものに知識を適用し、仕事の分解・改良・再構成によって生産性を著しく向上させたのです。

激しく長く働くことではなく、賢く働くことで、生産性が向上することを示しました。

科学的管理法は世界中に広がり、ドラッカーによると、肉体労働者の生産性を100倍にしたと言います。

科学的管理法は、資本主義と社会主義の対立を解消するだけでなく、両者の間違いをも明らかにし、第三の道を切り拓きました。

経済のパイは、より多くの資金を投入することによってではなく、より多くの労働量を投入することによってでもなく、知識の適用によって大きくできることを示したからです。

知識こそがもっとも重要な生産要素であることを示したのです。

知識による職業選択の自由化

知識は、産業や仕事そのものを変えただけでなく、働く人の人生をも変えました。

職業を選ぶ余地がほとんどなかった社会を、職業を自ら選べる社会に変えたからです。教育の機会の平等化により、知識を使う仕事が大半を占めるようになったからです。熟練労働でさえ、知識の適用によって修得期間が短縮されたからです。

知識労働者は、自らの知識が移動の自由を与えてくれるので、雇用主に依存しません。あらゆる機関が、知識労働者の専門能力を必要とし、知識労働者の知識は、現にあらゆるところで使えます。

脱ビジネス社会

ビジネスの成功によって、あらゆる社会的機関(政府、軍、病院、博物館、ボーイスカウト、教会など)が、マネジメントを意識するようになっています。

これらの社会的機関は、マネジメントを、ビジネスとはおよそかけ離れた自らの目的を達成するための道具として見ています。

ビジネスの世界でも、ビジネスの価値観が、革新と献身の全対象ではなくなっています。働く者の主流となってきた知識労働者は、専門家としての価値観をより重視するため、両者の価値観のバランスという新たな問題が生じます。

先進国では、ビジネスが成功した結果、経済活動と関係のない欲求が充足されるようになりました。ビジネスは、社会の富の生産能力を爆発的に伸ばしましたが、その伸びのうち、物質的・経済的な富の再生産に向けられた部分は、3分の1にも満たないといいます。

別の3分の1は、賃金を上昇させつつ労働時間を短縮するという形で、余暇時間の創造に充てられました。残りの3分の1は、医療と教育に回されています。

過去において、余暇や医療や教育が、経済的な満足と考えられたことはありません。経済的な欲求の満足は、目的ではなく手段にすぎなくなりつつあります。ビジネスが生活そのものではなく、道具にすぎない社会です。

第三セクターの成長

第三セクター(非政府の非営利機関)は、価値観に関わるアメリカのカウンターカルチャー(傍流文化)です。

第三セクターは、主として会費や寄付で賄われる独立した機関であり、多くがボランティアによって運営されています。あらゆる分野にみられ、それぞれが独自の社会的機能を果たしています。政府部門や企業部門からも、それらの部門の価値観や文化からも独立した異質の世界です。

『新しい現実』が出版された1989年時点で、アメリカの成人の半数(9000万人)が、別に有給の仕事をしながら、第三セクターのボランティアで働いていると推定されています。

アメリカがヨーロッパよりも税金が安くなっている主な原因も、この第三セクターの活動によるといいます。

第三セクターは、それぞれが別々の機関と考えられていましたが、最近では、目的が違っても同じ機能を果たしていることが理解されるようになりました。それは「人間を変える」という機能です。

第三セクターは、1980年代のアメリカ社会における最大の成長産業です。規模だけでなく、効率においても大きく成長しました。アメリカにおける特有の現象です。

寄付金が増えたのではなく、マネジメントの力による生産性の向上です。変化を機会に変えること、体系的廃棄、マーケティング、役員会の効率化、目標管理、教育訓練、成果と責任に焦点を合わせることなどです。

成功している第三セクターでは、「ボランティア」という呼び名ではなく「無給スタッフ」が相応しいと言えます。従来、有給のプロ・スタッフが行っていた仕事の多くが、無給のスタッフによって行われるようになっています。

アメリカの第三セクターは、地域社会の新しい絆となり、後に述べる知識労働者と肉体労働者の間で広がりつつあるギャップの橋の役割を果たしています。しかも、人びとが市民としての役割を果たす場をつくり出しています。

今日、政府はあまりに大きく複雑であって、政府の活動に一市民が直接参画することは不可能です。一市民として、社会に影響を与え、社会的責任を果たし、自ら意思決定を行うという、個人として意義あることを行うことのできる場を与えてくれるのが、第三セクターです。

企業の経営管理者は、第三セクターにおいて責任ある地位につくことが求められています。

知識社会は、社会的な移動性があまりに高いために、根無し草になるおそれがあります。農村や小さな町の社会的な絆もなくなってきています。そして、知識労働者の視野は狭いです。

したがって、知識社会には、自由な選択のもとに形づくられ、しかも人と人との絆となる地域社会が不可欠です。個人が積極的に社会に参加し、奉仕を通じて主体的に役割を果たし、それに責任をもつことのできる場が必要です。

知識労働の特徴

知識労働が登場した背景

知識社会、知識経済への移行は、通常、仕事が複雑化し、高度化したことが原因であると考えられます。ところが、ドラッカーの答えは違います。根本的な原因は、労働寿命が長くなったことです。

労働寿命が延びた結果、学校教育が長くなりました。経済的な余力が生まれ、また、教育投資の効果も期待できるため、教育にお金を使うようになったのです。

これによって就職時の学歴が上がり、高学歴に相応しい仕事を期待するようになった結果、組織の側が知識労働を生み出さなければならなくなり、仕事の性格が変わることになりました。

一人ひとりが長く働けるようになった結果、労働力も増大しました。先進国では被扶養者人口の割合が減少したことと相まって、国全体の生産性を向上させました。乳幼児死亡率の激減により出生数も少なくなり、女性が働くようにもなって、被扶養者数は一層減少しました。

途上国では、労働寿命が延びて労働力人口一人当たりの生産高が増加したとしても、人口爆発によって子どもの数が急激に増加したため、全人口一人当たりの生活水準は上がりませんでした。

労働寿命が延びたのは、医学の進歩によるものと考えられがちですが、ドラッカーは、むしろ農業人口の急激な減少が原因の一つであると言います。農業は肉体への負担が大きく、事故も多かったため、労働寿命を短くしていました。

機械化による影響も大きかったと言います。労働の負担や危険度が小さくなったからです。つまり、科学的農業と科学的管理法のおかげです。

知識労働者の特徴

昔の知識労働者とは、個人として働く専門職業従事者でした。今では、知識労働者の働く場所は組織です。教育によって学ぶ知識は専門分化しているため、組織に所属して他の専門知識を有する者たちとチームで仕事をすることが必要です。

知識労働者は、指揮命令や監視によって働くのではなく、自らの知識を適用し、自らの判断力を使い、リーダーシップを発揮することによって仕事をします。

彼らの仕事の多くは、他の知識労働者のインプットとして利用されますので、多くの場合、上司である経営管理者が、多くの知識労働者の仕事を計画し、組織し、統合し、評価することによって、組織全体の成果につながります。

知識労働者は、集合体として年金基金や投資信託を通じて資本を所有しているだけでなく、もっとも重要な資本である知識を所有しているという意味で、真の資本家であると言えます。

しかし、ほとんどの場合、組織に所属することによってしか生産的な仕事をすることができませんから、組織の報酬と付随する年金や健康保険に依存せざるを得ません。

ところが、知識労働者は、高等教育を受けた専門職であるという自負があり、組織の一スタッフでしか働くことができないという現実との格差があります。ですから、知識労働者のマネジメントは、組織にとって最大の問題です。

知識労働者の生産性を高めつつ、仕事の満足感を与え、成果をあげさせ、位置づけを与えることができなければなりません。挑戦のしがいがあり、成果をあげられる大きな仕事を与えなければなりません。

それ以上に、知識労働者の社会における位置と役割こそが、政治的にも社会的にも中心的な問題になります。

情報化組織

あらゆる機関は知識を中心とする組織になり、知識労働者という専門家集団を中心に構成されるようになります。

知識労働者は、軍を模範とする指揮命令系統にはなじみません。同僚や顧客との意識的な情報の交換を中心に、自分たちの仕事の方向づけと、位置づけを行うようになります。

これが情報化組織です。

情報化組織そのものは、高度のデータ処理技術を必要不可欠とはしません。しかし、高度の情報技術のもとでは、膨大なデータを扱うようになるため、分析と判断にまで踏み込んで、本当に意味ある情報に取り組まなければならなくなります。

分析は単なる意見です。判断においては、いくつかの代替案の作成とウェイトづけまで進み、いくつかの戦略的前提条件の起こり得る確率を考慮に入れた真の意思決定が求められます。

戦略の存在が不可欠となり、意思決定そのものが戦略とその前提の見直しを迫ることになります。

高度のデータ処理技術によって、組織の構造にも影響が出てきます。情報化以前の伝統的な組織では、経営管理者の主たる機能は情報の中継点にしかすぎなかったため、経営管理者とその階層を大幅に減らすことが可能になります。

ドラッカーは、「データ」に意味と目的を付加したものを「情報」と定義し、データを情報に転換するために「知識」が不可欠であるとします。

目的をもってデータを収集し統合する、そこに意味を見出す、このような処理をすることで「情報」を得ることができます。その処理の過程が知識の適用になります。

個々の知識労働者が有する知識は専門的ですから、同じデータを扱っても、適用する専門知識の違いによって、収集・統合する目的と意味づけは異なってきます。だからこそ価値があります。情報化組織に多くの専門家が必要な理由もそこにあります。

大量のデータに直接接する現場でこそ、多くの専門家が必要になります。

情報化組織では、仕事の進め方が大きく変わります。伝統的な機能別部門は、仕事そのものを行うというよりも、その機能に属する専門家の仕事の基準を設定し、専門家を訓練し、人事を行う役割になります。実際の仕事は、問題ごとに必要な専門家が招集されたチームによって行われます。

情報化組織の条件

情報化組織では、情報交換を中心に仕事が進められ、それぞれ独自の専門知識の適用によって、特定の目的のもとに意味ある情報をつくり出し、伝達し、分析と判断を行う必要があります。

したがって、そこに働く一人ひとりの自己規律が不可欠です。互いの関係と意思の疎通に関して、一人ひとりの責任の自覚が必要です。

専門家の集団が自律的に行動し、仕事を統合するためには、組織に共通の目的が必要です。仕事のやり方については専門家の自律した仕事に委ね、共通の目的に向けて努力を集中してもらう必要があります。

つまり、情報化組織では、共通の目的に向けた各専門家への期待によって組織化されることになります。そのような期待は、通常、目標という形で表現されます。

知識労働者が目標の達成に向けて自律的に行動できるためには、結果を体系的にフィードバックし、目標(期待)と比較評価できる仕組みがあらかじめ組み込まれていることも必要です。

そうであってこそ、知識労働者が自律的に仕事を調整・改善でき、情報に関して責任をもつことができます。

「自分の情報を必要としているのは誰か。それはどのような情報か。逆に、自分は誰にどのような情報を必要としているか。」を各人が問い、互いに知らせることが、情報化組織が機能する前提となります。

情報の中身に責任を負うのは、情報システム部門の仕事ではなく、知識労働者の仕事です。情報システム部門は、データを処理するための道具を担当しているだけです。自ら仕立てるべき情報やそれに必要な情報の内容は、各専門分野を担当する知識労働者しか分かりません。

知識労働者が、自らの専門知識を適用して、分析し、判断する情報責任が重要になります。

情報化組織の問題

情報化組織では、次のようなマネジメント上の重要な課題が発生します。

  • 専門家に対する有形無形の報奨システムをつくること、および専門家としての経歴上の機会をつくること
  • 組織の中に共通のビジョンをつくること
  • タスクフォースのための経営管理システムをつくること
  • トップの座につくべき人たちを養成し、準備させ、かつ彼らをテストすること

専門家にとっての昇進の道は元々限定されていました。中間管理職のポストは減少していきますから、経営管理者への転身による昇進も例外的なものになっていきます。

専門家に対し、共通のビジョン、全体像をもたせることも重要です。情報化組織が機能するためには、組織の中の大勢の専門家、特に地位の高い専門家のすべてが、組織の全体像を把握し、焦点をあてていることが必要不可欠だからです。

しかし、同時に、専門家としての誇りと意識を評価し、さらには強化することも必要不可欠です。

専門家に全体像を与える一つの方法は、タスクフォースにおける共同作業の編成です。

しかし、タスクフォースを多用すると、組織全体の経営管理構造の問題が出てきます。組織全体の経営管理者とタスクフォースのリーダーとの関係、タスクフォースのリーダーの位置づけ(役割のみか、永続的なポストか)などです。一律な答えはありません。

トップマネジメントの確保

情報化組織では、ミドルマネジメントのポストが大幅に減少するため、トップマネジメントの予備軍として準備し、テストされる人材が少なくなります。

人材を育成・確保する一つの方法は、ドイツのように、分権化した部門を独立した企業として扱い、それぞれにトップを配して自治権を与えることです。

ほぼ完全に独立した子会社のトップの地位がなければ、グループ全体のトップとなり得る将来性のある専門家の人たちを訓練し、テストすることは、ほとんど不可能です。この場合の子会社は、野球のファームに相当します。

小さな企業からトップを引き抜いて大企業のトップに据えるという方法もあり得ます。このような方法は、トップの役割を、業種等に左右されない独立した機能として認めることを意味します。

現に、業種を横断して、トップを渡り歩くような人たちも出現しつつあります。

仕事の変化

知識労働者の問題

知識労働には、肉体労働と異なる定義、評価測定の方法、マネジメントの方法が必要です。

動機づけ

知識労働者は特定の組織に縛られません。大切にするのは「プロの仕事かどうか」です。自分の専門分野に真剣に取り組み、優れた仕事をしたいと考えています。

もちろん、知識労働者は、自分の専門的能力を機関の目的や必要や条件に合わせなければならないことを知っています。機関の価値観も受け入れます。しかし、それらは二義的であり、トップの仕事とみなしています。

知識労働者は上司をもち、部下をもちますが、専門家でもあります。その専門分野については上司よりも詳しく、それを自覚しており、その意味で、雇用主よりも優位に立っています。

ですから、知識労働者は単なる従属者ではなく、同僚であり、仲間として扱われなければ不満を感じます。

知識労働者にとっては、専門知識の世界が中心であり、組織が第一ではありません。雇用主が会社であることも重要ではありません。ビジネスは場所であって仕事そのものではありません。

知識労働者の動機づけは外部から与えられるものではなく、知識労働者自身から生まれるものでなければなりません。報酬は動機づけとして不十分です。少ない報酬は不満足の要因となりますが、報酬が十分であることは当然のことであると受け止められるからです。

このため、ハーズバーグは、報酬を「衛生要因」(=不満足要因)に分類しました。

肉体労働者にとって、仕事とは生計であって、仕事そのものによって満足させるという発想はそもそもありませんでした。

知識労働者は、知識人であり専門家であるという自負があるため、生計の資であるだけでは満足できません。専門家は成果をあげることによって満足します。

ですから、挑戦の機会を与えられ、自らの貢献が意識できることが動機づけになります。

マネジメント

知識労働者のマネジメントは、上司が必要な仕事を与えることによって行うことはできません。組織の目的に対応して、自らの有する専門知識を用いて、自らの仕事をマネジメントしなければなりません。

したがって、権限によって統治される組織ではなく、成果によって統合される組織でなければなりません。

だからといって上司が不要なわけではありません。組織としての最終の意思決定権と責任の所在が明らかであることが必要だからです。組織には共通目的があり、すべての知識労働者の仕事がその目的に統合されるための規律も必要です。

上司と部下は、地位の違いというより仕事の違いです。上司の権限(意思決定権)は仕事であって地位に基づく特権ではありません。

チームによる仕事

知識労働は特定の専門知識によって仕事をしますから、異なる知識を有する者たちのチームとして組織されます。

チーム内にはリーダーはいますが、上下関係ではありません。仕事の論理が、仕事の中身、担当する者、期間を決めます。権限は、担当する仕事にしたがって明確に付与されます。

チームの仕事では、組織の要求にしたがって期待成果が明らかにされ、状況に応じてなすべき仕事は弾力的に組み替えることが求められます。

知識労働者は、担当専門知識においてチームの誰よりも卓越した者でなければなりません。ですから、知識労働者は一流を目指し、組織は知識労働者に一流の仕事を要求しなければなりません。知識労働のマネジメントにおいては、この点が重要です。

第二の人生

労働寿命が延びた結果、教育期間も長くなり、多くの知識労働者が誕生したわけですが、知識労働者にとって、長い労働寿命は、飽きという問題も引き起こします。 会社で30年働いても、肉体的・精神的に老いませんから、一つの会社で満足を続けることは難しくなっています。

これには、昇進が頭打ちになり、努力しても経営陣の仲間入りをすることはできない状態になってしまうことも影響しています。

このため、知識労働者には、第二の人生を始められるようにすることが必要です。定年年齢では遅すぎます。飽きた状態で仕事をし続けることは、組織にとっても本人にとっても損失だからです。仕事に飽きることは能力の低下とは違いますから、仕事を変えることで再び成長することが可能です。

知識労働者は、早期退職制度によって退職することができます。職種は変えずに会社を変えるかもしれませんし、非営利機関で同じ職種の無給ボランティアをするかもしれません。職種もまったく変えてしまうかもしれません。

いずれにしても、プロとしての仕事を通して、貢献することができるものです。

肉体労働者の問題

知識労働者が主流になるにしたがい、肉体労働者が消えていくことに関わる問題が生じます。肉体労働者は社会の傍流的存在としての「労働者階級」となり、アメリカ社会ではカウンターカルチャー(傍流文化)になっています。

肉体労働者にとっての問題は、社会的な地位の低下です。ドラッカーは「人間としての尊厳」の問題ととらえています。仕事そのものはなくなりませんが、社会的な地位や評価が下がっていくからです。

ですから、階級対立を生み出す危険を孕んでいます。

ドラッカーは、肉体労働に可能な限り知識を適用することによって、誇りをもてる生産的な仕事にすることが必要であるといいます。その仕事を続けることによって昇進の機会も確保されるようになると、なお望ましいといいます。

肉体労働者は、未熟練労働者と熟練労働者に分けられます。

未熟練労働者の問題

未熟練労働者の問題は、機械化やオートメーションと関わりがあります。

1970年以降、生産プロセスが分析の対象となり、情報を中心にシステムを構築するオートメーション化が進みました。その結果、肉体労働者は減少しましたが、製造の重心は知識労働者に移り、肉体労働者の減少をはるかに上回る知識労働者の増加をもたらしました。

オートメーションは、未熟練労働者を社会的に無力で小さな存在にするという意味で、問題になります。

仕事への知識の適用によって最初に大きな恩恵を受けたのは、未熟練労働者でした。科学的管理法によって、彼らの仕事は著しく生産性が向上し、収入が増加し、社会的な地位も高まりました。

ただ、知識の適用は仕事に対して行われたのであり、彼ら自身が日々の仕事で知識を適用できるようになったわけではありませんでした。

仕事に知識を適用することによる理想形は、機械化することです。機械化できずに残った仕事が未熟練労働者に割り当てられています。機械化は経済原理であり、この流れを止めたり、逆行させることは不可能です。

未熟練労働者は、変化に対応しなければなりません。未熟練労働を続ける限り、再訓練、再就職が常に必要であることを受け入れなければなりません。

望むべくは、知識労働者になっていくことであり、そのためには、政府、雇用主、労組の連携が必要です。率先すべきは雇用主です。自らの組織でいつ余剰雇用が発生するかは、雇用主がいちばん早く予測できるからです。早めの準備が可能です。

熟練労働者の問題

ドラッカーは、熟練労働がなくなることはなく、さらに重要になると言います。ただし、熟練とは経験によるものでなく、知識によるものです。学校教育が延長され、徒弟制度が成立しなくなりつつあるからです。

技能そのものが知識によって変化しました。

以前は、限られた者が経験によって時間をかけて習熟すべきものであり、習熟すればずっと使い続けられるものでした。仕事の中身や方法が定まっていたからです。

知識は本質的に革新的です。特定の技能に限定されません。知識は知識と結合し、新たな知識を次々と生み出し、以前の知識はどんどん陳腐化します。

その結果、知識によって技能は変化し、知識の習得と訓練を組み合わせたプログラムによって、技能の習得期間は短くなります。従来の技能に固執すれば、生き残っていくことができません。技能も継続学習が必要であり、幅広い技能の習得が望まれます。

これからの雇用の安定は、職場を変えなくてもすむようになることではなく、学ぶ能力をもち、職場を変えられるだけの知識をもてるようになることです。

関係者が協力して、社会全体として雇用の安定を維持するための継続学習と迅速な労働移動の仕組みをつくることが必要です。

アメリカの人種問題

肉体労働者の問題は、アメリカにおいては人種問題とも関わります。

未熟練労働者の経済的、社会的地位の改善は、黒人労働者にもっとも大きな恩恵を与えました。よって、未熟練労働者の地位の低下は、黒人労働者にもっとも大きな影響を与えることになります。

白人と黒人の対立だけでなく、黒人の熟練労働者と黒人の未熟練労働者の対立も問題です。

必要な対策は、黒人のために肉体労働を提供するのではなく、黒人が知識労働者になることを促進することです。真の平等は、支配的になりつつある知識社会において実現されなければ意味がないからです。

黒人のために縮小しつつある肉体労働を提供することは、むしろ、人種の分断を助長し、人種差別を悪化させるでしょう。

まずは、小学校レベルからの教育の機会を万全にすることです。ドラッカーは、知識労働の指導的立場にいる者たちが、解決策の実現に向けて資金を投じ、促進し、支援し、率先して行動する必要があると言います。

指導層の白人が率先することによって、人種差別は真に解消に向かいます。指導層の仲間入りをした黒人の支援は、知識労働者を目指す黒人の希望になり、力づけます。

労働組合の問題

労働組合は、工業労働者とともに成長し、1920年に至って社会的地位を確立しました。第二次世界大戦が終わる頃には、先進国社会における支配的な機関になりました。

しかし、今日、労働組合は世界中で分裂し、混乱し、凋落の一途をたどっています。

原因の一つは、労働組合がすでにほとんどの使命を達成してしまったことです。要求してきたことはほとんど法制化され、これ以上「より多く」を要求することは困難です。労働組合幹部の質や世間の評価の低下もあります。

しかし、最大の原因は、労働力の重心が知識労働者に移行したことです。

ドラッカーは、グローバル経済と知識労働者の出現を機会とするような道を選択しない限り、労働組合が生き延びていく道はないと言います。

その方法の一つは、日本の労働組合が果たしている道であり、労働組合の機能を見直すことです。働く者の能力を高め、発揮させ、何ごとかを達成させることに関心をもつ存在になることです。

生産性、品質、その他競争力の維持強化に役立ち、組合員の雇用と収入の確保に資することすべてについて、経営管理者とともに働くことです。

知識の変化

知識が社会の中心に座り、社会の基盤になったことは、知識そのものの性格、意味、構造を大きく変えます。

手段としての知識

学問分野はどんどん専門分化してきましたが、今では境界が無意味になってきました。部分や要素に重きを置く世界観から、総体とパターンに重きを置く形態的な世界観に移行しています。知識は、それ自体を学ぶだけでなく、その適用が中心になっているからです。

ドラッカーによると、19世紀までは、知識と行動は互いに無関係で、知識は精神のため、行動は経験と技能のためでした。知識は応用から切り離されており、研究対象ごとに専門分化され、それぞれの知識の論理にしたがって組織され、探究されていました。経営学のような市場志向的で学際的な分野はありませんでした。

技術は科学と切り離されており、徒弟的に習得されていました。技術進歩は、科学者ではなく熟練技能者や発明家によって行われていました。科学が技術に適用されるようになったのは、19世紀末に化学産業や電気産業が現れるようになってからです。

今日、知識とその探究は、専門分野別ではなく応用分野別に組織されるようになってきました。適用対象に対して、専門分野は道具や材料として学際的に統合されています。経営学、都市問題、アフリカ問題などです。

知識自体が最終目的ではなく、何らかの成果をもたらすための手段になってきたことを意味します。実のところ、これまで知識と称されていたものは情報に過ぎず、かつて技術とされていたものが知識に分類されます。一定の目的に向けて適用されるために体系的に統合された知識です。

何らかの仕事に適用できて初めて「知識」と呼べるものになります。

問題やニーズからスタートして、それらの基本的な理解、コンセプト、方法が重要な意味をもちます。それらを基盤にして、専門分野が手段として学際的に適用されます。

ですから、大学の機能は、これまでの教育と研究に、社会貢献が加わります。教育と研究も、単なる専門分野として行われるのではなく、社会貢献の過程において追究されるようになります。

専門分野は高度に極めなければなりません。しかし、一つの専門分野だけでは何も実現できないこと、他の専門分野とともに成果に結びつけなければならないことを教えなければなりません。

研究がもたらすものは「情報」であり、目的に向けて他の専門分野と統合的に適用されてはじめて「知識」となります。

したがって、教育の分野でこそ、多様な専門分野を成果に向けて組織化できるマネジメントが必要です。専門分野における進化のみならず、マーケティングも必要です。社会の問題やニーズにいかに専門分野を具体的に適用し、経済的成果につなげていけるかが重要です。

研究開発政策

現在の研究開発費は多額です。政府による支援は不可欠であり、現に大半を占めています。

だからといって、政府による教育や研究開発の統制が行われてよいわけではありません。知識は、多様性、柔軟性、競争の確保が重要だからです。

知識の探究には優先順位も必要です。知識の方向づけ、もたらすものについて、意思決定が必要です。応用に重点が移ると、善悪の問題が議論されざるを得なくなるからです。

資金や人材にも限界があることから、資源の選択と集中がなければ成果をあげられなくなっています。

優先順位の判断は、科学や事実によっては不可能です。比較するための基準がないからです。価値観の問題であり、政策決定によらざるを得ません。

成果による影響も、あらかじめ検討しておかなければなりません。知識は、もはやそれ自体が公益を考えなければいけなくなりました。

知識人の責任

知識が社会の中核資源となり、事実上の権力を握ることになりましたから、知識ある者には責任が問われ、高度の倫理基準が求められます。

研究者は、資金を供給してくれる人や組織に対して無防備すぎ、無頓着すぎることがあります。

一国の政府が、海外の研究者や研究機関に資金を提供することがあります。通常、研究者や研究機関が存在する国の政府は、他国から資金提供があれば、内政干渉と見なして拒絶することもあり得ます。技術を盗まれたり、研究成果を資金提供国の軍事に利用されたりして、自国の脅威になることがあるからです。

ところが、研究者は純粋に学問を追究しているため、資金提供をしてくれる人であれば、自分たちの研究を重視する善意ある人だと考えがちです。そのため、相手の意図や結果の影響を考えず、資金提供を受けてしまうことがあるわけです。

さらに、ドラッカーは、教育者に与えられる身分保障、博士号を要件とすることの正当性、身分保障に伴う教授たちの無能と怠慢などの問題を、教育者の倫理の問題として指摘しています。力をもつ集団は、自らの倫理に責任をもたなければ堕落するからです。

知識ある者は、教育の内容、水準、成果、影響について、責任を負わなければなりません。自発的に責任を引き受けないならば、いずれ外部から責任を強制されることになります。

若者や学生の側も、責任に直面しています。学生は大学や社会に抗議し、社会が自分たちに負う者は何かを問題にしますが、より重要なことは、自分たちが社会に負うものは何かです。学生は恵まれており、多額の財政支援を受けているからです。自らの地位を、他の者の労働に依存しているからです。

分析から知覚へ

1946年に最初のコンピュータであるENIACが登場し、情報が組織の素因である時代が始まったといいます。情報は、生物的なプロセスの素因であって、物理的なプロセスの素因ではありません。

情報が社会を変える

情報が社会に与える影響として、ドラッカーは、企業家精神の爆発を招くといいます。

最初の波は、17世紀の半ばから18世紀の初めにかけて起こった商業革命です。重い貨物を長距離運ぶことを可能にする外航貨物船の発達によってもたらされた外国貿易の拡大です。

第二の波は、18世紀の半ばから19世紀の半ばにかけて起こった産業革命です。

第三の波は、1870年頃の新産業の出現です。新しいエネルギー源のもとに新たな製品を生み出しました。電力、電話、電気機器、鉄鋼、化学品、医療品、自動車、航空機です。

第四の波は、情報と生物学によって引金を引かれました。

さらに、ドラッカーは、情報がもたらす社会的影響として、全体主義国家に対する影響をあげています。全体主義国家は、情報を完全にコントロールし続けなければ存続できません。今日の情報技術では、国家による情報のコントロールは不可能であるといいます。

情報はグローバル化し、国境はありません。通信手段をもって、世界中の人同士が意思の疎通を図ることも可能であり、新しいグローバル・コミュニティをつくり出します。

情報は大都市も変えるといいます。人を仕事の場に運ぶ必要がなくなり、仕事を人のいる場所に運ぶことが可能になるからです。ドラッカーは、都市は労働の場ではなく、情報センター、情報の発信基地になるといいます。大学もまた、学生が通う場所ではなく、情報を伝達する知識センターになるといいます。

情報化による組織の適正規模

今後、特定の課題や特定の組織にとって、いかなる規模が適切かが、中心的な問題となるといいます。

物理的なシステムでは、大規模化によって、より大きな成果をあげることができました。しかし、生物的なシステムでは、規模は機能によって決まります。

情報化社会では、組織の大きさは、独立変数ではなく、従属変数です。情報の本質からして、組織として機能しうる範囲内の最小の規模が、最善の規模です。情報は、意思の疎通が効果的に行われなければならないからです。

「情報」と「意味」の2つが必要であり、通じ合い、理解できなければ「意味」は存在しません。通じ合うためには、常に確認の作業が必要であり、人数が多すぎれば逆効果です。通じ合いには、解釈の能力が必要であり、情報の共有が必要です。

現在、大企業の構造変革と分割が、急速に進行しています。政府の機能は、中央から地方へ、地方から民間へ委託されています。組織の規模は、果たすべき機能にもっとも敵した規模でなければなりません。それは、仕事や機能に必要な情報をもっとも有効に扱える規模です。

技術とは、自然に関するものではなく、人間のものです。単なる道具に関するものではなく、人がいかに働くかに関するものです。

さらに技術とは、人がいかに生き、いかに考えるかに関わることです。技術は人間の延長であるがゆえに、その基本的な変化は、常に人間の世界観の変化をもたらします。人間の価値観を変えていきます。

情報それ自体は、分析的、概念的です。しかし情報は、あらゆる生物的プロセスにおいて、組織の素因です。

生物的なプロセスは、分析的ではありません。生物的な現象には部分がなく、すべて全体です。「意味」は分析的、概念的ではなく、知覚的な認識です。考えるとともに、見ることが必要です。知覚的な認識は、訓練し、発達させることができます。