今どきの労働問題に見えるブラック企業の兆候

世の中でブラック企業が大きく取り上げられるようになったのは、2009年頃と言われています。リーマン・ショックが大きなきっかけだったようです。

当初は、新卒正社員の使い捨て問題として大々的に取り上げられましたが、現在では、その意味する範囲が更に広がっているようです。

逆に「ブラック企業」という言葉の意味が薄まってしまい、そもそも何が問題なのかが分かりにくくなっているとも感じます。

そこで、原点に返りつつ、そもそも何が問題なのか、ブラック企業にならないためにどうしたらよいのかを考えていきたいと思います。

ここではまず、そもそもの問題をつかむ前提として、現場で起こっている労働問題の実態を確認したいと思います。

労働相談の窓口

労働問題に関する相談窓口は、行政機関をはじめ、いろいろな民間機関(労働組合、弁護士団体、社会保険労務士会、NPOなど)に設けられています。

法律に関する問い合わせや悩み相談の類であれば、民間機関でも気軽に対応することができる場合もあります。

労働問題は、会社に対する何らかの働きかけ、法的な対処、強権の発動によって解決が求められる場合も多いですから、民間機関で受け付けた相談の多くは、結局、行政機関に回されることになります。

行政機関とは、労働法令を管轄する厚生労働省であり、直接の窓口は労働基準監督署(以下「監督署」と言います。)になります。内容によって、ハローワークや労働局が窓口になる場合もあります。

自治体にも相談窓口がありますが、企業に対する指導権限がありませんので、結局、監督署を紹介される場合がほとんどです。

監督署は末尾に「署」が付くように、労働法の警察機関ですから、国家が刑罰を与えなければならないような犯罪(労働基準法違反など)の可能性がなければ、会社に対して強権を発動することは困難です。

労働問題の多くは犯罪まで至らない私人同士(民事上)の争いですですから、監督署が介入できない問題も多いようです。

そうは言っても、労働問題はあまりに多く、ブラック企業、過労死、NEETなど社会問題化することもしばしばです。

ドラッカー曰く、「人にとって働くということは社会的な位置や役割を得ること」でもあります。ですから、労働問題を私人同士の争いとして、「裁判で解決してください」と簡単に片付けるだけでは済みません。

やはり、社会全体に関わる問題として、行政機関による公的な解決を果たすことも避けられなくなっていると言えましょう。

2001年(平成13年)になると、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」が新たに制定・施行され、厚生労働省でも民事上の労働問題を本格的に扱う仕組みが作られました。

具体的な相談を受け付けてくれる窓口は、「総合労働相談コーナー」(以下「相談コーナー」と言います。)と呼ばれ、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)の管轄になります。

監督署の中に窓口が置かれている場合も多いですが、監督署とは別の組織です。

相談コーナーは、一次的な総合相談受付窓口として位置づけられているようで、全般的な相談に応じて一定のアドバイスをしてくれます。

法律違反の可能性があれば、アドバイスの後、監督署など担当窓口も紹介してくれます。

労働相談の概要

全国の相談コーナーで受け付けている相談件数は、平成13年10月の設置当初からかなり多く、同年度は6ヶ月で約25万件でした。

平成14年度は約63万件となり、その後も年々増加していきました。

平成20年になると、ついに100万件の大台に乗りました。

その後は増減を繰り返し、令和4年度は約125万件となっています。

(出展)厚生労働省「個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)」

令和4年度の労働相談の内訳を見ると、

法制度の問い合わせ約86万件
労働基準法などの違反が疑われるもの約19万件
民事上の相談約27万件

となっています(複数カウント有)。いちばん多いのが「法制度の問い合わせ」ですが、背景には何らかのトラブルや問題を抱えていると見るべきでしょう。

法制度や法違反の相談内容について詳細な内訳まで示されていませんが、

  • サービス残業
  • 有給休暇がもらえない
  • 休日が取れない
  • 休憩できない
  • 給与が支払われない
  • 突然解雇された(違法な解雇手続)

などが多いようです。

この内容はかなり前から変わっておらず、労働者の基本的な権利を未だ理解していない、というより、理解しようとしていない経営者が多いことを実感させられます。

民事上の労働相談の変化

一方、民事上の相談については内訳が公表されており、明らかな傾向の変化が見られます。


(出展)「令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況」を公表します

このグラフには出ていませんが、平成20年度のベスト3は、次のとおりでした。

1位解雇約6万7千件
2位労働条件の引き下げ約3万5千件
3位いじめ・嫌がらせ約3万2千件

サブプライムローンが問題になり始めたのは平成19年(2007年)ですが、それをきっかけにしてアメリカの投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したのが平成20年(2008年)9月です。いわゆる「リーマン・ショック」です。

それが日本にも波及し、大量派遣切り、新卒内定取り消し、そしてブラック企業問題が大きく取り上げられるようになっていきました。

一方、令和4年度のベスト3は、次のとおりです。

1位いじめ・嫌がらせ約6万7千件
2位自己都合退職約4万3千件
3位解雇約3万2千件

「解雇」(一方的に辞めさせられる)が大きく減少し、1位から3位に転落しています。

「労働条件の引き下げ」はランク外に落ちました。「労働条件の引き下げ」とは、違法ではないものの、給料が引き下げられたり、休日が減らされたり、正社員から契約社員に格下げされたり、といったことです。

代わりに「自己都合退職」が浮上し、「解雇」を抑えて2位になっています。

「自己都合退職」の中身について詳細は公表されていませんが、事例を見ると、「解雇」の反対で「辞めたくても辞めることができない」という内容のようです。「辞めさせてもらえない」という相談が「解雇」より多くなっています。

人手不足の影響もあるでしょうが、ブラック企業の香りが、そこはかとなく漂ってきませんか? ブラック企業の特徴の1つは「使い潰し」ですから。

そして、最も注目すべきは「いじめ・嫌がらせ」が倍増して1位になっていることです(なお、令和4年度には激減しているように見えますが、※にあるとおり、パワハラを別に集計しているためです。令和4年度のパワハラ相談は5万件でした)。

「いじめ・嫌がらせ」の激増をどう捉えたらよいでしょうか?人をいじめるような悪人が激増したのでしょうか? 筆者が相談を受けている経験からすると、そうとは考えにくいと思います。

むしろ、以前までは「いじめ・嫌がらせ」と認識されなかったことが、今や「いじめ・嫌がらせ」と認識されるようになってきたと感じています。

世代が変わったことが大きく影響しているとも感じられます。

解決が難しい問題です。いじめている側は、いじめているつもりがまったくない可能性が高いからです。

世代という言い方をすると、「今どきの若い者は我慢できなくなった」という一言で片付けられるかもしれません。

でも、企業ではすでに人材不足が急激に進行しています。この問題に真剣に対処しなければ、若年者の雇用は本当に難しくなるでしょう。

人材不足が倒産の原因になる時代が来ています。

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